第21話『天空の箱船作戦』

「諸君、世界は危機に瀕している」


 東伐第二艦隊旗艦バルバロスにて。

 司令であるシューキュリム准将は艦橋で演説していた。

 滅ぼした精霊の結晶を用いて作られた拡声用魔導具。

 巨大なトランペットを思わせる拡声器より津軽藩全土に聞こえるような大音量が響いている。


「なぜなら世界に滅びをもたらす邪悪が我々人類を脅かしているからだ」


 シューキュリムは艦長席に座り、送信用集音器の前で熱弁を続ける。


「我らが女神テレジア様はこの事態を憂い、世界に結束を呼びかけた。しかし世界は、……他の神々は愚かにもその要請を拒み続けた――なぜだっ!!」


 もしこの演説を聴いている神々がいたのならきっとこう思ったことだろう。

 お前(テレジア)が信用出来ないからだよ、と。


「世界は邪悪に蹂躙されてしまうのか。答えは否である。否、否、否ぁーーーーっ」


 シューキュリムは興奮し、自分の世界に浸っている。


「なぜかわかるかね。それはこの事態を重く受け止めた我ら偉大なる神聖フィアガルド帝国が立ち上がったからであ~~る」


 これにはシューキュリムがドヤ顔の誇らしげな表情で語っていることだろう。


「邪悪に対抗するため世界を一つにする。この大義のため我らは世界征服という苦渋の選択をとったのだ。他国を攻め滅ぼす我らは虐殺者か?

 ――断じて否である」


 シューキュリムは戦闘前に自己の正当性を示すために始めたこの演説。


「我らの崇高なる使命を理解せぬ大和皇国よ。貴様らは既に邪悪の手先になりつつあるのだろう。ならば我らは涙をのみ貴様らを滅する」


 飛躍しすぎる理論に残念ながら突っ込む者がいない。


「親愛なる帝国兵たちよ。戦え。これは聖戦である。異教徒どもは死ぬことによってはじめて邪悪より解放され、天に召されるのである」


 両手を空に掲げるシューキュリムの言葉に帝国兵たちの意気軒昂な喧噪が続く。


「我らの刃は慈悲。救済を開始せよ!! テレジア様のために」

「「「テレジア様のために!!」」」


 帝国兵たちも敬礼し、興奮気味に叫んで応じた。



 ◇ ◇ ◇ 



 遠く広咲城にもシューキュリムの迷演説は届いていた。


「あいつら何を言ってるんだ?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 市さんも表情をしかめている。


