本編
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8月20日午後19時。聡美は出かける準備をしていた。
「お金は持った? あんまり遅くならないようにね?」
聡美の母は不安そうに言い聞かせた。
「大丈夫だよ。お金は持ったし21時までには帰ってくるから」
母親の不安などものともせずに聡美は笑ったが、内心ではこっそりと手を合わせて謝っていた。
流石に人が見てはならない神事を覗きに行くと言っても許可はされない。なので、偶然にも近くで開かれている夏祭りを恵子と一緒に遊んで来ると言って許可を貰っていた。
するとそこに祖母が現われた。
「聡美ちゃん。お祭りに行くのは良いけど、今日は一番街商店街の方に行っちゃダメよ?」
その言葉に聡美はドキリとした。すぐに返事をしたかったが、言葉が出てこない。
代わりに言葉を発したのは母だった。
「一番街商店街って何かあるんですか?」
「あら、知らなかった? 今日は
それを聞いた母は感心が有るような無いような返事をした。
「それじゃ、行ってきます」
聡美はボロが出ないうちに家を出た。玄関を出ると、夏特有の生暖かく肌に纏わりつく夜風が聡美を包んだ。それを不快に感じながら、急ぎ足で恵子との待ち合わせ場所に向かった。
遠くで祭りばやしの音が聞こえる。
「帰りに綿飴でも買って帰ろうかな」
そんな事を思いながら待ち合わせ場所に到着すると、既に恵子が待っていた。
「お待たせ」
聡美が笑顔を向けると、恵子の方も笑みを作る。
「それじゃ、行こっか」
いたずらっ子のように笑みを作り、2人はお互いを見合った。
待ち合わせ場所からすぐの所に橘通りがあり、そこを真っ直ぐ歩いて行くと一番街商店街があるのだが、その道中で聡美は疑問を口にする。
「なんで商店街に神様が来るんだろう?」
それはずっと考えていたことだった。神様が居るのは神社だと思っていた彼女にとって、商店街に神様が来るというのはピンと来なかった。
「たしか、昔はこの辺りにで神事?をしてたんだって」
「シンジ?」
「そう。神様がお告げをしてくれるイベント、みたいな感じだと思う」
「……なるほど」
分かったような分からないような感じで曖昧に頷く聡美。
「学校で習ったんだけど、宮崎県って神様が最初に来た土地だから、他の神様も来やすいんだって」
「へぇー」
「祭事をやらなくなった代わりに、神様たちの憩いの場として8月20日は神様たちに貸してあげるんだってさ」
そんな会話をしながら歩き続け、目当ての場所に辿り着いた。
「ここ?」
「そう。この商店街」
一番街商店街と文字が掲げられ、上にはアーケードの屋根がついていた。
普段ならば賑わっているのだろうが、今はもう誰もおらず電気も付いていないので、どこか異質な恐怖が広がっている。
その光景は聡美にとって心霊スポットにも感じられて、少し腰が引けてしまう。
「怖ッ」
思わず呟いた聡美に、恵子は物怖じした様子もなく告げる。
「大丈夫だよ。神様が遊びに来るなんて迷信だから」
恵子はそう言うと、封鎖のために張られているロープをくぐって商店街の中に入っていった。
「帰りたい」
聡美は小さく呟いたが、恵子には聞こえていなかったらしく、ズンズンと歩いている。
彼女は暫く葛藤したが、恵子の後を付いて行くことに決めた。
素早くロープをくぐり抜けて小走りで恵子に追いついた。
「ホントに誰もいない」
立ち並ぶ店舗は全てシャッターが降ろされ、電気も消えている。見張りの大人がいる訳でもなく、この空間だけが切り取られたかのような静寂が広がっていた。
自分たちの喋り声だけがアーケードの中にこだまする。
暗い道をゆっくりと歩き続け、商店街の真ん中あたりで立ち止まる。
「どうしたの?」
不安げに聡美が聞くと、恵子は眉根を寄せて辺りを見回した。
「何か聞こえない?」
そう言われ、聡美も周囲を見回す。
最初はわからなかったが、微かに遠くの方から鈴の音が聞こえた。
シャン、シャン。という音。
「なんだろう?」
聡美は泣きそうになりながら、音の方を見る。
シャン、シャンという音は次第にハッキリと聞こえだす。
「商店街の入り口辺りだよね」
恐怖からか聡美の口数は増え、対照的に恵子は何も喋らなかった。
シャン、シャン。
すると、鈴の音に太鼓の音も加わり始め、賑やかになってくる。
「明りだ」
今まで黙っていた恵子が何かに気付く。
