第17話 『メティアが自重してくれない件』
頼経が恐山の神殿付近に文字通り飛び込んでくる少し前のこと。
「……あの、メティアさん。なんで俺は砲台に詰め込まれてるんですかね」
《それはね。頼経をこの砲台で飛ばすからだよ》
「え、なんで、ナンデェーー?」
美咲さんの窮状を知り、可能な限り恐山周辺で情報収集していた分身を集め意識を移した俺。
だが移した途端に配下のスライムを合体させた巨大な砲を作り上げると無理矢理その砲身に詰め込まれた。
意味がわからない。
こいつ俺を殺す気か?
《あはは、このままだと間に合わないかもなんだよね。分身体集めて大分オーラは確保できたけどここから結構距離があってさ》
「だからって人を大砲で打ち出すとか頭おかしいだろ」
《人じゃないよ。ウサギじゃん》
「だったら動物愛護法は!?」
《安心していいよ。死なないようにちゃんと調整しているから》
このAI、安心はうたっても安全無事は保証してくれない。
「このひとでなし!!」
《そうさ、私はAIだからね》
「再考を要求する」
《次善の策として打ち上げ式ロケットがあるよ。こっちは打ち上げ失敗のリスクがあるから……多分爆発するよ》
「バカかっ、お前マジでふざけんなよ。殺す気かっ!?」
《だから大砲で妥協するんじゃない》
「お前は自重という言葉を知らないのか。もっと安全な方法があるはずだろ」
《残念、時間切れ~~》
それはもう爽やかな笑顔でいってくれる。
メティアが合図するとスライムが実に無邪気にスラッスラッ、と導火線に点火しやがった。
《楽しい空の旅へ行ってらっしゃい》
「このドエスAIめ。うらんばやぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………」
けたたましい砲撃音とともに俺は射出されていく。
一応いっとく。
大砲は断じて移動手段ではない、と。
「ぎゃああああああああああああああああああああぁぁぁっぁあぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
超高速で空に打ち出された俺は激しい空気抵抗を受けてまともに話せない。
顔の皮下脂肪は伸びてきっとひどい表情に違いない。
頭の角で空気を切り裂き進んでいく。
《あははははっ》
そして、恐怖で叫ぶしかない俺を見て笑う
走馬灯のように景色はめまぐるしく変わり、巨大な飛空艇が目に入る。
なんじゃありゃあーー。
《ほむ。頼経。あれ偵察するから分身撃ち込んで。魔技の【スライムの弾丸ナックル】ってあるでしょ》
あたるかああぁぁぁぁーーーー。
こんな超高速飛行中の空気抵抗を受けた状態で当てろとかバカだろ。
《しょうがないにゃーー》
一時的に俺の分身の制御を奪い、スライムの弾丸ナックルを発動。
神技的な精密さで本当に帝国の飛空艇甲板に分身斥候を送り込んでしまった。
メティアさん、ぱねえです。
ところでメティアさん。俺絶賛目標に向けて落下中なんですが……。
《頼経、手足のスライム衝撃吸収性強化と膨張、エアバックをイメージ》
こんちくしょーー。
俺は超衝撃吸収剤を思い浮かべる。空から落とした卵が割れないマットを。
それを一時的に膨張させて受け身を取った。
体に結構な負荷がかかるも俺はどうにか着地に成功した。
ああーーーー、死ぬかと思った。
そんなこんなで急いで駆けつけることが出来た俺。
美咲さんはまだ無事だった。
敵があまりにも強そうだから分散させた分身とオーラの回収に手間取ってしまった。おかげで今の俺は戦闘に耐えられるだけのオーラを確保した分身体だ。
なんとか間に合ってほんとによかった。
俺が到着すると美咲さんは明智隊の武士たちの欠損すら癒やすとんでもない神術の奇蹟を起こして見せた。
癒やしを司るテレジアレベルの神を思わせる。
やはり美咲さんは……。
「美咲さん、まだ戦える?」
「問題ありません。新田殿がいれば百万力です」
「そ、それは過大評価では?」
「むしろ過小評価ではないかと心配しているくらいです」
「あ、そうですか」
プレッシャー。
美咲さんの俺の評価が天元突破してないかな。
ていうか、ぎゃああっーーーー。
天秤教聖女のモニカを見て俺は絶叫を上げそうになった。
ああ、モニカと関わりたくない。
あいつのまっすぐ降ろした髪の先は天然縦ロールっぽい形をしている。それときつめの容貌も合わさって悪役令嬢っぽいんだよな。
それに見た目通りに転生前の結城の時は冴えない男だ、
ああ、先に精神が殺されるかもしれない。
しっかし、モニカが首輪をつけて従えてる蜘蛛がやばい。
ここにいる誰よりも圧倒的な邪悪オーラを感じる。
モニカ自身も以前にあったときと違って禍禍しい。
災厄の使徒に似たオーラを纏っているけどどしたのそれ。
以前は隠してたのかな?
