第19話 『広咲城に忍び寄る新たなる災厄の使徒』

 現在、広咲城の大広間では多くの武士が集められ、宴会のように賑わっていた。


「ぬおおおっ、これはうまいですな」


 大広間でも上座の側に座っている明智さんが塩ゆでした毛豆を食べてうなった。

 実際においしいのだろうな。

 手が止まらないといった様子だ。

 気持ちはわかる。

 津軽藩特産毛豆は普通の枝豆と違って濃厚な味わいが癖になるんだよね。

 問題は身の大きさのばらつきが多いから製品に向かない。

 個人消費で終わってしまう品種ということだ。


「それにビールがよく合いますな」


 スキルで自作したビールも好評なようでぐいっと明智さんが豪快にジョッキをあおって飲み干す。


「俺はこのウイスキーが気に入ったぜ」


 桜鈴の市さんがハードボイルドな風格を出しつつ強い酒をあおる。


「……ウイスキーは強いから水で割ったりして飲むんだけど」


 俺が注意するも市さんは水で割る気がないようだ。

 ……まあ、いいけどね。

 今、ウイスキーをあおっている人がこの津軽藩の家老職と桜守を兼任している市さんだ。

 通り名は桜鈴の市というらしい。

 桜守っていうのはこの城郭の桜を管理する人のことだ。

 盲目らしく目を閉じたままなのだが物の位置を正確に把握し、視界の不自由などないかのように振る舞っている。

 周囲の空間を把握する能力をもっているらしく、それでいて隙のない佇まい。

 五分刈りで白髪交じりの渋いナイスミドルなおじさまでもある。


「ほい、唐揚げ出来たよ」


 俺はつまみがすべて完成し持ち込むと市さんと明智さんの近くの畳の上に座る。

 当然今は省エネモードのウサギ形態である。

 長い座卓にはオードブルの定番料理が侍女さんたちによって並べられ、肉料理が目立つ色合いに健啖な武士たちが沸き立った。


「ぬおおお、なんぼうめえんだば(めっちゃうまい)」

「それはせっしゃが先に目をつけて……」

「いや、それがしが串カツなるものを……」


 おいしそうな串カツなどは取り合いとなり、それを侍女さんが『まだまだありますから』と諌めている。

 この席に美咲さんはいない。

 美咲さんは恐山から帰還して以来忙しく動いている。

 どうやら城郭神独自の情報交換ネットワークがあるらしい。

 その会議に周囲の城郭神及び大名へ招集を呼びかけ準備に追われているようだ。

 なので最近は俺と市さん、それに加えて幕府でも実務経験のある明智さんで政務をこなすようになっている。

 明智さんは臨時の家老補佐をお願いしている形だ。


「うん、この唐揚げは味付けした油を使うともう別格だね」


 手前味噌だがさらに唐揚げのおいしさが上がった。

 家庭とプロがあげる唐揚げの大きな違いはあげる油からして味がある。

 この差が大きい。だから、店で売ってるものは上手い。

 俺はますますおいしくなる唐揚げに満足しつつリンゴジュースを飲んだ。

 お酒? 

 飲まないよ。

 俺、転生して生まれて間もないんだから。


「うう、重いな。新田殿、【液キュアリン】をくれぬか」

「はいよ」


 アイテムボックスから俺は液体胃腸薬の黒い薬瓶を渡す。

 明智さんはそれを飲むとほっとした表情をする。


「うむ。これを飲んでからというもの体調がいい。わはははは」

「軟弱な胃だぜ」

「明智さん、胃薬の依存症にはならないでね」


 胃が軟弱というよりは苦労性で神経質なんだよね。

 真面目すぎるんだよなあ。

 ハゲないといいけど……。


「しっかし、うまくねえな」

「あれ、おいしくないのあった?」

「そっちじゃねえさ。家中の話さ」

「ああ、そうだね」


 市さんは眉間にしわを寄せウイスキーをあおる。

 おいおい、酒豪かよ。何杯目だ?


