第10話 『もう一柱の城郭神と神託』

 俺と美咲さんは広咲城の地下を発見し、そこで不可解なほど高度な技術設備が整った遺跡を発見した。

 探索を進めていくうちに俺たちはこの地下遺跡の中核と思われる部屋にたどり着いた。そこで待っていたのは思いも寄らない神との遭遇だった。




「待っていたわ。あたしは広咲城の城郭神『津軽つがる穂花ほのか』といいます」


 厳かな雰囲気で小柄な童のような少女が語る。ただ、美咲さんと比べると彼女から漂う神力は弱々しい。

 そして、気落ちするように肩を落とした。


「今は神核に深い傷を負い、存在の維持が精一杯の役立たずよ」


 卑屈な神様のようだな。

 っていうか今なんて言った?

 この子が広咲城の城郭神って言わなかったか。

 ――そうか。だから、美咲さんが取り乱しているのか。

 だったら美咲さんは何者だ、って話になる。混乱するのも無理はない。


「待っていたとは俺のことか。それとも美咲さんのことか」

「両方よ。あまり話す時間も残されていないから単刀直入に言うわ」


 城郭神穂花は美咲さんに目上の者に対する礼を取りつつ首をかしげるようなことをいう。


「おそれながらお二人にさせていただだきます。災厄は既に解き放たれてしまいました。お願いいたします。世界を救うために災厄と戦っていただけませんか」


 なにをいってるんだ。いきなり世界を救えとか混乱するに決まっている。だが目の前の城郭神は俺の戸惑いなどないように捲し立てていく。


「災厄を――災鬼、災妖、災魔、災獣、災虫、災鳥、災巨、災魚、災竜、災陸、災海、災空、災宙、災機の14の災厄王を倒してほしいのです。災厄神が完全復活を果たしたらもう止められない」


 城郭神穂花はそのとき意味ありげな鋭い視線を美咲さんに一瞬向けるも俺は首をかしげるしかない。

 今の視線はどういう意味だ。


「おい、いきなりなにを――」

「お願い、聞いて。奴らは地震や洪水といった災害とともにこの世界に侵攻し、既に人の世で暗躍もしているわ。封印の重しである世界各地の神や精霊の信仰を汚し、貶め災厄神の復活をもくろんでいるのです」


 よく見ればおかっぱの少女は徐々に体が透けている。言葉も絞り出すように苦しげになっていた。口調も焦っているからか統一性がないな。


「美咲様とその偉大なる女神テレジア様の神核で召喚された新田殿。この出会いは天運としか思えない。

 あたしは新田殿をこの広咲城の城主と認めます。

 旧き神々が残したこの遺跡、【天空艦空母広咲】の所有権を『美咲様』に譲渡いたします」


 おい、勝手に重荷を背負わせようとするのやめろよ。ただでさえ亜人だか魔物の王になれとか言われて困ってるのに勘弁して欲しい。

 14大災厄王とかめちゃくちゃ強そうな感じするんですけど。

 俺一応最弱の一角ウサギなんですけど。

 もう追い詰められててなりふり構わなすぎじゃありませんかね。

 ってか、何? 天空艦空母?

 突っ込みどころが多すぎる。けど今にも消えそうなのに必死で話してるからうかつに言葉を挟めない。


「あたしは旧き神々から遙か昔より北東のを監視する密命を受け、有事には神代の遺跡を用いて災厄をせき止めるはずでした。ですが裏切りを受けて鬼の災厄王により痛み分け、天守は破壊されてしまいました」


 そこで改めて何かを確かめるようにおかっぱの少女は注意深く美咲さんを観察している。よくわかっていない美咲さんが血の気が引いた様子でなんとか耳を傾けている状況だ。

 おかっぱの少女が言い切ったためか安堵したため息を漏らして俺に向き直る。


「あたしは無能者よ。こんなあたしより貴方たちの方が絶対にこの力を使えるに違いないわ」


 この城郭ってそんなにすごい力を秘めているのか。だったらメリットもあるか?

 ――そう打算的に考えた瞬間もありました。


「もっとも先の戦いで遺跡の機能は大半が壊滅だけど」


 おい――っ!!


