第24話『明智の奥義【麒麟天陣斬】』
はじめは援軍を待つつもりだった。
物陰に潜み、部下に待機命令を出し、味方と合流した後にたたく。
無用な犠牲を生む蛮勇は兵を預かる者としてあってはならない。
だというのに拙者の心は揺らいだ。
南波の妻子が出てきたところで自分の目を疑った。
「馬鹿な……」
信じられなかった。
南波の妻と娘は拙者の失った妻子とよく似ていた。
幻覚でも見ているのか。
拙者の願望が錯覚を見せているのか。
南波の妻が暴力を受けている。
母を呼ぶ悲痛な叫びに飛び出したい衝動が抑えられない。
どうにか拳を強く握り自制する。
こらえながらも自問し続ける。
「あの二人を拙者は見殺しにするのか?」
妻と娘に瓜二つの彼女らを見捨てて、人として胸をはって生きていけるのか。
拙者はどうすれば……。
ふと妻子との最後の思い出が脳をよぎった。
――――――
――――
――
「父上、遠くに行っちゃうの?」
幼いが目がぱっちりした愛しい娘がさみしそうにすがりつく。
将軍が暗殺されて混乱が続く幕府で、新たな将軍の不興をかった明智様が事実上左遷された。
拙者は明智様について行くことになった。
「すまぬな。遠い辺境の地で大事なお役目を果たさなくてはならないのだ」
「父上えぇ~~」
まだまだ父親に甘えたい盛りだろうに愛娘を残していくことに後ろ髪を引かれる。
赴任地は過酷な場所だ。
とても妻と娘を連れてはいけなかった。
「これ、陽奈。父上は私たち皇国の民が健やかに暮らせるよう立派なお役目を果たそうとしているのですよ。困らせてはいけません。心置きなくお役目を果たせるように笑顔で送り出さねば父上も安心できませんよ」
妻の照子が気丈にも陽奈を叱り諭そうとする。
お役目に集中出来るよう気を配る照子は拙者にはもったいないよき妻だ。
「うう~~」
涙目でこらえながら陽奈は割り切ろうと頑張っている。
「父上はみんなのために頑張るの?」
「ああ」
「そっか、父上はすごいんだね」
「ありがとう。だが拙者よりすごい人はたくさんいるぞ。周りは英雄ばかりで拙者はまだまだだ」
「でもね。私にとっては父上が英雄だよ。だから早く帰ってきてね」
最後は陽奈も笑顔で見送ろうと手を振る。
本当にうれしいことをいってくれる。
これには妻の照子も叱るに叱れない。
慕われていると思えば微笑ましく思えるのだ。
「善処しよう。いい子で待っておるのだぞ」
しゃがみ込み、娘と視線を合わせて頭をなでる。
満面の笑みを拙者は目に焼き付ける。
陽奈の頭には綺麗なかんざしが挿してあった。
娘の陽奈にはまだ少し大きいのか不釣り合いにみえる。
拙者の誕生日の贈り物だったのだがこれには今更ながらに恥じ入った。
ただプレゼントすればいいものではないな。
今度ちゃんと似合うものを贈らねばなるまい。
「ああ、必ず帰ってくる。土産もいっぱい買ってこよう」
「あなた、お帰りをいつまでもお待ちしています。どうかご無事で」
「照子、留守を頼む」
拙者とて幼い娘と妻を都に残していきたくはない。
ないのだが恐山の封印を守る事はこの国を、ひいては家族を守る事だと言い聞かせて拙者はお役目に向かう。
これが最後の家族の思い出になるとも知らずに……。
恐山で拙者は都に残してきた妻子が鬼に殺されていた事を知った。
脅される前からとっくに殺されていたのだ。
もう妻と娘はいない、そんな予感はあった。
しかし、生きているという希望にすがり言いなりになってしまった。
妻子のためにと仲間を裏切ったのだ。
酒天王に騙された拙者の胸中は言葉に出来ぬ。
どうしようもない怒りと取り返しのつかない後悔。
激情が溢れるばかりなのにはけ口がなく膨らみ続けていく憎しみ。
拙者の中で何かが決壊しそうだった。
都にどうして残らなかったのか。
過去に戻って自分を殴ってやりたい。
ああ、そうか。拙者は自分が何よりも許せないのだ。
「拙者にはもう……なにも残っていない」
心が虚無になり、腹を切ろうとしたときだった。
女神のように美しいウサギ獣人が大事なものを取り返してくれた。
陽奈のかんざしや照子の着物の帯だ。
「これ、取り返してきたよ」
「あ、ああ〜~それはっ」
