俺の知らない間にラブコメだけが進んでいる
日朝 柳
戻音一刻は悟られない
プロローグ
「私と部活動をしよう!」
二年生になったばかりの日の放課後、俺は突然背後から抱き着かれた。見る人が見たら勘違いしてしまうその光景だが、俺にはその相手が誰なのかは分かっている。
両手を後ろに回して首筋をゆっくり触るだけでその拘束は解かれた。
「な、なにすんだ変態!」
「お前がそれ言うのか」
天秤は常に彼女に傾いている。同じ触るっていう行為なのにここまで差の表れる肩身の狭い社会だなと億劫しながら俺は彼女の落とした鞄を拾い上げる。
「ほら、変態が拾ってやったぞ」
「あ、ありがと」
どういたしましてとだけ言って俺は駐輪場に向かおうと歩を進めると、また肩に手がかかる。今度はなんだと振り返ると手にはカバンから取り出した紙を自信満々に見せてきた。
「だから、私と部活動をしようって言ったんだよ」
一人の入部届があり、そこには『文学部』と記されている。俺にはまったく興味のない世界。それに、いまさら部活に入ったところで。そもそも今さら部活動に入ってどうするんだ。もう二年生だぞ?
もう何年になるか分からない付き合いでも、彼女の考えていることはよく分からない。俺には分からない何かがきっと見えているんだろう、たぶん。
「いいんじゃないか。夜々が入る分には」
少なくとも、わざわざ俺が入る必要はないだろう。ここは、どこかの省エネ男子が言っていたことのように俺は手を引く。
しかしそれでは納得いかないのか、彼女の手が離れることはない。むしろ強くなって拘束力が上がる。なんで俺にここまで執着するのか全くもって分からない。
「なんだよ。まだ俺に用か」
「だから一緒に入ろうって言ってるじゃん!」
一言も言ってねえよ。と喉までいって引っ込める。俺は名前の欄は空白のその入部届を奪うと、ペンで殴る様に自分の名前を書いた。
「ほら、これでいいだろ。俺は忙しいんだ。お前も高校生ならもう少し友達作ったらどうだ?」
入部届を突き返して俺は自分の自転車が置いてあるところに着く。しばらくして遠くから「トキのバカーーーッ!」という声が広い駐輪場に響いてきた。その一言だけを残して彼女はとぼとぼと校舎へと戻っていき、俺は静かに南門から自転車を走らせる。
「気分が悪いな」
いくら幼馴染とはいえ、人の頼みを無下に断るというのは案外心にくる。でもそれは千里の道の一歩に過ぎない。春風は桜の花びらを舞い散らせる。
自転車は坂道を下って進んだ。明日謝るべきかどうか、ただ真剣に考えながら。
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