第20話『城郭神会議。そして、開戦だ!!』

《そんなことだろうと思ったよ》


 目を覚ますと俺は気絶する前の一連の出来事が思い出せない。

 そのことを責められた。

 メティアはため息をつき、美咲さんはがっくりしていた。


「メティアさんも苦労しているのですね」

《そうなんだよ。肝心なところがぬけててきめてくれない。なのに自己評価が低いうえタラシだからほんと厄介なんだよ》

「わかります。暖簾に腕押しですよね」


 美咲さんからも言われるなんてほんと何があった?

 二人は決して教えてはくれなかった。

 だだ俺への不満を通じて二人は仲良くなったようである。

 ――――――

 ――――

 ――

 そして時が過ぎて。

 俺は周辺地域の城郭神たいによる会議に同席することになった。

 城郭神間には龍脈を利用した情報伝達ネットワークが存在している。

 会議は竜脈を使ったリモート会議に近い形でおこなわれる。

 すでに薙さんが儀式を行い、清浄に清められた神域が部屋で形成されている。

 巨大な供物台の上には大きな水晶が飾られ祀られていた。

 大地より湧き上がる竜脈の力が水晶に宿り、情報に遠地の視覚情報が投影されていく。

 ――準備が整った。

 一部を除いた東北と関東周辺の城郭神らが集まる重大な会議が始まろうとしていた。力のある大名だとだと伊達家が欠席しているのだ。


〈これより管領上杉家春日山城城郭神【上杉愛璃】のもと『城郭神会議』を開く〉


 白銀と青き着物姿の凜とした女神が会議の進行を取り仕切った。

 青い髪にポニーテール。

 キリッとした顔立ちはストイックな印象を受ける。

 超業物と思われる刀を腰にさげ、纏う武芸者の雰囲気は美咲さんに似ている気がする。


「うう、緊張するのじゃ」


 薙さんに降臨した天遙ちゃんがひそひそと俺に弱音を吐く。

 長年災厄の封印の要であった神剣の女神天駆遙光も出席している。

 基本下級神が多いこの中では圧倒的に上位の神様なのだから堂々としてほしい。

 このメンタルの脆さもポンコツ神剣らしいといえばらしいのだが。


〈あら~~、いつから上杉が管領になったのかしら。北条家としては撤回してほしいわ~~〉


 なんとものんびりした包容力の高いお姉さんが抗議の声を上げる。

 糸目で笑っているように見えるがその実、すさまじい圧力が鋭く放たれていた。

 いきなり会議の空気悪くするんじゃねえよ。

 俺は一番温厚そうだった女神が一番に会議を荒らしたので内心ツッコミを入れる。

 北条家小田原城城郭神【北条聖子】というらしいが男好きするような恵体ボディをお持ちである。特に胸は美咲さんより母性を感じる。


「頼経さん、どこを、見ているのですか?」

「いえ、今のうちに顔を覚えておこうかと、はい、すみません」

「うふふ、何を謝っているのかわかりませんよ」


 ヒェ、美咲さんめっちゃ怖いんですけど。

 聖子さんの隣にいる北条家の代表はどうやら代理。

 聖子さんを止める気も無く、我関せずの構えだ。

 発言は城郭神に任せているようだ。

 北条家はこの会議を軽視しているように思える。

 いや、ほとんどの大名家が代理を立てている。

 つまり認識の低さが見て取れる。

 

〈話が進まない。会議を進めるぞ〉


 すました顔で聖子さんを受け流す愛璃さんすげええーー。

 

〈今回の議題はいにしえより言い伝えられている災厄について津軽藩城郭神津軽美咲殿より報告がある。美咲殿、説明を頼む〉

「はい」


 美咲さんはその後、封印の要である恐山の神剣と封印状況を確認し、既に災厄の使徒たちがこの世界を侵攻していることを報告する。

 既に災厄の使徒たちとも交戦したことも合わせて伝えた。

 さらに深刻なのがこの国の中枢にも災厄が入り込んでいることも明かす。

 これにはもと幕府の武士だった明智さんが呼ばれて証言した。


 次に封印の状況については天遙ちゃんが必死に説明し危機的状況を訴えた。

 もはや封印は五年しか持たないだろうということ。

 そうなれば圧倒的な力を持つ災厄神が復活し世界は滅亡する、と。

 そして……。


「――今は互いに戦をしている時ではありません。来たる災厄との戦いに備えて私たちは手を取り合い、力を結集させて戦う必要があるのです」

〈〈〈……………………〉〉〉


 美咲さんの訴えに嫌な沈黙が続いてる。

 なんだ、この空気は?

