第14話 『ポンコツ神剣【天駆遙光】アマハルちゃん登場』

 俺が遺跡改造に取りかかっていたある日のこと。

 突如、美咲さんに同行させていた俺の分身体の一つが騒ぎ出す。

 チビウサスライムから緊急の救援要請が入ったのだ。

 けたたましいまでの警鐘が脳内に鳴り響く。

 これだけでどれだけ喫緊の事態なのかと重く受け止め最優先で情報収集に努める。


「チビウサからエマージェンシーコールだ。……これってほんとにやばいやつだ」


 慌てて詳細の報告に目を通していると俺は事の深刻さに思わず口元を手で抑える。


「まずい。チビウサでは手に負えない。俺がチビウサぶんしんに意識を飛ばして対処しないと大量虐殺が起こってしまう」


 時間がない。

 遺跡の作業も急がなくてはならないがこちらを優先すべきだろう。

 俺は角さんに後を任せて意識をチビウサスライムに飛ばしたのだ。




 そうして俺は分身たるチビウサスライムに意識を移した後、人型に変身した。

 その後すぐに対処に動いたのが功を奏した。

 現在、恐山の神社内では人知れず大惨事が回避され、俺の提供する料理に感謝の嵐が巻き起こっている。


「ありがてえだ」

「んだあ。うめえ、こんなうめえ飯食ったことがねえだよ」

「まさに女神のすくいだべ」

「ありがたや、ありがたや~~」


 俺はチビウサスライムの少ないオーラを消費ししつつ人型になった。

 そして炊き出しを続けている。

 美咲さんに料理はさせてはいけない。

 少なくとも忠誠心が厚く、激マズ料理耐性スキルを獲得している侍女たちの犠牲と監修なしには死人が出る。

 当然役割分担といって美咲さんを調理から遠ざけた。

 説得には細心の注意が必要だった。

 代わりといってはなんだが出来上がったものから美咲さんが配膳して回ってもらう。


「生きることを諦めないでください」

「ありがたや、ありがたや」

「すぐによくなります」

「ありがたや、ありがたや」

「たくさんありますから慌てないで食べてくださいね」

「ありがたや、ありがたや」


 美咲さんが傷ついた武士たちに配膳と辻回復魔法を振りまいて回る。

 美咲さんの回復魔法は下級神の域を超えた高い効果を発揮する。

 欠損の再生は無理だがそれ以外の傷はみるみるうちに癒えていく。

 人間の魔道具を使った治癒魔法ではこうはいかない。

 例外で言えば新教の癒やしの聖女などだが今はどうでもいいか。

 加えて配られるおいしいご飯。

 兵糧が尽き、空腹だったこともあり、感激した武士からの信仰が天井知らずだ。


 時々、美咲さんがこちらにちらほらと視線を向けてくる。

 ――のだが目が合うと顔を背けられてしまう。

 人当たりのいい美咲さんにそれをやられると控えめに言ってもショックだ。

 まずいな。もしかして怒ってるのかも。

 心当たりはある。

 チビウサスライムが俺と意識を入れ替われることを黙っていたこととか。

 もしくは炊き出しをする美咲さんのはしごを外して俺がでしゃばったこととか。 

 それとも一度野菜を切るのをおねがいしたけど危なっかしい手つきだった。だから後ろから美咲さんの手の甲に手を添えて手取り教えたことだろうか。

 う~~ん、どれもあり得そうだけど最後のが最有力だな。女神である美咲さんに恐れ多くも触れるなんて。怒られても仕方ないな。

 今も目が合ったら顔を赤くして顔をそらされた。

 うう、ごめんなさい。次からは気をつけますから怒らないで。




「しっかし、すきっ腹なのによく食えるなあ」


 正直おかゆにしようかと思っていたのだがここの武士たちをまとめている明智さんがそのような軟弱な胃を持つ武士などここにはおりませぬ。

 などと豪語していた。

 快活に笑って手加減抜きの料理を食べたいと言われてしまったよ。

 ほんとに大丈夫か?

 なので今は巨大寸胴鍋に大量の具材を投入し豚汁を作っている。

 ――いや、芋煮かな。

 一応、だしを入れた卵雑炊も作ってるのでだめな方はこっち、と俺は勧めてある。

 だからあとは自己責任だ。

 心なし野菜はしっかり火を通して柔らかめだ。


「これで助かる。俺たちは助かるぞ~~」


 近くでも武士があちこちに座り込んで涙ながらに食べている。

 空腹って不安になるよね。

 むしろここまで耐えてたお前らすごいよ。

 それとも明智さんの統率力がすごいのかな。

 見た目もイケメン剣士って感じだし。

 カリスマがありそう。

 俺とは大違いだね。イケメンは得だなあ。


「いやあ、正に天の助けだ」

「だな。それに二柱も女神様がいるんだ。ありがたいことだ」


 ん、二柱?

