第8話 『神聖秘薬【ユグドラシルの精髄】で悲劇の里に祝福を』
わたくし、シャルロッテはこの日胸が張り裂けそうな絶望を味わった。
けれどもわたくしは今日という日を忘れない。
――なぜならそれ以上に喜びと言葉に出来ない感謝に満たされた日になったから。
「お父様、お母様、いやあああ」
落城するアイゼンブルグ城。炎上する城塞に両親は最後まで残り戦った。王族の責務としてお父様とお母様はできる限りの民を逃がした。王族としては立派で誇らしく、だけれども家族としてはすべてを失ってでも生きて欲しいと願うわたくしをどうかお許しください。
本当はわたくしも城に残りたかった。最後まで一緒にいたかった。それでもアイゼンブルグの生き残りたちの道しるべとして生き延びなければならない。そう諭され護衛をに守られながら落ち延びていた。
「生きていれば必ず希望はあります。さあ、シャルロッテ様、道を切り開きます」
バニーメイドで侍従長でもあるアリシアが暗器を手に強靱な脚力を生かして敵を翻弄し次々にたたき伏せていく。
「追撃が激しい。矢が残り少ない」
言葉少なにエルフの騎士リーンが正確無比の射撃で騎馬兵の馬を潰していく。
「
「――っ、このオーラは、天秤騎士」
リーンの言葉にアリシアが反応し天秤騎士による剛槍の投擲を受け止める。狙いはわたくしだった。
「ぐふっ」
「いやああああ、アリシア」
アリシアが盾になってその槍を受ける。まただ、わたくしが足を引っ張っている。何も出来ない。ただ叫ぶだけ。そんな自分が心底嫌いになりそうだった。
「この天秤騎士は私がとめる。リーン、シャルロッテ様を」
「……わかった」
「アリシア、死なないで」
「ええ、当然です。シャルロッテ様は危なっかしいですから」
あとで知ったことですが、このときわたくしを襲ったのは天秤騎士でもダブルナンバーズと呼ばれる相手でした。実力一一から九九番台に入るいずれかの実力者。そんな相手を負傷したアリシアが戦ったのだと知って血の気が引きました。
その戦いの負傷のせいでアリシアは足に大きなハンデを負うことになりました。かつてのように戦うことが出来なくなり本人はもうしわけないと謝ります。
そんな言い方をしないで欲しい。幼少よりずっと見守ってくれた姉のようなアリシアが生きていてくれた。それだけで十分だったのだから。
戦争とは理不尽です。勝った側に大義をねつ造され、帝国に非があっても誰も罰することが出来ない。悪いのは負けた私たち……。世界ではそう言われるようになった。
お父様たちは民の助命と戦争の責任を取って処刑されたという話を耳にした。そのときは心にぽっかりと大きな穴が開いたようになっただけで悲しみはしなかった。いえ、そんな暇はなかったの。
けれど帝国はアイゼンブルグ降伏時の約束を破り、捕らえた民をも無慈悲に処刑していったという。それには涙をこらえることが出来なくなる。大事な家族の、お父様の死は意味が無かった。無駄死にされた。何という冒涜なのか。
「ああ、なんてことなの……」
自害もせずに帝国に捕まったのは少しでも民を救おうとしたから。王の責務を果たそうとしたのに帝国はその思いをくみ取らず踏みにじった。
お父様は自らの命を使って民への負担を少しでも軽くしたかったはずなのに。お父様たちはどれほど無念だったろうか。
「帝国に人の心がないのですか。どうして、罪のない一般の民まで虐殺などと」
わたくしは理不尽に憤りながらも何も出来ない無力な自分を責め続けた。後に知らされる民が殺された理由が魔物素材として欲した、というのだからなおさらやりきれない思いを抱えました。
逃亡中、各国に保護を求めて回るが受け入れてくれる国はない。帝国は周辺国に対して戦争の名目を探し伺っている。帝国は力を背景にした国土拡大を狙っていることは明らかで各国が警戒しているためでした。帝国の敵、アイゼンブルグの生き残りを保護しては戦争の口実を与えてしまいかねない。
わたくしとしても友好国だった国々を戦禍に巻き込む決断が出来ずにいた。そして、行き着いた結論が帝国の手が及ばないほど離れた地に逃げ再起をはかること。
長い旅路で多くの脱落者がでました。道中の国や集落では民のために頭を下げて回る。旅について行けなくなった民がいれば受け入れてもらえるよう交渉した。
そうして、海をも乗り越え、大和皇国にたどり着く。
大分数は減ったものの厳しい道のりをともにしてくれた民たちにわたくしは感謝しかない。その存在がわたくしをどれだけ励まし、支えとなり、心のよりどころになったことか。
海を越えずいぶん遠くに来たけれど、ようやく安住の地を手に入れた。そう思っていたのに帝国はどこまでも追いかけてきた。
「ああ、ああああああ。アリシア。リーン」
家族のように、姉妹のように絆を深めた二人の死にわたくしは生きる希望を失いかけていく。それほどに大切な存在だった。二人がわたくしをかばって命を落とした衝撃は言葉に出来ない。
苦楽をともにした人たちも皆殺しにされ、わたくしは失意のあまり目の前が真っ暗になる。
他の人たちは……周辺の隠れ里にいたみんなも殺されたの?
