第2話 二人

都会、と呼ぶのが正しいはずの景観、そのビル群も、今は主人を失い、沈黙に伏して風化を待っている。200メートルほどの直線道路、その道のはるか遠くには雲に隠れる黒い壁…いや、太すぎる塔が天を貫いていた。時折瞬く星のような微かな光は、その「首都」が機能している証拠だった。


 首都イーザン…その場所は、この国・メルツンバートのみならず、大陸の至る所から確認できる。独裁国家の成れの果て、権力の帰結。最硬最強の要塞、それは幾度も戦争を繰り返すメルツンバートにとって、何にも変え難い心の拠り所だった。そしてまた、世界にとっては繰り返される悲劇の象徴でもあった。


 「あれ」が機能している限り、例えその他の全てが失われようともこの国は総統の気分次第で戦争を繰り返すのだろう…


血で固まった機関銃を携え、異形頭の男は忌々しげにため息をついた。やがてあるビルの間に吸い込まれるように入って行き、そこで簡素な鉄の扉をノックした。


「イズリだ。終わったぞ」

 すぐに返答があった。


「偽物か?」

 淡々とした、透き通った声。女だった。


「そうだ」

 イズリ、と名乗った男は奇妙な質問に即答した。やがて間を置いて、内側の女と同時に扉をノックした。軽い音が反響する。

ドアノブに鍵が差し込まれる小さな音がしてから、扉が内側に向かって開かれた。金髪を肩まで下げた少女がコンクリートの階段の前で銃を片手に立っている。合言葉が通じない奴は撃ち殺す手筈になっていた。


「おかえり、イズリ」

「ああ」


 ・・・


「やっとこれで全部終わったな」

 車両の放棄された地下駐車場に、イズリの低い声が響く。コンクリートの隙間から伸びでた雑草の類は腐って溜まり、薄く腐葉土の層を形成していた。壁沿いには弾薬や銃器の類が積み重ねられ、少し離れたところに寝袋が二つ並んでいる。地上に通じる階段のドアからさほど離れていないところに、現地調達の間に合わせの台所が作られていた。焚き火にかけられた鉄網の上では、歪んだ鍋が煮立って気泡のはねる音と湯気を立てている。彼らの活動拠点だった。


少女はお玉で二人分の器にスープを入れてから、鍋の縁をそれでかんかんと2回叩いて汁を落とした。

「終了報告は送っておいた」

「ああ、助かる」

 イズリが言い終わると同時に、あぐらを組んだ彼の前にスープの器が置かれる。

「ダルコの奴らから何か返事は?」

「輸送機を送る、って」

「じゃあまた屋上待機か」

 言い終わるが早いか、イズリは器に注がれたスープを片手で一気に飲み干した。彼の口はまるでファスナーを拡大したかのように交互に段のある奇妙な形だが、器用に一滴もこぼさなかった。

「…うまい」

 頷きながら呟くように言う。

「入れたばっかりなのに…頑丈な口してるね」

 まだ勢い良く湯気を吐く器を置いて、少女は呆れるように言って、しかし少し微笑んだ。


「さっき飛ばし始めたなら、輸送機がこっちに着くまで一時間はかかる…多少ゆっくりしても良いだろう」

 少女も頷く。

「今回は疲れた……殺しはもう沢山だ」

 イズリが静かに吐いた白い息は、そのまま巻かれて消えていった。

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