第3話 静けさと塔
焚き木は既に炎を消し、細い煙を燻るだけになっている。巨大なイズリの身長の約半分ほどもあるバックパックを余った食料や敵部隊から回収した武器で満たし終わると、イズリは何度かそれを地面に軽く打ちつけて形を整えた。
「ユティア」
イズリは少女の名を呼んだ。奥で廃車を調べていた姿勢のままで顔だけよこす。
「詰め終わったぞ。もう後は置いて行っても良い物だけか?」
「車両の廃品はどうするの?結構良いの残ってそうだけど」
「持てるだけ回収して行くか。俺は目利き出来ないから良さそうなのを選んでくれ」
イズリは立ち上がった。硬い靴底が草の間から見え隠れするコンクリートを踏んで響く。
ユティアは袖をまくり、露出したエンジンの部品を調べていた。機械油で黒ずんだ手でレンチを器用に動かして部品の一つを取り外し、やってきたイズリに見せる。
「これは結構すると思う…もう廃番になってるけど、電結晶で接続してるからモーターの回転効率が今のよりも良いの」
納得したような、微妙な反応をするイズリに部品を手渡す。
「それと……これ。結構痛んでるけど、ベースがユーバンフィルターだから濾過系の機械では重宝されると思う」
「おお…?」
イズリはこの手の機械には全く知識が無かった。説明されてもいまいちピンとこない。浮かない顔ばかりのユティアがニコニコしながら説明するので何か気の利いた返しを言ってやりたいとは思うが…なかなか難しかった。
その後も彼女の渡すものを受け取り続け……いつの間にかイズリの腕の中には廃品の山ができていた。
「これ…全部か?」
「無理かな…」
俄かにしゅんとするが、入らないものは入らない。少し頭を捻った。
「俺のバックパックの食料をそっちに移せたら入るかもしれん」
正直、食料なんて今更置いて行っても問題はなかった。輸送機でダルコに着けば、もらう報酬で幾らでも食べ物は手に入る。詰めたのは勿体無さ……イズリの惰性だった。それに、彼女に残された数少ない生きがいを奪ってしまいたくは無かった。
結局、積み上がっていた廃品達は全てイズリのバックパックに収まることとなり、食料と衣料品の類をユティアが持つこととなった。
輸送機の到着予定時刻まで、まだ10分ほどある。
・・・
「今日でこの塔ともお別れだね」
日が沈んだ地平線からかかる赤から青への虹色のグラデーション、その風景を切り取ったかのように、首都イーザンは黒く高く聳えている。
だだっ広いコンクリートの屋上を冬の夜風が通り抜け、笛のような音がどこかで鳴った。
「出来ればもう一生この場所とはおさらばしたいが」
イズリは武器を詰め込んだバックパックをちらりと見やった。
この地で殺した兵士は数えきれない…。傷む良心など残っていないと思っていたが、犯した業は案外重くのしかかっている。
傭兵である彼を雇った軍事国家・ダルコは敵であるメルツンバートの部隊がどのような武器を携行しているのか調べたいと言い、一都市の連隊殲滅ついでに武器の回収を依頼した。殺した挙句に物まで盗む事に乗り気はしなかったが、報酬は上乗せされるらしい。全ては金のためだ。
値は高くつくが、必ず依頼を遂行する最強の傭兵―そんな話も、回るところでは回っている。白い異形頭で相手を狩り尽くす姿から、いつしかイズリは「白金の悪魔」と囁かれるようになった。噂通りに金は搾り取り、しかし完璧に敵組織を潰して回る日々。
―そんな生活も今日で終わりだ。
イズリはおもむろに視線を前に向けた。ユティアはフェンス沿いに広い屋上を歩き回っている。世界の裂け目のようなイーザンを下から上へ追いかけてみたが、雲を突き抜けた時点でばからしくなってやめた。人工物というより、神が気まぐれで棒を一つ大地に突き立てたと言われた方がまだしっくりくる。屋上の地面が遮って根本は見えないが、小指のような細い影がその近くに並んでいるのを見て……考えるのをやめた。
わたを適当にちぎって伸ばしたような薄い雲がどこかに向かって伸びている。何を考えるでもなく、バックパックに背中を預けてしばらくそれを見ていた。
イーザンは、まるで未来永劫そこにある事が世界の真理であるかのように、変わらずそびえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます