Track #13 最後の日(4)


『そうやって、何かあればすぐにシェルターに頼るのだな!』

 俺の目から見ても、叔父さんは冷静さを失っていた。


『大火災のときもそうだった。ヘルモント、あんたはシェルターに頼るだけで、他の手段を考えなかった。私の姉は……、逃げ遅れた私の姉は……、シェルターの入り口から一〇〇メートルしか離れていない場所で窒息死していたんだ!』

 ほう、とヘルモントは息を漏らした。

『それは、おいたわしいことです。大火災のときには多くの尊い命が失われました』

 ヘルモントは微笑を浮かべた。

 俺には勝ち誇ったような表情に見えた。


 サラが俺の手を握った。さっきよりも強く。


『しかし、誰よりもおいたわしいのはホオリ博士、あなたです。ご貴姉きしを失った悲しみで、あなたは偏執へんしつ的な妄想に取り憑かれてしまったようだ。おいたわしいかぎりですよ』

偏執へんしつ、だと……?』

 ヘルモントはふり返ると、黒服の男たちに命じた。

『この病人を拘束して、警察署に連れて行け。処分は後で決める。今は避難が優先だ』

『待て、ヘルモント! まだ話は終わって──』

 男たちが殺到して、ホオリ叔父さんからマイクを奪った。

 群衆がざわめく。「いいぞ!」「やってしまえ!」というヤジが聞こえた。ヒューと口笛を吹く者もいた。叔父さんは羽交い締めにされて、舞台の裏へと連れ去られた。

 拍手を送る者、不安げな視線を交わす者。反応は様々だった。


 またしてもサラが俺の手を握った。

 ここでようやく、彼女が俺の手をただ握っているのではなく、のだと気づいた。


「トビア、お願い。周りをよく見て。うるさくて音がよく聞こえないの」

「大丈夫だ。俺はサラの目になるよ」

「なら、黒服を着た男の人がいないかな。こういう時、お父さまの護衛の人がわたしを迎えにくることになっているの」

 言われるまで気がつかなかった。

 群衆のなかに黒服の男が混ざっていて、じっとりと俺たちのほうを見ていた。

 数は一人、二人、三人……。

 いつの間にか四方を囲まれていた。


「わたし、トビアと離れたくないよ」

「俺もだ」

「ねえ、トビア。あなたはどうするの?」

 シェルターに逃げるのか、それともホオリ叔父さんの言うとおりミジンコに乗るのか。


「俺は……、そうだな、まずはユーノス号の様子を知りたい。どのみち加重還流充填器はあの潜水艇にしか取り付けられていないんだ。もしもトマロックが整備を終わらせていれば、ユーノス号で都市の外に避難できる」

 俺は周囲を見回した。

 群衆に阻まれているが、黒服の男たちは確実に距離を詰めてきていた。

「もしも整備が終わってなかったら?」

「その時はサラの親父さんの指示に従うよ。みんなと同じようにシェルターに逃げ込む」

 俺はサラの肩を抱き寄せた。

 黒服の男たちが、いよいよ大股で近づいてきたからだ。

 雰囲気を感じ取ったのか、サラは決意するような口調で訊いた。

「……逃げられないんだよね?」

「……」

「分かった。それなら、わたしを残してトビアは一人で逃げて」

「バカを言うな!」

 俺が声をあげると、サラは微笑んで見せた。

「大丈夫、あの人たちはお父さまの忠実な部下だよ。わたしを傷つけたりしない。だからトビアは一人でガラクタ部屋まで行って、ユーノス号の様子を見てきて」

「それで、サラは?」

「わたしは何か言い訳を作って、お屋敷に連れて行ってもらう。わたしの部屋でトビアを待っている。……ダメ、かな?」

「だけど──」

「お願い、わたしを信じて。今ここで無理に逃げようとしたら、 きっとトビアは殺されちゃう」

「……分かった。必ず、迎えに行く」


 サラは身を屈めると、スカートをたくし上げた。

「何をやっているんだ?」

「これを持って行って」


 サラは太もものホルスターから拳銃を取り外した。

 弾が三発しか入らない、小さな回転式の銃だ。

 真鍮のグリップには小鳥や花の模様が彫刻されている。


「護身用として、小さい頃から持たされていたの。目の見えないわたしよりも、トビアが持っていたほうが役に立つと思う」

「ありがとう」

「じゃあ、もう行って」サラは俺を押し離した。「あなたはホオリ博士の身内でしょう。もたもたしていたら、トビアまで捕まっちゃうかもしれない」

 早く、急いで──。サラに言われるがまま、俺は彼女から離れた。


 ふり返ると、黒服の男たちがサラを取り囲んでいた。

 彼女は慣れた様子で、父親の部下と何か言葉を交わしていた。


 後ろ髪を引かれながら、俺は公会堂を後にした。

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