第18話『聖女モニカと飛空艇を振り切れ!!』

 俺の言葉を受けて武士たちが負傷者を優先しつつスライムのホバークラフト船に乗り込んでいく。

 負傷者には無事な者が手を貸して速やかに撤退作業は進められていく。

 彼らもわかっているのだ。

 災厄の使徒の仲間割れがいつまで続くかわからない。

 時間との勝負なのだと。


「さ、天遙ちゃんも乗って」

「ご、ご主人、あの空飛ぶ船から逃げ切れるのかの」


 大事そうに布で包まれた神剣を抱きつつ、天遙ちゃんは空を見上げて心配げだ。

 でも大丈夫。俺は自信たっぷりに頷いて見せた。

 だってメティアに考えがあると言われたからね。

 そうだよねメティア。これで外したらかっこ悪いんですけど。


⦅問題ないよ。じゃあ私と頼経の愛の共同作業に入りますか⦆


 なんだろう。急にやる気が失せたな。


⦅あはは、照れちゃってもう。ただ思いっきりそこに転がっている岩石を空の巨体飛空艇に向かって蹴り上げる簡単なお仕事だよ⦆


 それには俺は呆れ果てた。


⦅おい、相手はあの巨体な鋼鉄張りの軍艦飛空艇だぞ。岩石一つ蹴り飛ばしたからってびくともしねえよ。お前までポンコツになったのか?⦆

⦅むっ、失礼だな。だまされたと思って蹴ってみてよ⦆


 そこで立ち塞がるように聖女モニカと醜女蜘蛛が現れる。


「そこの美しいウサギの麗獣人と神剣を引き渡しなさい。そうすれば他の者の命は助けてあげますわよ」


 なんだろう。神剣よりも俺の方をみて舌舐めずりしてるんだけど。

 どういうつもりだ。

 っていうかモニカ怖い、モニカ怖い。


「お断りいたします!!」


 間髪入れず、俺を守るナイトのごとく美咲さんが聖女モニカに立ちはだかる。

 そして、俺にむかってにこりと微笑みかけてくる。

 それにそっと手を握ってくれるところもポイントが高い。

 うわあ、女神なのになんか男前だ。頼もしい。

 モニカに対するトラウマも美咲さんがいると霧散するかのようだ。


⦅女狐が。ぶち殺すよ。私のスマホがここにあれば実体化するのに⦆


 あれ、メティアも怒ってくれてる。ちょっとうれしい。


「まあ……」


 口元を抑えたモニカは美咲さんの返答に表情を一変。

 腰に下げていた魔導具の鞭をもって振り下ろした。一度の振り下ろしなのに何百という打撃音が地面から伝わってくる。


「――女狐が、ぶち殺しますわよ」


 俺はビキビキとこめかみに血管を浮き上がらせてすごむモニカにちびりそうになった。

 ついでにモニカの周囲の大地は鞭でズタズタに引き裂かれている。ヒェ。

 ……ごめん。やっぱトラウマは簡単にはなおらないや。

 それにメティアと啖呵が一緒だったのが恐ろしかった。

 あいつメティアとの念話傍受してないよな(ドキドキ)。

 だが守られてばかりでは情けない。俺も言い返さなくては。


「ええっと、せ、せせ、聖女モニカ様におかれましては大変ご、ごごご機嫌麗しゅうございます。あわわ、できれば見逃していただけませんでぴょかっ(舌噛んだ)」


 メティアからヘタレと批難の声が聞こえてきた。

 周りも妙に下手にでる俺の不審な態度をいぶかしむ。

 俺は顔がゆでだこのように真っ赤になっているに違いなかった。

 舌を噛んで痛いし、口を押さえて悶えそうになる。

 恥ずかしくて震えているとモニカは両手を抱きしめてわなわなと震え出す。


「ああっ、いい。貴方とってもよくってよ。そのいじりがいのありそうな反応がとっても好みだわ」


 げええっ、なんでそうなるの?


「外見が天とドブのように違うけれどいじりがいのある男がいたわ。結城というのだけれどね」

「そ、そうでえしゅか」


 俺は動揺のあまり震えて上手く話せない。

 もしかしてバレた。

 それともカマをかけられてる?