「ああ、美咲様が天守を再建されたことでとても助かりました。さすがですね。それに比べて本当にあたしってなんでのうのうと生きてるんだろ。旧き神々に顔向けできないわ」


 遺跡が使えないだとぉーーーーっ。ポンコツじゃねえか。


「もう時間が、世界を、頼みます」


 そこで城郭神穂花は思い出したように、


「ああ、言い忘れました。美咲様は転生神です。前世では……ああ、ほんとに時間のようです」


 そう言って肝心の事を告げずに消えてしまったおかっぱの少女に俺は立ち尽くす。

 うっそだろ。厄介ごとだけなすりつけて消えやがった。それも壊れたポンコツ押しつけるだけとかふざけんな。

 なにより一番重要な美咲さんの正体について言えてねえじゃねえかっ。


「わ、わたしは一体……」


 かわいそうに。自分のアイデンティティが揺らいでいるのだ。広咲城の城郭神だと思い込んでいた美咲さんにとって不安で仕方ないことだろう。

 俺は怒りが爆発して神核に駆け寄りぺちぺちとたたいて揺すった。


「なにしてくれてんの。ってかほんとに消えたのか。肝心なこと言いそびれやがって。美咲さんにちゃんと説明しにもどってこいや。本当は引きこもって現実逃避してるだけなんだろ。おい、出てこい。ポンコツと面倒な使命だけ一方的に押しつけて逃げんじゃねええええええええーーーー」


 久々にキレたね。最後は俺の怒りもぶっこんだけど。俺にとってはお前が災厄そのものだよ。

 いくらなんでもこれはひどい。王位を押しつけたシャルロッテたちはまだ一生懸命俺を補佐しようとしてくれてる。でもこいつは責任とポンコツを押しつけて引きこもりやがった。これはいくらなんでもひどすぎないか。この世界の女神は美咲さん以外まともな奴はいないのかよ。


「新田殿、すこしだけ一人にしてくれませんか」


 思い詰めた表情をした美咲さんに俺は呼び止めようとする。

 なんとなく一人にしておくのがためらわれた。

 しかし、


「――えっ」


 俺の空気を読まない忖度スキルが脳内に情報を送ってくる。その情報の衝撃に俺は引き留めるタイミングを失ってしまう。はっとしたときには美咲さんはどこかへと去ってしまった後だった。

 だってしかたないだろ。忖度スキルが美咲さんの正体について分析情報をあげて警告してきたのだ。

 いくつか驚く内容もあったが一番驚いたのが、


『転生城郭神津軽美咲の正体、癒やしを司る慈愛の女神の可能性――約48%』


 それは俺がもっとも嫌いな女神の肩書とよく似ていたのだ。




 俺は厨房で料理をしながら心の整理をした。その方が冷静に考えられた。

 タイミングを逸した以上、話しかけるとっかかりも必要だったのでちょうどよかっったこともある。

 そして、改めて覚悟を決めた。



 美咲さんは広咲城天守にいた。

 窓から外をぼーーと眺めて途方にくれている。

 俺はジェノサイドベア族の神獣として大切にされている真っ白な幼い熊。『くまみん』に協力願った。

 俺は以前助けたことで主として認められ、くまみんの名前も俺がつけた。

 名前のセンスは許して欲しい。聞いていた他のジェノサイドベアも微妙そうな顔をされたが本人は喜んでくれたんだ。名付けの虐待はしていない。

 さて、ネームドになったくまみんだが俺はその愛らしい姿と真っ白な体に着目した。


「美咲さん」


 俺の呼びかけに気がついた美咲さんは心ここにあらず行った様子で視線だけ動かしこちらを見る。

 が、ばっと二度見するかのようにこちらを振り返る。


「か、かわいい~~」


 ふふ、そうだろう、そうだろうともさ。

 小さいウサギが小さい熊さんの背中にのって現れ、愛らしく愛嬌を振りまいているのだ。美咲さんなら無視できないと踏んだ。

 この溢れんばかりの癒やしオーラに和んで欲しい。

 さらに俺は追撃をかける。

 やるぞ、くまみん。


「くまっ」


 相棒からも頼もしい返事がかえってきた。


「ハッ」


 俺が飛び上がり、アイテムボックスから供物台を取り出すと、まずくまみんがその上に乗っかり銀の角を隠してくるんと丸くなる。俺も水晶の角を隠してその上に乗っかり丸くなった。