 美咲さんの他にも女神がいるのかな。

 俺がもう一柱の女神をキョロキョロと探していると見当たらない。

 この神社の女神様かな。

 だとしたら後でお目にかかりたいものだ。

 美咲さんみたいに美少女だったりするのかな。

 それとも色気溢れる美人さんか。


「♫~♪、……」


 俺は鼻歌を歌いながらまだ見ぬ女神を想像し炊き出しを続けた。

 それにしても妙に視線を感じるな。

 武士たちが俺のほうを熱心に見ている。

 妙にだらしない顔をしている奴もいるのだが……そうか。

 今作っている芋煮を早く喰いたいのか。

 お前らどんだけ飢えてるんだよ。

 待ってな。もう少しだからな。

 俺としても自分が作った料理をそこまでうまそうに食べてくれるなら悪い気がしない。

 感謝の気持ちを込めてにっこり彼らに笑いかけてやる。

 笑顔はプライスレス。


「もう少しで芋煮が出来上がりますよ~~。たくさん作りましたから慌てないでならんでね」

「「「うおおおおおーーーーーーーっ、合点承知」」」


 すごい歓声だな。まるで鬨の声だ。武士にとっては飯も戦いのなのかも。

 ――――――

 ――――

 ――




「いやあ、たすかりもうした。改めて感謝します。津軽様、新田殿」


 炊き出しが一段落して別室に通された。

 畳が敷き詰められた和室には座布団まで用意され、落ち着いて話すことが出来そうだ。

 結界のせいか神域内は硫黄のにおいもしない。

 むしろい草独特の香りが妙に安心する。元日本人だからかな。

 座って早々に俺たちは明智さんに頭を下げられた。

 武士たちを代表して深々と頭を下げたのは明智十兵衛さん。

 この地を守護する武士たちのまとめ役だ。

 この皇国幕府の要職にいたらしいが不興を買ってこの地に左遷させられたという話だ。

 明智さんの印象は生真面目な性格。ちょっと神経質そうな印象。

 年齢は20ぐらいに見えるけどどうだろ?

 所作を見るに武道もたしなみ、政もそつなくこなしそうな優秀な官僚って感じがする。

 着物もなかなかにいい物を着ているようだ。会談用に着替えたのかな。

 神様への信仰と敬意も厚いのか美咲さんに対する腰がとても低い。


「美咲さんはともかく俺までそんなにかしこまる必要はないですよ、明智殿」

「いえ、とんでもございませぬ。新田氏(にったし)といえば武家の名門でございますよ。冒険者ギルドの冒険者証も拝見させていただきました。ギルドでも許可なくその字で発行は不可能。騙りではないことは明白。それほどに八幡様の血筋である新田氏の名は重いのです」


 えっ、そうなの?

 桜花に偽名代わりにもらった名字なんだけど。

 確かに申請にちょっと時間がかかってた気がした。

 けどそういうことか。

 でも桜花がギルドに一筆書いて認めさせたんだよね。

 俺そんなたいそうな血筋じゃないけど。

 許可が降りたって事は犯罪じゃないよね。

 あとで捕まったりしないよね。


「あはは、堅苦しいのは好きじゃないんで気楽に接してください」


 美咲さんも俺に同意し頷いた。

 明智さんと宮司、それと『イタコ』のお姉さんで薙さんという巫女様がどうにか納得してくれた。

 イタコとはこの世界では異界と交信し口寄せや開いた異界とのほころびを修復できる巫女さんのことだ。

 空間修復には神をその身に降ろす降神の義によって行われる。

 一時的とはいえ神の依り代になるのだから相当な器と資質が求められるらしい。

 俺のいた世界のイタコとは違う点も多く見られる。

 やはりここは異世界というわけだ。

 混同して判断を誤らないように注意しないといけない。


「そうですか。ならばそのように」


 美咲さんが保留にしていた疑問をはじめにぶつける。


「この地は異界との入り口となる霊山と聞いています。霊的防衛拠点として極めて重要な地であったはずです。しかし、この神殿の外は邪悪な存在の遺骸が放置され穢れが蓄積しつつあります。津軽を治める城郭神として状況の説明を求めます」


