第15話 『災厄の使徒襲来。明智十兵衛隊よ、立ち上がれ』
城郭神穂花から災厄の復活と世界の危機を知らされた津軽美咲は、真偽を確かめるべく災厄を封じている霊山『恐山』へと向かった。
そこで目にしたのは、傷つき、物資がつき、疲弊した幕府からの派遣軍。
そして、聞かされる。災厄の侵略がこの国の中枢内部にまでに始まっているという。
封印の要であった神剣『天駆遙光』は長年の封印で力を失い、折れてしまった。
神殿の結界の外は災厄の魔獣で囲まれており、美咲たちは今後の方針を話し合うのだった。
「神剣が抜けてしまった以上黙っていても封印は解かれよう。可能な限りこの地の封印に力を充填しておいた。最低でも五年はもつのじゃ」
神剣が折れるというショッキングな事件の後、暗くなった事もあり日を改める事となった。
そして、イタコの薙によって神降ろしされた天遙は封印状態の見立てを述べる。
美咲の表情は険しい。
「五年ですか。短いですね」
「にゅう、仕方ないであろう」
申し訳なさそうに肩をすくめる天遙。
どこか表情が硬く、美咲の口調はらしくないとげが潜んでいる。
それというのも。
(頼経さんは私の
頼経が天遙の主(仮)になった。
そこに嫉妬が生まれてわずかばかり言い方に現れてしまったようだ。
明智は居心地の悪い空気が流れつつあることに気づいてしまった。
神経質で気配りが出来るが故の苦労性。話の流れを変えるよう爽やかに膝に手を打った。
「うむ。この神社の御神体(神剣)と災厄を封じる封印を守るためこの地を死守する。それがわしの役目であった。もはやこの地にとどまる制約はなくなったとみるべきでしょうな。神剣も折れたとはいえ主を見つけたわけですしな」
宮司も内心でこの神社の愛着を振り払いつつ賛同する。
現状ここにとどまる危険性を彼は正確に理解している。
「……左様、この神社の結界も神剣が抜けたことで一月と持たず消失します。包囲している災厄もすぐに神剣が抜かれたことに気がつくことでしょう」
明智も承知していると神妙に頷く。
「わしのほうで昨夜の内に部下に撤収準備を命じております。災厄の力がわずかに弱まる日中のうちに包囲を突破してしまいましょう」
努めて笑顔で話す明智だが容易ではないことは十分理解していた。
災厄とここで渡り合ってきた明智である。
その脅威は身にしみている。
それでも昨日まで全滅を待つだけだった状況より未来は明るいとみていた。
補給物資と治療、何よりうまい食事で士気が高くなっている。
この機を逃さずすぐに動くべきだと武士としての勘が訴えるのだ。
敵に先んじる。
そう考えていたのだが災厄は甘くはなかった。
「明智様、大変でございます」
配下の武士が慌てて報告に入ってきた。
息を切らせ、青ざめた表情で膝をおり頭を垂れる。
「どうした。疾く話せ」
「災厄の使徒に動きあり。神社を取り囲み、正面では捕まった同胞たちが人質にされております。例の処刑を行うようです」
「やつら動き出しおったか」
明智の表情も引き締まりすっくと立ち上がる。
それよりも美咲は気になる事があった。
「例の処刑とはどういうことですか」
「……参りましょう。すぐにわかります」
明智の険しい表情から軽々に話せる内容ではない。
そう感じた美咲は黙ってついて行く。
それに天遙や宮司たちも続いた。
大地を震わせるような野太い大声が響く。
「神剣を差し出せ。そうすれば命をだけは助けてやる」
神社の鳥居の外には捕まったボロボロの武士たちが五人、十時に組んだ木材に縄でくくくりつけられていた。
まるで聖人の処刑を思い起こさせる格好だ。
その後方を災鬼や災魔獣たちがずらりと並び、神社をぐるりと半包囲している。