 なにか探り合うような空気を打ち消し、大仰に拍手をする初老の男が注目を引く。

 あいつは武田家の代表代理でたしか穴山梅雪だったか。


〈はっはっは。誠その通りよ。我々は一丸とならねばならんのう。連合を考えることもやぶさかではない。なれば情報共有を推進し、強固な協力体制を敷かねばなるまいよ〉

「は、はい。その通りです」


 最強の軍事力をもつと言われる武田家が応えたことで美咲さんの表情がぱあっと明るくなる。

 でもなあ、なんかうさんくさいよなあ。

 どうにも嫌な予感がする。

 それからは信じられないぐらいに各大名たちと協力体制についての話合いが進んでいく。

 正直、上手くいきすぎている気がしてならない。

 最初はもっと揉めると思っていたんだ。

 こいつら互いに戦していたんだろ。簡単に手を取り合えるか?

 

〈だが頭の痛いことに我々が結束するには大きな問題があろうな〉

「それは何でしょう」

〈海を渡りやってきた蛮族。神聖フィアガルド帝国のことよ〉


 梅雪の言葉に多くの大名が賛同の声を上げる。


〈恐れ多くも天皇陛下のおわす地に飛空艇なる兵器でもって頭を抑え、皇都そばに他国の軍が駐留している〉

〈たしかに力を失っているとはいえ、陛下の現状を放置することまこと本意ではない〉


 愛理さんも困った様子で同意する。


〈その通りよ。帝国の飛空艇なるは兵や物資、飛空戦用の騎獣すら大量に素早く運び運用する。戦闘となれば上空を抑え、魔導大砲という兵器で一方的に撃ってくる。あれに対抗するには我々もそろえるしかあるまいよ。あの飛空艇とやらを〉


 武田家は少なくとも一万五千以上の空戦用騎兵部隊をもつといわれている。

 それだけの戦力であれば帝国の一個艦隊程度軽く打ち破るだろう。

 だが武田家の飛空戦力には大きな弱点が存在する。

 一つは大型の飛行用騎獣の行軍には餌を大量に用意しなければならないということ。行軍中は平時の倍以上の餌が必要で遠征先で用意することが困難なのだ。

 そして、長距離の飛行は出来ないため遠征には羽休めのための巨大な拠点を進行上にいくつも用意する必要がある。

 それを帝国の飛空艇は解決出来る。

 空戦騎獣用につくられた空母級の大型飛空艇が弱点を克服するのである。


〈そういえば津軽殿は飛空艇を拿捕し、その構造を詳しく調べられているとか。我々はこれから同士になるのだ。是非、その情報を開示してはもらえないだろうか〉


 俺はここに来て大粒の汗が流れた。

 それがねらいか。

 ……だとするとここにいる全員がグルか。

 会議は美咲さんが大義のもとで呼びかけた。この流れでは情報開示を拒否するどころか渋る事すらできない。渋ればそれはそれで会議の破綻を招き、情報は守れても美咲さんは今後信用を失う。

 ――やられたな。

 情報開示をしても流れは変わらない。

 開示して最低になるか、拒否してもっと最低になるかの違い。

 のだ。


「頼経さん、貴方が解析してくれた貴重な情報ですが開示させてもらってもよろしいですか」


 期待と希望で笑みを浮かべている美咲さんに俺は即答できない。

 美咲さんは彼らの薄汚い思惑に気づいていない。


「それは……」


 どうすれば美咲さんのこの笑顔を守れる。

 俺は茶番劇を演じている奴らに激しい怒りを覚える。

 美咲さんの平和への思いを知っているからこそ本当に悔しかった。


「俺は……」

⦅教えてあげればいいじゃん⦆


 俺の葛藤がメティアにあっさり砕かれる。

 どういうこと?