 厳かな紫の装束を着た宮司は美咲さんの要請に応えた。


「かしこまりました。いつからかは定かではありません。かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ『外』からの侵略者『災厄の使徒』たちの封印に抜け道が作られていることに気がついたのはつい四ヶ月程前のことです」

「四ヶ月前、ですか。私の前任である城郭神は八年前に災厄の攻撃を受け、消滅寸前の被害を受けています。なぜそれほどに発見が遅れ、情報が行き渡っていないのでしょうか」

「それなのですが災厄は目に捕らえるのが困難なほどの小さな隙間より介入しておりました。この地の守護に派遣されてきた武士たちの心に意識体になって入りこんでおったのです。それも私たちでも感知できない弱体化させた状態に自らを封じてこの世界に入り込んでいたのです」


 次に明智さんが補足として話す。


「残念なことに皇都朝廷や幕府内部も災厄の手が浸透しているようですな。私が左遷されたのも災厄に魂を売った大名や公家の手によるもの。本物の上様も……くっ」


 明智さんが補足してくれたのだが最後に気になる事をつぶやいていた。

 上様って幕府の将軍さまのことかな。


「失礼した。幕府も報告を受けていたが既に災厄に降った裏切り者どもの巣窟と成り果てております。あらゆる災厄の情報が握りつぶされておった。前任の津軽城郭神様の情報も同様でしょう。宮司殿より異変の知らせが届いても幕府はまともに対応できない状態であったよ。朝廷も似たような状況でござろうな」


 これはもう、少なくとも八年以上前から災厄は少しずつこの世界を水面下で侵略していたのだと考えるべきだろう。

 災厄の狡猾さと慎重さも侮れない。

 これはもう仕方ないような気がするな。

 むしろこれからどうするかが重要だろう。

 美咲さんもそう感じたのか責めるつもりはないようだ。


「災厄も狡猾なことですね」

「然り。皇都の幕府より派遣される武士の交代が激しくなり、それも特定の出身者の武士が増えておりましたので疑問に感じた薙がようやく突き止めた次第です」


 薙さんのお手柄だと思うのだけど彼女は涙ながらにひれ伏して後悔と申し訳なさに震えていた。


「この度の失態は誠に申し訳なく……。可能ならばこの命をもって償いたい所存です。しかしいまだ使命がありますれば生き恥をさらしている次第です」

「使命ですか?」

「はい、この地が穢れで侵食されつつも封印が維持されているのは神剣のお力があってのこと。わたくしはその神剣を維持する人柱でもあるのです」

「神剣ですか?」

「ご案内いたします」


 薙さんの案内で神殿本殿の閉じられた聖域内部に案内されると空気が変わったような気がする。

 ひんやりとした底冷えするような感覚と清涼な心地にする空気感。

 清らかな神力に満たされたここはまさしく聖域だった。


「なんて濃密な神力。神剣の力とはすさまじいものなのですね」


 圧倒的な神力に誰よりも驚いているのは美咲さんのようだ。

 本殿内部は災厄との壮絶な戦いの様子を伝える絵が壁や天井に所狭しと描かれていた。

 俺は衝撃的な内容に息をのむ。

 山を飲み込むような巨大な獣たちに邪悪な巨災兵と呼ばれる軍団が続き、それと戦う古代の神々の姿が当時の恐ろしさを伝えてくる。

 深海から島を思わせるほどに巨大な這い寄る触手の化け物や空を飛ぶ大空魚たちの姿とそれに対抗する遺跡戦艦たちの戦いももはや異次元の戦闘だ。

 この星の大気圏上空から戦術兵器級のブレスを放射する邪悪な九つの首を持つ邪龍と星を守ろうと宇宙艦隊で立ち向かう戦いも描かれている。

 これなんてもう完全にSFだろ。

 他には時の権力者を虜にして操る妖艶な妖魔たちと邪悪に落ちた人間の国が旧き神に反乱、世界を割って戦う様子も描かれている。なんとなくだが神聖フィアガルド帝国が頭をちらついた。