災鬼や狼のような姿をした災魔獣と呼ばれる彼らは体に邪悪な瘴気が黒い煙のように彼らの体から溢れており空間を澱ませていく。
【ルインオーラ】
災厄の使徒たちがまとっているのがそれだ。
人間は魔力と魂の精神力である覇気を練ったオーラで魔法を用いる。
だが災厄は瘴気と邪悪な魂と精神によって生じる攻撃的なオーラで災魔法を用いる。基本的にオーラよりも攻撃性に優れ上位互換にあたる。
神力を扱う神々の神術と比べても攻撃力においてのみであれば上回る。これが旧き神とも渡り合った災厄たちの強さの秘密でもあった。
「く、くるなあああ」
捕らわれた武士の下には小型の災魔獣たちが群がる。
彼らは足の部分から徐々に喰われていく。
小型の災魔獣は、武士が上げる恐怖と絶望の感情エネルギーを食らっている。
そうしていると、禍禍しく体が膨れ上がり、凶悪な形状に姿を成長させていく。
彼らは人々に災いを与え、さらに負の感情を与えることで悪徳を重ねる。
そして、より凶悪な存在に進化していくのである。
「やめえろおおお」
「ひでえ、なんてことしやがるんだ」
結界の外から見守ることしかできない武士たちは歯がゆさから拳を握りしめる。
仲間の悲惨な姿に涙する者もいる。
そして、負の感情が最高潮に満ちたとき、災鬼たちが一人の武士を槍で突く。
武士の心をわざと逆なでしているのだ。
残忍極まりない公開処刑によって不快感と恐怖をあおり立ててくる。
それを災厄たちは不気味な嘲笑をもってみているのだ。
「こ、これは」
遅れて駆けつけた美咲たちは挑発するような災厄たちの非道行為に言葉が続かない。
(私が昨日見た光景は磔に処された武士たちの跡……なんてことなの)
美咲は状況を確認し、災厄たちがああやって武士たちを挑発し、義憤に駆られて挑発に乗ってきたところを討とうとしていると察した。
(いえ、この処刑は挑発だけではなく、武士たちの心を攻撃している。おぞましいことに武士たちの負の感情エネルギーを糧にしているわ)
人質の武士たちの横で3体の上位個体と思われる『災厄の使徒』が立っていた。
この処刑を主導してるのは額に二角の赤鬼だった。
それは三メートルに届きそうなほどの巨体。
筋骨隆々とした鍛え上げた体が禍禍しい鎧に身を包んだ上からでもよくわかる。
肘や膝の先にも鋭く堅い角が生え攻撃的な体をしていた。
身の丈の二倍はあろう斧を軽々と肩に担いで薄ら笑いをうかべていた。
【
その鬼の名だ。災鬼族の災鬼人。
並の刀など寄せ付けない強靱な体と膂力。
スタミナは人間の大軍とも渡り合えるほどに豊富。
一体で一軍の戦闘力を有する恐るべき戦闘種族である。
鬼の中でも上位で災厄内での男爵級の強さの階級を持つ。
災厄の使徒には位階が存在し、兵卒級、騎士級、準男爵級、男爵級、子爵級、伯爵級、侯爵級、公爵級、大公級、災厄王の順で強さもほぼ位に準じている。
補足としては災鬼や災魔獣らの多くが兵卒級であり、災厄の使徒と認められず災厄とだけ呼称されたりもする。
「おい、聞いてたか。さっさと神剣を差し出せ。さもないとこいつら全員死んじまうぞ。見捨てるのか。あぁん」
「耳を貸すな。奴らに慈悲などない。儂らにかまわず使命を成せ」
磔にされた武士の一人は拘束により肺も圧迫されているだろう。
それでも気丈に振る舞い叫んだ。
それを酒天王が斧を素早く振って黙らせる。
武士だった男が跡形も残らず肉片をまき散らした。
巨大な斧を目にもとまらない速度で振り抜き、風圧で人をバラバラにして吹き飛ばす。圧倒的な暴虐の所業に結界の中にいて見守っていた武士たちが言葉を失い震え上がる。
「おっと、軽く小突いたつもりが死んじまった。人間はもろくていけねえ」
悪びれもせずに語る鬼に他の災厄の使徒が冷静に語りかける。
「力を制御しきれていないのだ。未熟者が」
