第23話『災厄の使徒、災剣鬼【冥世】』

 現在、俺は空中に浮かぶ巨大な構造物スライムコロニーの内部に向かっている。

 まるでガラス張りのエスカレーターを昇るかのようにスライムの触腕の中を昇っている。


「………………」


 俺は未だに現実に思考が追いつかず言葉がない。

 そんな状態なのをいいことにメティアは情報を畳み掛けてくる。


《よく考えたらさ。広咲城だけじゃ民をすべて受け入れて生活出来ないでしょ。だから思ったんだよね。別の広い空中船を作ろうって。それにさ民を戦いに巻き込むより、分けて安全な後方で待機してもらった方が良心的でしょ。いやああ、我ながらナイスアイデアだね》


「………………」


 俺が半目を向けているとさすがにやり過ぎた自覚があるのか目が泳ぐメティア。


《えっと、最初は自重しようとしたんだよ》


 メティアが自重?

 ははっ、面白い冗談だな。


《でもさあ、実際避難計画を進めると家に愛着があったり、先祖代々の畑を離れたがらなかったり、いろいろ反発があって難航してたんだ》


 まあ、そうだろうな。


《だからね。私思ったんだ。だったら土地ごと引っこ抜いて空飛ぶ船の中に自然環境を再現しちゃえばいいじゃん、って》


 どうしてそうなる。

 俺は天を仰いだ。

 馬鹿野郎がっ。誰だよこいつに避難計画を一任したのは、

 ――あっ、俺だ!?


《だから比較的話のわかる集落から優先的に移民を開始してたんだよね》


 もう避難じゃなくて移民って言ってるし。


「……伝統工芸の盛んな小春ちゃんの村は避難に反対して残ってたというわけか」

《そうそう、今は帝国軍が攻めてきたことを口実に避難出来るから好都合だよ。このままこのスライムコロニー内で快適な環境を整備して依存させるつもりだよ。現代技術の快適さを知れば反対なんて出ないから……頼経は心配しないでね》


 ニヤリというよりニチャアァという悪い笑みを浮かべるメティア。

 こいつ、確信犯だな。


《着いたよ》


 スライムコロニー内部に入るとまたもや俺は唖然とする。

 あいた口がふさがらないとはこのことだ。


「ああ、本当に自重してくれ……」


 コロニー内部は想像以上の光景が広がっていた。

 まるで地上のように大地があって平地があり、深い森と山まである。

 地平線辺りに海らしきものまで見えるんだが……。

 はははっ、俺幻覚でもみてんのかな。

 想像していたコロニーと違う。


「ここは異世界かよ!?」


 おいおい。天井がわからないほど高いぞ。

 雲もある。

 空に太陽まであるぞ。

 これどうなってんの。


「外から見た大きさよりも明らかに広いよな。ここはほんとにスライムの船の中なのか?」

《アイテムボックスの亜空間操作で見た目以上に内部は拡張したからね》

「亜空間操作って天地創造出来るスキルだったか? 大丈夫なのかよ」


 特に頭上の太陽もどきが気になって仕方ない。

 爆発しないよな?


《安心していいよ。地上は地球の四分の一位の広さを取ったから。土地はまだまだたくさん余ってる》

「そういう心配してるんじゃねえよ!?」

《あれ、地球のサイズにした方がよかった?》

「頼むからやめてくれよ。管理できねえし、自重するって言ったばかりだぞ」

《前向きに考えるってだけだよ。一秒だけは考えたよ》

「お前はか!?」


 内部を歩いているとメティアに制御された俺のスライム分身が地上で収納した家や畑を出して村を再現していく。

 やっべえ、ある意味帝国の侵略よりたちが悪くないか?