⦅もうこいつらみんな敵だと思えばいいよ。だったらこっちも情報に毒を織り交ぜて最大級利用させてもらおうよ⦆


 それから俺は思考加速状態で素早くメティアと作戦をくみ上げると暗い感情が思わずこみ上げる。

 メティアおまえ、本当にワルだな。


⦅褒め言葉だと受け取っておくよ。いずれ私たちの艦隊を彼らに用意してもらおう。そう思えば怒りより感謝しかないよねえ~~⦆


 この会議でかれらの説得は不可能だ。

 そもそも最高意思決定者がいないのだから。

 美咲さんは落ち込むかもしれないが巻き返しようがない。

 最初からなめられていたんだ。

 なんだかんだでメティアも相当怒っている。

 容赦するつもりはないようだ。

 俺も覚悟を決めた。

 ――だからうってかわって心から笑顔で頷いた。

 

「ああ、同士になるんだ。教えてかまわないよ」

「ありがとうございます」

「一応ひな形の設計図をまとめた書類があるけどどうやってやりとりするんだ」


 メティアは俺が話している数秒で情報を改ざんして出力した本を完成させる。既にアイテムボックスに収まっている本を取り出した。


〈おお、そこのウサギ君が技術者だったのかね。ささ、それを水晶の前に置くのじゃ。はよう、はよう〉


 梅雪がせかす。

 俺は侍女さんたちを使って言われたとおりに手配する。

 すると本が吸い込まれるように水晶に消えていった。

 本はすぐに彼らの元に転送され、手に渡った。

 それが破滅に導く本だとも気づかずにな。


「頼経さん、竜脈の力で物質の転送を行ったのです。あのくらいなら城郭神の回線をつなげればやりとりが可能なのですよ」

「へえ」


 本が彼らの手に届くと彼らは没頭するように目を通していく。


〈美咲殿から聞いていたがこれほどの完成度とは。いやはやこれは嬉しい誤算じゃ。奴らの技術が丸裸ではないか。詳しく説明を聞きたい。さあさあさあ〉


 前のめりの梅雪たちに俺は本の内容について説明させられた。

 プロペラを使った空力機関について。

 魔石を燃料代わりに魔錬器で属性オーラを発生させて動力に変えるエンジンの仕組み。

 第一世代の木造の飛空艇はガレオン船級を飛空艇に流用した設計なので造船技術があれば比較的すぐに建造出来るのではないかと見立てを話して聞かせる。

 これには海に面した領地を持つ大名が特に喜んでいる。

 だが、この飛空艇には空を飛ぶための鍵となる重要な機関があることを特に強調して説明する。


「――しかしあれほどの巨大な船を空に上げるには力が足りません。その問題を解決するのがこの魔導飛行石【エーテライト】です」


 俺はアイテムボックスからエーテライト取り出してみせる。

 船体の重心部分にこのエーテライトをくみこんだ魔導装置【グラビティートランスレーター】を設置。

 この装置が強力な浮力を生み出し、船体を持ち上げる。

 この浮力があるからこそプロペラの推進機関でも巨大な船を空に飛ばすことが出来るのだ。

 これって小型化して精密に制御できるようAIを組み込めれば、でくの坊だった帝国の巨体人型兵器がすごいことになる気がする。こいつらに教える気は無いけどな。


〈それがエーテライトだと!?〉 


 動揺したような声が聞こえる。

 俺は視線を声の主に向けた。

 真田家の代理として出席している【真田信之】殿だ。

 すぐに真田家上田城城郭神【真田松菜】がぺちっとはたいて活を入れ、『しゃんとしなさい』と彼の言葉にかぶせるよう叱った。

 うまくごまかしたな。

 しっかりした子だ。

 梅雪が信之殿に目を向けたように見えたのが気になるけど。

 他は気がつかなかったようだ。


⦅あの反応……真田家にエーテライトの鉱脈でもあるのかにゃあ⦆


 抜け目のないメティアがそう指摘する。俺もそれ思ったよ。

 俺とメティアはAIがあるから簡単に聞き分けられた。

 梅雪に気付かれてないといいけどな。