【災竜人デスピア】
人の形を取りつつも肌にうろこが露出してみえる。
それもそのはず、彼は災竜族の上位体。
位階は伯爵級。
竜の特徴と人型の特徴を併せ持つ災厄の使徒である。
普段は災魔法の秘技『災魔技』によって別空間に収納している。
いざとなれば竜の翼を生やして広げ、尻尾を振り空を高速自在に駆け抜けて戦場を切り裂く。空の覇者ともいえる種族だ。
うろこによる防御は剛弓の矢をはじき、アーバレストの直撃でも落とせない。
かといって生半可な遠距離魔法でははじかれてしまう。
空戦戦闘能力と高い実力をもって接近戦に持ち込めねば基本災竜人とは戦いが成立しない。でなければ一方的に蹂躙されることになる。
「酒天先輩は大雑把デスネーー、お酒の飲み過ぎで手元が狂ったと違いマスカー」
【災魔人カリスト】
道化のようにコミカルに動きながらおどけたように話すのは人ならざる災魔族。
位階は子爵級。
災魔族は災魔法に優れた種族である。下級ですら人間の宮廷魔法使いを手玉に取るような魔法達者ぶりなのである。
子爵級のカリストの魔法戦闘能力がどれほどのものか今は想像が出来ない。
カリストがなにより不気味なのはうさんくささが突出している点だ。
振る舞いは道化の師を思わせ、服装は能楽師、いや陰陽師のようでもある。人を馬鹿にしたようなおかめの仮面で顔を隠している相貌が一層異様さをひきたたせている。
「馬鹿いえ、酒は百薬の長だぞ」
「……適度に飲め、と警告する」
「今はちょっと酒きらしってから手が震えるだけだ」
「ナハハハ、それってまるっきりアル中の症状デスヨー。……ってちょっと待った。酒切らしてるんかいっ。ちょっと近寄らんといてー」
カリストは口調が変わるほど慌てて距離を取った。
「おい、誰か酒を調達してこい。緊急事態だ」
デスピアまでもが酒天王から距離を取り、配下の魔獣に指示を出した。当然災鬼も災魔獣たちも包囲を崩してまで酒天王から嫌そうに距離を空けていた。
「おいおい、大丈夫だって。腰に万一の時のためのとっておきの酒があるんだ。これめちゃくちゃ貴重だから飲むのがもったいなくなる奴だぜ、ぐへへっ」
よだれを拭い腰に下がった小さなひょうたんを大事そうになでる酒天王。
すっかり油断している様子の災厄たち。
そこで人質の中に動く者がいた。
先ほど酒天王が振るった乱暴な一撃の余波で拘束がちぎれかけていたのである。
拘束を素早く解いた男は慌てて駆けだした。
災厄の使徒たちは馬鹿をやっていたこともあり気がつくのが遅れてしまった。
「あ、てめえ、逃げるな。捕まえろ」
酒天王の部下の災鬼が後を追うが一時的に距離を取っていたこともあり出遅れた。
「た、たすけてくれ」
「藤田、藤田なのか」
明智の知り合いだったのか身を乗り出し結界を思わず飛び出る。
武士達も仲間を救出しようと結界から飛び出し保護すると追いすがってくる災鬼をけん制しつつ信神社の結界の中に引き入れた。
「藤田、よく無事で」
明智は男の肩に手を乗せながらうれしそうに無事を喜んだ。
だが藤田と呼ばれた武士の様子がおかしかった。
「ありがとう、ありがとう……すまねえ。許してくれ」
「藤田?」
明智がようやく不振な様子に気がつくも、藤田は懐からどす黒い宝玉を取り出した。それを見た天遙が大声で叫んだ。
「いかん。誰かその男を止めるのじゃ」
「すまねえ、明智様。こうしねえと家族が……」
「よせ。藤田」
宝玉から結界内を汚す瘴気が煙のように広がっていき、地面にたたきつけて割ると爆発的に瘴気が神社に広がって内部から神聖な結界をズタズタにしていく。
そして、もはや意味を成さないほどの穴だらけの結界をみて包囲していた災厄たちがようやくかと言いたげに不気味に動き出す。
「迂闊っ、罠であったか」
