第6話
秋生が見た「何者」かは、一段と森の奥へ進んでいた。
林道から獣道があるわけでもなかった。足元は笹で覆われ、枝を奔放に伸ばしたカシの木や、葉をつけすぎたスダジイ、樹皮が砕いた石のように見えるクスノキがある。そられの木を、まるで拐の巣がかかったかのように、クズのツルが伸び、からんで、鬱蒼とした森を造っている。里から遠く、植林もされていない場所だ。
クスノキの木の陰で、何かが動いた。
佑樹が追いかけていく。
「待てよ!」
虎太郎が叫んだ。森で危険なのは、クマだけじゃない。ヘビやヤマビル、鬱蒼とした藪には、スズメバチも巣を作っている。
「虎太郎、佑樹を連れ戻してきて」
美月は泣きそうになっている。
虎太郎は駆け出した。からみつく草を蹴って、ツルを引きちぎって前へ進む。アブか、黒っぽい大きな虫が跳ね回って、数匹が向かってくる。
枝がこんもりと膨らんだスダジイの下まで行ったとき、先に進む佑樹が叫び声を上げた。
「わあーーー」
「おい、だいじょうぶか!」
どくんと、虎太郎の心臓が跳ねた。白っぽいものが、クスノキの木の幹から飛び降りたのだ。
虎太郎は無我夢中で、駆け出した。何かがいる。それは確かだ。
クスノキの木の下に行ってみると、佑樹が倒れていた。体は俯せで、根元の下草に溺れている。
「佑樹、おい、起きろ!」
佑樹は気を失っている。
抱き起こした。その途端、べろりと背中のTシャツが破れ、どくどくと血が滲み始めた。
「わっ、な、なんだ!」
何かするどい刃先で切られたようだ。傷は二ヶ所。背中の中央と肩から腕にかけ、Tシャツ越しに切られている。
「おい、来てくれ!」
秋生と美月を呼んだ。二人が叫び声とともに駆け寄ってくる。
「おい、佑樹!」
虎太郎は佑樹を呼び続けた。うっすらと、佑樹の瞼が動く。
「だいじょうぶか!」
頷いた佑樹は、怯えた目で、虎太郎を見返した。
「ヤツは?」
「ヤツ?」
「ヤツが襲ってきたんだ。上から、まるで忍者みたいに突然、上から」
秋生と美月がやって来た。
「わっ、すごい血」
半泣きになった美月が、虎太郎を押しのけるようにして佑樹に覆いかぶさった。その間も、佑樹を抱いた虎太郎の腕に血液が滲んでいく。
「ね、だいじょうぶ? ね、返事して、佑樹」
必死の美月の呼びかけに、佑樹はうっすらと笑った。傷からの出血を防ぐために、虎太郎は首に巻いたタオルを取って、背中に巻いた。
「秋生のも貸せ」
「あ、あたしのも使って」
タオルで縛った先から、血が滲んでいく。
「救急車を呼ぼう」
秋生がスマホを取り出したが、
「あたしたちで運んだほうが早いわよ!」
美月が叫んだ。
その通りかも知れない。小太郎と秋生で佑樹を抱き抱えて車まで運ぶことになった。
いちばん近い町の病院まで、約四十分。虎太郎が運転席に飛び乗り、トラックの荷台で秋生が佑樹を抱き抱えた。
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