どうして放っておいてくれないの。わたくしたちが帝国に何をしたというの。
こんな希望のない世界。大事な人をすべて奪っていった世界で生きていたくない。
絶望が心を埋め尽くした。
その後も吐き気のするような非道を天秤騎士に聞かされる。同族たちがだまされ、ジェノサイドベアと潰し合っている光景に心が黒く塗りつぶされていく。もう、どうにも出来ない。助けも来ない。この世界は残酷すぎて生きていたくない。このどうしようもなく残酷な世界が憎い。
なのにわたくしはようやく出会った。
――希望に。アリシアがかつて話してくれた希望だ。
天秤騎士を圧倒し、彼らの企みをも打ち破り、どうしようも無かった同胞とジェノサイドベアとの戦いも殺さずとめてしまった。
一体なんなのこの人は?
自然体でいて、なんでもない様子で問題を解決してしまった。
名前は頼経というらしい。それも一角ウサギの支配種スノーラビット。伝説の存在だ。実在するなんて信じられない。
引き込まれように彼のことを目で追ってしまう。
彼の連れと思われ得る少女との会話に耳を澄ます。
それは自分では思いもつかないような未来への展望が語られている。自分たちにはない上に立つ者の視点だったのです。その未来にかけてみたい。私は決意した。
――彼はなんとしても取り込まないと、と。
これは私たちが生き残るために掴むべき最後の好機。これを逃せば滅亡しかない。
わたくしはなぜか確信に似た思いに駆られて切り出した。
「お話中失礼しますわ。改めまして、わたくしどもを里の危機からお救いくださり、心よりお礼申し上げます」
「あ、ああ、これはご丁寧にどうも。こちらも下心があってのことなので。それも強制をするつもりはありません。その上でお話を聞いてもらいたいのですが……」
この人はなぜこうも腰が低いのだろうか。あれほどの力を持ち、私たちを一方的に救っておきながらどうして遠慮がちなのだろう。
お人好しなのかもしれない。
彼には悪いけれどわたくしたちには後がないのです。たたみかけましょう。
「おおよその事情は先ほどの会話から予想がついておりますわ。その上でお願いがございます」
わたくしは元近衛騎士のイデアに目配せします。すると彼女も同じ考えですぐさま部下たちを促してくれる。
絶対に逃がすつもりはありません。わたくしの、王族の体を使ってでも引き入れて見せましょう。
「え、なにこれ。妙に統制がとれているような……」
彼は戸惑っている様子。ならば好都合。余裕など与えずいきましょう。
「わたくしの名はシャルロッテ・チェルトリーゼ・アイゼンブルグ。かつて北西の大陸で栄華を誇った亜人の大国アイゼンブルグの元第三王女でございます」
「え、アイゼンブルグだって!?」
あ、なにやら彼が逃げ腰になっていますね。逃がしません。
「はい、女神テレジアによって亜人もすべて魔物におとしめられました。迫害され滅ぼされた亜人の国の再興を願っています。わたくしの大義は覇権ではございません。虐げられた亜人の、魔物も含め安心して暮らしていける安住の地を作りたいのです。どうか、どうかわたくしたちの王となりお導きください」
何やら一緒にジェノサイドベアたちまで平伏しているのですがまさか彼らも便乗するつもりですか?
まあ、いいでしょう。むしろ彼らの戦力は大いに力になりましょう。乗るのです。このビックウェーブに!!!