「あの醜男は反応はいいんだけど殺すしかないわ。だって見た目が見るに堪えないもの。でも貴方は性格も、見た目も私に突き刺さるの。何が何でも欲しくなっちゃったわ」


 ひいいいいぃぃぃぃっ。

 どうして俺は変な女に次々付き纏われるんだ。

 あのファフニルを折ったあいつの娘も粘着してくるし、頭痛の種が増えたぞ。


⦅まったくだよね!!⦆


 …………そうだね。 


⦅んん? どうしたのかな~~。異論があるのなら聞くよ?⦆


 とんでもない。助けてくださいメティア先生(今度は必死)。

 不意に、すさまじい衝突音が連続的に響いてくる。


「えっ!?」


 気がつくと俺は美咲さんの背後にかばわれている。そして、すさまじい鞭の打撃を美咲さんが応酬して刀を振っている。


「聖天一刀流 八の型 【桜花演舞陣】」


 桜吹雪のように無数の剣閃が美咲を中心に吹き荒れてモニカのすさまじい攻撃回数に対応している。

 モニカのあの鞭の攻撃に対応できるのか。

 美咲さんすげえっ。

 モニカを刺激したくなかったのはあの攻撃に対応するのが難しいというのもある。

 鞭の変幻自在の軌道。そして見えない打撃はなかなか見切れるものではない。


「生意気ですわね」


 モニカも攻撃をすべて防がれるとは思わなかったのかますます機嫌が悪くなる。

 それを見る俺の正気値もどんどん下降していく。

 モニカは攻撃を止めて鞭を巻き取ると腰のホルスターに収める。


「逃げ切れると思っているのかしら。私の存在、この蜘蛛の砲撃、飛空艇の機動力。これらを知ってなお逃げ切れるとほんとに思えて?」


 ここでモニカの悪い癖が出た。

 やはり自分の手を汚すのは極力さける。面倒くさがる。

 俺は美咲さんがあの鞭を封じてくれるのならばと今度は安堵して発言できた。


「なら賭けをしよう」

「賭け、ですの?」


 俺は足元に落ちていた岩を拾い上げる。


「俺はこいつをけって空の飛空艇を堕とす。それが出来たら見逃してくれないかな」

「私になんのメリットがありますの?」

「出来なかったら俺は大人しく捕まる。加えて聖女様が探している人間の消息の情報も加える」

「へえ、私が反逆者結城を探していることを知っての発言かしら」

「そう判断してくれてかまわない」


 俺が結城だし。


「いいわ。そんな石塊であの巨大な戦艦が落とせるわけがないけれど……」


 モニカが指をパチンと鳴らすと俺とモニカの足元に魔方陣が生じる。


「これは契約魔法か?」

「その通りですわ。契約をやぶったら重ーーいペナルティがありますわ。もう取り消せませんわよ。うふふふ。契約が成立したということは貴方は本当に結城の行方を知っているのね」


 俺にとって好都合だ。

 これでモニカも条件を遵守する必要がある。

 でないとあいつにペナルティがいくからな。

 賢いモニカなら怪しんで乗ってこないと思っていた。

 だが乗ってきた。提示した条件と物欲に目がくらんだかな。

 それとも、俺のもつ情報の信憑性を契約魔法を通じて確かめられたなら今回は最悪逃がしてもいいと踏んだのかな。

 だとしたら抜け目がないな。


「おい、ご主人。なんて約束をしてくれたのじゃ。契約魔法は守らないと死ぬこともある怖い契約なのじゃぞ」

「だいじょぶだって」

「大丈夫なものか。バカご主人。そんな石ころであの空の船が落とせるのならだれも苦労しないのじゃ」

「ご主人? その子の神気は……」


 モニカが天遙を見て何かにひっかかる反応を見せる。

 まずい気づかれる前に。

 メティア先生、マジで頼みます。 

 俺は無理だと思いつつも俊足を生み出すウサギのしなやかな足を使って思いっきり蹴り上げた。

 今の俺はメティアの演算の補正がかかっている。狙いは正確。


「にゅわああああ、何をやっておるのだ。そんな岩っころであの船が落ちるわけなかろう。ご主人は気が狂ったのじゃ。もうだめなのじゃ」


 天遙ちゃんの悲観的な嘆きが聞こえるが俺もそれに全く同感だ。

 しかし、メティアだからな。

 こいつの演算に救われた修羅場は数え切れない。

 だから期待している俺がいる。

 勢いよく空に上がる岩石は推進力を生み出す多層式のプロペラ部分に上手い具合に当たった。

 右舷プロペラ空力機関の一つを破壊しつつはじけて砕け、破片が本来なら絶対に入り込まない角度に取り付けられた吸排気口からつぶてが入り込み、配管の基幹部で詰まってしまった。

