第4話:希望退職者募集

 木戸龍一は小雪がちらつく中、早朝会議に間に合うように出勤する。

 玄関口に≪債権者へのお知らせ≫の貼り紙がないことに今日も安心する。


 午前6時を少し廻ったばかりだが、社長と事務員以外の6名全員が集まっていた。40畳ある広いフロアーはまだ肌寒い。

 白い息を吐きながら、落ち着かない様子で、新聞を読む者、淹れたてのコーヒーを冷ましながら呑む者、携帯電話を操作する者など、全員会話もなく、ディスクに鎮座している。

 ここ数年のうちに退職した、主人のいない8席分の机と椅子が、いつもより一層寂しく映る。


 早朝会議の議題は誰もが予想した通りだった。

 売り上げ見込み報告を簡単に話した後からの、リストラの話しだ。


 年が明けた来月の末までに、更に2名程度を予定しているとのことだった。


 社長は落ち着いた様子で、前から言ってある通り、大変すまないが時間も押し迫ってきた。会社も出来るだけのことはするので、希望者は年内に届け出てくれ、と全員の顔を見廻しながら念を押す。

 6名にこれといった動揺も、発言もなく、ただ頷いていた。


 社長から自分のことを少し長く見られていた気がした木戸龍一は、出処進退を決められずにいた。

 社会人となって、この会社で、この仕事以外に何もしたことがないのだ。建築設計士であれば、同業他社に勤めることは出来た。宅建免許を持っていれば、不動産会社にたくさんの知合いもいる。営業畑一筋13年の木戸龍一は、いずれの資格もスキルもない。


 道は2つしかない。

 何のコネもない新卒者と同じように、転職活動をするか、もう一つは、自らが起業するかだ。

 

 起業を創めるにしても資金に不安が付き纏う。金融機関から資金を借り入れても、借金を作るだけで、商売が必ず計画通りに上手く行く保証などはどこにもない。


 先日ふと思いついた作家になれないかと漠然と思った。小説を書いて、50万円、100万円といった単位でお金を稼ぐ。

 

 夢のような事業だ。

 可能であれば、本当にやりたいと思っていた。

 

 煩わしい転職活動もなければ、再就職した先での、中途採用者独特の、対人関係に悩まされることもない。


 対人関係もなく、借金をする必要もない、ゼロリスク・ハイリターンの商売なのだ。

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