「若手の連中が津軽様の批判を堂々といってやがる」

「家中の風紀が乱れますかな?」


 もともと城郭に砲台などの武装を施すことに反対する美咲さんは武士の一部に、特に血の気の多い若い衆には評判がよくない。

 神術も防御や支援系に特化していることで城郭神の資質を疑う声がある。


「まあ、新参の俺や明智さん重用への不満もあるのだと思えば当然なんだけどね」


 そのせいで美咲さんへの不満が増長したのだと思うと申し訳なくなる。


「確か南波殿でしたかな。わしも絡まれましたな。朝廷の連中に比べればさえずるようなかわいいものでしたがね」


 明智さんが何でもないように言う。

 いやいや、相当直球で嫌みを言われてなかったかな。

 あれでかわいいとか朝廷ってどんだけ伏魔殿なんだろう。


「まあ、南波の派閥以外は任せておきな。このつまみやビールにウイスキー、ブランデーにワイン。この神器のような賄賂を豊富に提供すりゃあ問題ないだろうぜ」


 ここに集められたのは市さんや美咲さん寄りの武士たちだ。

 実際このおもてなしの反応も悪くない。

 市さんが上手くまとめ上げてくれるだろう。


「くえねえ奴だぜ。どうやってこれだけうまい酒を大量に用意してんだか。調略にこの酒がありゃあ無双できるぜ」

「そりゃあよかったよ」


 AIの管理とアイテムボックスの合わせ技で製造された酒は西大陸でも評判はよかった。時間や温度など操れるアイテムボックスの異空間では今もメティアが厳正な管理をしてお酒を量産中である。

 この懐柔策で解決するといいな。

 俺はなるべくは粛正はしたくない。

 美咲さんが悲しむからね。

 でも最近の南波たちの動きは看過できない。

 城下の民にも粗暴な振る舞いを見せていると聞く。

 帝国が来れば裏切る可能性が高い。


⦅だったらさっさと殺ったらいいのに⦆


 メティアが念話で物騒な事をいった。

 さすがに何もしてないのに処罰するのはまずいだろ。


⦅甘いなあ。戦国の世に情けは無用だよ⦆


 だとしてもだ。


⦅事が起こってから後悔しても知らないよ⦆


 呆れたように、だけど俺を案じるような声色を含ませメティアは念話を切った。


 可能なら犠牲は最小限にしたい。

 南波たちも考えを改めてくれたらいいのだが。


「どれも飲んだことがない美酒ばかり。素晴らしい」

「そういえば明智さん。あっちのとりまとめもお願いね」


 明智さんの部下には俺が密かに創設した魔物部隊のてこ入れをお願いしてある。

 幕府の精強な用兵も学ぶことが出来るからますます戦力が充実するね。


「心配ござらんよ。特に藤田あたりは新田殿に心酔しているのでな」

「藤田さんが立ち直ってくれてなによりだね」

「市さんにはをつかって例の計画のための下準備を引き続きお願いするね」


 影――津軽藩には秘密の諜報部隊が存在する。

 【倒魔】の忍び。

 凄腕の忍者集団といったところだ。

 倒魔忍は規模と練度が地方の弱小大名のレベルじゃないんだよね。

 なんか秘密がありそうだけど敵じゃなさそうだし気にしない。

 倒魔忍が御殿の侍女さんたちだったりするから信用できるんだよ。

 あの人たちの美咲さんへの忠誠心はよく知ってるから。


「馬鹿野郎、どれだけ仕事させる気だ」

「これも後で美咲さんを悲しませないための仕込みだよ」

「美咲様の様子を見るに周囲の大名や城郭神の反応もよくないようでごさるな」

「そうなんだよねえ、美咲さん大丈夫かなあ。やっぱ様子見てこよう」


 俺がそうつぶやき立ち上がると明智さんと市さんがニヤニヤと俺を見ている。いや、市さんは目が見えないからそう見えるってだけだが。


「なに?」

「いや、でござるな」

「明智さんごちそうさまって何。まだ食べてるじゃん」

「青いな、小僧」


 一体何なんだ。

 給仕をしている侍女さんたちも生暖かい視線を向けてくるんだけど。

 他の武士たちもさっさとくっつけ、見てられねえんだよ。

 などと意味不明なことを口走っている。

 これだから酔っ払いは……。

 なんだか居づらくなって足早にこの場を離れることにした。




 「おかしいな。なぜ見つからない?」


 美咲さんを追ってあっちにこっちにと出向いているんだがすれ違ってばかり。


「まさか、さけられてないよね」


 もしそうならショックなんですけど!?


