寝坊したら、俺殺される……の?

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

バイトで知り合ったあの子と仲良くなりたい

「どうしてこうなった!?」


 今、俺は車の助手席に乗せられて目隠しをされている。手足は拘束されていないけれど、車は走行中。そして、俺はシートベルトをしている。だから、ドアを開けて走行中の車から飛び降りるのは、だいぶリスクがある。


 じゃあ、信号で止まったときに降りればいいと思うかもしれない。でも、それはできないんだ。

 だって、この車には俺が狙っている女の子、香椎千早が乗っているのだから。


 どうして俺がここにいるのか、俺は数日前のことを思い出していた。


 ***


 俺は、箱崎東郷。20歳の大学生。中学、高校生たちよりも一足先に大学生は夏休みに入っていた。だから、お金と出会いを求めてこの夏、色々なバイトに手を出していた。


 引越しの手伝い、ファストフードの調理、プールの監視員……。そんな中、少し面白いのが「古い銭湯」の清掃だった。


 場所は博多駅のすぐ近くの吉塚商店街。昭和初期からずっと銭湯だった「若桜湯」は2008年に閉業した。ところが、この古い商店街は「リトルアジア」を打ち出して、世界中の料理店や食材店を誘致したのだ。


 中華料理店や韓国料理店はもちろんのこと、ネパール、タイ、台湾などの飲食店や食材の店が次々オープンして、昔からあった蒲鉾屋や魚屋、青果店などと同居するカオス空間な商店街が誕生していた。


 この銭湯も2017年暮れにカンボジア家庭料理の店になったらしい。銭湯の建物や内装はそのままに、最小限の改造でカンボジア料理の店にしてしまったので、何とも言えない益々カオスな店になっていた。


 男湯の奥の方は厨房になっていたし、湯舟にはパネルを敷いて小上がりの席にしていた。タイル壁の富士山の絵は普通に絵画として楽しまれていたし、誰のセンスか知らないけれど、脱衣所の体重計などはそのまま残され、インテリアとしての新しい役目を担っていた。


 外から見たら古い銭湯そのままのレトロな扉で、ザラガラスには「男湯」「女湯」とそれぞれ書かれていた。そんな店も不況のあおりを受けてか去年閉店したらしい。


 そして、次の店が入るために清掃が必要。その清掃のバイトが俺のところに舞い込んできたという訳だ。


 その銭湯だったカンボジア家庭料理の店をバイトだけの3人で清掃することになったのだ。住所と日時の指定で俺は現場に向かった。社員の人が清掃道具を持ってきてくれて、最初に作業内容とどの程度清掃したらいいのかを説明してくれた。


 俺はそれまでに、マンションの共用部の清掃や退去した部屋の清掃には行ったことがあったので、清掃の基本的なことは身につけていた。それでも場所は銭湯だ。不安に決まっている。過去に銭湯を清掃してことがある人がいたら、ぜひ名乗り出てほしい。


 店内の飾りや荷物は全部捨てていいらしい。少し離れた場所にあるコンテナに入れれば、あとで産廃業者の人が回収してくれるらしい。この辺りは引越屋の要素があった。


 それでも、俺は引越のバイトもしていたので問題ないし、今回の3人の内、1人は古賀とかいう男だった。それも筋肉が割とあるガタイのいいヤツ。俺とヤツなら荷物運びは問題ないだろう。


 残る清掃は、厨房として使われていた場所のレンジフードの油汚れと、風呂場になっていたところの壁のタイルに付いた油汚れを拭き取る作業だった。これ3人で1日で終わるか!?


 そんなことを思っていたのだけど、3人目の女の子を見て俺の身体に電撃が走った。


 黒髪ロング。キューティクルがキラキラしていて、まるで天使! 俺は少しの間、動けなくなったほどだった。一目ぼれってあるんだな!


 笑顔が輝いていて、少し意地悪な瞳。ジーンズのパンツに綿の白いシャツは新しくはないけれど、昔からの定番のコーディネート。背は低くて175センチの俺と比べると頭1個分くらい背が低い。


 俺は一発で恋に落ちた。一目ぼれだ。あ、これさっきも言った。良いんだ。わざとだから。


 ……結果から言えば、そのバイトはかなり過酷だった。時間内に終わらなくて残業した程だった。バイトに「残業」と言う概念があるのかどうか分からないけれど、とにかく日給1万円のところ、1万2千円もらえたから良しとしよう。


 でも、過酷だったからこそ、もう一人の古賀千鳥とも仲良くなった。そして、キラキラお姉さんの香椎千早さんとも仲良くなれた!