「つらいよな。元気を出してなんて軽々しくいえないよ。俺も大事な人をたくさん失ったから。それでも俺は生きている。なぜならその大切な人たちから受け取った大事なものを背負っているから。だから胸をはって精一杯生きることにした。忘れる必要はない。とりあえず今は生きろ」
「うう、あああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーー……」
なにも残っていないなんて嘘だ。
拙者にはかけがえのないものがあった。
妻と娘のかけがえのない家族の思い出があったのだ。
愛していたからこそ悲しかった。
何も無かったなどと照子と陽奈を否定する事になる。
それこそ悲しいことだ。
死んだ照子と陽奈が今の拙者をみてどう思っているだろうか。
新田様はそれを教えてくれた。
思い出させてくれた。
きっと新田様も絶望や悲しみを味わったのだろう。
理解者がいてくれる。だからだろうか。
拙者の心はまだ折れることなく生きていけている。
――
――――
――――――
「――春奈っ!!」
拙者ははっとした。
なんという運命のいたずらか。
あの娘も同じ読みの『はるな』だと!?
気がついた時には体が勝手に動いていた。
割って入り、感情のまま行動してしまう。
「……南波、家族に剣を向けたな。妻子を手にかけようとは、
――何事だあああ」
「へぶしぃっ」
南波が拙者に殴られて飛んでいった。
忌むべき災厄の鬼の魔剣はひどく動揺したようにうろたえる。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿ななんだゼ。どうして、死なない。なんで鬼にならないなんだゼ」
「ふん、簡単なことだ」
「どういうことなんゼ?」
「俺は【毒耐性】スキルを持っているからな」
「はあああああああーーーーーーーーーー?」
あの魔剣の放つ禍禍しいルインオーラ。
こいつも酒天王の仲間なのだろう。
ならば拙者の敵だ。
「災厄の鬼はすべて滅する。――必ずだっ!!」
――――――
――――
――
「そなたらは拙者の後ろで隠れておれ。動いてはならぬぞ」
「は、はい」
照子によく似た南波の妻、夏美は娘を守るように背中でかばい抱きしめた。
まるでバネのように南波が拙者に飛び込んで斬りかかる。
「なっ、はやい?」
今までの動作とはまるで別人のような動き。
驚きながらも刀で受ける。
それに、重い。
何という剛力か。
ほんとに素人同然だった南波なのか。
「ぎゃああああ、脚が、脚がめちゃくちゃいてええええっ」
「っ!?」
「ぎゃははは、よく避けたんだゼ。次行くゼ」
怒濤の攻撃に戸惑いながらも拙者は必死に南部の攻撃を捌く。
しかも相手の攻撃を完全には見切れず傷が増えていく。
おかしい。これは人の繰り出す剣ではない。
――まさか。
「藤田様」
「来るな。まずは鬼どもを駆逐せよ」
自分の部下には南波の周囲の露払いを任せて一人対峙する。
いや、正確には南波を操る災剣鬼冥世相手に戦っている。
「ヒャッハハハハッ、やっぱり、そうなんだゼ」
気づかれたか。
鬼にはなっていないが毒を完全に防げていた訳ではない。
徐々に体力と体の自由が奪われている。
「ひいぃ、いだい、いだいいだいいだい。やめてくれーー」
冥世はもはや使い手の南波に何ら遠慮もなく酷使している。
冥世が南部の体の支配権を奪っていたのだ。
それ故に、限界を超えた身体能力を無理矢理引き出していた。
間接の可動域すら無視した攻撃が迫る。
拙者はみたこともない剣の軌道に翻弄されてしまっている。
むうぅ、なんと戦いづらい相手か。
通常の人間では決してあり得ない剣の軌道。
次第に拙者は満身創痍、毒も回り始めている。
「はあ、はあ、くっ……」
「どうした、どうした。動きが鈍くなってるんだゼ」
「イダイぃ。おいおまえ、死ね。しねしねしね。痛んだよ、さっさとくたばれ愚図がっ」
腕と足があり得ぬ方向に曲がりくねり痛がる南波。
言動は武士とは思えぬ醜態ぶり。
正直聞くに堪えない有様だ。
「生憎と拙者は災厄の鬼に負けてやるつもりはない」