「どうしてこうなったーーーーっ!!」
きっと予想以上の荷物を背負うことになって彼は困っているのでしょう。申し訳ございません。でもわたくしも精一杯支えますのでよろしくお願いしますね。
その後はわたくしの目に狂いはなかったと思わされることばかりでした。
「じょ、【上級ポーション】!?」
彼は負傷者を集めさせると突然何もない空間から目が飛び出る位の高額なポーションの数々が大量に吐き出されていくのです。
え、もしかして時空間魔法?
もしかして頼経様は大賢者さまか何かでしょうか。
いいえ、それどころではありません。上級ポーションです。ありえません。一つでも飛び上がるほどびっくりする希少な高級回復薬なのに一目で数え切れない数が長テーブルに並べられていくのです。
ああ、夢でも見ているのでしょうか。
「ええっと、このポーション。おいくら払えばよろしいのでしょうか」
果たして王国から持ち出した宝具を売っても足りるでしょうか。まあ、それで重傷者の命が助かるなら借金してでも工面するつもりですが。
大粒の冷や汗をかきながら訪ねると不思議そうな顔で返されます。
「はっ? なんでお金はらうの。仲間が困ってるのにここで金とるとか鬼畜過ぎだろ。遠慮無く使ってよ」
「ええっ? でも上級ポーションなんて天秤教会では一つで金塊いくつ請求されることか……。上級ポーションは欠損すら癒やす希少な回復薬なのですよ」
「ああ、心配いらないよ。新教を起こしたノルマン王国の癒やしの聖女と友達だから。なんか気前よく原価価格でくれるんだよねえ。大量に作って仕入れてるからまだ在庫余ってるくらいだし」
わたくしはこの話を聞いただけで頭が痛くなる思いです。
多分その聖女様は友達程度などとは思っていないでしょう。頼経様だから特別なのに違いありません。
この方はお人好しだけでなく呆れるほどに鈍いのかもしれません。これはわたくしも苦労することになりそうです。
「頼経、待たせたの。連れてきたぞ」
足利様と言っていましたかしら。高貴な身分を漂わせる少女が一度出て行ったのですが、誰かを連れて戻ってきたようです。
「新田殿、お待たせしました」
それも美人です。ほんわか優しさが出で立ちからあふれ出すような美しい女性。ただ、体からあふれ出る神気から人間ではないことはわかります。
「あ、美咲さん。わざわざお呼び立てしてすみません。ちょっとお願いがありまして」
「言わなくてもわかりますよ。私の治癒の力が必要なのでしょう」
「ええ、そのとおりです」
「微力ながらお手伝いいたしましょう」
そして、頼経様は手をたたいて注目を引くと一帯すべてに行き渡らせるように大きな声で言い渡しました。
「皆。俺に降るというのなら条件がある。ここにいる城郭神津軽美咲さんに敬意を払うこと。この人は俺の恩人だ。そして、強制はしないが可能ならこの人を神様として信仰すること」
「えっと、新田殿。私は別に信仰しなくても手を差し伸べるつもりでしたよ?」
「ええ、美咲さんならそうでしょう。しかし、神力を消費して癒やしの力を使うのだから信仰を薦めるくらいはいいんじゃないかな。強制はしてませんしね」
津軽様はとても気さくな神様のようです。正直、女神テレジアの影響で神と聞くとアレルギーが出そうですが美咲様は自然と敬える気がするのです。
おかしいですよね。幼い頃は女神テレジアの聖女候補として修行した事もあったというのに。その神を毛嫌いすることになったのです。当然、聖女の道を絶たれたわけです。
「大丈夫、すぐによくなりますからね」
津軽様は一人一人、神への警戒心を解きほぐすようにその手で癒やしの光をあてて負傷者をすくい上げていきます。まるで、戦争の被害者は体の傷だけではない、心の傷のケアも大事だと身にしみているかのようです。
「危険な患者は上級ポーションの使用を躊躇するな。重傷者から優先的に治療するんだ」
頼経様は的確な指示で負傷者の治療の指揮を執りつつわたくしに声をかけてきます。
「シャル」
「えっ! あっ、はいっ」
びっくりしました。いきなり相性のような呼び方をしてくるのだから心臓に悪いです。まあ、緊急時なので無意識なのでしょうが、……天然なのでしょうね。
「里の人たちを見てたけど栄養状態が悪いな。せっかくの傷の治療も体力が無ければその後疫病が広がりかねない。清潔な環境と食事の手配を頼む」
「えっ?」
またも、清潔な布や新鮮な食材が時空間魔法で山のように積み上げられていきます。