災厄と一緒のところを見るとつながってるのか。
天秤教、それに神聖フィアガルド帝国も中枢に災厄が深く入り込んでいる可能性が出てきた。
そう考えれば天秤教の異教徒狩りに帝国の非道の数々も妙にしっくりくる。
⦅その可能性は大だね⦆
メティアが俺の頭の中で話しかけてくる。
なんで念話で会話?
⦅天秤教には私の復活を悟られたくないんだよね。いうでしょ。無名こそ最強だって⦆
確かにな。
⦅私がサポートしてあげるよ。それとも私の力なしに切り抜ける自信ある?⦆
そう言われて俺は美咲さんといるチビウサスライムから情報を受け取りつつ、目の前にいる災厄の使徒たちをみる。
ぬわっ、あの酒天王って奴でけえ。強そう(頭は悪そうだな、つまり脳筋)。
カリストって奴は……一番弱そうだけどうさんくさいな。それが逆に危険な気がする。なにげに感じる黒幕感(第一印象)。
デスピアは単純な武技ならおそらく一番だな(一番厄介だとは言ってない)。
醜女蜘蛛か。
こいつは刺激しないでさっさと逃げよ。
絶対無理。
あのオーラは抜けない。ダメージはいらないだろ。
乱戦に持ち込めばこっちを砲撃できないだろうしな(正直無理ゲー)。
そしてモニカか……。
俺こいつ苦手。
昔、白百合にもめっちゃ絡んできたし。
美咲さんを見る目血走ってない?
こええええっ、出来るなら逃げたい(ブルブル)。
うん、無理だな。メティア先生。助けてください。
⦅了~~解。任せてよ。――だから惚れろよ⦆
⦅惚れないけど頼りにしてます⦆
⦅ああ~~んもう、つれないとこも――好・き⦆
俺は脳内でメティアをほどよくいなしつつチビウサスライムを操って美咲の左耳に寄せた。
スライムの柔軟な体でインカムマイクの形を取らせると美咲と念話で通信して策を伝える。
美咲さんは作戦を聞いて頷くと俺とともに動き出す。話が早い。
信頼値が高いと連携がしやすくていいね。
⦅そういう意味でなら私が一番連携しやすいはずだね、だ・ん・な・さ・ま⦆
……(無視)
俺はまずカリストに遠隔ゲートのスキルでとりもちをぶつけて動きを封じる。
「いやん、なにこのネバネバ。さいあく~~」
野郎が気持ち悪い口調で何か言ってる。
お前の言葉使いが最悪だよ!?