つばぜり合いから器用に受け流して冥世を持つ南波の手首を切り落とそうとする。
「甘いんだゼ」
「いでええよーー、いぎゃあああーーーー」
もう少しというところで手首が三六〇度ぐるりとあり得ない回転を起こした。
そのまま拙者の腕を切ろうと迫ってくる。
なんと面妖な動きをするのだ。
「このっ」
鉄甲にオーラを纏わせ滑らせるように冥世を躱してどうにかやり過ごす。
「ヒヒヒ、なかなかしぶといんだゼ」
息を整え、拙者は突破口を探す。
傷口から血が流れ、体力が心許なくなっている。
息が苦しい。
体が重い。
立っているのがつらい。
さらに問題なのは災厄のルインオーラは人間のオーラよりも強い。
結果として対抗するために刀に通すオーラは通常の何倍も多く消費している。
体力、オーラともに限界が近い。
どうにかせねば殺される。
考えろ、何か手はないか。
そんな中、すさまじい魔導銃の斉射音が立て続けに響く。
南波側の鬼と兵が次々に倒れていく。
「藤田ーー、無事か」
明智様が援護に来てくださったようだ。
本来であれば心強い援軍のはずだが今は違う。
「明智様、近づいてはなりません」
「なんだとっ?」
「南波の持つ魔剣は災厄の使徒でござる。その能力は少しでも切りつけた者を鬼にして支配する能力。毒耐性スキルの低い者は戦ってはなりません。明智様ほどの使い手が鬼となれば手がつけられぬ災厄が誕生してしまいますぞ」
「なんてことだ。そのような厄介な敵がおるとは……」
「ヒャッハハハッ、そいつはいいな。こいつを殺したら明智って男を鬼にしてやろう。本来はかすり傷一つつけるだけで無双できるはずなんだ。毒耐性スキルを持つお前はほんっと目障りなんだゼ。とっととしねやああ」
冥世が勢い込んで猛攻を仕掛け、拙者は必死で受け流していく。
ようやく少しずつだが変則的な動きに慣れてきた。
だが残っている力はわずかだ。
片膝をつき、刀を杖代わりに冥世をにらむ。
つらい。このまま倒れて楽になりたい。
だが鬼に屈するなど死んでもならぬわっ。
わきたつ弱音を押しとどめ奮い立たせる。
立てっ、災厄の鬼にされたことを忘れるな。
剣を持て。
集中しろ。
勝つことだけを考えるんだ。
天守には尊き足利様もおられる。
ここを突破されれば新田殿に鬼たちが押し寄せる。
あの女神のごとき新田殿に仇なすこと絶対にゆるしてはならん。
そんなときだ。
【ユニークスキル『弱者の革命』により藤田行正との強い縁が有効化(アクティベート)されました。アカシックレコードを通し、遅延なしの伝達が可能となります】
網膜に妙な情報が入ってくる。
スキルを得る場合このような知らせがあるのだが今回は違うように思える。
不思議に思っていれば次の瞬間、全能感でも得たような錯覚を覚える。
視界ははっきり明瞭となり、敵の動きがよく見える。
いや、それだけではない。
次なる南波の動きが残像のようにうっすら浮かび上がっている。
拙者は紙一重で次々と冥世の剣をすり抜けた。
「なっ!? 急に動きがよくなったんだゼ」
まるで明鏡止水の境地とでもいうのか。
南波の耳障りな叫びもどこか人ごとのように受け流す。
音が耳から耳へ抜けるようにすり抜けて気にならなくなった。
またもぎりぎりで躱した。
さらには南波に切り返す余裕すら生まれる。
「読める。読めるぞ。拙者にも敵の動きが手に取るように読める」
残った力もわずかだ。
拙者は次に勝負をかける。
南部の突きを躱して冥世を持つ腕を切り落とし、南部の体を肩から切りつけた。
「やったか!!?」
そんな拙者に忠告する新田殿の声が脳内からする。
⦅ああ、それフラグだからいっちゃ駄目だよ⦆
「えっ?」
「隙だらけなんだゼ」
残心を忘れた拙者に冥世が腕と刀だけになっても宙に浮き、喰らいついてくるように襲いかかってきた。
この角度、躱しても背後にいる南波の妻子がいる配置だ。
妻と娘に瓜二つの彼女らを見捨てられぬ。
両手を広げ、体を盾にする。
背後にいた南部の妻は息をのむ。
これまでか。
⦅させないよ⦆
またも新田殿の声がすると同時に大気を切り裂く鋭い音。
一筋の閃光が走り、冥世を直撃する。
冥世は弾きとばされ体勢を崩した。
これは狙撃か?
