第16話 『天変地異!? 醜女蜘蛛の【灼熱爆轟砲】』

 美咲たちは災厄の使徒による卑劣な襲撃を受ける。

 災厄はそのあまりの残虐さ、人をだまし操る狡猾さを見せつける。

 その災厄の罠により神殿の結界は破壊され、もはや一方的な蹂躙が始まるかに思われた。

 しかし、義憤にかられ災魔人カリストを剣技で圧倒した美咲。

 これにより、なんとか持ち直す明智十兵衛とその配下の部下たち。

 だが予断を許さない。

 カリストは首を切られても生きていた。

 災厄の使徒の底知れなさを見せつけられたのである。




 明智が鼓舞するように味方に叫び指示を出す。


「隊列を組め。個々では勝てん。組織の力で敵を迎え討て」

「「「応っ」」」


 災魔獣たちの猛攻に武士たちが力強く応える。


「菱形密集陣形っ!! 社まで後退し、建物を背に防御陣形を再構築。魔導銃隊中心で敵を迎え撃つぞ」

「「「応っ」」」


 その後、明智は刀を抜き人員を選抜する。


「斉藤、お前に一時指揮を預ける」

「明智様は?」

「津軽殿を援護する。精鋭で災厄の上位体を美咲殿とともに討つ。敵が混乱したら包囲を突破し撤退する」

「分の悪い戦いですよ」


 斉藤と呼ばれた武士は美咲と災厄の使徒の人外の戦いを目の当たりにして明智に言う。あの人外の戦いに割って入るなど自殺行為に思えたからだ。

 そして、美咲が苦戦していることもわかってしまう。

 しかし、城郭神美咲が倒れればあっという間に全滅だろう。

 笑えるくらいに絶望的な状況だ。


「もとより承知よ。だが津軽殿は下級神のはずだが規格外の武勇をお持ちのようだ。我々だけでやるよりもはるかに希望が持てる」

「道理ですな。ご武運を」

「うむ。目標災鬼酒天王!! 奴を討つっ!!

 ――かかれーーーーっ」


 明智が刀を敵に向けると選抜した部下とともに突撃していった。




「ちょこまかと小娘がっ」

「堅いですね」


 美咲は酒天王の大地を砕くような振り下ろしをかいくぐり切りつける。

 幾度かの攻撃で肉は切れても骨までは切れない。

 ならばと美咲が急所を狙うが酒天王は見た目ほどに鈍くはない。

 巨体に見合わず機敏。

 急所はしっかり避けるか防ぐ。


「体の再生能力が高すぎる……厄介ですね」


 美咲の与えた裂傷はいつの間にか癒えている。


「てめえもやるじゃねえか。城郭神ごときが俺様を傷つけるとは。刀にしっかり神力が通ってやがる。下級神の出す攻撃力じゃねえぞ」


 なにより酒天王をいらだたせるのが美咲の目で捕らえきれないほどの反応速度。

 酒天王の攻撃が当たらない。



 不意に酒天王ごと巻き込むカリストの炎の魔法が美咲を背後より襲いかかる。

 炎が津波のように襲い来る。


「くうっ」


 桜色に輝く神力の光が刀身を照らす。その刀で炎を両断。

 服の一部が焦げながらも美咲は後退していく。

 一方、酒天王は炎の攻撃を受けてもピンピンしている。いや、すぐに回復している。

 カリストの味方を巻き込む攻撃に怒った様子もない。それどころか、


「ぎゃははははっ、カリストなんだてめえ。そのおカマくせええ口調は。また殺されたのか?」

「不本意ですが心臓をあの女神に貫かれていましてよ。ぷんぷん」

「ぎゃははっは、変わりすぎだろ」


(殺されて口調が変わる? あのカリストという災魔人の能力には裏がありそうですね)