 十基存在する戦艦のエンジン。その一基が破壊された程度ならわずかに体制が揺らぐも他の空力機関が補助して調整し体勢を立て直す。

 それが本来なのだが様子がおかしい。

 不完全燃焼を起こしつつある空中戦艦は徐々に力を失っていった。

 徐々に高度が落ちていく。


「はっ?」


 モニカがぽかーーんと空をみあげている。

 その気持ちはよくわかる。

 俺自身がびっくりだ。

 更には明らかに俺の蹴った石ころとは全く関係の無い10基のエンジンのうち、五基が同時に爆発し不調が外からでも見て取れる。


「「「えええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」」」


 モニカはもとより明智さんたちまで目をまん丸に見開き驚きの声を上げてている。


「さすが新田殿ですね」


 美咲さんからは謎の信頼の言葉をいただいた。

 美咲さん、あれが俺のスタンダードだと思わないで。

 やった俺自身が意味分からない。


⦅ふっ、女狐が。思い知ったか。あーーはっはっは⦆


 メティアさん、あんた一体何したんだ。


⦅ここに飛び込む前に偵察用の分身送り込んだでしょ⦆


 ああ、そういえば。


⦅どんなすごい技術があるのかと思ったんだけど意外とローテクで広咲城の遺跡と比べるとゴミだったよ。基礎技術のなってない突貫戦艦だから付け入る隙がいくらでもあったんだよね⦆


 ええ~~、あの飛空艇もすごいと思うけど。俺も乗ってみたかった。


⦅そのうちウチの遺跡でもっとすごい空中戦艦作るからね~~⦆


 それはとても楽しみだ。


⦅ってなわけで早々に分析も終えて内部から破壊工作しちゃった⦆


 話しているうちに巨大な軍艦が上手い具合に災厄の使徒たちの頭上に不時着しようとしている。

 マジかよ。本当に岩を蹴っただけで空中戦艦を落としちゃったよ。

 俺は慌てふためく災厄の使徒たちを背景に天遙ちゃんへ言った。

 俺の内心の動揺は決して表に出さないように。

 さも当然の結果だと言わんばかりに。


「――計算通り。今のうちに撤退する。美咲さん」

「はい」


 既に皆、ホバークラフト船に乗り込んでいる。

 あとは天遙ちゃんを回収して俺と美咲さんが乗り込むだけだった。

 俺に抱えられながら天遙ちゃんが大喜びである。

 大興奮といった様子でスライム甲板の上に立つと子供のように跳ね回る。


「ふわああああ、す、すごいのじゃ。ご主人は天才なのじゃ。わらわの目に狂いはなかったのじゃ」


 天遙ちゃんの変わり身がひどいな。

 さっきのバカご主人呼びは忘れてないからな。

 明智さんなんて訳がわからず頭を抱えている。


「わしは夢を見ているのか。なぜ岩っころ一つであの船は落ちるのだ? 本当に逃げ切れるとは思っておらなんだが……」


 時速100キロ越えのスピードで街道を滑るように爆走するホバークラフトから明智さんは今も惚けたように背後の様子をうかがっている。

 広咲城についたら明智さんには胃薬を処方しよう。

 遠く小さくなってみえる災厄の使徒たちから遠吠えを聞いた気がしたが俺は気にしない。気にするだけ無駄だし、報復が怖くなったのは内緒だ。

 美咲さんはその間、俺を見て何かをつぶやいたようだがよく聞こえなかった。


「これが私の城主様……ぽっ///」


 それとなんか武士たちが俺たちをみて平伏してるんだけどなんだろう。


「おお、我らには二柱の女神様がついている。ありがたや、ありがたや」


 どうやら美咲さんと俺のそばにぴったりくっついている天遙ちゃんに拝んでいるようだ。

 天遙ちゃんは活躍していなかったように思うがいるだけでありがたいって事かな。

 それにしても憂鬱だ。

 今後、あの蜘蛛のことを思うと胃がキリキリする。

 いきなり遠距離から奇襲砲撃されたら一発で全滅しかねない。

 他の災厄の使徒たちも強すぎて勘弁して欲しい。

 多分美咲さんと家老兼桜守さくらもり桜鈴おうりんいちさんしか単独で対抗出来ないだろうな。

 桜花も強いけどまだ厳しいだろう。

 いや、アリシアさんとスラみつさんなら相性によっていけるかも……。

 うう、今度どう対処しよう。

 飛空艇が落ちた程度であいつら絶対死なないだろうし……。

 まともにやって勝てる気がしない。

 ……ほんとにどうしよう。

 俺の胃は山積する問題に穴が開きそうだった。



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