《その思考童貞っぽいよ》


 その言葉、童貞には即死呪文だよ!?

 心をえぐるようなメティアの指摘に俺は崩れ落ちそうになった。

 誰もいない桜並木の街道を歩いているとメティアが姿を見せる。

 AIだからこそのハッとするような完璧な美少女像。

 見慣れた俺でも見惚れてしまいそうな美少女だ。

 そんな彼女が不満を隠そうとしない抗議をあげた。


《頼経ってさ、美咲のこと過保護すぎない》

「異論は認める」

《むう》


 明らかに嫉妬した顔で頬を膨らませるのだが怖さよりも可愛いなって思う。

 こういうのは贔屓目だろうか。


《説明を求める》


 ああ、これは言わないと駄目か。

 納得しないとメティアはへそを曲げそう。

 長い付き合いだからすぐわかる。かなり機嫌が悪い。


「わかったよ。お前だけじゃなく、スラユルも失ってさ。もうさすがに立ち直れなくなってた時の話さ」


 それから俺はスラユルをお盆に見送ってあとにあった出来事を話し始めた。

 ――――――

 ――――

 ――


 俺を狙って神聖フィアガルド帝国が執拗に追跡してくる。

 もしかしたら俺は死んだことになっているかも知れない。

 だけど、そうでなければどうなる……。

 いつか帝国は軍勢を率いて津軽藩を責めてくるかもしれない。

 ここは暖かく優しい場所だ。

 魔物になった俺でも受け入れてくれる懐深さがある。

 だからこそ巻き込むわけにはいかなかった。

 書き置きと謝礼の品を残し、俺は広咲城を後にする。


「お世話になりました」


 遠目に見える広咲城天守に深々と頭を下げ、俺は背を向ける。

 直接美咲さんに挨拶をする気にはなれなかった。

 絶対に引き留められると思う。

 彼女なら泣いてしまうかもしれない。

 そんな姿を見たら絶対決心が鈍るに決まってる。

 ……だから黙って去ろうとしたのに。


「はあ、はあ……。どこにいくつもりですか」


 息を切らし、慌てて探しにきた様子が見て取れる。

 美咲さんが俺の目の前で両手をひろげて立ち塞がる。

 絶対にいかせないという潤みつつも決意にみちた瞳が向けられる。

 ああもう、すでに泣きそうじゃんか。


「私はなにか不快にさせる事をしたでしょうか」


 そんなわけがない。

 むしろ快適すぎて、暖かすぎてそれがつらい。

 そう思えることもつらい。

 美咲さんも周りの人たちもいい人過ぎるから巻き込みたくなかった。


「いえ、大変よくしてもらいました。でも俺は役立たずですよ。今や俺は最弱の一角ウサギです」

「愛らしいじゃないですか」

「美咲さんの迷惑になります」

「……誰がそう言ったのですか」


 勘のいい美咲さんはなにか気がついたようだ。

 津軽藩で俺は不和の種になる。

 南波をはじめ一部の若手の家臣たちが陰口をたたいている。

 それも直接言われたこともある。

 無能が、なんでここにいる。

 そんな言葉をいわれるとテレジアを思い出す。

 口汚く罵られて捨てられたことを。

 勝手にこの世界に誘拐されて、その上家族との絆をも壊された。

 例え地球に戻れたとしてもそこに俺の居場所はない。

 家族の記憶もなかった事にされてしまった。

 そう、思い出すら奪われたのだ。

 こんなむごい仕打ちあっていいのかと憤りを隠せない。

 何度も怒りがわいた。

 どうしようもない理不尽に悔しさが積もりに積もっていく。

 それでもまだメティアがいた。