「なっ、どこからの攻撃なんだゼ」
狙撃の射角から狙撃地点を追うと遠くの櫓から手を振る新田殿が見えた。
手には見たこともない長い筒状の魔導銃があった。
あの距離から届くのか。
通常の魔導銃の射程の八倍はありそうな距離なのだが……。
⦅敵の本体は南波じゃない。刀のほうだよ⦆
迂闊、そうだった。南波を無力化しても冥世は魔剣の災厄なのだ。
魔剣自体をどうにかせねば。
拙者はとっさに未だ宙にある南波の手の上から冥世の柄を握りしめた。
これは直接冥世を手にしたことで拙者の体を乗っ取られないようにするため。
そのまま地面に深く冥世の刃を突き立てると渾身の力を込めて冥世の刀身の腹めがけ刀を振り切った。
パキーーーーンッ。
甲高い割れる音とともに冥世の刀身は折れた。
「ギ、ギャアアアアアアアーーーーーーー……」
冥世がはじめて苦悶の声を上げる。
「今度こそやったか!?」
⦅だから藤田さん、それフラグだから⦆
はて、フラグとは一体?
疑問に思っていると冥世の刀身から霊体のような黒いもやが浮上し人型をとっている。
「まだだ、まだなんだゼ」
冥世が生き残っている鬼に手をかざすと異変が起きる。
鬼たちが寄り集まって融合し、一度巨大な肉塊になると八メートルはある大鬼が出現した。それに憑依するように冥世が逃げ込んでいく。
『鬼に変える能力は失ったがまだ戦えるんだゼ』
拳を振り下ろし地面に打ち付けると大地が爆ぜ、つぶてが始め飛ぶ。
『恐怖しろ。この姿になったからにはお前らに未来はないんだゼ。ヒャ、ぎゃあああああああああ――――――――――――』
変身後の名乗りにもかかわらず遠慮の無い狙撃の連射で冥世のルインオーラを貫き、新田殿は両目を潰してしまわれた。
――容赦ないでござるな。
⦅隙だらけだったから思わず撃っちゃった⦆
「クソがあああっ、みんなぶっ殺してやるんだゼ」
冥世は目を押さえながら無差別に暴れ回る。
塀を殴りつけ破片があたりにまき散らされていく。
「ひっ」
拙者は南波の娘にむかって飛ぶ人の頭ほどあるつぶてを身を盾にしてかばう。
娘はそれを見て恐る恐る気遣ってくる。
「助けてくれてあ、ありがとう」
「よい、民を守るのは武士の勤め。拙者がお主らの盾となり守ろうぞ」
そこに明智様が駆けつける。
「藤田、よくやってくれた。あとはわしにまかせよ」
明智様は敵を静かに見据えて刀を抜く。
「わしとて酒天王を仮想敵とし、鍛錬を怠った訳ではない。その成果をみせてやろう」
オーラが複雑に練り上げられて地面に光の陣が浮かび上がる。
これは召喚陣?