「すまねえ、みんな。すまねえ」
先ほどの藤田のつぶやきから武士たちは藤田がどうしてこのようなことをしたのかを察した。
おそらく都に残してきた妻子が人質にされたのであろうと。
だから、誰も彼を責める言葉を浴びせたりはしない。
それがまた藤田という男の罪悪感を大きくしていった。
「あはは、まんまと俺にだまされやがったな。使命感の高い人間ほどこういった策が面白いほどよく嵌まる」
酒天王が額に手を当てて愉快そうにあざ笑う。それをデスピアが訂正する。
「貴様が考えたようにいうな。カリストの策だぞ」
「ハッハー、上手くいってよかったデッスネー。でもせっかくの人質の人質を殺したのは感心しませんヨー」
「悪かったって、でもこんなこともあろうかとよ、あいつの妻の遺品を残していたのは俺様の機転だぜ。こいつを見せて一発だったろうが」
そういって酒天王の懐から取り出したのは高価そうな装飾のかんざし。
それをきいた藤田が絶望の中でかすれた声を上げる。
「殺した? 妻は、娘は……」
「とっくに死んでるよ。仇の俺様のために一仕事終えた気分はどうだよ、
――ごくろう、さん」
ニチャア、と嫌らしい笑みを浮かべる酒天王。
そして、とどめとばかりに前に出て笑い転げながら仕草で挑発するカリスト。
一拍おいて藤田の地獄から絞り出した絶叫が山に響いた。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ」
明智を含めた武士たちが怒りに染まった目で悪魔のような災厄たちをにらみつけている。
「どこまでも見下げ果てたやつだ許せん」
「ゆるせんってどうするつもりデスカー。亀のように結界に引っ込んでいた雑魚武士どもにウチらを倒せるとでも?」
カリストが指を鳴らすと災魔獣たちの中でも素早い狼型が風のように疾駆し、武士たちに襲いかかっていく。
「うわあああ」
「はやい」
刀で斬ろうにも切れず、槍で突こうにも堅い毛皮ではじかれる。次々と武士たちが犠牲になっていく中で突然騒ぎがやんだ。
襲いかかっていた狼型の災魔獣が突然動きをとめたのだ。
「おやあ。何をしているのです、さっさと……」
動きを止めた災魔獣に催促するカリストの言葉が不意に止まった。
狼型の災魔獣たちが突然首をバッサリ切られて静かにその場に倒れたのだ。
「な、なんデスっ?」
「いい加減そのふざけた口調やめませんか。不愉快です。あなたたちの行いはあまりに非道。愛も正義もなさすぎます」
カリストはいつの間にか接近していた和服の少女剣士に目を見開く。
――いつの間に。
そんな疑問は地面にぼとりと落ちた自分の腕を見てかき消える。
「は、はいいいい!? ワイの腕、ワイの腕が斬られとる」
「また口調が変わってますよ。それが素ですか。……しかし、貴方何者ですか」
「何がや」
「――首を切られてなぜ平然としているのですか」
そう、カリストは既に首も美咲の刀に斬られていたのだ。
それなのに首がない状態でカリストは腕を切られたと騒いでいたわけである。
「あいやー、ワイ、びっくり」
「ぎゃはははは、カリスト。お前簡単に首切られてるんじゃねえよ。バーカ」
首を落としても死なないカリストに美咲は困惑した。
それでもこの奮戦を見た明智隊の武士たちは大いに勇気づけられた。
「「「うおおおおおおーーーーっ」」」
息を吹き返すような歓声とともに明智隊は奮い立つ。
そんな中で美咲は冷静に刀を構えて災厄の使徒と対峙する。
(さすが災厄の使徒です。上位個体は恐ろしい能力者ぞろいですね)
厳しい戦いになりそうだと。美咲は戦力差を肌で感じ取っていた。
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