第13話 『恐山と美咲の苦悩……苦悩?』

 津軽美咲は災厄の真偽を確かめるために一柱で恐山に向かっていた。

 

「これはどうした事でしょう。到着予定日を大幅に過ぎています」


 美咲の足ならば三日もあればたどり着けるはずの道のり。

 実際は遅々として進まず10日目になってもたどり着けずにいた。


「はっ、まさかすでに災厄の術中。人よけの結界が張られている?」


 疑念を深める美咲だがそんなわきゃーない。

 道中、困窮こんきゅうする人々を見過ごせず寄り道を繰り返したせいだ。

 天然城郭神美咲は見当違いの憶測でより警戒して進む。

 こうしてさらに遅れるのだ。




 進み続ければいずれはたどり着くもの。

 緑の植物が少なくなり、むき出しの岩肌が目立つようになった頃。

 標高も高く、徐々に空気も薄くなり始めている。

 目指すは恐山のカルデラ湖湖畔。

 そこに世界間の防壁を担う社があるといわれている。

 死者と生者の境界。霊山として、竜脈として重要な地である。


 目的地は近い。

 道しるべのように立てられた色鮮やかな風車と鮮やかな服を着て祀られたお地蔵様が時折見られる。

 カラカラと風車が回る様子に美咲はわずかばかり心が和んだ。

 そのお礼というわけではないが見かけるたびにお供え物と礼をして後にする。

 この地の平穏を見守り続けていただきありがとうございます、と。


 