〈うむ。もうよかろう。会議もこの辺で解散としましょうかな〉


 突然の梅雪の解散宣言。

 美咲さんが『えっ』と固まった。

 ――やはりそう来たか。

 まだ協力体制の具体的な話も締結せずに解散と言われ、美咲さんはかわいそうなくらいうろたえた。


「待ってください。どういうことですか。話はこれからだというのに」


 嘲笑ちょうしょうが複数聞こえてくる。

 俺は美咲さんを笑った奴らを決して忘れない。

 俺の忖度スキルが閻魔帳リストを作成してくれる。

 今回は忖度スキルがいい仕事をしてくれるねえ。


〈このたびの会議の利用価値は神聖フィアガルド帝国から得た兵器の情報のみよ。でなければ田舎者の呼びかけに応じるわけがなかろう〉

「世界の危機なのですよ。それがわからないのですか」


 美咲さんが代表者たちに視線を投げかけるも、気まずそうに目をそらしたり、あざ笑うようなものが大半だった。

 ああ、美咲さんがこの世界が嫌いだという気持ちがよくわかるね。

 世界の危機から目をそらし、自分たちの利益しかみていない。

 自分が動かなくとも誰かがやってくれると思っているのか? 

 こいつらほんとどうしようもないな。


〈田舎者にしてはよく出来た報告書ではある。災厄の危機? いやはやご苦労様なことですなあ。そうは思いませんか〉


 梅雪が話を振ったのは武田家躑躅が崎館の城郭神【武田ミトラ】である。

 小柄な容姿。

 金髪のツインテールに生意気そうな顔つきと朱色の瞳。

 ラフで小洒落た着物を着る少女はリンゴ飴をなめながら頷く。


〈ほっんとご苦労様だよねーー(レロレロ)。交渉の切り札を空手形の段階で手放すなんてバッカじゃないの。そんなんだから弱小田舎大名なのよ、へっぽこちゃん♫〉


 そして、ミトラは自分のなめているリンゴ飴を見せつける。


〈アタシの支配下では津軽特産のリンゴだって数ある特産の一つに過ぎない。格下のくせになまいきなんだよねえ〉


 それ今言う必要があるのか?

 勢いをましてミトラは美咲さんを見下してくる。


〈まあ? アタシのとこのつよ~~い武田軍団なら災厄が来ても返り討ちだよね。キャハ〉

「災厄の使徒はそんな甘い相手ではありません。団結しなければ……あれは危険です」


 実際に戦った美咲さんが必死に訴えるもミトラは馬鹿にした様子を崩さない。


〈やだ、こわ~~い。でもお、よわよわな田舎武者の基準で話さないでくれるかな。アタシたちは精鋭なのよ。余計なお世話だし~~〉


 そして、ニヤニヤとミトラは美咲に衝撃的な言葉を突きつける。


〈大人しくしていれば滅ぼされなかっただろうにねえ。ざぁこ、ざぁこ♡〉

「ほ、滅ぼすとはどういうことですか」


 不穏な言葉に美咲さんの顔色がいよいよ悪くなっていく。

 美咲さんを追い詰めることを楽しむように梅雪が話す。


〈簡単な話よ。既に帝国の艦隊が動き出した。間もなく津軽の地は蹂躙されよう〉

「そ、それでは協力して災厄にあたるというのは……」

〈旧き伝承の災厄などと馬鹿げた話じゃ。誰が信じるというのだ〉


 梅雪の主張に周りも同調する。


〈まこと、まっことその通りよ〉

〈協力だと? 馬鹿馬鹿しい〉

〈そもそも昨日まで敵だった者と戦えんわ〉

〈後ろから刺されるかもしれん。他家は信用できん〉


 美咲さんがとりまとめ役の上杉愛璃に視線を向けるも彼女は黙って目をつむり我関せずの構えだ。

 管領といいながらこの体たらくか。

 これには失望せざるをえない。


「一丸となると、連合をつくるといったのは嘘なのですかっ!?」


 美咲さんの怒りを抑えた震えるような声。

 それが悲しくて聞いていて苦しかった。

 俺は激しい怒りがわき上がってくる。


〈人聞きが悪いぞ、小娘が。ちゃんと申したであろう。連合も考えてやると。……ほれ、いま一秒ほど考えてやったぞ。その結果、援軍も同盟も援助すらせぬ。なにせ、間もなく滅びるしかない国のために無駄なことはしとうないからのう〉