モニカはなぜか俺の方をじっと見てくる。
もしかして俺が結城だとばれたわけじゃないよな(ドキドキ)。
「あのウサギ獣人は捕獲よ。絶対に手に入れますわ」
醜女蜘蛛が糸を吐き出してこちらに向かってくるが俺は慌てない。
蜘蛛が糸を出して攻撃するなんてメティアのサポートがなくとも予想できた。
俺はスライムの体を手の先から膨張させて性質を変化させる。
強酸スライム体が迫り来る蜘蛛の網をまとめて溶かした。
「なっ」
蜘蛛をけしかけていたモニカが驚愕の声を上げるが無視。
あれとは徹底的に関わらないのが俺の基本方針だ。
あいつは聖女を気取って泥臭い戦いをやりたがらないのは知っている。
自分からはなかなか直接動かない。
だから下手に刺激しなければいいのだ。
モニカは本当に面倒な女なのだ。関わりたくない。
その間、美咲さんはデスピアの相手を請け負ってくれた。
正攻法で強いそいつは普通に厄介だから助かるね。
俺の実力じゃ無理。
そして、俺は酒天王を見て思ったんだ。
――こいつなんで鼻栓してるんだろうって。
鼻栓が目立たないような特別製らしいがAIの解析は誤魔化せない。
こういうのを見ると取ってあげたくなるのが人情だよね。
硫黄の匂いがするけど鼻栓するまでもないような……でもあえてするってところがさ。嗅覚が敏感で弱点ですって暴露しているようなもんだよね。ふっふっふ。
俺はデスピアに比べれば攻撃が荒い酒天王を俊足で翻弄しつつ鼻栓をぶんどった。
「ぎょわああああ、くせえええええええ」
おおげさだなあ。
苦しげに転げ回る酒天王に俺はきっと邪悪な笑みを向けていたに違いない。
俺は美咲さんに合図の視線を送る。
「聖天一刀流 壱の型、【破邪一閃】」
美咲さんの抜刀術から鋭い高速の奥義が放たれるとデスピアも強力な力がうねり狂う塊を拳から放つ。
美咲さんはデスピアの攻撃波を破邪一閃をかすめさせ軌道を変える神業を魅せる。逸れたデスピアの攻撃は運悪く酒天王に向かっていく。
「なにっ」
「ぬおっ」
酒天王はデスピアの技の流れ弾に被弾して腰から血が噴き出す。
別に骨まで切り裂くほどのダメージではないにもかかわらず酒天王は取り乱した。
それはデスピアも同様だ。
ただでさえ顔色が悪く見える肌がさらに悪くなっている。
視線は酒天王の腰のひょうたんに釘づけだ。
くくくっ。なにせ、酒天王は病的な酒好きなのはすぐにわかった。
だから敏感な鼻が硫黄の匂いにあてられて集中が乱れた間、デスピアの攻撃で奴の大切にしているであろうひょうたんの酒を破壊させたのだ。
美咲さんが攻撃を絶妙にそらした結果だが、酒天王にはあたかも大事な酒をデスピアに壊されたように見える。
美咲さんにこのような無茶な要求をしたのに見事こなしてくれた。さすが本物の女神様だね。クソ女神テレジアとは役者が違うよ。
さあって、酒天王君や、どうでるのかな。くくくっ。
「卵の腐ったようなにおいに混じって……それでもわかるぞ。このかぐわしい香りは……まさか……うそだろ」
視線を降ろして腰を見ると酒が入ったひょうたんが切り裂かれ、中身がすべてこぼれ落ちてしまっている。
「ヌオオーーーーッ」
狂ったように激高し姿まで禍禍しく膨張した酒天王が酒を破壊したデスピアに怒り狂って襲いかかった。
もうバーサーカーって言葉がしっくりくる暴れっぷりだ。
他の災厄の使徒たちも被害を受けないよう必死だ。
「ヌガガアアアアッ、デスピア。てめえ、コロス」
「よせ、これは敵の計略だ」
「問答無用ダ、ボケエェェッ!!」
ふうっ、あいつら油断してるのか迂闊すぎだよね。
自分らの弱点や計略の材料となる情報を敵の前でべらべらと話してくれちゃってさ。利用しない手はないよね。
「――計算通り」
俺は美咲さんや明智さんたちと神社前に合流してにやりと笑った。
なんか明智さんたちの俺を見る顔が恐怖に引きつっているように見えたけど俺は気にしない。
「馬鹿な。我々が手も足も出なかった災厄をたった一人加わっただけで……」
明智さんが何やら夢を見ているような心地らしい。
地に足がついていないような感じだったがすぐに正気に戻るだろう。
それよりも俺は酒天王から他にぶんどっていたものがある。
あ、鼻栓はとっくに廃棄済み。ばっちぃからね。