「おい、あんな信じられん理由で俺たちは攻められてんのか、バカヤロウが」

「市殿のお言葉もっともですな。帝国の人間は洗脳でもされているのですかな」


 明智さんも結構な毒を吐く。

 いいねえ。こんな軽口がきけるということはみんな冷静だ。


「どうしよう、どうしようなのじゃあ。あんな空の艦隊どうすればいいのじゃーー」


 若干一柱(天遙ちゃん)例外がいるけどね。

 美咲さんは既に広咲城の戦闘態勢を取るべく準備を始めていた。

 天守内で神力を高めて練り上げ、城郭全体に力を行き渡らせていく。


「皆さん、【城郭防御壁】を展開します」


 城郭防御壁とは広咲城を半球状に包み込むような神力の障壁を展開する。

 特に防御特化型の美咲さんの城郭防御壁は城郭神でもトップクラスの防御力を誇るらしい。

 このままでは飛空艇からの一方的な砲撃で蹂躙されるだけある。

 その対策のための障壁だ。


「ですが展開までに思ったより時間がかかりそうです」

「時間がかかるだと。どういうことでぃ」


 本来、城郭防御壁は展開準備から1分も経たずに展開できるはずだった。


「城内に邪悪な者たちがすでに入り込んでいます。神術展開の妨害を受けています」

「美咲さんの神術を妨害できるほどの術者が帝国にいるとは思えないけどな」


 聖女モニカならあり得そうだが彼女は監視をつけているので恐山に不時着した要塞級の飛空艇に残っていることはわかっている。

 となると可能性としては……。


「もしかしたら城内に使がいるのか」

「なるほどなあ、そういえば謀反を起こした南波が鬼を引き連れているのが気にかかるぜ。引導を渡してくるか」


 市さんが仕込み刀を手に動き出そうというので俺は止めた。

 確かに市さんは災厄の使徒に対抗出来るこちらの貴重な戦力ではある。

 だがこの戦い時間制限が発生したことがわかった。

 もう一つの要警戒対象がこの地に向けて急速接近中なのだ。


「市さんには悪いけど帝国の飛空艇と飛行騎獣部隊を相手にして欲しい」


 そもそも市さんとその配下は津軽藩の貴重な飛行騎獣を持っている。

 大型の鷹の魔物を飼い慣らした騎獣だ。

 これをもって飛空艇とその空母が連れてきた帝国の飛行騎獣部隊を相手にしてもらうつもりだ。


「城内の敵は術が完成するまでここを動けない美咲さんを死守、時間を稼ぐ。後に俺の本体と美咲さんで災厄の使徒を相手にする」

「なんでぃ、俺を年寄り扱いしてるのか?」

「ちがうよ。今、広咲城にやばい敵が近づいている」

「やばい敵だと?」


 俺は明智さんに目を向け、


「まさか……」

「そのまさか。恐山で戦った山を消し飛ばす蜘蛛の災厄が向かってきてる。対策も出来ていないうちにあれとはやり合えない。撤退する」

「ん? 撤退だと。籠城の間違いじゃないねえのか、ばかやろう。だから城下の民を城内に避難させてるじゃねえのかよ」

「いや、撤退であってるよ」

「おれあーー、お前が何言ってるのかわからんな」


 市さんが首を捻り、明智さんも不思議そうにしている。

 ここで俺は秘策を明かす。


「ちょうどいい。魔物部隊のみんなもそれぞれ指定の座標に向かいつつ聞いて欲しい」


 俺はこの広咲城の真の姿を描いた図面を立体映像で映してみせる。


「新田殿、こ、これは何ですかな。 なにかこの城が巨大な船に似た形をしているようにみえるのですが……」


 恐る恐る訪ねる明智さんに俺はにやりと笑いとっておきの秘密を明かす。


「ああ、この広咲城なんだけどさ。地面に埋まってわかりづらいんだけど空を飛ぶんだよね。いうなれば巨大な空飛ぶ城付き戦艦」

「「なんだとぉーーーーーー!?」」


 ホログラム映像越しに『うそでしょ』とか『ありえない』、『聞き間違いであってくれ』などと現実逃避したそうな、本当に様々な声が上がった。

 うーーん、思ったよりみんなのカルチャーショックが大きいな。


⦅神経の図太い頼経と一緒にしたら可愛そうだよ⦆


 なにげに毒吐くよね、メティアは……。


「さすが主様です」


 逆にアリシアさんからの信頼が重いっす。

 この人の忠誠心が最初からなぜか振り切れている気がしてならない。

 ――っていつから俺の後ろにいた!?


「俺はみんなとは別に分身も使ってこの城を飛ばすための準備に駆け回るよ。まあ、ピンチになった戦場はその都度支援に入るから」


 俺は『よっ』と声を出して人化する。


「まずはラビットライダー部隊は散開して指定した座標の非難が遅れている集落の救助をお願い。シャルは後方で避難した人たちの手当やとりまとめを頼む」

「おまかせくださいませ、我が君」


 シャルが映像越しにカーテシ―をとって優雅に承った。

 遅れて『……了解』と英雄種ブレイブラビットのカイン君がぶっきらぼうに応える。

 お前その返事、ほんとに任せて大丈夫なんだよな?