 流石にその日はクタクタだったので、3人でLINEのアカウント交換だけは済まして後日一緒にご飯に行こうということになった。


 それぞれの都合の関係であれから約一ヶ月ほどしてその集まりは実現した。


 ***


「しまったーーーっ! 寝坊したーーーっ!」


 食事会と言う名の飲み会が楽しみすぎて、俺は前日から夜更かししてしまっていた。朝方まで起きていたので、集合の17時が過ぎた17時半に目が覚めた!


 急いでLINEを見ると、メッセージが20通! 古賀と千早さんは既に合流して車で移動中らしい。そう言えば、古賀は酒が飲めないらしく、ドライバーを買って出てくれたんだ。


 そして、既に俺の家の近くまで迎えに来ているらしい。ただ、俺も詳しい住所は言っていないので、うちの近所のショッピングモールの駐車場に待機中らしい。


 ヤバいヤバいヤバい!


 古賀と千早さんを一緒にして、暇な時間を作ってしまったら仲良くなってしまう! そうでなくても、なんとなく二人は息が合っていた。その点、俺はよそ者っぽい感じになっていて、なんとか二人の間に割って入っていたのに!


 俺はベッドのそばにあった服を急いで着て、近所のショッピングモールにダッシュした。


「ごっ、ごめん! お待たせ! 寝坊した!」

「ぷっ、夕方の待ち合わせで寝坊する人初めて見たっ」


 汗だくの俺、笑ってくれた千早さん。まさに天使!


「じゃあ、乗って乗って」


 なんだかちょっとおしゃれな軽自動車だった。聞いてないけど、多分、古賀の車だ。車内が男らしい感じがする。なにより、運転席に古賀が座っている。千早さんは助手席を降りて後部座席に移動してくれた。助手席を譲ってくれた女性らしい気づかいに俺は感動していた。


「じゃあ、行こうか」

「れっつごー!」


 古賀と千早さんの息がぴったりだ。まずい。益々まずい。


 シートベルトをして車が走り出して2~3分した時だっただろうか。後部座席の千早さんが話しかけてきた。


「別に無事やったけん、遅れてきたのは良いけど、心配したんやけんね!」

「ははは、ありがとう。あと、ごめん」


 後ろから千早さんに言われてバツが悪くて俺は苦笑いだっただろう。あと、博多弁かわいい♪


「あ、寝ぐせついとーよ」

「え? ほんとー?」


 後ろから髪の毛を触られて俺は悪い気はしていなかった。


「じゃあねぇ、罰ゲームで店に着くまで目隠しの刑やけんね♪」

「ごめんって」


 冗談かと思ったのに、後部座席から香椎千早さんが俺に目隠しをしてきた。タオルとかじゃない。アイマスクだった。


 ……つまり、事前に準備していた!? なんのため!?


「ホントごめんって」


 俺はアイマスクを外そうとして手を顔に近づけた。


「ダメって! 店まで絶対取らんで!」

「え!? あ、はい……」


 彼女に取るなと言われたら、もう取れないのだ。


 ……こうして、俺は車の助手席に乗せられた状態で目隠しをされたままお店に行くという異常な状態になったのだ。


「あ、千早さん。僕またあそこに行ったよ」


 古賀は、千早さんのことを『千早さん』と呼ぶのだ。既に俺よりも仲がよさそう。俺もその空気に乗っかって『千早さん』って呼んでる。実は、女性を下の名前で呼ぶのは初めてだ。


「殺されに行ったの?」

「そう、僕ももう2度目だったから、『おやじ、殺してくれ!』って言って来た」


 なんだこの会話。声のトーンは普通なのに、会話の内容が不穏すぎる。いや、聞き違いだよな?


「私は『殺人』の方に行ってきた」


 殺人!? これまた変な単語が聞こえてきたぞ!?


「よしなよ、二人とも。箱崎くんが怯えるから」

「……」

「……」


 誰!? 4人目! その女、誰ーーーっ!? ……もしかして、千早さんが気を使って1人女性を連れてきてくれたとか!? 俺と古賀、千早さんともう一人。男女2対2ってこと!?


「で、どうだったの? 『殺人』は」

「いやもう、完全に殺されてきた!」

「マジ!?」


 いや、なにこの会話!? 三人で楽しそうに話してるから、俺会話に入りにくい。


「あ、ごめんごめん。箱崎くんあのね……」

「あ、もう着いた」


 いや、どこにだよ!?