 俺は小春ちゃんたち村の人たちの反応が怖くなった。


「あ、新田様」


 快活な様子で小春ちゃんが駆け寄って抱きついてきた。


「よかった。無事だったんだね」

「ああ、おかげさまでな」

「お母さんは大丈夫か」

「うん、もう元気だよ」


 小春ちゃんに手を引かれて向かうと臨時の野戦病院のようなテントのなかに治療を受ける小春ちゃんのお母さんがいた。

 簡易ベットに寝かされているが俺に気がつくと上半身を起こして礼をする。

 そばで治療にあたったナース服姿のシャルがいる。


「あっ、そのままで。けが人なのですから安静にしててください」

「新田様、迅速な救援ありがとうございます。命拾いいたしました」


 小春ちゃんのお父さんも土下座する勢いで感謝してくれる。


「妻もこの通りですし、村民で命を落とした者はいませんでした」

「それはよかった」


 俺はシャルに目配せすると頷く。

 どうやら、小春ちゃんのお母さんは本当にもう大丈夫らしい。


「重傷だったと思ったけどさすがシャルだな。いい治療師になれるんじゃないか」

「ありがとうございます、我が君。特製の回復薬を飲ませましたのでもう大丈夫ですわ」


 褒められたシャルは誇らしげに胸をはる。


「血とともに体力も落ちていると思われますの。数日は入院してもらいます。特製の治療薬を服用し続ければ完治するでしょう」

「えっ?」


 小春ちゃんのお母さんはそれはもう絶望した表情を見せ、怯えた様子でシャルを見やる。


「あ、あの。もう回復したと思います。他にも怪我をされた方もいるようですしご迷惑ではありませんか」


 遠回しの入院拒否にシャルは知ってか知らずか無情にも却下する。


「いえいえ、弱った状態では感染症になるかもしれませんの。それこそ迷惑になりますよ。ちゃああーーんとお薬を飲んで元気になりましょうね」

「あああああ~~」


 小春ちゃんのお母さんはこの世の終わりのような表情で顔を両手で覆った。

 わかります。薬、超まずいんですよね。

 でも慰めになるかわかりませんがシャルの薬はよく効くんですよ。

 ――死ぬほど不味いけど。


「どうしたの、おっかあ」


 小春ちゃんの疑問に答えるかのように向かいのベッドでちょうど看護師に薬を飲まされた怪我人が絶叫を上げる。


「うっ、ぎゃああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 顔面が紫色になり、喉を押さえて不味さに苦しむけが人の男。

 その様に小春ちゃんは首を傾げる。


「お薬飲んだだけでおおげさだよね」

「ふふ、ほんとですわね」


 シャルがアルカイックスマイルで同意する。

 小春ちゃんの父親なんかはそんなシャルを見て怯える素振りをみせていた。


「それに比べておっかあは偉かったね。叫ばなかったもん」

「そ、そうね。本当に、ほんとーーうにがんばったわ」


 ほろりと涙するお母さん。

 その心中察するにあまりある。


「なあ、シャル。もう少し薬の味、工夫できないのか?」

「我が君、薬は明智殿や藤田殿といった幕府の武士の方たちの協力で既に改善していますわ。特に藤田殿には多大なる実験台、もとい治験いただきお墨付きをいただいておりますの」

「うっそだろ。藤田さんの味覚既にぶっ壊れてないか」

「ふふふ、我が君。ご冗談をですわ。藤田殿は『まずい、ですがもう三杯いけますかな』といっております。味覚は正常ですよ」

「いや、まずいって言ってるんじゃん。改善しようよ」


 もう三杯とか自殺志願者としか思えない。

 やっぱり家族を失ったことから立ちなおっていないのかもしれない。

 今度、明智さんと飲みに誘うか。


「お言葉ですが良薬口に苦しですの。薬は本来貴重なもの。それに痛みを伴わぬ治療はさらなる怪我と病を招きます。個々が健やかにあらんとする意識が大切なのですわ」


 つまりわざとまずい薬にすることで怪我や病気にかからないように予防する心構えをもってもらおうってことか。

 それにしたって不味すぎるのも問題だろうに。


《ちなみに藤田って人とその直属の部下たちはスキル【激マズ耐性】獲得してるよ》


 まじで。俺も欲しいな、そのスキル。


《ついでに薬の実験台になりすぎていろいろ毒耐性スキルも獲得してる》


 藤田さん、あんた漢だよ。

 毒耐性スキルを得るまで薬の実験台になるなんてストイックすぎるぜ。

 そういえば城郭内の南波の謀反の方はどうなってるのかな。

 俺は角さんに聞いてみることにした。



 ◇ ◇ ◇



 「ガHAAAAAAAーーーーーっ」


 狂った鬼たちが周囲の建物を破壊し、人々が死に物狂いで逃げている。

 丸太のようにでかい腕で木製の家の壁は紙切れのように切り裂かれ崩壊する。

 鬼たちは元が人間であったことを示すように大きさの合わなくなったぼろの着物を着ていた。

 

