蓑原臨美は偽らない

 朝早く、学校で彼女に会うと随分とまぶしく見えた。

 目を擦ってよく見てやっとその理由がわかる。彼女は取り巻きとなっているグループがカーストの上位だったからだ。俺みたいな下位にはこう見えているのかと寝ぼけ眼な俺の思考は判断する。

 まあそんなことを考えるのは朝早くだけなんだが。

 一限も終われば、頭もそれなりに冴えて判断力が戻ってくる。彼女らに差していた威光擬きはもう消えている。依然として俺は机に突っ伏す日常に変わりないが。

 夜々はこちらをちらりと見ると、小さく手を振ってすぐに隣の子の話に加わる。そこまでするなら関わらなければいいのになんて思うのは失礼か、と思い直す。

 スマホを触って、黒板写して。昼休みはすぐに訪れる。

 逃げるように弁当を持って教室から退散する。あんなに会話にあふれたところでご飯を食べる気にはあまりなれない。かといってトイレで食べるのは衛生的に嫌なので違う場所にする。なによりトイレは雑談する男子がいるから静かに食べれないしな。

 校舎の片隅、一階から外に出る二つくらいしかない階段で俺は弁当箱を広げた。一年も繰り返していると、まるで自分の家のように落ち着く。ご飯にふりかけをかけていると後ろから歩いてくる足音がした。

「隣、良いかな」

「蓑原か。別にいいぞ」

「やった」

 彼女も隣に座って弁当を開く。曰く、彼女は自分で弁当を作っているらしくおこがましくはあるが自分の食べている弁当と比べてもクオリティは明らかに高い。そんな弁当だが、一度味見をさせてくれたことがあるが味も見た目だけではなかった。

「でもうらやましいな。親の弁当なんて私も食べてみたいよ」

 彼女は親がいないらしく、一人暮らしだという。数か月の間話をしていくうちに互いのことを少しづつではあるが知っていた。

 羨ましそうに手にしている弁当を見てくるので右手で弁当を彼女の方にやる。

「一口ならいいぞ」

「いいの?やったあ!」

 彼女はどれんしようかなと悩みながら箸を動かす。「探り橋はよくないぞ」といいながらも、どれもおいしそうだからと返されて、自分で作ったわけではないのに普通に嬉しい。しばらくして卵焼きを取って口に運んだ。

「やっぱりトキの家の卵焼きはおいしいなぁ」

「そうか?普通だと思うが」

 甘いのが嫌いな俺は毎度だし巻き卵を頼んでいる。そして彼女は毎回それを選ぶ。

「いい?親が弁当を作ってくれるなんてありがたいことなんだからね。それを分かってないトキには、こうだ!」

 と言って俺の弁当に入っていた卵焼きを全部口に含んでしまった。あっという間に平らげた彼女はそのまま自分の弁当にも食べる。口いっぱいに入れて食べている彼女の頬は膨らんでいて可愛い。

「じゃあ、お前のも貰っていいか」

「え、あ、、うん。ほら」

 箸で一つ彼女の作った卵焼きを貰う。わざわざやってくれなくても自分でやるのに。蓑原は箸で掴んだ卵焼きを顔の前まで持ってくる。

「はい、あーん」

「………美味い。でも別に自分で食えたぞ」

 余計な一言!と怒られながらも弁当を食べ終わる。それからしばらく雑談を挟むと、話題は彼女の学校生活に移る。

「蓑原は友達出来たのか?」

「うわ、それ聞いちゃう?部員以外の人で仲いい人はいないかな。あ、もちろんトキを除いてだけど。やっぱりそりが合わないのかな。なんか疲れちゃうんだよね」

 たまたまここで出会った彼女は美術部に所属している。なんでも絵を描かせたらこの学校で右に出る者はいないらしく、それを謙遜している彼女が自分で描いたというスマホの待ち受けを見せてくれたことがあるのだが、そう言われるのも納得の上手さだった。それを褒めて以来、時折絵を見せてくれるようになった。

 今日も何かの絵を書いてきてくれたらしい。

「トキ、今日の絵はこれ!何かわかる?」

「俺か?」

「そう!よくわかったね。今回はコンクールに出さないといけない絵があったんだけど、この間見たトキの横顔が良かったからさ。勝手に書いちゃった。これ、提出しても良いかな」

「別に俺でいいなら構わないが」

「ホントに?ありがと!」

 逆に俺で良かったのかというのは置いておいて、話は終わる。校舎裏から見える木は葉桜に変わりかけていて時折風が吹いて地面に敷き詰められた桜が舞い上がる。

 予鈴が鳴ると、俺も蓑原も弁当をしまって階段をあがった。

「それじゃあまた」

「うん、また明日ね」

 彼女が手を振るのに、返すのが恥ずかしくて片手を少し上げるだけで教室に入る。これが友達だったらいいのになと思いながら、自分の机を見ると誰かが座っていた。扉に掛けた手を離さないでそのまま反転して俺はトイレに逃げ込んだ。

 チャイムの鳴るギリギリで教室に戻ってもまだ俺の机には女子がいた。勇気を振り絞って声を掛けたらすんなり避けてくれて、難を逃れることができた。教科書を用意してそこに突っ伏す。

 残り時間が少なかろうが休み時間は休み時間だ。その時間を使い果たさなくては。だけど、突っ伏しているとなぜだかいい香りがする。

 ………考えてることがキモすぎて死にたくなった。

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俺の知らない間にラブコメだけが進んでいる 日朝 柳 @5234

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