Track #11 最後の日(2)
どれほどの時間、芝生に突っ立っていただろう。
かん高いサイレンの音で、俺たちは我に返った。
都市の中心部、摩天楼のいちばん高いビルから、緊急放送が行われていた。
都市の隅々にまで届くような大音量だ。
『……こちらは村長会議実行委員会です。ただいま非常事態警報が発令されました。都市のみなさまは、すみやかに屋内に避難してください。繰り返します……』
間延びした声で、指示があるまで自宅待機せよと言う。
『……なお、この後、公会堂にてヘルモント・ウィーセル議長より緊急対応の指針説明が行われます。説明の様子はラジオで中継され……』
サラは俺の袖を引っ張った。
「行こう、トビア。公会堂に」
「公会堂に……って、
彼女はうなずく。
「ドームの天井から、水の噴き出す音が聴こえてくるの。ねえ、トビア。あなたには見えないの?」
「見えるよ。だけど──」
「だったら、公会堂に行ってみようよ。天井から水が落ちてくるなんて話、聞いたことがない。大変なことが起きているんだと思うの。でも、お父さまなら何か知っているはず」
摩天楼からは、相変わらずサイレンが響いていた。
「サラにも聴こえるだろう。緊急放送では屋内に避難しろって言っているよ」
「公会堂だって屋内だよ」
「そんな屁理屈を……」
サラを早く安全な場所に連れて行かなければ。そればかりを考えていた。しかし安全な場所とはどこだ? サラの自室か、俺たちのガラクタ部屋か、それともユーノス号の中か。思考がぐるぐると渦巻いて一つにまとまらない。
「トビア、公会堂に行ってみよう」
念を押すように、サラは繰り返した。
「わたしの父親は都市でいちばんの実力者だよ。わざわざ危険な場所には出向かないし、周りの人たちがそうさせてくれない。お父さまのいる場所が、この都市でいちばん安全な場所なの」
サラに言われるがまま、俺は荷物をまとめて二輪車のカバンに放り込んだ。
彼女を後ろに乗せると、公会堂に向かってアクセルを全開にした。
◇
公会堂は都市が建設された当時から残っている建物だ。
荘厳な彫刻の施された屋根を、太い石柱が支えている。
俺たちが駆けつけたときには、すでに黒雲の人だかりができていた。
「屋内に避難しろって指示を、誰も守っていないみたいだな」
「何が起きているのか、みんな知りたいんだよ」
人混みをかき分けながら前に進んで建物に入った。
公会堂の中はいわゆる円形劇場で、半円形の斜面に座席が並んでいる。けれど今は、誰も座れないほど混み合っていた。
舞台の見える場所までたどり着いたとき、わっと観衆が声を上げた。
ヘルモントが現れたのだ。
『お集まりのみなさん、どうか静粛に。静粛に願います』
落ち着き払った声で彼は言った。
舞台の中央で、サラの父親がスポットライトを浴びていた。
『すでに緊急放送でお伝えしたとおり、非常事態警報が発令されました。しかし、みなさん。慌てる必要はありません。どうか冷静な行動を心がけるようお願いします』
能書きはいい、何があったのか説明しろ──。群衆からヤジが飛ぶ。
ヘルモントは動じなかった。
『都市の北部で、ドームの崩落が確認されました』
どよめきが広がった。
集まった人々を動揺させないよう、言葉を選びながらヘルモントは続けた。
『崩落──。つまり、ドームの一部が壊れて、天井に小さな穴が開いたわけです。被害の程度は確認中ですが、崩落した部分については補修が可能だと見られており……』
その時だ。
客席の後方がにわかに騒がしくなった。
女の悲鳴も聞こえた。「頼む、道をあけてくれ!」と声を張り上げながら、一人の男が公会堂に入ってきた。
「……小さな穴だと!」
男はわめいた。
「ヘルモント、あんたはあれを小さな穴だと言うのか!」
彼の衣服は全身がぐっしょりと濡れていた。肌は青白く、頭のどこかを切ったのだろう、顔の半分は赤い血のりで染まっていた。手足には黒い油のようなものがべったりと貼り付いている。
「おれは都市の北部から逃げてきたんだ。ダメだ、あそこの街はおしまいだよ。崩落したドームの瓦礫で、地面のいたるところに穴が空いている。そこらじゅうからガスが吹き出している。しかも、降ってきた海水が濁流になっているから、逃げたくても身動きが取れないんだ」
集まった人々は、揃って息を飲んだ。
ヘルモントは低い声で答えた。
『……この事故で、すでに死亡者が出ているのは事実です』
恐怖をみじんも感じていない、安心感を与えるような声。
『しかし、みなさん。取り乱してはいけません。ドームの一部に穴が空いたからといって、都市のすべてが崩壊するわけではないのです。まずはみなさんの安全を確保し、それから穴の補修に取りかかりましょう』
ヘルモントは観客席を見回す。
『集まったみなさんには、十五年前を覚えておられる方も多いはずです。摩天楼から舞い上がる火柱を思い出してください。外を歩くだけで顔がすすだらけになったことを思い出してください。あの時も、この都市はもう終わりだ、私たちは全員死ぬのだと覚悟したはずです』
しかし、みなさん──。ヘルモントは語気を強める。
『私たちは生き残りました。みなさんの冷静な判断と、的確な行動によって、私たちは十五年前の「大火災」を
舞台に顔を向けたまま、サラが俺の手を握った。
痛くなるほど、強く。
ヘルモントの演説が続く。
『みなさんには、まず都市の南西部のシェルターに避難していただきます。たとえ都市内に海水が氾濫しても、シェルター内には浸水しません。みなさんの避難が完了したところで、ミジンコでドームを外から補修します。私たちが力を合わせれば、必ずや穴を塞ぐことに成功し──』
「それではダメだ!」
怒鳴り声が響いた。集まった群衆の中から、一人の男が舞台に飛び乗った。
「今の声って……!」とサラ。
俺も思わず声を上げた。
「ホオリ叔父さん!?」
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