「現地では何が起こるかわかりません。腹ごしらえをしましょう」


 到着前、お昼にしようと手頃な岩に腰掛けてお弁当を取り出した。

 肩に乗る小さなスライムが出してくれたお弁当だ。

 神様は必ず際も食事を必要としない。

 ただ単に美咲が楽しみしていただけである。


「ふふっ」


 デフォルメされたウサギの形をした変わったスライム。

 チビウサスライムと頼経が話していただろうか。

 頼経が旅のお供にくれたスライムだった。

 美咲は我慢できずぷにぷにのスライムを時折なでては和んでいた。


「チビウサは可愛いですねえ」


 美咲の庇護欲をくすぐるフォルム。

 可愛いもの好きの美咲にはたまらない。

 だがかわいいだけではない。

 頼経の亜空間収納能力も共有されているのでこうしてお弁当を取り出してくれる。


「君一人いるだけで荷物がかさばらないね。宿場町もない道のりだからありがたいわ」


 うれしいことにお弁当はできたてホカホカ。

 アイテムボックスは時間停止空間なので保管中は賞味期限もない。

 そして、お弁当は色鮮やかでおいしいのだから文句などあろうはずもない。

 ないはずなのだが……。


「はあ~~、とてもおいしそうです」


 言葉と抑揚ない様子が一致しない。

 頼経がわざわざ数週間分の食事を作ってストックしてくれた。

 それも手作りで。

 その心遣いがうれしかった。

 しかし、食事のたびに頼経の圧倒的な女子力に打ちひしがれる。


「新田殿の手料理、本当においしいですね」


 見たこともないような異世界料理の数々。

 西側の大陸で仕入れたという様々な調味料を惜しげも無く使用する。


「はあ、貴重な香辛料をこんなにつかって」


 味に深みがあり、やみつきになりそうな料理ばかりだ。

 だというのに落ち込んでしまう。

 自身の料理との圧倒的な戦力差を痛感してしまう。

 食材から技術に道具まで一流をそろえて作り上げる料理はもはや芸術。

 以前に食べてもらった美咲の手料理の事を思い出すと顔から火が吹き出そうになる。


「ああ、きっと新田殿は私の手料理を食べたとき、気をつかっておいしいと言ったに違いありません。いやああ、恥ずかしすぎます。私のばか、ばかあーー」


 両手で顔を覆い盛大に恥じらった。

 それから自身の奇行を自覚し、慌てて周囲に人目がない事を確認する。

 ――だれもいない。ほっと胸をなで下ろす。

 それはいいのだか頼経の分身たるスライムに見られている意味に美咲は気がついていない。

 ただし、そこはあるじに報告しないことで定評のある忖度スキルである。

 当然のごとく、この情報は頼経に届けられる事は無かった。

 忖度スキルは意図せず乙女の尊厳を守ったのである。

 美咲は頼経を次のように評した。


「料理もおいしいものばかり。頼りになるし、ウサギさんの格好はいと愛らしい。人になったときも美人さんです」


 非常時に魅せる頭のキレ。

 それに頼もしさ。

 思い出すと胸の鼓動が早まった。

 なのに西側の大陸ではよほどひどい目に遭ったのだろう。

 心は深く傷つき悲しみを抱え込んでいることを美咲は知っている。

 だから自分の愛で包み込んで癒してあげたいという衝動に何度も駆られてしまう。

 頼経ほどに愛を注ぎこみたいと、衝動耐えがたい人間にあったことがない。


「新田殿は思い人がいるのでしょうか。私の城主になるのを嫌がっていませんでした。このまま真の城主になっていただけると……うれしい」


 城郭神の城主は通常だと仮の契約だ。しかし、それ以上に重く重大な上位の契約が存在する。

 『真の契約』。それは城郭神との婚姻に近い意味を持つ。


「慕われてはいると思うのよ。でも結城殿の好意は異性に対するものとは違う気がします」


 どちらかといえば敬愛。だが無関心よりはいい。

 努力次第だと美咲は自身を鼓舞した。

 切ない胸の内を抱えながらお弁当をつつく。


「……はあ、タコさんでしょうか。かわいい。なお乙女力が高し」


 美咲はしみじみ言葉を漏らす。

 たこさんウインナーを一口。

 形も味わいも素晴らしく思わず笑顔がこぼれる。

 そして、おにぎりを片手に頬張れば、中の具に鮭フレークが入っていてそれがなんともうれしい。


「はわーー、鮭さんが入っている。なにより海苔を巻いたおにぎり。なんと贅沢なのでしょう。お昼からこのようなごちそうが食べられるなんて結城殿は経済力もおありなのですね」


 西側大陸の貿易で荒稼ぎした事のある頼経。

 そして、稼いだ大量の物資をスラユルに預けてある。

 なかには食材も大量にある。


 落ち込んだり、喜んだり忙しい昼食を終えた美咲はさらに奥地へと山道を登っていく。

 険しい山道だが美咲は苦にはならない。

 自分が何者なのか不意に不安に潰されそうになるがすぐに腰が折れていく。

 なぜか最後には頼経の事ばかり。

 思考がいつも頼経で完結する。


(私は一体何者なのでしょうか。広咲城の城郭神は別にいました。となると得体のしれない神である私のことを結城殿はどう思うでしょう。避けられたりはしないでしょうか。ああ、それは考えるだけで胸が痛みます)


 これである。

 自身のアイデンティティ崩壊の危機よりも頼経との恋事情に思考がそれてしまう。

 自己の確立が揺らぐ余地がないお花畑思考はある意味幸運だった。


「神力があるということは私は神族なのでしょう。しかし、私は本来どのような神だったのでしょうか」


 旅道中、一人でいる時間は自身を見直すちょうどいい機会となっている。

 ――はたして本当にそうだろうか。


(まさか人の負の部分を司るような悪神でしたりするのでしょうか。人を堕落させて力を得る神だとしたら結城殿に軽蔑されないでしょうか)


 その作業は一向にはかどる気配がない。

 堂々巡りの不毛な繰り返しだ。

 思考は毎回脇道にそれていく。


(いえ、よく考えれば城郭に兵器を配備すると拒否反応を示すのです。少なくとも悪神ではないはずです。しかし、新田殿には凜とした頼りになる女神をこれからも演じたい)


 それは手遅れではなかろうか。

 頼経の認識ではすでに天然おっとりキャラで定着しつつある。


(私は一体何の女神なのでしょうか。特段目を見張る権能もありませんし、全く見当がつきません。新田殿に嫌われるような神でないといいのですが)