「くそっ、刃が通らねえ」

「諦めるな。オーラ障壁が切れるまで攻撃すれば通じる」


 津軽の武士たちが足軽を率いて逃げる民たちを守りつつ苦しい戦いを強いられていた。

 当初は刀で斬り合うも損耗が激しく、すぐに戦法を変更している。

 足軽が隊列を組み槍で攻撃することで間合いをとり損耗を抑える戦いだ。


「南部様、当初の報告よりも鬼の数が増えております」


 津軽藩の武士たちを率いているのは【南部為信】。

 南波とは対立関係にある若手派閥。

 美咲寄りの派閥で爽やかな青年武者だ。

 南波と違い城主の最有力候補だった。

 しかし、本人が縛られる事を嫌う性格から城主を辞退した経緯がある。


「ふっ!!」


 南部が素早い身のこなしで前に出て鬼たちの前に出る。


「せいっ」


 南部のすさまじい速度で振るわれる斬撃で鬼のオーラを突き破り、一刀のもと首をはねて無力化する。

 

「おっとあぶね」


 鬼たちの間を縫うように南波の謀反兵たちが槍を突き出してきた。

 それを器用に躱しながら後退する。


「ちっくしょーー、あいつらの戦い方せこいな」


 南波側は防御力と攻撃力の高い鬼を前面に出して後方からちまちまと攻撃する戦法をとっていた。

 南部はそれなりに鬼を切り捨てたと思っているが一向に減らない鬼に疑問を抱いていた。


「やっぱどっかに鬼を増やしている奴がいやがるかあ。ちょっくら俺が探してくるぜ」


 そこは部下たちがすぐに取り囲み諌めに入る。


「だめです。貴方はここの指揮官です。貴方が持ち場を離れてどうするのですか」


 もっともな話である。

 だが南部為信という男、型破りな男なのだ。

 だが同時に的を射た直感力も備えている。


「かてえこというなって。このままじゃじり貧だろ。鬼を倒すより、鬼が増える勢いの方が強い」

「それはそうですが……」

「だからちょっくらいってくらあ」

「だから駄目だといういうとろうがっ」


 南部の部下は上司だというのに遠慮が無い。

 そうでないと組織として成り立たないとわかっているからだ。

 何より南部も気安く叱ってくれる部下をとがめたりしない。


「オレは海の水だ。何者にも縛られず天衣無縫にして変幻自在の水よ。定石にオレは縛られたりしないぜ」

「ぬおおおっ、皆の者、このバカを抑えろ。南部殿の武勇あっての戦線だ。すぐに鬼の圧力を抑えきれず突破される。さすれば奥の民が犠牲になるのだぞ」


 はっとした周りの武士たちが慌てて南部を制止する始末である。

 確かに鬼と退治する兵の損耗がバカに出来ない。かなりの負傷者が出ていた。

 ここで南部に抜けられてたまるものかと部下も必死に止めにはいるのだ。


「おい、お前らは・な・せ。こんなことしている場合か、敵が来るぞ」


 好機とみたのか鬼たちが勢いを増して襲いかかってくるのでやばいと南部の部下たちが焦っていたときだ。


「【障壁飽和炸裂弾】、うてええっ」


 戦場を切り裂くような合図とともに一斉に魔導銃の発砲音が鳴り響く。

 元幕府軍明智隊が駆けつけたのだ。


「GOOOOーーッ」


 鬼に直撃すると弾頭は爆発を起こして鬼のオーラに過剰な負荷をかけて飽和させていく。

 明智は大半の鬼のオーラ障壁が崩壊したのを確認すると次なる動きを差配する。

 明智の身振りで第一射を放った魔導銃部隊が下がると入れ替わりの後方に控えていた別の魔導銃部隊が構えて狙いを定める。


「【付与貫通弾】、うてええっ」


 次はオーラを失った鬼に対してその堅い皮膚すら貫く弾丸が雨のように放たれた。

 更には弾丸に恐山のイタコと宮司による儀式によって破邪の付与がされた弾丸である。その効果は絶大で、


「GAAAAAHHHAAAAAAAAA……」


 鬼たちが断末魔を咆哮を上げて次々に倒れていく。

 明智が後を斉藤に任せて南部に駆けつける。


「遅くなりもうした。明智隊、城主新田殿の要請により助太刀いたす」


 南部は目を輝かせて魔導銃の威力に感心していた。


「うっひょーー、すげえな。あれが中央で噂の魔導銃なのかい」

「その通り。とはいえ、我々の使っている銃は新田殿の手が入っているため性能は格段に上がってますな」

「一射目と二射目の射撃が違ったようにみえたが?」

「さすがですな。銃兵二段構えの隊列を組み、最初にオーラ障壁破壊特化の弾丸、次段として殺傷力の高い属性付与の弾丸を選び攻撃しております」

「これも中央の戦法なのかい。だとしたらなるほどねえ。俺たちが田舎者と言われるわけだぜ」


 それには明智が首を横に振る。


「いやいや、あの魔導銃の性能も、二段構えの戦法も新田殿の発案でござる。いやはや、頭の切れる御仁だ。どこからあの発想が浮かぶのやら。敵には回したくないものです」

「まあ、味方であれば頼もしい限りだぜ。んっ?」


 そうこう話している間に大量の鬼の後詰めがわいてきた。

 その数三百。


「おいおい、ちょっと多すぎねえか。いよいよ、鬼を出している奴を仕留めねえと取り返しがつかなくなりそうだぜ」

「一応、新田殿の指示で別働隊が探りを入れていますよ」


 そこに兵が駆け込み報告が来る。


「伝令、藤田殿から鬼をうみ出しているのは敵首魁南波殿の持つ刀であると。既に藤田殿が飛び出して行きました。増援を要請」

「なんだと。藤田の奴、寡兵で向かったのか?」


 明智が苦虫をかみつぶしたような顔で報告を聞く。


「敵は鬼……配慮すべきだったな」


 藤田の家族は鬼によって殺されている。

 冷静でいられる訳がなかったのだ。


「南部殿、銃兵の半数をここに残します。申し訳ないが……」

「ああ、いいぜ。いってくれ。オレの手で南波を倒すのが筋だが、それ以上に津軽の民をあんたらに任せるのは筋違いってもんだ。ここは任せな」

「かたじけない。斉藤、ここは頼むぞ」

「はっ、お任せを。明智様も武運を」


 明智は頷くと部隊に指示を出す。


「これより部隊を二つに分けて藤田分隊の救援に向かう。相手は鬼を生み出している敵首魁南波である。奴はこの非常時に反乱を起こしたおおうつけだ。遠慮はいらん。叩き潰すぞ」