 親友のスラユルができた。

 ファフニルがいた。

 白百合も……。

 でもいない。俺に近しい者はいなくなっていく。

 無能という言葉が病のようにじくじくと俺の心をむしばむ。


「俺は使えない無能ですから。今の俺は人間ですらない。なにもない。せめてこれ以上迷惑をかけないうちにここを……」


 いいかけて俺は美咲さんに口を塞がれた。

 気がつけば一瞬で距離を詰められ、母性の塊の胸に抱きしめられた。


「そんなこと、……そんなこといわないで」


 美咲さんが泣いている。

 泣かせたくなかったのに。

 いつかは俺がいることでもっと美咲さんを悲しませるかもしれない。

 美咲さんの大切にしている人たちに迷惑をかける。

 だから、俺はここを去るしか選択肢がないのに。


「あなたが無能なんて、そんなことはありません」

「いや、そんな――」

「あなたは優しい。人に当たり前に優しく出来る。助けることが出来る。無力になった桜花様を守り抜いたように」

「えっ?」

「ここは戦国の世。非力で声を出せなくなった他人の少女を助ける人はいませんよ。少なくても私はこの皇国でそんな人は知りません」

「いや、あんなになった桜花を見捨てるなんて普通はありえませんよ」

「当たり前にそういえる頼経殿がここでは異常なのです。でも私はそんな貴方の優しさがとても愛おしい」


 そういう美咲さんは安心しきったような笑顔を見せる。

 俺がいてくれるからこんな顔が出来るのですよ。

 とぎゅっと抱きしめ伝えてくれるような微笑み。


「頼経殿、私はこの世界が嫌いなのです」


 思わぬ台詞に俺は意外だと見上げた。

 慈愛の女神のような美咲さんから嫌いという言葉が出ること自体が信じられなかった。


「当たり前に困っている人に手を差し伸べられないこの世界が嫌い」

「人をだましてだまされた方が悪いと、それが許容されてしまうこの世界が嫌い」

「他人を信じられなくなっているこの世界が、……私は怖い」

「…………美咲さん」


 震えている。人の悪意を感じ取り、心から恐怖しているのだ。

 美咲さんは強い。

 ――そう思っていたけど本当は誰よりも傷つきやすい人なのかもしれない。

 優しく感受性が強いからこそ簡単に傷つく。

 この世界で優しさは弱点となる。

 だから美咲さんはきっと普段は頼りがいがあるように振る舞っているだけ。

 そんなことも気づかずこんな弱い人を一人にしようとした。

 いや、見捨てようとしたのかもしれない。 

 そう思うと急にどうしようもない罪悪感に襲われる。

 

「私には大望があります。人を思いやり、手を差し伸べ協力し合う。優しさが溢れる、そんな当たり前の世界にしたい。――天下太平の世に」


 それはあまりにも夢想。理想論。

 でもそんな世界ならどんなにいいことか。

 俺のいた世界だって出来ていなかったことだ。

 国のメンツだとか、自国の利益などのために傷つけ合う人々で溢れていた。

 しかし、美咲さんはすさんだこの世界に優しい世を作りたいという。


「……無理だと思いますか」

「難しいです」


 俺の答えに美咲さんは苦笑い。

 ――でも、それでもだ。


「だけど、努力はすることは出来ると思う。誰かが始め、広げないといけない。そうしないといつかは世界は滅びるしかない。優しさのない、愛のない、助け合いのない世界の果てはきっと滅亡しかない。だから信じることはやめてはだめだ、と俺も思う」