 そして、美咲は突如おぞましい気配をすぐそばに察知する。


「はっ!?」


 いままで不動の姿勢を貫いていたデスピアが参戦してきたのだ。

 美咲はどっと冷や汗が出るのを実感しつつ奇跡的にデスピアの手刀をサイドステップで回避した。

 手刀にもかかわらず岩の地面が大きく切り裂かれる。

 直撃したならばただではすみそうにない。


「やるな。女神よ。――酒天、カリスト。お主らは手を出すな。これは我が輩の獲物だ」

「おいおい、そりゃあないぜ。これだけ下級神にいいようにやられてお預けかよ。災厄でも上位のお前が相手ならそいつすぐに死んじまうだろうが」

「ほっほ、わたしはかまいませんわよ。獲物は他におりますれば」

「ならばよし」


 デスピアはまたも美咲が捕らえきれない速さで肉薄し無数の攻撃を仕掛けてくる。

 無手なれど拳に纏うルインオーラは凝縮され猛々しいうなりを上げている。あれの直撃を受けてはまずいと美咲は必死によける。


「戦闘は格闘タイプね」

「われに得物えものは不要。この体全身が凶器と知れ」


 地面にたたきつけてくるような拳を美咲は大きく飛びのいて躱す。

 デスピアの拳によって大地は大きく陥没し、衝撃波とつぶてを周囲にまき散らす。

 このデスピアは別格だと判断した美咲は出し惜しみをしている場合ではないと判断した。


「聖天一刀流、九の型

――【桜花九葉翔(おうかきゅうはしょう)】」


 九つの飛翔する神力の剣閃。

 破邪の力を持つ濃縮された神力の閃光が同時に花開くように射出され、デスピアに集約していくように襲いかかる。


「ぬうぅん。

――【剛覇正拳突きッ】」


 応じるようにデスピアが大地を踏みしめ一層強力な拳を連続で繰り出す。

 互いの攻撃がぶつかり合う中で桜の紋章の爆発が九つ空中に咲き誇る。

 神力の衝撃波と余波が強力だったためにデスピアも一度距離を取った。

 彼は自らの腕を甲をみて感嘆の声を上げる。


「ほう、我が輩の腕の竜鱗が砕かれたか。貴様やはり見た目通りの女神ではないな。少なくとも元は上級の神あるいは主神級の女神の転生体か」

「私が上級の神か主神級――っ」


 主神級と言われてつぶやくと突如頭痛がした美咲は痛みに顔をゆがめた。

 直後、デスピアの隙を突かれて強力な正拳突きをその身に受けてしまう。

 とっさに刀の鞘を盾にするように受けたが、


「あぐっ」


 体は浮き上がり後方に勢いよく飛ばされてしまう。

 体がバラバラになりそうなほどの激痛に耐えながらも美咲はそのまま距離を取る。 

 ダメージのあまりしびれる体と腕の回復をはかった。


「にがさん」


 デスピアが追撃とばかりに吹き飛んだ美咲を追っていった。




 一方、駆けつけた明智たち武士の精鋭は酒天王を標的にしていた。

 部下の一部がカリストを押さえ、明智が酒天王に対峙する。

 カリストは首を落としても、心臓をつかれても死なない。

 倒す方法が不明という不気味すぎる相手……。


 それに比べればまだ急所をしっかりとガードしていた酒天王は倒す方法がはっきりしている。

 明智は素早く判断し標的を酒天王に定めたのだ。

 それも困難なのであるが……。


「お前、人間にしてはやるじゃねえか」

「化け物が」


 明智が思わず悪態をつく。

 明智は業物の刀だけでなく、具足などの装備も一級品の魔道具であり、相乗効果ですさまじい身体能力の発現を可能しているはずだった。

 それこそ一人で並の軍とも渡り合えるほどの戦力となる。

 それほどの貴重で強力な装備による強化を受けていながら酒天王の薄皮を切り裂くのが精一杯なのだ。


「そろそろ攻撃にもなれてきたな」


 そう言って酒天王は明智の刀身を素手で掴むとへし折ろうと力を込める。

 刀が折られると判断した明智はとっさに刀を放す。

 腰の脇差しを抜いて酒天王の目を狙い一閃を試みる。

 ――しかし。


「な、なんとーーーーッ!?」


 明智は驚愕に目を見開く。

 酒天王はまぶたで明智の脇差しを挟んで止めて見せたのだ。


「秘技『瞼白刃取り』ってか。目を狙うのはいい着眼点だが惜しかったな。俺はがさつに見えても武芸は達者なんだぜ」

「達者という言葉ですむ技量かっ。災厄の使徒とは皆化け物か」


 明智の脇差しは瞼でへし折られ、酒天王は明智に向けて明智の頭よりも大きい拳を構えた。


「まだ死ぬなよ」

「そのつもりよ」

「――っ!?」


 不敵に笑った明智にはっとした酒天王。

 いつの間にやら接近を許した明智の部下たちの姿を捕らえる。

 それぞれが火縄銃をぶった切った短い魔導銃をもっている。


「うてえええい」