「麒麟よ。世を乱す邪悪を鎮める力を与えたまえ」
明智様の頭上に麒麟が降臨すると麒麟の黄金の力が光となり明智様の刃に注ぐ。
すぐに刀はまぶしいほどに神々しい光に満ちた刀に変じる。
「ぬうう、なんだこの清浄なる力の波動は。あれはまずいんだゼ」
ほとんど見えない目でどうにか明智様を捕捉した冥世は口からありったけを集めたようなルインオーラの光球が出来上がり、勢いよく撃ちだした。
「くたばっちまえよ。【冥黒死炎砲破】!!」
当たれば塵も残さぬような黒炎に明智様は刀を構えて振り切った。
「滅せよ災厄。奥義【麒麟天陣斬】!!」
黄金の閃光が前方に迸り、冥世の黒炎球をも飲み込み押し返していく。
「な、馬鹿な、なん、だ、ゼ……」
冥世をも飲み込んで邪悪な存在を許さぬばかりに消し飛ばしてしまった。
さすが明智様だ。これほどの奥義をよくぞ会得成されたものだ。
確かにこれならば再生能力と防御力の高い酒天王を滅する事が出来るかもしれない。
そう思わされるほどの大技だった。
「今度こそやっ――」
「フラグだめえええ」
やったか、と叫ぶ拙者の口をいつの間にかそばにいた新田殿に塞がれてしまう。
先ほどからフラグとは何のことだろうか。
明智様の奥義に戦意を喪失した南波の兵たちは次々に武器を捨てて降伏し始めている。
鬼にかえられた者も冥世の死と関係してか、塵となって消えていく。
「これで城内の反乱も鎮静化するかな」
「まだ美咲様の【城郭防御壁】が展開されておらぬな。まだどこかに妨害しておる災厄が隠れておるやもしれぬ」
「だな。警戒は続けるべきか。それに、まだ城外には無傷の帝国飛空艇艦隊がのこっているしね」
瀕死だがポーションで応急処置が施された南波が捕縛されていく。
そして、新田殿と明智様がこちらを向く。
拙者というよりも後ろにいる南波の妻子を見ている。
「さて、奥さんには悪いけど南波の死罪は免れない。罪は家族にも及ぶのがこの国の法度なんだよねえ」
どうしたものかと悩む新田殿に夏美殿は覚悟した様子で現実を受け止めている。
「わかっております。大人しく私は首を差し出しましょう。ですがどうか娘の命だけはお助けいただけないでしょうか」
その場に平伏して額を地面にこすりつけるように懇願する。
それを新田殿は困ったように見ていたのだが明智殿から耳打ちされると急に態度が変わる。
何やら拙者と南波の妻子に視線を行ったり来たりさせている。
『マジで?』などと新田殿は明智殿に再度確認をとりあっている。
なにやら猛烈に嫌な予感がしてきた。
なにせ、拙者の部下たちが南波の妻子を見て驚き、その後はニマニマと生暖かい視線を向けてくるようになったのだ。それはすぐに明智隊の皆に広がっていく。
「俺としては~~密告してくれたから被害を抑えれたと聞いているし~~、誰か家臣が引き取ってくれれば罰することもないけど誰かいないかな~~」
「おお、ならば藤田にお任せしよう。見たところそこの二人のおなごも藤田に心を許しておるようだ」
新田殿と明智様は白々しい会話を続けていく。
「よし、藤田くん」
「は、はい」
呼び方が藤田さんからくんに変わったことで拙者の嫌な予感は確信に変わる。
「そこにいる南波の家族は藤田くんに預ける。しっかり監視をするように。これ、保護観察処分というやつだから」
「は、はああ?」
そのような甘い処分は聞いたことがない。反乱を起こしたら一族すべて殺すという沙汰は珍しくない。
実質無罪放免というのでは?