「え?」
「ほら、明りと音が近づいてくる」
言われて聡美も見てみると、確かに薄く明りが広がっている。その明りと音は商店街の入口辺りで暫く止まってから、一番街商店街に入ってきた。
「え、どうしよう」
聡美は狼狽えながら恵子のシャツの裾を軽く引っ張った。
「隠れよう」
2人は夢中で隠れられる場所を探し、【『みやざき晴海』という店の隣にある階段の脇(音声スポット)】に隠れた。
「素直に謝れば許してくれるんじゃ」
聡美が弱弱しく提案するが、すぐに否定された。
「謝るって誰に? 神様? 今日は大人だってこの商店街に近づかないの。信じてなかったけど、本当に――」
その後の言葉は続かなかった。
今からやってくるのが、人間であることを祈りながら2人は身を寄せ合った。
鈴の音と太鼓の音。それに乗せるように笛の音も加わって、祭囃子として完成した音楽が段々と迫ってくる。
それと共にガヤガヤと人の声のようなものが大勢聞こえた。
祭囃子と共に多くの人が商店街を練り歩いている。聴覚だけであれば、それで間違いはなかった。
しかし、2人の目の前に現われたのは人間ではなかった。
カラフルな提灯が空を漂い、どこからか花びらも舞っている中を、着物を着た額に角のある女性が通る。他には身体は人間だが頭は牛だったり、視線を下に向ければ小さい何かが、1列になって走っていく。
そんな人間とは違う者たちが行列を作って通り過ぎて行く。
2メートル近い大きさの影絵のような
喋ってはいけない。2人は本能的にそう思い、恐怖を押し殺して耐えていた。
神々しいという言葉も当てはまるのかもしれない。しかし、少女たちに映る光景は恐怖だった。それ故に、2人は震えながら互いを支え、この祭りが終わるのを待つしか無かったのだった。
どのくらいの異形を見たのだろう。そして幸いにも彼女たちに気付く者はいない。
はずだった。
何を喋っているかは分からないが、統一のない声がピタリと止んだ。そして、歩いていた彼らは立ち止まり道を開ける。それは2人の少女に気付いたからではなく、歌声が聞こえたからだった。
歌声は透き通るような女性のもので、思わず会話など忘れて聞きほれてしまう美声。
どこまでも届くような、近くで囁かれているような。そんな歌声が商店街を包んだ。
今まで震えているしか出来なかった聡美と恵子も、その声を聞いた途端に恐怖が和らいだ。
その歌声は段々と近くなり、ついに少女たちの目の前にやってきた。
まず目に飛び込んできたのは豪華で綺麗な着物。
そしてそれを纏う女性も美しかった。黒く艶やかな髪を
「綺麗」
恵子が言葉を発した。
咄嗟に聡美が恵子の口を押える。どうか誰にも気付かれていませんように。そう願いながら、恐る恐る視線を前に向ける。
「ヒッ」
目が合った。ある者は振り返り、ある者は見下ろして、ある者は見上げる形で少女たちの姿を瞳に写していた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
涙を流しながら息が続く限り2人は一心に謝り続けた。
『大丈夫よ』
それはとても優しく、安心させる声。
聡美と恵子が涙をこぼしながら再び前を向くと、先ほどまで歌っていた女性が居た。
『怖がらなくても大丈夫よ。興味本位で覗きに来てしまったのね』
女性は語りかけながら少女たちの頭に手を置いた。
『貴女たちが見たものは全て夢。さぁ良い子は眠る時間よ』
女性はそう言うと再び歌い始めた。綺麗な旋律の子守歌を聞いた途端、少女たちは糸が切れた人形のように意識が途切れたのだった。
次に聡美が目を覚ましたのは部布団の中だった。
「あれ?」
なにがなんだか分からないまま体を起こす。
ボーとした頭のままカーテンを開ける。
昨日は確か、と考えたところで思い出した。慌ててスマートフォンを取り出して恵子に電話すると、彼女も不安そうに電話に出た。
『お母さんに聞いたら、いつの間にか帰ってきてて布団で寝てたって』
商店街から帰った記憶はない。しかし、2人ともハッキリと自分たちが見たものを覚えている。
「やっぱりアレって神様なのかな」
「……多分」
いくら考えても答えなど出るはずもなく、2人の少女は頭を抱えるしかなかったのだった。
通りゃんせ 笹野谷 天太 @wd-l27
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