 さあ、とどめのミカンをてっぺんにのせる。


「かがみもち~~」

「くままま~~」


 俺とくまみんの渾身の一発芸が決まった。

 どうだっ、これでスベったら泣く。


「……、っ……ぷっ、あはははははは」


 美咲さんが思わずといったふうに笑ってくれた。


「あはは、かわいすぎです。ふふっ」


 ものすごい笑ってる。もだえていらっしゃる。

 ホッ、よかった、つぼに入ったようだ。

 くまみんは誇らしげに鏡餅形態をといていく。


「サンキュー、いい仕事だったよ、くまみん」

「くまっ」


 俺はご褒美のおやつ、だけきみというトウモロコシを渡すとおいしそうに食べ始める。それを見てますます恍惚とした様子で美咲さんはながめる。

 頃合いかな。

 俺は美咲さんの心が少しでも晴れたらと願いつつそばに寄る。


「美咲さん、ご飯食べてないですよね。一緒に食べませんか」

「そうですね、頂きます」


 俺は、厨房で胡麻のたっぷり入った御赤飯もどきをおにぎりにしたものを用意していた。

 

「この地方は高価な小豆の代わりに胡麻を使うと聞きました」

「はい、よくご存知で」


 一口食べると美咲さんは目を輝かせた。


「あっ、栗も入ってます。豪華ですね」

「ついでに真心も入ってます」

「知ってますよ」


 やばっ、冗談を素で返されたよ。

 天然だと失念していた。

 反応にこまるんだけどっ!?

 俺は照れくさくなって何を話すつもりだったか忘れた。

 沈黙が続くと美咲さんから切り出す。


「この天守は形ばかりだって知ってますか」

「どういうこと?」

「海からの外敵を監視する名目で立てられたのです。ですが、天守の窓四方を見渡して海が見えますか」


 視線を巡らせると確かに海など見えない。

 俺は首を横に振る。


「今の私と一緒です。見せかけだけで中身がない。役立たずなんです。この天守はただの見栄なんですよ」


 うつむいて肩をふるわせる美咲さんに俺はそっとお茶を注いだカップを渡すしかない。

 どう声をかけるべきか、言葉が見当たらない。

 そこにくまみんがちょんちょんと美咲さんをつついて天守の窓から指を指す。


「くまみんさん?」


 意図を図りかねている美咲さんだが俺はくまみんが何を言いたいのか理解した。

 くまみんの指す先は地平線ではない。

 城下であり、民だ。


「美咲さん、くまみんは天守とは民を見守るためにあるじゃないかって教えてくれてるんですよ」


 俺はよく教えてくれたとくまみんを優しくなでる。


「民……あっ」


 遠くをばかり見ていた美咲だが、眼下の城下を見て納得した。


「そう、――ですね」

「それに俺はこの天守を見上げるのも好きですよ」

「えっ?」

「美咲さんに見守られているって思えて民も安心するんじゃないかな」

「そうなのでしょうか。私は攻撃型の力を持たない役立たずです。それどころかこの広咲城の城郭神ではないのです。代理でしかない。偽物なんです」

「今は違いますよ。さっき、ちゃんと引き継いだじゃないですか」

「私、は……」


 どうしたらこの優しい人を励ますことが出来るのだろうか。

 決定的な何かがつかめない。それが歯がゆい。

 それもこれもあの城郭神が肝心な事を後回しにして美咲さんに伝えそびれたせいだ。

 かける言葉は見つからなかったが一つだけ今伝えておくべき言葉があることを思い出す。角さんの警告が引っかかっていたのだ。


「俺は美咲さんが何者でも、ずっと味方です」


 俺の言葉に美咲さんは少しだけ表情が明るくなり問い返す。

 俺は知っている。美咲さんがどれだけ他人を愛し、思いやれる女神かを。俺はなにがあっても自分で見た美咲さんを信じると決めた。

 それが俺の覚悟。


「ずっと……はうっ。ほんとに信じていいのですか」

「ええ、なにせ命を救われた恩がありますから」

「……ああ、そういう意味ですか」


 今度は一転して瞳のハイライトが消えたような虚ろな視線で射貫かれ、居心地が悪くなった。

 あれ、俺なんかやらかしたか?