 明智の命を受けて部下たちは一斉に発砲した。

 それも耳を劈くような轟音とともに。

 明智は酒天王のような防御力の高い相手への切り札として砲身が壊れるギリギリいっぱいの魔導火薬を詰め込ませていた。

 一度だけ持てばいい。そんな使い捨ての贅沢な方法だが大型の災魔獣も即死しうるような攻撃力をたたき出す。

 しかし、今回は相手が悪い。


「ぐはは、これはさすがに効いたぜ。しかし、俺様を殺すには足らなかったな」


 無傷とはいかなかったが分厚く強靱な筋肉に阻まれていた。体からぽろぽろと銃弾が吐き出され、すでに傷が癒えていく。


「ばかな、魔導鉛と魔導錫をまぜて貫通力を高めた特製の弾丸が……」

「ハッハッー。おい、今のでネタ切れか。だったら死ぬか?」


 酒天王が巨大な斧を振りかぶり地面にたたきつけるとつぶてが明智たちに襲いかかる。


「うわああああっ」

 



 気がつけばまともに立っているのは美咲だけだ。

 明智もどうにか膝を立てて立ち上がろうと言う気概があるがその体は満身創痍。

 美咲だって無傷ではない。

 美咲が神社に視線を向ければそちらも劣勢を強いられ被害が大きくなっている。


「このままでは全滅します。どうすれば……」


 武士たちがあげる悲鳴がなおさらに美咲の心をかき乱していく。

 そして、さらに絶望へと突き落とすような出来事が起こる。

 突然、空の恒星の光が遮られたのである。


「えっ!?」


 辺りが暗くなり急に空に曇天が広がったのかと錯覚する。

 しかし、見上げるとそれは違うと悟る。

 地上に差した影は空に浮かぶ巨大な船が原因だった。


「うそ、なんて巨大な……船?」


 美咲が疑問に思ったのも無理はない。

 美咲の知る船よりも何倍も大きい。

 巨大な船は全長一キロに届かんばかりの要塞のような空飛ぶ飛空艇だった。

 それも船全体の装甲が金属製の漆黒の船体だ。

 更には各所に大砲を中心とした武装が施されている。

 このような馬鹿げた規模の空飛ぶ軍艦を見たことのない明智たちにとっては戦意すら打ち砕くに十分なものだった。


 だがそれだけにとどまらない。

 敵はさらなる恐怖と力を見せつける。

 船首に巨大な蜘蛛の化け物が姿を見せると鋭い顎を開き、地上にまで聞こえる重低音が鳴り響く。

 その前方に白いエネルギーが急速に収束し始める。

 それが間もなく放たれる。荒れ狂う光学兵器のような白と赤の光条。

 軌道は神社の頭上を素通りしてはるか遠くにそびえ立つ山脈に伸びる。

 そして、比喩でもなく一つ山が文字通り消し飛んだ。

 爆発の影響で大地が震え、一瞬遅れて爆発音と衝撃波である突風が襲いかかってくる。

 圧倒的な暴力。相手の戦意をくじくほどの示威。


「無茶だ。あれは……人間が勝てる相手じゃない」


 誰が言ったのか武士たちがつぶやき、次々と武器を取り落としてしまう。それほどに馬鹿げた超弩級の攻撃。想像を絶する敵の力に戦う意思を刈り取られていく武士たち。


「山が一撃で消し飛んだ!? こんなのって……」


 神である美咲とて例外なく心が折れそうになっている。ただでさえの劣勢に加えて圧倒的な力を見せつけられたのだ。ただ、武士たちにとって自分が最後の希望だとその責任感からどうにか自分を持たせている。

 どうしたらいいの。

 全く光明が見えない。

 美咲は途方に暮れる。

 そんなとき脳裏に浮かぶのは仮とはいえ城主になった頼経だ。


(新田殿だってこんな相手にどうにか出来るわけない。なのにどうしてわたしは……期待してしまうのだろう。あの人ならなんとかしてくれそうな……いえ、しっかりしなさい。わたし)


 美咲は自分の弱さを叱りつけたくなる。

 生き残る糸口が見えない中、時間だけが過ぎる。絶対的な絶望が刻々と近づいてくる。

 空に浮かぶ漆黒の空中戦艦から巨体蜘蛛が飛び降りてくるとデスピアたちと美咲たちの右側に着地した。

 ちょうど三つ巴になる構図。


「あら、災厄の使徒の方々。ごきげんよう」

「おいおい、聖女モニカさまのご登場かあ? 何しに来た」


 慇懃無礼な聖女のお辞儀。

 水を差され、不機嫌に酒天王は問う。


「神剣をいただきに参りましたの。先の威嚇射撃は警告です。渡さないならば誰であろうとの矛先がむかうという……ね」

「いきなり醜女蜘蛛しこめぐもの【灼熱爆轟砲しゃくねつばくごうほう】をぶっ放すんじゃねえよ。あれはさすがの俺様も死ぬからな」

「当ててはいないでしょうに。大方そちらは戦いに溺れていたのでしょう。それで待っていては時間の浪費でしてよ。暑苦しい戦いを見て享楽にふける趣味はわたくしにはなくってよ」