「オークライダー部隊は地上から侵攻する帝国兵に機動力を生かした奇襲を繰り返して侵攻の遅延作戦を実施」

「まかせときなっ、大将」


 オーク部隊隊長のジュナさんが快活に応えてくれた。

 う~~ん、いいねえ。

 特にビキニアーマーに鍛え上げていながらダイナマイトな体がすごくあってる。

 ちなみにジュナさんの魔導式ビキニアーマーは遺跡の設備を使い特に精魂込めて作った俺のお手製だ。


「むう、頼経さんどこを見ているのですか」


 突き刺さるような美咲さんの視線を受けて、俺は目をそらし『何でも無いです』とごまかした。

 ……ごまかせたかな。いや、ごまかすんだっ。

 俺はいっそう真面目な様子で差配を続ける。


「市さんは広咲城の飛行騎獣部隊を率いて制空権の確保を。こちらの地上部隊の頭上を取られないようにけん制をお願いします」

「戦況によっては俺が敵将の首をあげてもいいのかい」

「ええ、状況が変わったら市さんに敵将を狙う優先権をさしあげますよ。戦場でのお膳立てはお任せあれ」

「そりゃあいい。さぁて、帝国の指揮官の腕前。どれほどのものか」


 闘気みなぎらせる市さんをみて思ったね。

 この人も普段大人のようで戦闘民族だな、と。

 俺の脳内では桜花と同じカテゴリーに仕分けされたのだ。


「それとエルフのリーンさんたちには特別任務をお願いする。詳細は俺のスキルで送る」

「……わかった」


 寡黙だがリーンさんの声のトーンがわずかに高い。

 わかりづらい。

 けどやる気に満ちているようだ。


「明智さんは津軽藩家臣の人たちと城内の鎮圧をお願いします」

「任されよう」

「多分、災厄の使徒もいると思うので無理しないで。時間稼ぎでいいですから。俺たちの増援を待ってください」

「ふっ、何を言うかとおもえば。可能ならわしが災厄の使徒を倒してしまうつもりであったわ」

「あはは、その判断は任せましょう」

「うむ。新田殿から頂戴した改良型の魔導具足の性能を試すのにもちょうどいい」


 俺は遺跡の復興作業もしつつ、余った遺跡のリソースでみんなの装備の新調や既存の魔導武具の改良を行っている。

 もっと時間があればすごい武器を作れるんだが。

 今は性能3割増しが精一杯だった。

 ……無念だ。

 そこにドカドカと慌ただしく駆け込んでくる人物がいた。

 桜花だ。


「あーーはっはっは、水くさいぞ、頼経、明智。城内におるという災厄の使徒とやら余が成敗してくれよう。異形の討伐も余の一族の責務であるからの。任せるがよい」

「あ、足利様!? なりません。御自重くだされ」


 明智さんが平伏しそうな低姿勢で桜花に懇願している。


「フン、明智よ。落ちぶれたとはいえ余は足利よ。帝国という夷狄も本来余が制するが本懐であるよ」


 あ、今度はほんとに平伏して明智さんが諌めている。


「なりません。あなた様が倒れればこの国は、――武家はまとまりませぬ。我らにお任せくださいますよう。安全な後方にてお待ちください」

「くどいぞ、明智。余は前に出る」

「……新田殿ぉ」


 頑なな桜花に明智さんがすがるような視線を向けてくる。

 あ、そこで俺に振るのね。

 まあ、明智さんにはあとで胃薬をあげるとして。


「桜花」

「むっ、頼経といえど余は聞く気はないぞ」


 俺は必死に頭を巡らせながら何かいい説得材料がないか巡らせる。

 そして、閃いた。


「桜花っ!!」


 俺は桜花の両肩を掴んで説得に臨むと桜花は途端に勢いを失う。


「う、うむ。なんだ」


 視線を合わせようとするとなぜか目を合わせようとしない。


「俺はお前が心配なんだ」

「う、うむ。心配してくれるのはありがたいがの。余も力になりたいのだ」

「その気持ちもわかる」

「では……」

「それでも桜花はここで待機して美咲さんを守って欲しい」

「そなたも余を子供扱いするのか?」


 潤んだ瞳で突然桜花がこちらを見てくる。

 うっ、綺麗な瞳だな。思わず流されそうになったよ。


⦅浮気者⦆


 メティアが何か言っているが気を取られてはいけない。

 桜花に集中する。


「違う。俺は桜花を誰よりも信頼しているからここにいて欲しいんだ」

「……どういうことかの」

「敵は美咲さんの城郭防御壁の展開を察知して動く可能性が高い。阻止しようとここに戦力を送ってくるだろう。この戦いの趨勢は城郭防御壁にかかっていると言ってもいい」

「ほう」


 桜花は俺のいいたいことを察して心が動くのを感じた。

 もう一息だ。

 頑張れ、俺。

 正直この説得――みんなも見ていてとても恥ずかしいのだ。


「当然、ここには最高戦力の一つであるアリシアさんを配置するがそれでは心許ない。だから……」

「だ、だからなんだの?」

「――俺たちのである桜花に重要なこの場の防衛を任せたい」

「ひ、秘密兵器」


 秘密兵器という言葉に目をキラキラさせて喜びを隠せない桜花。

 

「ふ、ふふふ。あーーっはっはっは。そうか。そうか。そういうことなら仕方あるまいな。よし、任されよう。何せ余は秘密兵器であるからな」

「そうそう、真打ちは最後にでるものさ」


 ついでに明智さんが俺を拝むように尊敬の目を向けてくれる。

 ふっ、俺にかかればこんなもんよ。

 実際、災厄の使徒がここに来る可能性はある。

 だがここには俺の本体とメティアもいる。

 帝国と皇国の中央の奴らの狙いが桜花の可能性もある。

 手元で守れるこの案が実は妙案なのだ。


「頼経さん」


 何やら美咲さんのジトーーとした視線が突き刺さるが俺は気づかないふりをする。

 

「よし、これより【天空の箱船作戦】を開始する。各員の奮闘を期待する」


 皆さんの元気な返事とともに解散していくのだが俺は誤算に気がついた。

 みんないなくなるが俺はここで美咲さんの護衛だったのだ。


「頼経さん、足利様への先ほどの発言の真意を教えていただけますか?」

「……あのぅ」

「ずいぶん足利様を信頼されているのですね、羨ましいです」


 ポタポタと俺は大粒の汗を流しタジタジになる。

 そこに天の助けの声がかかる。


《頼経、問題発生だよ》

「どうしたメティア」

《津軽塗の工芸品を作る村の避難が間に合わないかも。頼経の分身体をくまみんちゃんにのせて向かわせてる。迎撃をお願い。すぐに増援を送るから》

「了解。美咲さん、その……」


 遠慮がちに目を向けると美咲さんは頷いて、


「その村には小春ちゃんが住んでいます。頼経さん。どうかお願いします」

「任せて」


 俺は本体をスキルに任せて分身に意識を転送した。


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