第25話

「成宮基也についてだって?」

 

 玄関先に出てきた大家――表札には橋爪とあったは、迷惑顔を隠さなかった。

「いい加減にしてもらいたいよ。こっちは被害者なんだよ」

 訪ねた理由を説明する前に、大家は眉間に皺を寄せた。

「店子があんな事件を起こして、近所じゃ悪く言われるし、新聞や週刊誌の記者には、いろいろ訊かれるし。ほんとに迷惑してるんだ」

 

 健介が事情を説明した。すると、大家の興奮は徐々にトーンダウンしていった。

「じゃ、あんたは、家出息子を探してるってわけかね」

「そうです。ご迷惑とは思ったんですが、成宮のことを調べれば、息子の行先がわかるかもしれないと思いまして」

「気の毒だとは思うけどね、わたしは何も知らないんですよ。ただ、店子と大家だけの関係なんだから」

 健介は食い下がった。

「成宮基也は、こちらを借りて四ヶ月ほどだったそうですね。その前はどこに」

「さあねえ。住所は確か埼玉だったと思うけど」

「埼玉? 中部地方ではありませんか」

 先ほど話を聞いた学生が、成宮が名古屋ナンバーの車で引っ越して来たのを見たと言った。

「埼玉の、蕨だったかな。全部不動産屋にまかせてるんですよ。不動産屋に訊いてみてくださいよ」

 

 個人情報の取り扱いにうるさいこのご時世、不動産屋が成宮基也が賃貸契約した際の書類を、見せてくれるとは思えない。ましてや、警察に行ったところで、まだ逮捕されたばかりの男のことを、関係者でもない健介に何も教えてくれないだろう。


「わたしの息子は奈良県と三重県の境にある小さな村で暮らしていました。いなくなったのは、二年前で、名古屋で見かけたという情報があるんです。その息子が成宮と接点を持ったのは、中部地方だったかもしれません。何か思い出してもらえませんか」

「そう言われてもねえ」

 心底迷惑そうに顔を歪めた大家は、それでも同情のこもった目で健介を見た。

「賃貸契約の際の書類に、保証人は書いてありましたか」

 保証人の居場所がわかれば、成宮に近づけるかもしれない。

 大家は遠くを見るような目になった。

「保証人ね。書いてあったと思いますよ。たしか……、そうだ。ずいぶん、都会に住んでる人が保証人なんだと思ったんだ。だってね、東京の港区芝って書かれていたから」

「その保証人は、成宮とどういう関係だったんでしょうか」

「それがはっきり思い出せないんだよ。警察に訊かれたときは、全部不動産屋に訊いてくれって言っちゃったしね。叔父とかそんな感じだったと思うなあ」

 どこまでも大家の橋爪の話は曖昧としていた。すべて不動産屋にまかせてあるというのは本当なのだろう。


 これ以上は無理かもしれない。東京の港区芝というだけで、成宮の保証人を探すなど、到底無理な話だ。

「お役に立てなくて申し訳ないけど」

 慰めるように、大家が言った。

「わたしも、変だなって思ったときに、行動を起こせばよかったんだろうけど」

 健介は顔を上げた。

「何か、成宮が事件を起こす前に、不審なことがあったんですか」

「不審てほどの話じゃありませんよ。ときどきね、男たちが成宮の部屋で集まって酒盛りしてうるさいって、近所の人が言ってたんですよ。もちろん、不動産屋にすぐに報告して注意してもらったんだが」

「その中に、息子がいたかもしれません」

「息子さん、いくつ?」

「十七です」

 大家は頭を振った。

「そんなに若い子はいなかったはずだ。わたしに注進してきた主婦は、ちょっと怖いお兄さんたちだったって言ってたから」

「そうですか」


 と、大家が、目を見開いた。

「そういえば、一度、成宮のところに荷物が届いたことがあったな。成宮方ってなっててね、名前が書いてあったんだけど、そんな人はいないはずだから」

「成宮には知らせたんですか」

「知らせたけど、知らないの一点張りで。それで、差出人に電話して教えてあげたんだ。そしたら、あんたじゃないが、その人も、息子が成宮のところにいるはずだと言っていたな」

「その人も息子を?」

 思わず声が震えてしまった。成宮基也は、猪鹿毛のような少年を集めて、違法なことをさせていたに違いない。

「ちょっと待って。たしか、そのときの差出人の住所は控えてあったはずだ」

 そう言って奥に入っていった大家は、バタバタとスリッパの音をさせて、すぐに戻ってきた。


 大家が見せてくれた紙片に書かれた住所は、神奈川県大和市。

 名前は大滝よう子となっている。

「これ、写させてもらっていいですか」

 やっと成宮につながる者を知ることができた。彼をたどっていけば、猪鹿毛らしき少年の話を聞けるかもしれない。

「いいよ。それ、あげるから」

 大家は健介に紙片を押し付けた。

「成宮には関わりたくないんだ」

 ありがとうございますと頭を下げると、大家はあっさりと奥へ引っ込んでいった。

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