 俺の答えに美咲さんは喜色を浮かべて俺にすがりつく。


「私は貴方のような人を待っていました」


 今も美咲さんはふるえている。

 ウサギの俺よりも大きいのに弱々しい。

 必死に助けをもとめる幼い少女にように。

 おびえる美咲さんをみて気づく。

 俺はここにいていいのかなんて……そんな葛藤は吹き飛んだ。

 むしろ、ここにいなくてはいけない、と強く思う。

 こんな美咲さんを見捨てる事はあり得ない。


「私には貴方が必要なの」


 何よりも、誰よりも……。

 俺を必要としてくれる彼女のためにそばにいてあげたいと。

 そう強く思ったのだ。

 こんな役立たずの俺でも出来ることがある。

 そう気づかせてくれた彼女のために。

 ――――――

 ――――

 ――



《ちっ》


 メティアの小さな舌打ちが聞こえた。

 そして、不満が抑え込まれたようでもある。


《アタシがいなかったときにそんなことがあったんじゃ文句言えないじゃない。さっきの南波の件だって……。だから甘い対応するの?》


 それは安易に南波を粛正するべきだとメティアが提案したときのことだろうか。


「それは……」


 そんなとき、声を荒げる男の声をきいた。

 知っている男の声だった。

 ほかに美咲さんの声もする。

 そう判断したら俺はかけだしていた。


「いいから俺を城主に指名すりゃあいいんだよ」

「お断りします」


 美咲さんに詰め寄っているのは津軽藩の家中の悩みの種、南波だ。

 武士にしては過度に華美な着物を着た三十代ほどに見える中肉中背の男だ。

 南波の取り巻きの武士たちも美咲さんを取り囲む。

 刀を抜きそうなほど殺気だった様子に城下の人々も怯えている。

 それでもその場から離れようとしないのは城下の民が美咲さんを慕っているからだ。

 俺は南波に声を張り上げる。


「何をしている!!」


 俺の気迫の声に冷や水を浴びたように驚いている。

 ちょっと覇気が強く漏れ出ていたようだ。

 だがその声の主がウサギの俺だと気がつくと途端に増長していく。


「ウサギ風情がっ、誰に口を利いている? 無礼にもほどがあるぞ。誰かあるか。この害獣を殺せ。俺に無礼な口を聞いた罪だ」

《ばっかみたい》


 メティアがゴミを見るような表情でいうと南波がニヤニヤと品定めする。


「ほう、異国の娘か。いいだろう。俺の情婦にしてやってもいい。光栄に思え」

《あははは、冗談は顔だけにしてよね。すべてにおいて私の旦那様に劣る貴方となんて罰ゲームにしてもありえないわ》


 俺はお前の旦那様になった覚えはないんだけど!?

 美咲さんが何やら泣きそうな目でこちらを見てくる。

 俺は必死に首を左右に振って否定する。


「ばかにするなあ。俺は津軽藩の名門氏族南波家の当主だぞ」


 刀を抜き放ち叫ぶ南波。

 これには城下町の人々からも悲鳴が上がる。

 斬りかかってくる難波に俺は人化すると指でつまんで受け止める。


「刀をしまえ、町中で刀抜くんじゃねえよ」


 そして、刀をつまんだまま放り投げる。


「ぬおおおお」

「「「ばかな、免許皆伝の南波様が」」」


 えっ、この腕前で免許皆伝!?