 こいつ本当に同じ人間か。どうして、ここまで醜悪になれるんだ。

 このような無体、戦国の世の習いだからと認めていいはずがない。


「そ、そんな……」


 膝から崩れ落ちていく美咲さんの弱々しい声がする。

 そろそろ我慢の限界が近い。

 最弱一角ウサギの俺が割り込んでも余計にこじれるだけだと思う。

 けれどだまっていられない。


〈お人好しは馬鹿を見るぞ。そんなこと誰もが知る戦国の世の常識ぞ。高い授業料だったと諦めることじゃ。

 ――次があればな〉


 ほっほっほ。

 ひょぉーっほっほっほ。


 もはや聞くに堪えない笑いばかりが聞こえる。

 俺は強引に前へと踏み込んだ。

 厳かにして神秘的な雰囲気に満たされた城郭神の会議だとしても関係ない。

 こんな薄汚い会議が高尚なはずもない。

 泣きそうな美咲さんおんなのこがいるんだぞ。

 俺が怒ってやらないでどうするよ。


〈ウサギ風情が殺気だってどうしたあ、んん?〉


 投影された頭巾男梅雪の憎たらしい醜悪顔が見える。

 こいつが技術だけをかすめ取るために絵空図を描いた筆頭だろうな。

 騙した詐欺師が美咲さんをそこまで貶す資格はない。

 俺は人型に変身する。

 同時に普段ひた隠しにしている覇気の一部を開放して竜脈を通じて送り込む。

 北条聖子さんがやっていた方法を真似てみたのだ。

 ただし、出力は桁違いだ。

 覇気はオーラに変換できないと役立たずだ。けれど脅すぐらいには使える。


〈ひいいぃっ〉

〈何という覇気。こやつ何者じゃ〉

〈馬鹿なっ、最弱の一角ウサギが〉


 覇気だけは規格外だとファフニルにも褒められたことがある。

 そんな邪神竜も認める覇気をくれてやったんだ。

 弱いウサギだと思っていた奴らが畏怖の目を俺に向けてくる。


「梅雪殿、貴方はかわいそうな人だ」

〈なに?〉

「貴方は人を信じる勇気が無い。心が貧しい証拠だ。そんな貴方に誰がついて行く」 

〈馬鹿めが。どんな手を使っても勝つ。勝たねば誰も人はついて来ない〉

「心から救いを求めるものにとって差し伸べられる優しさがどれほどの救いになるかしらないだろう。貴方は本当の強さを知らない」

〈優しさだと? 甘いな。それが何の得になるというのだ〉

「損得だけで動くのか。商人だって義理を重んじるぞ。それでは盗人と大差ないではないか」

〈貴様、わしが盗人だとほざくか〉

「事実、貴方は詐術でこちらから対価なく技術と情報だけを取った」

〈詐術? わしの知略を詐術を愚弄するのか貴様は〉


「愚弄したのはお前の方だ!!」


 俺は丹田に力を込めて覇気を乗せて言い放つ。


「武士は大義があってはじめてその力をふるうことが許される。悪を成す者から人々を守る事こそ武士の誇りではないのか。貴方に武士の誇りはあるのか。災厄の脅威から人々を守る事からも目をそらし逃げた貴方は腰抜けだ」

〈なっ、腰抜けだと〉


 梅雪は激高し、頭から湯気が出るほどに怒りに震える。

 俺は『ふぅーーっ』と深い息をはき出席者たちを見回し宣言する。


「会議は決裂だ。このたびの仕儀、誠に遺憾であった。ここにいるすべての者がそうではないと信じたいが大義をあざ笑った者たちに関して俺は軽蔑する」


 俺の言葉を受けて多くの者が憤慨して退出していく。

 そんな中で立体映像ながらも近づいてくる女神がいた。

 北条聖子さんだ。


「なにか?」

〈ふふふぅ~~、わたし貴方を気にいっちゃった~~。もし生き残れたらわたしを頼ってきなさいな。力になってもいいわよ。大義のために、ね〉

「えっ?」


 パチリとウインクして聖子さんもリンクをきって消えていく。

 最後に残っているのは進行役だった上杉愛璃さんだ。

 勝手に会議を打ち切ったせいだろうか。むすっとした表情で俺をにらんでいたが長い髪を翻して消えていく。

 あれ? 気のせいかな。去り際にちょっとうれしそうな顔をみせてくれた。

 それってどういう意味?