「くま~~」


 くまみんも俺を責めるようなトーンの低い声窘めているようだ。

 俺は説得の失敗を感じ取り肩を落として落ち込んだ。

 その様子に俺の心意気は感じ取ってくれたのか美咲さんは苦笑する。


「はあ~~、しょうがないひとですね。ふふっ」


 笑ってくれた。

 少しだけなら力になれたのかもしれない。

 うぬぼれでなければだけどさ。

 しばらくして気を取り直したように美咲さんは両頬をパチンとたたいた。

 どう見ても空元気だが立ち上がった。

 

「……結城殿、この遺跡の調査と修復計画をお任せしてかまいませんか」


 深刻な表情で美咲さんは俺を呼ぶ。


「はい、かまいませんが」

「助かります。先ほどの穂花殿の話。本当であれば世界の危機といえるでしょう。災厄が本当にこの世界に現れたのか確かめねばなりません」

「確かめるって?」

「ここより北東にむかったところに恐山という霊山が存在します。その地を調査し、事実ならば管領に報告します。結果によっては周辺の城郭神らと連携する必要があるでしょう。朝廷と幕府にも報告を上げねばなりませんが今の皇都は……」


 言いよどむ美咲さん。なにやら面倒な政治の話になりそうなのでそれに巻き込まれるくらいならと俺は快く遺跡調査を了承した。


「任せてくれ。この遺跡の力が必要ならできる限りやってみるよ」


 美咲さんを支えると約束したのだからそのぐらいやってみせるさ。


「助かります。災厄は私も伝承でしか知り得ません。伝え聞く通りであれば、旧き神々が犠牲となりようやく封じたほどに強大です」


 ああ、マジか。やっぱ強いんじゃん。

 神様たち相手に喧嘩して渡り合える奴らに俺勝てる気がしないんですけど。


「ここはその神代の時代に作られた旧き神々の超文明遺跡と推察します。『天空艦空母』が何を意味するのかは私には見当もつきませんが異世界の進んだ技術を知る結城殿ならばと期待しています」


 むう、美咲さんの期待がプレッシャーだ。

 お手上げだったらどうしよう。


「うう、できる限りやってみます」

「お願いします。遺跡に関しては全権を委任しますので好きにしてかまいませんよ」


 まじで。俺はっちゃけちゃうかもよ。


「……本当に好きにやっていいんですね」

「えっ? ――ええ。かまいません」


 俺の高いテンションに美咲さんが困惑気味だ。

 実は俺、今興奮してきている。先行して遺跡を調査してくれていた角さんから膨大な情報が頭に入ってきたからだ。ちょっと頭痛がする情報量だ。けれどそこにはとんでもない可能性が提示されていた。

 そう、この城郭全体が実は巨大な空中要塞であり、空を飛んで移動できる可能性があること。さらに言えばこの遺跡で空中戦艦が建造可能になるかもしれないのだ。

 これはテンションあがるわーー。


 中世レベルでしかない文明水準で現代兵器を運用するには問題が山積している。

 この世界で再現するにはそもそも基礎技術が圧倒的に足りない。

 現代兵器は原理がわかればすぐ作れるというものでもないのだ。

 フレームの加工技術をとっても素材の生成や整形技術に構造計算、そのための工具類、作業員の高い知識と技術が必要だ。

 そもそも、維持管理にとにかく労力を使うのが現代兵器だ。補給と整備が出来ないとすぐにガラクタに成り果てるのである。


 しかし、この遺跡の工廠はそれらが出来るらしい。

 つり上げのクレーンや運搬機械等作業用ドローンにメンテナンスボット、素材の自動精錬機や立体成型も可能な自動製造機、精密作業機器のある工業区画など俺の世界でも存在しないレベルのSF設備が整っている。


 例え製造しても質量と強度等の複雑な計算も必要だ。

 だが俺には超高性能な演算装置の代わりになる角さんがいる。

 さらに遺跡にも魔量子演算コンピューターがある。


 遺跡のコンピューターはソフトウェアが遺跡のスペックに追いついていない。そこを城郭神が補佐して統括運用するシステムだったようだが代用AIの当てはある。

 俺のスキルAI、そして、メティア。

 俺の角が訴えるのだ。帝国の飛空艇を遙かに凌駕する空中戦艦が作れると。

 俄然やる気がみなぎってくる。


 それにうかうかしてもいられない。

 帝国には俺以上に科学が進んだ世界から異世界人が召喚された可能性もある。

 対抗するにはの力が必要だ。

 俺は壊れたスマホを取り出した。


「メティア。今よみがえらせてやるからな」


 この遺跡でまずやることは決まっていた。

 もう会えないと思っていたもう一人の相棒AIメティアの復活だ。

 この遺跡の技術ならきっと……助けられるはずだ。

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