 その流派はこいつに忖度しすぎではなかろうか。


「無礼者が。抵抗するな」

「いや、俺何もしてないのになんで斬られなきゃならんのよ」


 俺は周囲を見回して南波に質問を投げかける。


「で、これは何の騒ぎだよ。城主にしろとか馬鹿なこと叫んでようだが」

「そう、そうだ。我が津軽藩には現在城主がいない。城郭神が代行の形を取っている。本来はこの名門南波家の俺がなるべきはずなのにだ」


 これには美咲さんが反論する。


「その件は家老の市殿から不適格だと否決されたはず。事実私も貴方が城主にふさわしいとは思えません」

「ふざけるな。この城は城郭神が武装系の力を拒否するふぬけなのだぞ」


 南波が美咲さんを指さしふぬけ呼ばわり。

 こいつこそ不敬だろ。女神様だぞ。


「ならばわしが先導をきって軍備の強化を推進せねばならんだろう。なぜそれがわからん」

「正論をかざす前にお前の人格に問題があると気付けよ」


 これには聞いていた城下の民も同調する声が上がる。


「黙れだまれええぇえい」


 こいつ薬物でもやってるのか。

 こんな有様でよくいままで失脚しなかったな。


「くそっ、お前ら。そいつを殺せ」

「「「はっ」」」


 南波の取り巻きたちが刀を抜いた。

 止めようとする美咲さんを俺は手で制する。

 そして、次々と襲いかかる相手に俺は無抵抗で受けた。

 ――ただし、防御障壁のオーラは全開だ。


「「「ぎゃあああああっ」」」


 次々に斬りかかる取り巻きたちの腕と刀は折れる。

 俺は何も反撃はしていない。

 堅いオーラに阻まれ、跳ね返ってきた自らの力をいなせず腕を折っていく。

 基本がなってないな。


「攻撃をはじかれて骨を折るって……刀の扱い方も知らないのか?」

「いてええ、いてえええよ」


 半数の取り巻きが地面のうえでうめく。

 残りは得体の知れない俺に恐れを成して刀を構えたままに固まってしまっている。

 こいつら駄目だな。権力を傘にきてろくに鍛錬もしてこなかったんだ。

 これじゃあ戦になっても使えないな。


「おい、南波。お前は俺を最弱のウサギと侮るけど、その最弱の俺に手も足も出ないお前らに軍備を語る資格があるのか」

「ぐぬぬぅ」

「それに俺からは全く手を出していないぞ。もはやそれ以前の問題だよな」


 肩をすくめて呆れた身振りをすると、南波の顔が怒りで真っ赤になっていく。


「何よりお前たち武士が守るべきは民のはずだ。そのために軍備の増強を訴えるならばなぜお前たちから暴行を受けたという民からの陳情が後を絶たない」


 俺の言葉に鬱憤がたまっていた城下の人たちも『そうだそうだ』と声が次々に上がっていく。この機にとばかりに人々から南波に代金を踏み倒された、難癖をつけて殴られた、などなど怒りの訴えが止まらない。

 美咲さんは南波たちが民に暴行していたという事実に驚き、厳しい表情で南波たちに歩み寄っていく。


「今の話、本当なのですか。武士が民に手を上げたと」

「そ、それは……」

「どちらにせよ。あなた方に城主を任せる事はあり得ません。私の城主は既にこちらの新田頼経殿と決めています」

「ば、ばかな。お考え直しください。最弱のウサギが城主などと。他の大名たちからなめられます。早々に攻め落とされてしまいますぞ」

「その心配は不要です。新田殿は強い。それは先ほど歯牙にもかけずあしらわれた南波殿がよくおわかりでしょう」

「ぐぬぬぅ」

「そもそも家中すべてに彼が前任の城郭神も合意の上で城主に選定された事はとうに通知してあったはずです。にもかかわらず城主に剣を向けたあなた方は反逆罪に問われます」


 え、俺って既に城主になってたの?

 そりゃあ、前任城郭神の穂花に無理矢理任命されたけどあれで有効なの?


