Track #6 ユーノス号
「ここ、すごく広い……」
声の反響を確かめるように、サラは首をきょろきょろさせた。
ホオリ叔父さんの研究室は、学校の体育館でいえば三つぶんくらいの広さがある。
「いちばん奥の壁は、海中につながる
「こいつ?」
「そうか、あんたには見えないんだったな。この研究室の真ん中には大きな潜水艇が吊るされているんだよ」
全長七〇メートル。
流線型の船体がにぶい灰色に光っていた。
ホオリ叔父さんが二十年前に発見して、こつこつと修理を続けてきた旧世代の大型艦だ。
「名前はユーノス号。いつか、この都市で暮らせなくなったら、こいつに乗って逃げるんだ」
「この都市で暮らせなくなるの?」
「叔父さんはそう信じているらしい。……さあ、こっちだ。船の中を案内するよ」
ユーノス号の船尾近く、金属製のはしごが伸びている場所にサラを立たせた。
彼女の手に、はしごを握らせる。
「登るの? ここを?」
「怖いならやめておくか」
「ううん、怖くない」と断言して、すぐに肩をすぼめる。「でも、もしも手を滑らせたら……」
「大丈夫、俺がすぐ下から登る。手を滑らせても、きちんと受け止めるよ」
「……分かった。わたしから目を離さないでね。絶対、絶対だよ」
何度も念を押すと、サラは意を決したように登り始めた。
俺もすぐに後に続く。
上を向くとスカートの中が見えそうで、思わず顔を背けてしまう。
「わたしのほうを見ててね」
「あ、ああ……」
「落ちそうになったら、絶対に受け止めてよ」
「もちろんだ」
いつもの倍ぐらいの時間をかけて、俺はユーノス号の上部甲板にたどり着いた。
先に到着していたサラの手を握ると、彼女はしがみつくように身を寄せてきた。
「ここ、すごく高い場所だよね。落ちたら大変だよね」
「安心しろ。手すりがあるから」
サラの手を引いて艦橋に向かうと、頭上から声をかけられた。
「と、トビアさん。……その人は、だ、誰ですか?」
甲板の二メートルほど上、天井近くの通気ダクトでトマロックが作業をしていた。
「ウィーセル家のご令嬢だ。トマロック、お前はそんな場所で何をしているんだ?」
「か、換気ファンを修理しているんです」
彼は首をかしげた。
「ウィーセルって名前、ど、どこかで聞いたような……」
「なあ、トマロック。お前のアセチレン・バーナーの燃料は誰が作っているんだ?」
ヒントを出してやると、トマロックは「ふひゃあ」みたいな声を出した。メガネがずり落ちるほど驚いていた。
「ど、ど、どうして……そんな人が、ここに!」
俺とサラは甲板の中央に向かった。
人の背丈ほどの艦橋によじ上り、サラを引き上げてやる。
艦橋上部のハッチを開けると、暗い船内へとはしごが伸びていた。
「一人で降りられるか?」
「も、もちろんだよ──」
口ではそう言いながら、サラは俺のシャツの袖口をまるで命綱のように握りしめていた。
◇
巨大な船体とは裏腹に、ユーノス号の操舵室はかなり狭い。
学校の教室の半分あるかどうかだ。
中央の艦長席を、五つの乗組員席が囲んでいる。
部屋の前方には三枚の大型画面が並んでいる。
「真ん中がメイン・モニター。船外の様子からトイレットペーパーの残量まで、この船のあらゆる情報を映すことができる」
電装系を起動すると、画面に青白い光が灯った。
長方形の箱に入った葉巻のような映像が表示される。
「これはユーノス号と研究室を映像化したものだ。ソナーの情報を、こうやって視覚的に表現している。今は空気中の音を拾っているから単純な映像しか作れないけれど、水中に出れば、もっと鮮明な像を表示できるはずだ」
サラはくすくすと笑った。
「そう言われても、わたしには見えないよ」
映像が突然切り替わり、食堂の様子が映し出された。
『お取り込み中、失礼するわよ』
画面の向こうで、アスタルテが意味ありげに微笑む。
「お取り込み中って、どういう意味だ。俺はただ船を紹介しているだけだ」
『ムキにならないでって』と彼女はにやつく。『ホオリ叔父さんが村長会議から帰ってきたわ。少し早いけれど食事しましょう。……もしよければ、そちらのお嬢さんもご一緒に』
「は、はい!」
マイクを渡すと、サラはほっぺたを赤らめながら返事をした。
「ご相伴にあずかり、大変光栄ですっ」
「……ゴショウバン?」
『一緒にご飯を食べるって意味よ。いい、トビア? 良家の娘さんはあんたの使わない言葉をたくさん知っているものなの』
「どうしてそんなに得意げなんだよ……」
『いいから早く食堂にいらっしゃい。叔父さまをご紹介するわ』
アスタルテの猫なで声に俺はげんなりさせられた。
一方、サラは優雅に笑ってみせる。
「嬉しゅうございます。お目文字いただけるのが楽しみですわ」
「……オメモジ?」
『良家のお嬢さんは語彙力が豊富なの』
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