第20話
大宮
「休みを取りたい?」
翌日健介が社長を訪ね、要望を伝えると、訝しげな目が返ってきた。
「どれくらい?」
「二、三日ほど」
うーんと腕組をして、それから社長は机の上の業務予定表に腕を伸ばした。
「間伐の作業が遅れてるんだけどなあ」
同業者の作業員が立て続けに二人辞めた話は耳に入っている。だが、昨夜からのっぴきならない気持ちは止められない。ともかく一度大宮へ行き、猪鹿毛の消息を訪ねてみたい。
「三日だな。それ以上は無理だ」
「すみません」
頭を下げ、健介は額に滲んだ嫌な汗を拭った。本当に申し訳なく思う。この仕事に就いて三ヶ月ちょっと。常識的に休みを取りたいとは言えない。
前の職場では、同じ契約社員だったが、休まないのを身上としていた。仕事は、まず休まず続けるのが大切だとずっと思ってきた。
「まさか、そのままってことはないよねえ」
冗談とも本気とも取れる口調で、社長が健介の目を覗き込む。キィッと椅子の音をさせて、社長は背を伸ばし、片手で首を揉んだ。
「虎太郎と佑樹が険悪な雰囲気なのは、あんたも気づいてるだろ?」
仕事にたいする態度は、二人とも真剣だ。いいライバルだというのが、健介の見方だったが。
「仲間で助け合わなきゃ危ない仕事だってのに、あの二人は何かと反目しおって。だが、大人のあんたがいてくれると、いい緩和剤になっとるようでな。だから」
「必ず戻ってきます」
本心だった。もし、大宮で猪鹿毛を見つけられないとき、手掛かりがあるのはこの神尾井村だけなのだ。
社長に挨拶を済ませたあと、健介はすぐにバス会社に電話をかけ、バスの予約を取った。約三時間後の八時半発の大宮行直行便が取れた。明け方の五時過ぎに大宮に着く夜行便だ。電車を乗り継いで向かうよりも、時間も金額も少なくてすむ。
簡単な着替えをリュックサックに詰め、バスが出る駅前に向かった。バスの発車時間までまだたっぷりと時間はあったが、気持ちが急いて、アパートにいられなかった。
閑散とした駅前で、バスのロータリーに近い場所に小さな居酒屋を見つけ、食事を摂った。
焼き魚をつつきながら、スマホのアプリを開いて、大宮の宿泊先を探す。
健介は大宮に土地勘はなかった。埼玉県にある都心へのアクセスが便利な大きな街という印象しかない。
猪鹿毛を探す拠点として、どこに泊まるのがふさわしいのか。とりあえず、大宮駅周辺でなるべく安い料金のビジネスホテルを探した。社長からは、三日しか休みをもらっていない。二連泊できるホテルがいいだろう。
宿を取り、健介はようやくひと心地ついて、ビールを日本酒に切り替えた。したたかに酔えば、バスの中でぐっすり眠れるだろう。
だが、酔いはなかなかやってこなかった。
弛緩していく神経に、奏人の言葉が何度も何度も蘇ってくる。
――疑うんなら、大宮に行ってみるといい。
穴が開くほど、振り込め詐欺事件のニュース画像を見続けた。逮捕された者たちを連行する警察官の顔を覚えてしまえるほど、見続けた。
そうするうち、逮捕劇のあった建物の脇に建つ電信柱に、町名の記されたプレートが貼られてあるのを見つけ、建物を特定する目印となる看板やまわりの建築物も覚えることができた。
埼玉県鶴ヶ島市真砂町。
二本目の銚子をあけながら、真砂町へのアクセスを頭に叩き込む。真砂町は、東部東上線の鶴ヶ島駅がいちばんアクセスがいいようだ。
そんなこともわかっていなかったくせに、夜行バスに乗ろうとしている自分に呆れた。無我夢中だったとはいえ、町の名前もわからないまま、自分はバスを降りてからどこを歩くつもりだったのだ。
地図アプリを起こし、駅周辺を見ていると、こども自然公園という名の緑地が目に止まった。
十七歳の猪鹿毛が、そんな場所にいるはずはないのに、なぜか、健介はその緑地から目が離せなかった。
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