「はい、じゃあ、着いたよ」


 千早さんが言った。


「もう、目隠し取っていい!?」

「まだ、もうちょっとね」


 少しいたずらっぽい言い方だった。いや、どこいくの?! 俺ってどこに連れて行かれるの!?


「ドア開けちゃーけん」


 そう言いながら、その声はもう車の外に出ていた。


 予告通りドアが開けられた。車内の涼しいエアコンの空気と違って外の蒸し暑い空気がむあっと全身を包む。


 視覚情報がない分、俺は色々警戒していた。無意識に声も出さないようになっているんだ。


「じゃあ、行くねー。すぐ着くけん」


 俺は千早さんともう一人の女性に手を引かれ、目隠しのままどこかを歩く。


 怖い怖い怖い。見えないの怖いよ!


 そして、ニオイがもう訳が分からない。なんかスパイス的なニオイがしてきて日本じゃないみたい。


 俺、知らない間に海外に連れてこられた!?


 両手を女性に引かれて歩いてる自分を想像したら悪くないけど、どこに行くのか検討がつかない。


 地面は固い。アスファルト? おっかなびっくり歩いてる。見えないってこんなに怖いもの!?


 視覚情報がない分、他の色々な感覚が研ぎ澄まされる。周囲の音から、何人かとすれ違ってるみたい。なんだか騒がしい。何語なの!? 英語でもない。なんとなく中国語でもない。


「俺、殺されに行くの!?」

「ぷっ、そこまでないって」


 どこまではあるの!?


「はい、着いたよ。もう目隠し取っていーよ♪」


 千早さんの声で俺は恐る恐る目隠しを取った。


「まぶしっ」


 外はもう暗いのに、照明の光が目にいっぱい入ってきた。そこには「ゆ」の文字。


「こ、ここは……」

「そ! もうあのお店オープンしたんやって!」


 そこは、以前俺たち三人がバイトで来た銭湯だった。


「銭湯の後、飲食店だったでしょ? また飲食店になったんて!」

「はぁ……」


 我ながら間抜けな声が出た。


 とりあえず、俺たち4人は店に入ってテーブルについた。店員が来るまでも千早さんの興奮は収まらない。


「ここの麻婆豆腐が辛いらしいっちゃん!」

「へぇ……」

「ほら、さっき千鳥くんが『ころしのカレー』の話しとったやん?」

「『ころしのカレー』……?」

「それじゃ分からないよ、千早さん」


 俺の間抜けな声と表情に見かねたのか、古賀が助け舟を出してくれた。


「あのね、二日市駅の駅前に『ころしのカレー』ってあってね、これがかっらいの! この間、千鳥くんと行ったんやけど、気に入ったみたいでまた行ったって話」


 行ったんだ、古賀と二人で。色々情報が多すぎて頭に入って来ない。


「それで、私が行った『殺人担々麺』は陽華楼って博多駅前のお店ね。もんのすごっっっっっく辛い担々麺なの! 私も千鳥くんも辛いもの好きだから」

「そ、そうなんだ……」


 そんな仲良さそうに……。一緒に辛いものを……。ダメだ……俺の入る隙間なんて……。


「あ、多分、箱崎が誤解してるから! 俺と千早さんはいとこ同士だから! バイトだって僕があんまりしたことないから、千早さんに紹介してもらったから一緒だっただけで……」

「え? 古賀と千早さんがいとこ!?」


 俺はうなだれた頭を上げた。


「あれ? 言ってなかったっけ? そうよ。それで、箱崎くんも辛いもの食べツアーに巻き込んじゃえって感じで今日はここなんやけど」


 知らなかった。俺はてっきり飲み会とばかり……。なんだ、ホラーでも、サスペンスでもなかったのか。


「色々びっくりしたよ。車ん中で二人とも『殺してくれ』とか『殺人行ってきた』とか……」

「ごめんごめん、それだけ聞いたらびっくりするよね。今日の麻婆豆腐は私のおごりやけん!」


 注文を取りに来ないと思ったら、既に予約していたらしい。


「じゃあ、もう一人の人は? 古賀の彼女?」

「え? もう一人って?」

「ほら、一緒に車に乗ってきた! 千早さんの横に座ってた人! 店に入ったと同時に姿が見えないんだけど……トイレ?」


 俺が周囲を見渡す。


「いやいやいやいや! 私たちずっと三人だけだから! 誰それ!!」


 夏のホラー話はまだ終わってなかったらしい。



 ■

 現在、5088文字。もう一息! 千早さん博多弁にしました^^

 コンテスト応募予定のため、5000まで落としていきます。あと、一人語り形式に直していく予定です。ぜひ、ご意見お願いします。

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