 災厄王の出現時には洪水や地震、嵐、疫病、火山などの災厄とともに現れる。

 人々が苦しむ姿に俺は目を背けたくなった。

 マジかあ。

 こんなのと俺ってば戦おうとしてたのかあ。

 無理だな。こっちが殺されるわ、冗談抜きで。

 壁画は教えてくれる。彼らは多くが疫病、天変地異などとともに現れる。

 それが災厄と呼ばれる由来の一つとなったようだ。


「これがほんとうに昔にあったことなのか……」


 もしこれが本当なら今の世界に災厄と戦う力があるとは思えない。

 なんとしても災厄を、災厄神を完全に解き放つ前に食い止めなくてはならないと絵をみて思わされた。

 明智さんも本殿には入ったことがなかったのか伝承の絵画を見て圧倒されてしまっている。


「これは、頭が……」


 美咲さんはといえば壁の絵を見た途端に頭を押さえてつらそうにしている。

 心配なので声をかけようとしたら薙さんがいつの間にか俺の手を取ってさらに奥へと導く。


「来るのじゃ」


 一瞬薙さんの様子に違和感を覚える。まるで人が変わったようだ。


「待っておったぞ、おぬしが来るのを」


 そうだ。口調が変わっている。

 というか姿まで美女からロリ美少女に若返った。

 髪の色も紫に変わっている。

 服も緋色ではなく紫の上等な神服に変化していることから特別な衣だとわかるが高貴な雰囲気まで醸し出すようになっている。


「そのお姿……まさか、神剣の天遙様が巫女に降りておられるのか」

「その通りよ」


 宮司に薙さん? は腕を組んで肯定する。

 そういえば神をその身に降ろせるというのがこの世界のイタコだったか。

 ということは目の前の少女は現在中身神様ということか。


「我は神剣『天駆遙光(あまかけるはるかなひかり)』。天遙(あまはる)と呼ぶがいい。よろしくなのじゃ」


 元気よく笑顔を見せた天遙様。そのまま饒舌に語り出す。


「ここはもはや防波堤の役割を果たせぬ。この地にとどまる戦略的意味を認めぬのじゃ。故に待っておった。わらわの使い手となる益荒男(ますらお)をのう。さあ、神剣を手に取れ。そして、わらわとともに世にはびこる災厄を滅ぼす旅にでるのじゃ」


 そう言って目の前にある巨大な鉱石に突き刺さった神剣を指さす天遙様。

 その刀身は異常に長い。

 長い太刀であれば三尺近い刀もあるものだ。

 大太刀や野太刀でも四尺を越えていてもおかしくない。

 しかし、この刀はさらに上をいく。

 七尺の刀身。その大きさに驚くしかない。

 この大きさから考えられるのは、それだけ過去に戦った災厄たちのスケールがぶっ飛んでいるであろう事だ。

 過去に思いを馳せ、その神々しいまでの装飾と偉大な剣の威容に誰もが息をのむ。

 俺は妙な既視感を抱いた。

 猛烈な危機感を覚え、逃げ出したくなる。


「あの、ちょっといいかな」

「何かの」

「俺、この体本体じゃないんだ。分身体で力もそんな出ないよ。だから残念だなあ。抜けそうにない。

 ――そうだ、明智殿。明智殿の方が適任では?」


 話を振られた明智さんが猛烈な勢いで首を横に振る。

 そこまで嫌がらなくても。ただ、これから壁画にあるような災厄と闘いに赴くだけだよ。

 そう、きっと簡単なお仕事だから……、

 だからかわってくれええええええええええええ。


「無理じゃな。神剣は主と認めた者にしか扱えぬ」

「俺が何をした。俺ってただの異世界人が転生した最弱の一角ウサギだよ。人選間違ってるから」

「バカを言うでないわ。お主が成し遂げた功徳と救われた大勢の人間の想念が体に渦巻いておるのじゃ。はっきりいってお主異常じゃぞ。どれほどの偉業を成せばこうなる?」

「知らねえよ。ただ必死に筋通して生き延びてきただけだっちゅうの。目が節穴なんじゃないのか」


 天遙様、いや、もうこの際、天遙(あまはる)ちゃんでいいな。がっちり俺の腕を掴んで逃がさないという強い意志を感じた。

 しかも、分身体を放棄して本体に還ろうとしたら俺の体内のオーラに介入して無効化された。

 さすが神様……ガッデム。


「わらわはお主がいいのじゃ。それ以外断じて認めん」


 なんとも熱烈なアタックだ。これが面倒事じゃなければどれだけよかったことか。

 でも今は御免被りたい。


「そこをなんとか諦めてくれ」

「ええい、往生際が悪いのじゃ。大人しくわらわのご主人となれ。そして、ともに戦おうぞ」

「そんな面倒なこといやだ。ただでさえ俺は厄介事を他人に押しつけられる星の下に生まれているんだ。しかも絶対落とし穴があるはずだ。遺跡もポンコツ押しつけられたしこの神剣も長い封印で力を失って引き抜こうとするとポッキリおれちゃうパターンだろ。わかってるんだ。ああ、そうだとも。それでまた苦労する羽目になる。ふざけんなよ」