「は、反逆罪……」


 事の重大さに気がついた南波は呆然としたがすぐに土下座する。


「そ、それは知らなかったのです。知っていれば新田殿に剣を向けるなどと」

「知らなかったではすまされません。城主を彼にするという評定の招集命令も無視しましたね。知っていて欠席したのではないのですか」

「いえ、本当に記憶にないのです」


 視線が泳ぐ。嘘を言っているのがバレバレだ。


「記憶になかったではすまされません。戦の緊急招集でも貴方は知らなかったで済まされるのですか? そんな訳がないでしょう」


 確かに戦の緊急招集は欠席どころか遅参するだけでも大問題だったりする。

 それが戦国の世の常識だ。

 美咲さんは城主任命の評定も戦の招集も同じように重いといっているのだ。

 それを言われると南波は反論の余地もないようだ。

 だた、ぐぬぬうーーっ、とうめき声をあげるのみだ。


「ここにいる者たちはみな屋敷で謹慎とします。罪状を精査の上、追って沙汰をいい渡します。武士ならば潔く裁きを受けなさい」


 この頃には騒ぎを聞きつけた巡回の兵たちが集まっている。

 城下の人たちがよんでくれたらしい。

 美咲さんの指示で南波たちは彼らに連行されていった。


「ふう、一件落着かな」


 そう思っていたのだが危機は去っていなかった。

 頬を膨らませた美咲さんがメティアに詰め寄ったのだ。


「初めまして。津軽藩城郭神の津軽美咲といいます。新田殿は城主様です。城主様とはどういったご関係でしょうか」

《これはご丁寧に。私はメティアといいます。西の大陸では叡智の女神と呼ばれているよ》

「叡智の女神? 初耳ですね」


 あれ。なんか二人の視線が交差し火花が散っているような気がするのだが。

 城下の民はこのやりとりを見て何やらニマニマと楽しそうに鑑賞している。

 おい、見てないで止めようよ。っていうかとめてくれええ。


《ああ、そういえば私と頼経の関係だったかな。私は彼の正妻(予定)です》

「せ、正妻!?」


 ショックを受けて後ずさる美咲さんに俺は必死に訂正をかけていく。


「じょ、冗談だよ。結婚していないし。ただ腐れ縁みたいな関係ではあるけど」

《腐れ縁……つまりそれはきっても切り離せない関係。これは妻といっても過言ではないよね》

「過言だよ!? っていうかメティア。お前黙ってくれない。ややこしくなるから」

「がーーん」

「美咲さんもこいつの戯れ言に耳を貸さないで。俺の話を聞いて!? ほんとに何でもないから」


 俺の訴えにウルウルした瞳で袖を控えめにぎゅっと握ってきて……。


「本当ですか。信じてもいいのですか」

「ああ」


 はっきりと頷いてやると美咲はほっとその大きな胸をなで下ろした。

 着物越しでも感じる重量感がすごい。

 ゆれる効果音が聞こえて来そうな迫力がある。


《頼経、どこを見ていたのかな。私の完璧な黄金比の胸なら遠慮無くみてくれていいんだよ》

「もれなく責任取って結婚しろと迫るだろ」

《当然だね》

「ぬがあっ、俺だって見たいよ。だって男だもん(今は無性)。でもそんな理由で結婚はいやああああ」


 そこで美咲さんがチョンチョンと俺の背中をつついてくる。


「美咲さん?」

「あの、では、私の胸をみたのでけ、けけっ、結婚して、くれ、ます、か」


 顔をリンゴのように真っ赤にして恥じらいそんな事をいっている女神様に俺のキャパシティーは限界を超えた。


「きゅう~~」


 人化がとけて俺は真っ白になった思考を自覚すると気絶して倒れていく。


「わああ、美咲様ちょーーかわいい」

「おいおい、今度の城主様はずいぶん純情だな。見てる分にはおもしれえけど」

「この三角関係、目がはなせないわ」


 城下の人々が賑やかに揶揄うなかで俺は人ごとだと思ってえ、と憤りながら意識を手放した。



 ◇ ◇ ◇


 