「「「おおおーーーーっ」」」






「うわああ、南波様、やめてくだされ」

「ひいいっ」


 南波は苛立っていた。

 部下が予想外に使えない。

 自勢力がライバルだった南部為信の部隊に押さえ込まれてしまっている。

 どうすればいい、このままでは反乱は失敗するかもしれない。

 そんな恐怖心に寄り添うように南波の持つ刀が語りかける。


「だったらこので無能ども切り捨ててしまえよ。そうすれば有能で強い鬼の兵が手に入るんだゼ、ヒヒヒ」

「そうだな。そうしよう」


 さすがにそれは……という思いも一瞬芽生える。

 しかし紙切れのような南波の良心は塵となり凶行が始まった。

 禍禍しい瘴気に包まれた漆黒の魔剣は怪しく煌めき、南波のかつての取り巻きたちは次々に斬られて命を落とす。

 そして、死体はすぐに異変が訪れる。

 体が急速に膨れ上がり、肌は浅黒くも紫の肌となる。

 鋭い爪と牙、額に角を生やした鬼が誕生する。


「GWWWOOOOOOーーーーーー」


 まるで産声のように野太い咆哮を上げる。

 こうして人に災いなす化け物が次々に誕生していった。


「いいゼ、いいゼ。最高だよ、お前。勝つためなら部下も平気で殺す。この俺、災剣鬼【冥世メイゼ】様をを使うにふさわしいクズなんだゼ」


 災剣鬼【冥世メイゼ

 災鬼族で男爵級。

 冥世に斬り殺されると鬼となり、手下にしてしまう厄介な能力をもつ。

 さらに、刀身に触れるだけでも毒に冒され死に至る。

 危険極まりない災厄の使徒だ。

 南波のような未熟者でも一太刀で取り巻きを殺せたのはこの毒の力が大きい。

 広めの刀身の腹からはつりあがった大きな目が開く。

 怪しい赤い瞳が仄かに灯り、ギチギチと刃が鳴る。

 刃先はゆがんでさけ、口のように動きしゃべり出す。

 その異様な剣に南波の取り巻きたちはなおさらに怯え出す。

 そして、後悔する。

 自分たちはとんでもない邪悪なものに加担してしまったのでは、と。


「なにより城内に入り込んで一気にクソウサギ城主や城郭神をぶっ殺すつもりだったのに早々に反乱がバレたのは誰のせいだ、ああん?」


 睨め付けるように周囲を見回す南波。

 そんな南波に応えるように捕らえられた女と女の子が連れて来られる。


「な、南波様。どうやらあなた様の奥方が密告したようです」

「ほう、よりにもよってお前が裏切ったのか、夏美ぃっ。血迷いやがって」


 夏美と呼ばれた女性は子供を背にかばい気丈に反論する。


「貴方こそ目をお覚ましなさい。ご自分が何をされているのかおわかりなのですか。このような稚拙な反乱、失敗するに決まっています」

「バカがっ、帝国の支援もあるのだ。失敗などあり得ない」

「愚かな」


 夏美の言葉に激高して南波は殴りつけ吹き飛ばす。


「ははうええええーーーーっ」


 女の子が泣きながら母親に駆け寄った。

 そして、母親にすがりながらもキッとかつての父親をにらみつけている。


「かはっ……」


 口から血を流し、それでも夏美は忠告する。


「まだわからないのですか。騙されているのです。貴方を籠絡して入り浸るあのクズハという女は帝国の間諜です」

「だまれ」

「帝国にとって貴方は駒に過ぎず、どのような約定をかわしたのか知りませぬが守られるはずがないでしょう。主君を裏切る者を誰が用いるのです」

「黙れと言ってる」

「そもそも約定も口約束の空手形なのでしょう。情けない男……、少しでも武士の誇りがあるのならここで腹を切りなさい」

「だまれえええええっ」


 南波はズンズンと大股で近づき、夏美を足蹴にする。