「ぴゃあ、ひとりつっこみかの。それもよかろ。しかし、にがさんのじゃ」


 腕を取って強引に剣の柄を握らせようとするが俺は必死に抗った。


「ぐぎぎっ、美咲さん、助けて。無理矢理されちゃう」

「ひょわあ、その言い方人聞きが悪いのじゃ。本来なら神剣の主になるのじゃぞ。泣いて喜ぶべきであろう。お主それでも男かっ」

「知るかあああーーーーーー」


 実際今の俺って性別不詳だし。

 ほんと知ったことではない。

 美咲さんはどうしたものかとその場でおろおろと困り果て、宮司は信じられない光景を見たと俺をみて唖然とする。

 宮司さん、そんな顔するならあんたが変われ。

 明智さんは……いない。とおもったら部屋の隅で気配を絶ってやがる。

 完全に我関せずの構えだ。

 援軍は認められず。

 それでも俺は最後まで諦めなかった。

 抗った。

 ……抗った結果、見事に折れました。

 なにって神剣がさ。これには一同言葉がなかったね。

 宮司はあまりの事にその場で卒倒しそうな勢いで体が傾いたね。

 明智さんが慌てて支えてた。


「ぴゃあああああああああ」


 天遙ちゃんの悲鳴でようやく沈黙が過ぎ去ったものの、後には大混乱がまっていた。


「うそなのじゃあああ。神剣が、折れたののじゃあああああああ」


 そんな中でも俺の心は凪のようにおだやかだ。

 なぜってさっきも言ったけど絶対こうなるって俺は確信していたからな。

 頼りになる角さんも折れると太鼓判を押してくれていた。

 いやな太鼓判もあったものだね(現実逃避)。

 実際、神剣の神力を封印に全力で注いできたようだ。

 刀身の維持には力が回らず常態化していたんだ。結果、神剣は見た目よりも劣化していた。

 その上俺に抜かせるために天遙ちゃんが気を抜いたら簡単に折れるってわかっていたんだよ。


「とりあえず鉱石に刺さったままの残った刀身も抜いてしまうか」


 こうなったら仕方ない。諦めの境地で潤滑油を流し込みつつ刀身に癒着した鉱石を遠隔ゲートで削っていく。その上で慎重に折れた刃を抜いていく。

 作業が終わり振り返ると天遙ちゃんはあまりの事に子供のように大泣きしていた。


「ぴええええーーーーん、折れてしまったのじゃ。もうおしまいなのじゃあ」


 俺は天遙ちゃんの頭に手を置いて微笑みかける。


「心配するな。絶対になおしてやるから」

「ほ、ほんとうでしゅ、か」

「ああ、大丈夫。任せろ」


 自信満々に請け負ったけどさ。

 角さんが大丈夫だというから言っただけ。

 ……信じてるからな。ほんとに大丈夫だよね。

 俺は内心の不安を天遙ちゃんに悟らせないように演技をやりきった。

 どうにかやりきったのだが、泣き止んだ天遙ちゃんは、


「わらわのご主人になってくれるかのぅ」


 弱々しく遠慮がちに聞いてきた。


「……前向きに検討するよ」

「ふわあああ、やったのじゃあああ」


 きっと俺は笑顔だったはずだ。

 嘘は言っていない。

 ただ考えたけど結局やらないよ、という話だ。

 でも天遙ちゃんにこの理屈通じるだろうか。

 完全に俺が引き受けるものだとばかりの反応だ。罪悪感がすごい。

 ……大人げないから結局引き受ける可能性がなきにしもあらず。

 泣いている子供には勝てないよね。

 ……あれ? 天遙ちゃん神様だからめちゃくちゃ長生きなんじゃ……。

 気にしないことにしよう。女性に年齢は地雷だ。


「あ、そろそろオーラが」


 その後、分身体の力が尽きてチビウサスライムに戻ってしまう。回復のため眠りに入ってしまったので俺の意識は遠のいてしまった。

 もう少し力を分けておけばよかったと思いつつ、視線を美咲さんに向けるとちょっと不機嫌そうに俺を見ていた。

 ――なんで?

 こうして、俺は本体の方へと意識をおしだされたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る