「おのれえええ、新田あああっ」


 南波は自身の屋敷で謹慎を言い渡されるとなかで大いに荒れ狂っていた。

 その怒りのほどは夜になっても収まるどころか膨れあがるばかり。

 刀を振り回し、襖ばかりか、欄間、掛け軸まで無残に切り刻まれていく。

 難波家に使える女中は怖くて隅に避難し震えることしか出来ない。

 そこに艶やかな金髪にキツネの耳、そして、尻尾を生やした獣人種が現れる。

 扇情的な科をつくって体を接触させていく。


「ああ、おかわいそうな南波様。あなた様のような才気溢れたお方を振るなんてここの城郭神も見る目がないわあ」

「ああ、そうだ。そうだとも。あのウサギはきっといかさまをして取り入ったに違いない」


 するすると蛇が絡みつくように南波にすり寄り、体ばかりか心すら縛り付けていくように甘い声、甘い匂い、そして甘美な色気を女は蒔いていく。


「うふふ、南波様が立たねばこの藩は滅びてしまうわ。こうなった以上多少の劇薬をもちいねば救えませんわよ」

「うむ、劇薬とな」

「クーデター。いいえ、皇国ではこういった方がいいかしら、

 ――下剋上」

「なっ、それは……」

「あら、怖じ気づいたの。南波様ともあろうお方が」

「それは容易ではないぞ。殺すための神術をもたぬ役立たずの城郭神とはいえ相手は女神。そして、この藩には最強の剣客、桜鈴の市がおるのだ」

「大丈夫。ウチが力になってあげるから」


 キツネ獣人の女から突然瘴気が吹き上がると縁側前の戸を指さし一気に吹き飛ばす。


「クズハ、お前。その力は」


 【クズハ】

 クズハの正体は災妖族。

 位階は侯爵級の絶大な力を持つ九尾狐の厄災。災妖族の幹部である。

 妖艶かつ、男の肉体的欲求をひどくくすぐる体つき。

 さらに振りまかれるフェロモンとくれば男にとっては抗いがたい魅了となる。

 普通の年頃の男性ならば瞬く間に骨抜きにされてしまうだろう。

 また彼女は権力者を言葉巧みに操り世を乱す事に長けている。

 体からは抑えていても微弱の毒をまき散らし人をむしばんでいく。

 南波もすでに毒におかされている。

 ただし、違法薬物のような症状が出る類いの毒だ。


「い・ま・は、それよりもあれをみて」


 屋敷の庭には透き通るような青白い肌に色素が抜けたような長い髪をした少女がいた。

 白い死に装束のような着物をきてこの世のものとは思えぬ容姿。

 その足は半場透けていて、空に浮かんでいるかのようにも見える。


「人間ではないな。まさか妖魔の類いか?」


 思わず刀抜こうとする南波の手を手弱女のようなクズハの手が簡単に押さえ込む。


「だ~~め。あれはウチの制御下にある使い魔だと思えばいいわ。敵じゃないのよ~~。むしろ」


 幽霊のような少女の後方から禍禍しい瘴気を纏い筋骨隆々とした鬼たちが姿を現す。


「ひっ、鬼じゃ」

「大丈夫、あれもみ・か・た」


 クズハが南波の耳元でささやいていく。


「あの鬼たちの着物。見覚えない?」


 南波は目をこらしてはっとする。それは日中に自分の取り巻きたちが身につけていた着物だと気づいたのだ。


「まさか」

「そう、あなたの仲間。骨を折って戦えなくなったのに貴方のために鬼になってでも決起に加わろうという忠臣たちよ」

「おお、おまえら、そこまでわしの事を」


 そんなわきゃあなかった。

 鬼にされる前、彼らは青白い少女に無理矢理生気を抜かれて殺された後に鬼へと変えられたのだ。

 彼らに自由意志はない。

 だが、クズハは美談として事実をねじ曲げて伝える。


「それに神聖フィアガルド帝国のシューキュリム准将からの手紙を預かっているわ」

「なに、帝国の?」


 内容を読めば南波の独立の支援のため艦隊を派遣し援護してくれるという内容だった。


「南波様は強運の持ち主だわ。この窮地に帝国軍の援助。もう天運に愛されているとしか思えないわ」

「ふふふ、ふはははははっ、そうだ。わしはこんなところで終わるような男ではない。わしは天に愛されておる。戦国の世に立てと天はいっておるのじゃな?」

「ええ、ええ、その通りよ」


 最後の仕上げとばかりにクズハが拍手すると鬼たちが雄々しく雄叫びを上げる。

 それに押されるように南波は立ち上がる。


「おお、改めてみればなんと頼もしき鬼の威勢よ。やるぞ、やってやる。あの生意気な城郭神も、新田ウサギも、俺を馬鹿にするすべてのこの藩の人間に――思い知らせてやる」


 クズハの瞳は怪しく紫に輝き、瞳孔は縦に割れて、口は人間とは思えぬほどにさいて笑う。

 そんな姿を酔いしれる南波は気づくことはなかった。

 津軽藩に危機が迫ろうとしていた。

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