藤田と呼ばれていた武士が罪悪感と絶望でうずくまっていたのだが俺は彼に家族の遺品であるかんざしや着物の帯を渡した。
「これ、取り返してきたよ」
「あ、ああ〜~それはっ」
分身から災厄の非道ぶりを知らされた。
遺品に縋り付いて慟哭する様子はやりきれない。
「つらいよな。元気を出してなんて軽々しくいえないよ。俺も大事な人をたくさん失ったから。それでも俺は生きている。なぜならその大切な人たちから受け取った大事なものを背負っているから。だから胸をはって精一杯生きることにした。忘れる必要はない。とりあえず今は生きろ」
「うう、あああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーー……」
後は言葉も必要ないよな。
彼に必要なのは時間と支える仲間の存在だろう。
気がつけば美咲さんが俺の手を取って回復魔法をかけてくれた。
どうやら俺は無意識に手のひらに爪が刺さるほど握りしめていたようだ。
美咲さんはいつも優しくてそっといたわってくれる。
そんな女神だから俺もスラユルとの喪失から救われたんだ。
俺もこれから目の前の悲しい人をちゃんと救うことは出来るだろうか。
「美咲さん、ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
俺も白百合やファフニール、スラユルのほかにも……いろんな人のおかげで今をどうにか生きている。
それを思うと藤田さんの事が気になったのだ。
家族の形見を受け取り涙する藤田さん。
ほんとやりきれない。
今は泣けばいいさ。
家族を思い、悼む時間ぐらい俺が作ってやるよ。
「これより撤退する」
「しかし、新田殿、どうやって逃げる。負傷者も多い。殿を務める者がいるぞ。それに……」
空を見上げる明智さんが懸念するのは飛空艇から逃げられるのかということだろう。
俺も帝国の勇者を甘く見ていた。
もう鋼鉄製の空中戦艦を投入してくるとは思わなかったよ。
遠い辺境への遠征だから二級三級の飛行船をよこしているとは思ってはいたけどな。
おそらく最新型なのだろうが技術の進歩が早すぎる。
相手にも生産系スキルか古代遺跡のようなブレイクスルー要素があるものと想定する必要が出てきた。
「まあどうしても必要なら俺が殿をするけど問題ない」
俺がパチンと指を鳴らすと隠れていた部下のスライムたちが集まってくる。丸っこい大福のようなスライムたちがけなげにも寄り集まっていく。
「「「スラッ、スラッ、スラッ……」」」
「ユニオンスライム、合体せよ」
「ピッ」
スライムたちが俺に向かって触手腕をだして敬礼すると何百というスライムが集まって水上ボートを大きくしたような形の船が出来上がる。
ユニオンスライム、陸上ホバークラフト仕様だ。
下方向に強風が吹き付け、地上から50センチ以上浮いている状態だ。
それを遅れて到着した一角うさぎの群れが船首に延ばしたスライムの触手を体に巻き付けて引き始める。
まだ風による自力走行は出来ない。
期待させて悪いが兎の脚力で走行するしかない。
それでも馬よりも遙かに速く逃げるのが一角ウサギである。
俺が角の統率リンクスキルを使い、身体強化でバフる。
そうすると一角兎たちの力も速度も持久力も数倍以上に跳ね上がる。
それはもうかっとぶように逃げることが出来るのだ。
これだけでも飛空艇から振り切れる自信はある。
これが俺の支配種としてのユニークスキルである。
角のリンクでウサギたちを訓練された精兵のごとく統率、簡単に歴戦の強者にも、英知ある賢者にも超人にも引き上げるのが俺のスキルの強みだ。
俺の支配下にあるウサギは既に最弱ではない。精兵なのだ。
「新田殿、こ、これは」
「スカイスライムを合わせたユニオンスライムの浮力で船体を持ち上げ、陸上を滑るようにホバークラフトするスライム船だ。簡単に陸上を走る船だと思えばいいよ。ただし、移動の力は一角ウサギさんたちに一任する。即興の作戦だから文句は受け付けない」
「なんと、新田どのは魔物を従えるのか」
「総員乗船せよ。これで逃げ切るぞ」
だが敵も甘くはない。
災厄の使徒はどうにか出来た。
しかし、俺にとっての天敵がまだ残っていたのだ。
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