 もし、この葛藤を知る者がいたなら、彼女が何を司る女神だったのか片鱗ぐらいは予想できそうなものだ。

 自分のことは意外とわからないものである。

 ――――――

 ――――

 ――



 卵の腐ったような硫黄の匂いも徐々に濃くなっていく。

 だがそれ以上に瘴気が漂い始め、美咲の頭上で空高く飛んでいた妄想はさすがに舞い戻り気持ちが切り替わる。

 肌を刺すような悪意を感じ取り警戒心は跳ね上がっていく。


「これはなんという邪悪な気配」


 いつでも刀が抜けるように手をかける。

 油断なくさらに奥へと進む。

 そうして、荒れ果てた山の中心近くで美咲は眉をひそめる。

 焼け焦げた匂いに死体が腐った腐臭。

 この地で起こった激しい戦いの形跡が見られる。

 恐山の守護のため派遣されていた幕府の武士たちだろうか。

 その痛々しい遺骸も目にした。

 十字に貼り付けにされ死したと思われる遺体もあった。

 貼り付けにされた状態で魔獣に喰われたのだろうか。

 だとしたら、なんとむごいことかと美咲は心を痛めた。

 暴威の塊のような魔獣らの死体も見られる。

 巨大なイノシシのような魔獣の死体にはいくつもの矢や刀が突き刺さっている。


「腐敗の進み具合からそれなりの時間が経っている遺体もあります。長期にわたり戦いがあった痕跡でしょう。この地の守護役はすでに滅びたのでしょうか」


 周辺の探索を進めると人が建立したと思われる神殿を発見した。

 こちらにも侵入を試みた魔獣や禍禍しい姿をした鬼のような死体が転がっている。 

 それが鳥居前になると途切れている。

 邪悪は聖域の結界に阻まれたのだ。


「神聖な結界に阻まれて死したようですね」


 周囲の気配に探りを巡らせる。

 すると隠れてこちらを伺っている邪悪な存在たちを感じ取った。


「見張りでしょうか。この神殿を密かに包囲しているということはまだ生存者が中にいるのかもしれませんね」


 美咲は鳥居前で礼を行った後、美咲を招き入れるように結界に穴が開く。

 足を踏み入れると問題なく境内に入ることが出来た。

 ここは神の神域。

 下級とはいえ神は無断で足を踏み入れられないはず。

 それが出来たということはよほどの事情だろうと思われた。

 美咲は特別に招かれたということだろう。

 その証拠に神殿の宮司、そして巫女であるイタコの女性が今か今かと待っていたように出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。津軽美咲様でございますね。神託によりご来訪をお待ちしておりました」


 やはり招かれたのだと美咲は納得する。

 自己紹介がすんだ後、神殿内へと招かれる。

 途中、多くの負傷した武士の姿を目にした。

 しかも、頬の痩せこけた者ばかりだ。

 あれでは十全に力を発揮できないだろう。

 医療物資も不足しているのか患部に当てる布もボロボロで不衛生に思える。

 おそらくこの神社に籠城して長く苦しい戦いを強いられてきたのだと簡単に想像できる。

 美咲は宮司に声をかけた。


「すみません。差し迫っていないのであればまずは彼らに物資を提供したいのですがよろしいですか」

「まさか補給が受けられるのですか。それはありがたいのですが一体どこに」


 美咲は肩に乗っかっているチビウサスライムにむかってお願いした。


「角さん、聞こえますか。よろしければ物資を融通してはいただけませんか」

「ピィ」


 短くチビウサが鳴くと視界に見える空き部屋に次々と医療物資と食料を吐き出したのだ。

 これには目をまん丸にして見開く一同。

 天の助けだと美咲に向かって拝み始める武士もいる始末である。

 更にはおいしそうな食料のにおいにあちこちから腹の虫が鳴き始める。

 それを聞いた美咲は苦笑しつつ言った。

 ――言ってしまったのである。


「これはしかたありませんね。まずは炊き出しをいたしましょう」


 袖をまくってやる気を見せる美咲。

 これを聞いたチビウサスライムが絶叫ともとれる悲鳴を上げた。

 それも仕方ないのかも知れない。

 思い出して欲しい。

 かつて頼経をもてなす手料理を振る舞った際に生じた彼女の侍女たちの大惨事。

 忠義と耐性に溢れる彼女たちをもってしても意識を保てない激マズ料理は、今の武士たちにとって劇薬であろうことは想像に難くない。


「ピエェ~~~~」


 喜びの声が溢れる中でチビウサスライムの目が飛び出さんばかりに見開かれている。

 スライムなのに冷や汗が絶え間なくこぼれ落ちていく。

 この地を命がけで守護し傷ついた勇敢なる武士たちに危機が迫ろうとしていた。

 美咲の善意による恐るべき致命の一撃(料理)が今、振る舞われようとしていた。

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