Track #7 加重還流充填器


 サラが来た日、ホオリ叔父さんは珍しく怒っていた。


 一言も発さずに食卓に腰をおろし、テーブルの一点をじっと見つめる。

 サラが同席していることにも、俺が教えるまで気がつかなかった。

「ああ、すまない。君がサラ・ウィーセルさんか……」


 、という意味のことを叔父さんは言った。


「叔父さん。今、なんて言った?」


 黙って微笑んでいるサラに代わって、俺は口を尖らせる。

「娘のサラに──って、どういう意味だ。父親のヘルモントと、また村長会議でのか?」

 ホオリ叔父さんは気まずそうに目をそらす。

 口を滑らせたことを後悔しているようだった。

「いいの、トビア。わたしの父は色々な人にご迷惑をおかけしているから……」

「でも、ここで──、サラの前で言う必要はないだろう。なあ、叔父さん。こんなの叔父さんらしくないよ」

 空気が険悪になる。

 アスタルテは硬い表情で男二人を見つめた。

 食事がのどを通らないのか、トマロックはフォークを置いてしまう。

 サラは口元に手を当てておろおろしている。

 叔父さんは俺から目を離さなかった。

「すまなかったな……」

「俺じゃなくてサラに謝れよ」

「だからトビア、いいんだって」

「そうよ。あんた、いい加減にしなさ──」

「先に怒っていたのは叔父さんのほうだろ!」

 思わず声を荒げてしまった。

「村長会議でヘルモントと何があったのか知らないけど、サラに嫌味を言わなくても──、八つ当たりしなくてもいいだろ? !」

 俺の隣で、サラが小さく息を飲んだ。

 ホオリ叔父さんの肩から、ふっと力が抜ける。

 彼はサラに目を向けた。

「トビアの言う通りだ。君には失礼なことを言ってしまったね」

「い、いいえ。わたしは……」

「すまない、どうか許してほしい」

「そんな! わたしは気にしておりません。……父が、また何かご迷惑をおかけしたのですね」

 叔父さんは苦笑してみせる。

「迷惑というほどのことでもないさ。頑固だったのは私のほうかもしれない。ただ、加重かじゅう還流かんりゅう充填器じゅうてんきの量産化に反対されただけだ。それだけの話だ」

「加重かんりゅ……なんですか?」

 答えたのはトマロックだった。

「か、加重還流充填器です。潜水艇の燃料を何度も再利用することで、か、活動時間を伸ばせるんです」

「たしか五百倍ぐらいにできるのよね?」とアスタルテ。

 トマロックは答える。

「み、ミジンコの場合なら、そうですね。海中での稼動時間を今の三時間から、およそ千五百時間に延長できます」


 食料と空気さえあれば、二ヶ月間の長旅だって可能になる。


「すばらしい発明ですわ、ホオリ博士」

 サラは声を弾ませる。叔父さんは淡々と答えた。

「基本的な設計思想は二百年くらい前からあったんだ。私はその実証試験をしただけだ。小型化と実用化に成功したのは、そこに座っているトマロックの功績だよ」

 トマロックは面映そうにうつむいた。

 ホオリ叔父さんは首を振った。

「量産してすべてのミジンコに取り付けるように、今日の村長会議では訴えたんだけどね……」

「もしかして、父は──?」

「ああ、残念だけど。君のお父様に反対されて、発議を取り下げられてしまったよ」

 サラは眉を寄せる。

「なぜ父は反対したのでしょう。すばらしい発明なのに」

「カネにならないからだよ」

 今度は俺が答えた。

「ミジンコの燃料を作っているのはおたくの会社だ。もしも加重還流充填器がすべてのミジンコに装備されたら、売上はガタ落ちだろうな」

 ホオリ叔父さんは眉間にしわを寄せる。

「人類のためを思えば、決して損ではないはずだが……」

「その考え方が甘いんだよ、叔父さん。ヘルモント・ウィーセルだって、慈善事業でガスを掘っているわけじゃない。カネ儲けにならなければ人は動かないよ」

「私が研究しているのは、カネのためではない」

「だから叔父さんは変わり者って言われるんだ」

 また不穏になりかけた空気を、アスタルテが取りなした。

「さあ、そろそろデザートにするわよ。まったく、こういう時の男って妙に頭が固いのよね──。今日はカラメル・プディングを焼いたの。サラさんの召し上がっている高級品には負けるかもしれないけれど……」

「いいえ、とっても楽しみです」

「よかった。取り分けるのを手伝ってもらえるかしら」

「はい、よろこんで!」

 二人は立ち上がった。

「あ、もう一つうかがってもいいですか?」

 台所に入る直前、サラがふり返った。

「ホオリ博士の加重還流充填器は、今のところ何艘の潜水艇に取り付けられているのでしょう」

「……一艘だけだ」

 叔父さんの声は重かった。

「今のところ、ユーノス号だけだよ」

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