第5話
こっそりと屋敷を脱出した二人は、計画したとおりに買い物を楽しんだ。
はたからみれば二人のその姿は、完全に仲睦まじいくデートをする姿にしか見えない光景だっただろう。
誰の目にも明るく見える二人の姿は、それはそれは理想的な婚約関係に映ったに違いない。
二人はともに心の底から楽しそうな笑みを浮かべ、その時間を消費していった。
…しかしジークが笑みを浮かべていた理由は、円満な婚約関係を喜んでいることからくるものではなかった…。
「…さて、ミレーナ、そろそろ戻ろうか?」
「はい、かしこまりました」
「…どうだい?今日は楽しんでくれたかい?」
「もちろんです!こんな素敵な時間をプレゼントしてくださって、本当になんとお礼を申し上げればいいのか…」
「はっはっは。僕が好きでやったことなんだから、お礼なんて考えなくてもいいのに」
「で、ですけれど…」
「そもそも、お礼はもう受け取っているから心配はいらないとも♪」
「??」
ジークが最後に言った言葉の意味を、ミレーナは理解することができなかった。…もうすでにお礼を受け取っているとはいったいどういう意味なのだろうかと、頭の中で考えを巡らせてみる。
…しかし、今の彼女にその答えを導き出すことはおろか、想像することさえ不可能だっただろう。
「(お礼はほかでもない、君の処刑を貴族たちに見せびらかす余興を行ってもらうことだとも♪残念だけれど、君はもうすっかり僕の事を婚約者だと信じ切ってしまっている様子。…好きでもない女に今まで媚びを売り続けたんだから、最後くらい盛大に僕たちの事を楽しませてもらわないとね♪)」
ミレーナの心を完全にわがものにしているジーク。
そんな彼の事を疑うことなど、出会ったばかりのころのミレーナならばともかく、今の彼女には到底できることではないことだろう。
――――
そろそろ戻ろうという彼の声を聞いて、私は自分の中に湧き上がる寂しさを感じていた。
今まで全く感じたことのないその感情は、きっと幸せであるがゆえにもたらされるものなのだと思う。
少しでも長くこの人と一緒にいたいと思うからこそ、この温かい時間が終わってしまうことに、寂しさを感じてしまうのだろう。
けれど、これは仕方のないこと。
私がここでわがままを言って、彼の時間を縛ることは許されない。
本心を言えば、まだまだ一緒に外にいたい。
ようやく巡り合うことのできた愛する人と、二人きりでいたい。
「はい、かしこまりました」
そんな自分の気持ちを押しとどめて、私は努めて静かな口調でそう言葉を返した。
この温かい関係が、今後もずっとずっと続いてくことを願って…。
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