「ご、ご主人~~。どうするのじゃ。団結するどころかバラバラの大決裂じゃあ。あと五年しかないのにどうするのじゃあ」


 あわあわする天遙ちゃんをひとまず頭をなでてなだめながら俺は美咲さんを気にかけていた。

 うつむき肩をふるわせて悲しんでいる。


「すみません。私が浅はかでした。頼経さんが必死に分析した情報をむざむざとだまし取られるなんて……情けなくて、申し訳なくて」


 拳は限界まで握りしめられて痛々しい。

 俺は努めて明るく振る舞った。


「いえ、計算通りなんで大丈夫ですよ」

「え?」

「そもそも一回や二回の会議で手を取り合えるならこの国は戦に明け暮れてたりしてないですよ」

「え、えええーーーーっ」

「チャンスはまた来ます。俺が意地でも持ってくるつもりなんで安心してください」


 美咲さんにはありのままでいて欲しい。

 貴方の優しさにこれからも救われる人がきっと大勢いるはずだから。

 俺は精一杯の笑顔で言い聞かせていく。


「どうか、そのままの優しい美咲さんでいてください。貴方をだまそうとする悪意も悲劇からも俺が守るから」

「どうして、どうして、貴方は……」


 少しづつ美咲さんの心は動いていた。

 でも現実は思いのほかままならないものだと思う。

 突然廊下が慌ただしくなり、逼迫したような喧噪が近づいている。


「一体何事でしょうか」


 美咲さんは会話を中断して騒ぎのする方に足を向け走り出す。

 広間では伝令から報告を受ける家老の市さんと明智さんの姿ある。


「伝令ーーっ、帝国軍の飛空艇艦隊がこちらに向かってきております。その数24」

「なにぃ」


 市さんの驚きにかぶせるように新たな報告が。


「伝令、飛空艇艦隊が散開。地上部隊を展開。およそ6000の兵が進軍中のとのことです」

「6000……。いや、散開しただと」


 それは戦力の分散を意味する。なぜ戦で戦力の分散などとそんな意味の無い真似をするのかといえば……。


「まさか、各地の村や集落を襲うつもりなのでは……」


 美咲さんが血の気の引いた顔でいう。


「伝令!!」

「今度はどうした、馬鹿野郎」

「は、城内にて南波氏謀反!! 派閥の兵1000と正体不明の鬼50が城内で蜂起いたしました」

「馬鹿野郎、どうしてこの時期に……いや、だからか」


 考え込む市に明智さんも同じ結論に達したのか答えをいう。


「南波殿と帝国はつながっているのあろう。密約でも交わしたか」

「そんな、あ、あああ……」


 次々にショックなことがあって今にも倒れそうな美咲さんに俺は先ほど言い忘れた事をはっきり告げる。


「大丈夫、美咲さんの優しさは決して弱さじゃない」

「そんなはずない、だって、だって今だってこんな……」

「だってじゃない。その証拠に」


 俺がスキルAIとメティアの立体映像能力を合わせて周りに立体ホログラムの映像を何十と映し出していく。

 そこには美咲さんが治療して助けた桜花や元アイゼンブルグ王国の生き残りやジェノサイドベアらによって編成された頼もしき魔物軍の姿がそろっている。


「美咲さんのために集い、命がけで戦ってくれる仲間がこんなにいるんだよ」

「俺ら臣下のことも忘れんなよ、ばかやろ、このやろ」

「わしら明智部隊も微力ながら助太刀しようぞ」

「皆さん……」


 両手で口元を覆い、感極まっている美咲さんに俺はここではっきり宣言しておこうと思う。


「さっき言いそびれたけど俺は美咲さんに言っておくことがある」

「なんですか?」

「俺は美咲さんのだ。支え合うのは当たり前だろ。俺や仲間たちが民を全員助けてみせる。そうだろ、みんな」



「「「「応っ!!」」」」



 感極まった美咲さんは涙ながらに、


「ありがとうございます。民を守るため、皆さんの力を貸してください」


 深々と頭を下げた。

 

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