「貴様、養ってやった恩も忘れ、生意気な。裏切り者というなら貴様だ」


 ぐりぐりとねじりこむように踏みつける南波に子供がしがみつき止めようとする。


「やめてっ、母上にひどいことしないで。父様は家のお金を別の女の人に渡して食べるものないんだよ。母上、ずっと一人で泣いてたよ」

「しるかあっ」

「母上が必死に集めたお金を父上は何度もかってに使った。養ってたのは母上の方だもん。父上嫌い。他の女の人ばっかり囲って、母上をいじめて、ずっとず~~っと一人にしてた父上なんか大っ嫌い」

「お前も裏切るか、春奈」


 力任せに足を振り払い、実の子供乱暴に蹴飛ばす南波。


「春奈っ!!」


 母親が地を這うように寄って子供を抱きしめる。

 狂気の孕んだ目で南波は魔剣を振り上げていく。


「いいだろう。お前らまとめて死ね。お前らまとめて勘当だっ!!」

「ヒャッハー、南波、お前最高だゼ。最高のクズだ、はははははっ」


 冥世もハイになって親子を切り裂かんと迫る。

 ――しかし、凶刃は親子に届くことはない。

 とっさに割って入った藤田が怒りをみなぎらせて止めに入ったのだ。

 刀で魔剣を受け止め、剣先のオーラがぶつかり合い火花が散る。


「貴様は外道すら生ぬるい。武士の風上にも置けぬ。恥を知れ、南波!!」

「おまえは明智隊の、邪魔をするなあああっ」


 南波の怒りに応えるように魔剣が変形し、藤田の刀を乗り越えて刃が襲いかかる。


「ぐうっ」


 藤田の肩に伸びてきた魔剣が食い込む。


「ギャハハッ、切られたな。きられたなああぁ。お前は終わりだよ」


 魔剣が藤田を馬鹿にするようにあおっている。


「どういう意味だ」

「この俺に切られれば毒が回り、十秒も持たずに死に至る。死ねば鬼の仲間入りだ、ぎゃはははは」


 その言葉に藤田の怒りはさらに沸き立ち爆発しそうになる。


「冗談ではない。鬼になるなど……、拙者の大事な者を奪った鬼になるなど断じて認められん」


 ぐぐぐぐっ、藤田は魔剣を押し返していく。


「なっ、なぜだ。毒が回っているはずだ。なぜまだ動けるんだゼ?」


 困惑する冥世に藤田は応えず南波をにらみつけた。


「それに南波、家族に剣を向けたな。妻子を手にかけようとは、

 ――何事だあああ」


 藤田の力一杯に固められた拳が南波の顔面を捕らえる。


「へぶしぃっ」


 鼻の骨が折れる音が響き、大の大人が吹っ飛んでいく。

 一緒に飛ばされた冥世が信じられないと騒ぎ立てた。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿ななんだゼ。どうして、死なない。なんで鬼にならないなんだゼ」

「ふん、簡単なことだ」

「どういうことなんゼ?」

「俺は【毒耐性】スキルを持っているからな」

「はあああああああーーーーーーーーーー?」


 毒耐性スキルは普段から毒を死なない程度に摂取して耐性を得る。

 だが冥世の毒はただの毒ではない。

 強力な呪毒である。

 それを耐える耐性など想像を絶する訓練が必要だろう。

 冥世は思った。

 こいつもある意味狂ってやがると。


「アババババッ」


 南波は今だに鼻血を流して目を回していた。


「災厄の鬼はすべて滅する。――必ずだっ!!」


 殺意をみなぎらせて藤田が啖呵を切った。

 冥世のとって最悪の天敵である【毒耐性】持ちの藤田が立ち塞がったのである。



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