 蜘蛛の上からそういって降り立つ少女の姿があった。聖女服に身を包み、しかし、装飾華美な様子から清らかさが感じられない少女。

 それもそのはず、美咲はその少女からはデスピアすら上回る邪悪な力を感じていた。

 聖女と呼ばれながら聖なる力が感じられず。むしろ災厄の力に近い。

 聖女とは名ばかりで態度も力も正反対の性質を感じる少女だった。


(この子ももしかして災厄の仲間なの)


 状況がわからず事の推移を見守る。

 美咲は立っているだけだが醜女蜘蛛と呼ばれた魔物からもとんでもない力を感じて気圧されそうになる。


「あれだけの砲撃を放って全く力の減衰が見られない。なんて底が知れないの」


 美咲が醜女蜘蛛を警戒しているとモニカと呼ばれた少女が美咲を凝視していた。

 見るものを魅了するような怪しい微笑から一転。

 美咲には般若のような容貌でにらみつけている。


「そこの女神の波動。あの頭のかたかった女神に似てますわね。忌々しいことですわ」


 なぜだかわからないがモニカににらまれていると魂に刻まれたような深い痛みと恐怖がこみ上げていくる。


(私はこの人を知っている? けど思い出せない)


「あなたの眷属かしら。どのみちここできっちり滅ぼし尽くしてあげますわ。お覚悟はよろしくて」

「あ、ああ……いや、こないで……」


 どうしてか震えが止まらない美咲。

 自分はこのモニカという少女を知っているのかもしれない、と美咲はおもう。

 古傷のように胸に刃物で刺されたような痛みがよみがえってくる……。

 魂に刻まれたような恐怖に縛られ体が萎縮してしまう。

 怖くて、怖くて、泣き出してしまいそうになる。

 気がつけば美咲は眠り続けているチビウサスライムを抱きしめてすがった。


「新田殿、たす、け、て……」


 そんな時だった。空から弾丸のように飛行して美咲とモニカの間に着弾し何かが降り立ったのは。

 美咲ははっきりと捉えていた。

 その弾丸のような何かは白い一角のウサギだった。


「あ、ああ、新田殿……」


 ウサギはすぐに光に包まれると人化してその美しい人の姿へと変化した。

 そして、災厄の使徒たちを警戒しながらも振り返り美咲に笑いかける。


「お待たせ、美咲さん。助けに来たよ」

「は、はい」


 美咲はうれしさと安堵で心が満たされる。

 どうしてか災厄の使徒たちを相手にしているのに恐怖が霧散する。

 痛いぐらいに高鳴る胸に古傷のような痛みがスッと消える。

 頼経がいればなんとかなる。

 そんな無敵感が湧き上がってくる。


「……なんて美しい人……」


 モニカが惚けたようにつぶやいて頼経に目を奪われていた。

 それには美咲がむっとした。

 そして、頼経を見て舌舐めずり。女豹の目をしている。


(いやだ。新田殿――頼経さんは私のです。彼だけは渡さない)


 不安と独占欲がわき上がり思わず頼経の服の袖に手をかけた。

 頼経が振り返り、美咲に笑いかけるのをみてモニカはショックを受けたように動きを止め、それから嫉妬のまなざしで美咲を貫いてくる。

 今度は美咲も動揺はない。

 恐怖も不安もかき消えてしまった。

 それどころか心に余裕が生まれつつある。


(頼経さんがきれいな聖女さんより私を気にかけてくれた。それがとてもうれしい)


 それにどうしたことだろうか。

 頼経を想うと感情論でもなく本当に内から神力が湧き出してくる。

 その衝動に突き動かされ、神の奇跡を解き放つ。


「聖神技【ハーベスト・エリア・ヒーリング】」


 美咲はふと頭に浮かんだ初めての神技を無意識に発動させた。

 広がる癒やしの波動は味方を、災厄の使徒たちは不快感を伴う圧力となって一帯を浄化していった。


「なにこれ……これがわたしの力、なの?」


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