「藤田くんがしっかりと守るんだ。いいね」
それは反逆者の家族として迫害を受ける二人を守れという優しい命令だ。
なんともはや。やはり新田殿は女神のように温情に溢れたお方だ。
明智殿からこの妻子が拙者の亡くした家族に似ていると知らされて配慮してくれたのだろう。
「母上、殺されないの」
「ええ、そうですよ。新田様、そして、藤田殿。ありがとうございます」
「いや、拙者は……」
謙遜しようと否定するところに娘の春奈が拙者をみてお辞儀する。
「いっぱい助けてくれて、守ってくれてありがとう。おじさまは私にとって英雄だよ」
「――あ……ああ」
それは拙者の娘が別れ際に言ってくれた言葉に重なってしまった。
胸が温かくなり、近頃ずっと冷え切っていた心に火が灯ったようだ。
それは自然と涙腺を緩ませる結果となり……。
「藤田、この戦いが終わったらみんなで酒を酌み交わそう」
「そうそう」
拙者を気遣って必要以上に仲間たちが集まって明るく声をかけてくれる。
ははは、賑やかで泣いているどころではないわ。
――ほんとに拙者はよき友に恵まれた。
拙者は一人ではない。
そして、これからもっと……。
◇ ◇ ◇
「なぜ我が計略がことごとく跳ね返されるのだーーーーっ」
旗艦バロバルスにてシューキュリム准将は憤慨していた。
振り下ろした腕によって豪華な艦長席の肘掛けが破壊され、ワインボトルを副官に投げつけて派手に割った。
副官は体にワインを浴び、恐怖に震えながらも黙って耐えていた。
「文明の遅れた蛮族の国のぉ、それまたド辺境のど田舎領主ではなかったのか。ではそんな田舎者にやられっぱなしの我らはなにか、ど田舎領主にも劣る弱卒なのか」
シューキュリムはワイングラスのタワーを張り倒してさけぶ。
「ふざけるなあああああっ。なぜ二千の戦力を投入して誰一人として捕まえてこれないのだ。敵の人的被害が全く聞こえないぞ」
先行した人間狩り部隊はハンター崩れが多い。
とはいえ相手が悪かったのだ。
頼経の能力はスライムとアイテムボックスの能力が目立つ。
しかし真の恐ろしさはウサギの角を通した統率とバフである。
頼経が集めた戦闘経験情報は配下の間で共有がなされている。
なので帝国兵はまるで歴戦の老兵を相手にしている気分だろう。
加えて遅延ゼロの情報伝達が非常に統制のとれた精強な軍隊に化けさせている。
それがシューキュリムに大きな誤算を生んでいるのだ。
「どうするのだ。この領地で捕らえた人間を奴隷商人に売る。そういう約束で得た資金は既に使ってしまったのだぞ。どうしてくれる」
副官はこう思ったに違いない。しるかっバカ、と。
副官は知っていた。その資金は軍に回されず、多くがシューキュリムたち貴族の嗜好品に消えたことを。
たたき上げで平民出身の副官は不味い軍用レーションで我慢している。
理不尽な八つ当たりを受けて副官はもう軍人辞めたいと心の底から考えていた。
「内応した南波も既に鎮圧されたというではないか。せっかく重用してしてやろうと目をかけたがとんだ役立たずだ」
なにやら目をかけてやったふうに言っているが副官は知っている。
すべてが終わったら南波を毒殺して津軽藩の人間すべてを奴隷商人に売るつもりだった。
重用もなにもあったものではない。
もう撤退でいいんじゃないか。
そう思っていたのにシューキュリムをあおる者が現れる。
「あせる必要はないわ。まだ、広咲城には本命の毒が控えてるしねえ」
妖艶な雰囲気にくわえて華美な着物を着こなすクズハがしなを作りシューキュリムに近づく。
「おおっ、クズハ。まだそなたがおったな。心強いぞ」
「ふふ。あ、り、が、と♡」
耳元で色っぽく息を吹きかけながらシューキュリムを魅了していく。
「飛空艇艦隊も無傷。地上の本隊もまだまだ健在よお。これに准将のとおーーても強い精鋭飛行騎獣部隊があるじゃない。それに准将の指揮が加われば田舎大名なんてイチコロよぉ」
「うほほ、そうだな。そうであるな。我が輩は何を取り乱しておったのか」
副官は思う。
よけいなことすんじゃねえーー。
この戦い、不確定要素が多すぎた。
情報収集が全く足りてなかったのだ。
一度撤退すべきであると強く思う副官だが頭をふる。
シューキュリムはクズハという女に骨抜きだ。
何を言っても無駄である。
この戦、負けるかもな。
帝国兵で一番冷静な兵士はこの男なのかもしれない。
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