Track #12 最後の日(3)


「ホオリ叔父さん!?」

 俺たちは思わず声をあげた。


 舞台の上で、ホオリ叔父さんはヘルモントと対峙した。

 すかさず護衛の男たちが駆け寄ってくる。ヘルモントは片手を上げて黒服の男たちを止めた。


『みなさん、こちらはホオリ博士です。村長会議では科学顧問として、いつも貴重なご意見を頂戴しています』


 叔父さんを観衆に紹介しながら、ヘルモントは予備のマイクを渡した。

 叔父さんはふんだくるように受け取った。

『ヘルモント議長、こんな言い方はしたくないが……。あなたは都市の住民を全滅させるおつもりですか?』

 またしても群衆がどよめく。

 叔父さんが「全滅」と言った瞬間には、悲鳴を上げる人もいた。

 ヘルモントは眉を寄せた。

『何をおっしゃるかと思えば……。失礼ながら、余計な茶々入れは控えていただきたい。私たちは一刻も早くシェルターへの避難を開始しなければなりません。ドームの穴を補修する際には、ホオリ博士にもぜひご助言を頂戴したいと考えています』


『ですから!』

 キン──、とマイクが鳴った。

『そのやり方では我々全員が死ぬと言っているんです!』


 今度こそ悲鳴が上がった。ヘルモントの表情が険しくなる。

『……代替案もなく、みなさんの不安を煽るのはやめていただきたいですな』

『代替案ならあります』

 ホオリ叔父さんはポケットから小型映写機を取り出すと、舞台後方の壁に何かの図面を投影した。

『これは加重還流充填器の設計図です。既存の部品の組み合わせで作れますし、慣れていない人でも半日あれば完成させられるでしょう』

『何がおっしゃりたい』

『ヘルモント議長、あなたの会社の工場設備を貸していただきたい。あなたの工場の職員なら、加重還流充填器を短時間で量産できるはずです』

 スポットライトの光で、叔父さんの飛ばす唾が見えた。

『加重還流充填器を使えば、ミジンコの活動時間を五百倍に延長できます。できるだけたくさんのミジンコにこれを取り付けて、一刻も早く、この都市から脱出するべきです』

 ヘルモントは憮然とした表情を浮かべた。

『この緊急時に、そんな夢見まがいのことをおっしゃるとは……。第一、この都市を離れてどこに行くのですか。他の都市との連絡は千年前から途絶えておるのですよ』

『それは……。たとえば氷河の裂け目を見つけて、海上に出ればいい』

『話になりませんな。草一本生えない氷の上で、飢え死にしろとおっしゃるおつもりか』

『ドームと一緒に海水に押し潰されるよりマシです!』

『ホオリ博士!』

 今度はヘルモントが声を荒げる番だった。

『今は緊急時だということを理解なさっていますかな。事態を収拾するために、私たちは一致団結しなければなりません。都市のみなさんの足並みを乱すような発言は控えていただきたい!』

『我々全員が死ぬのを、指を咥えて見ていたくないだけだ!』

 叔父さんも負けじと声を張り上げる。

『十五年前の大火災はなぜ起きた? 都市の地下設備が老朽化していたからだ。たしかに、この都市は旧世代の人類が叡智を集めて建設したものなのだろう。現在の我々には理解できないほど高い技術で作られている。何千年も……、ことによると何万年も私たち人類の命をつないできた。だがな、ヘルモント──』


 叔父さんの剣幕に、ヘルモントは一歩後ずさる。


『──この世に、壊れないものはない。この都市だって、いつか必ず壊れるときがくる。十五年前の事故で、私はそう悟った』


 小さい頃から、叔父さんは何度も同じ話をしていた。

 叔父さんがユーノス号を見つけたのは二十年前、当時は考古学の研究対象として面白いとしか思わなかった。

 しかし、「大火災」をきっかけに叔父さんは考えを改めた。

『いつか都市で暮らせなくなったとき、我々はどうすればいい? 都市と一緒に心中するか? それとも覚悟を決めて、都市から脱出するか? 二つに一つだ! 私なら、後者を選ぶ。そのために今日まで準備を続けてきた』

『博士、残念ながらこれ以上の議論は無意味のようだ。マイクを降ろしていただけますかな』

『いいや、降ろさない。私たちは海底三六〇〇メートルの場所で暮らしているんだ。どれほど猛烈な水圧に囲まれているのか、ヘルモント、あんただって知っているだろう。都市のドームは繊細な力学的バランスによって、この水圧に耐えている──』

『博士、控えてください。二度は申しませんぞ』

『──もしもドームに穴が空けば、そのバランスが崩れる。積み木のいちばん重要な一本を抜き取るようなものだ。穴はどんどん広がって、あっという間に……、私の試算では七十二時間以内にドームのすべてが崩落する』

『妄想と言うよりほかにありませんな。みなさん、博士と議論を続けるヒマはありません。シェルターへの避難を始めましょう』


 叔父さんはかぶりを振った。

『そうやって、何かあればすぐにシェルターに頼るのだな!』


 俺の目から見ても、叔父さんは冷静さを失っていた。

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