もうなんなのでしょう。きっとこれも見返りなんて考えもせずに出したのでしょうね。一体どれだけの財をお持ちなのでしょうか。
貴方はどこまでお人好しなのでしょうか。
どれだけわたくしはこの方に恩を受ければいいのでしょうか。
受け取ってばかりで申し訳なさ過ぎます。
――――――
――――
――
負傷者の手当が終わり、おいしい食事が振る舞われ、忙しい時間が過ぎ去るとわたくしはふと寂寥感が心に吹きすさびました。
だって、この日はいろいろありすぎました。
多くの大事な人を失いすぎました。
もう家族のように親しかった人もいなくなって、さみしくて、悲して。
人気のない里の外れにたたずみ、わたくしは声を殺して涙し、空を見上げて大きな丸い天体【ルナ】を見上げます。
「もう夜ね」
気がつけば周囲は暗くなっていて、静寂の闇はわたくしの心を表しているようだった。
「うう、……ぁぁ、お父様、お母様、お兄様、お姉様。アリシア、リーン、会いたいよ。なんで死んじゃったのよ。おいていかないでよおおおおっ」
冷静になったせいで津波のように悲しみが押し寄せてくる。飲まれてわたくしの心はかき消えてしまいそうなほどに弱ってしまっていた。
「お姫様、涙はまだ早いですよ」
ルナの月明かりで白銀の髪が幻想的に光る麗人がわたくしの前で恭しく礼をした。
「大切な人を失った悲しみ、俺もわかるつもりだよ。さすがに全部は理解できないけれどな。ただ俺も大事な人をすべて失った。失ったと思い込んでいた事がある」
頼経様の表情には深い悲しみが見えた。笑みを向けているのにとても切なくなる悲しい笑み。
それでも、だからこそわたくしは彼に暗い感情を漏らしてしまう。打ち明けてしまう。
「わたくしは逃げたのかもしれません。貴方に自分の民を守る責任を押しつけて楽になりたかったのでしょうか。今更ですが巻き込んでしまって申し訳なく思っております」
「背負った民を負担に感じていたのか」
「はい、そうかもしれません。だってわたくしはみんなを守る力もない。優しすぎて躊躇してしまうから戦いになっても足手まといだって言われて……。守るためだとしても相手の家族や事情がちらついて躊躇が現れてしまうのです。だから、足引っ張って守られてばかり。それでもみんなの心の支えになるのならと思って頑張ってきたんですよ。なのに、わたくしをかばって親しかった人がみんないなくなっていくのです。わたくしが弱いから、もういやです。なんでわたくしが生き延びたの。もう死んでしまいたかった」
「やっぱり似てるな」
「えっ?」
「俺も親友が自分のせいで死んだとき同じ事を思ったよ」
「……そう、ですか」
強くて、たくさんのものをもっている頼経様が同じというのは考えづらいけれど、垣間見える悲しみの表情は真に迫っていて嘘とは思えなかった。
「それでも人生何があるかわからないよ。俺がすごいと思ってくれるなら俺が変われたからだろうな。信じられるか、ちょっと前まで俺はろくなスキルもない非力な人間だったんだ。今の力は大切な人たちから受け取ったものだ。俺はその人たちの思いに生かされている。一人で生きてるわけじゃない」
「大切な人に生かされてる…………」
なぜだろう。わたくしの心に不思議と彼の声は響いてきた。
「それに直接戦えるだけがすべてじゃない。癒やすことだって戦うことに等しい」
「どういうことですか」
「誰かが負った傷を癒やしたなら、その人をかばって盾になって戦ったのと同じ働きだとは思えないかな」
「――――っ」
「君は一生懸命動けていたじゃないか。負傷者の包帯をまいて、回復薬で手当てして、食事の用意も、忙しい中でやりきったじゃないか」
「そんなふうに考えた事なんて……、そんな戦い方も、支え方もありなのでしょうか」
「ありだね。俺が保証する。というか俺が改革して認めさせるし」
「ふふっ、横暴なのですね」
そして、わたくしにそっと手を差し伸べてくれる。
「だからこそ、俺は何を君にしてあげるべきかを理解している。これから俺が君にあげられる精一杯を受け取って欲しい」
「どういうことですか?」
期待しては裏切られたときが怖い。だから、過剰な期待はしない。そう心に予防線をはりつつわたくしは彼の手を取り導かれていく。
「新田殿、聖域を一帯に張り巡らせました。これでよろしいですか?」
「ありがとうございます、美咲さん」
すごい。清らかな力で満たされた縄張りが出来ているのだわ。
聖なる光で満たされ、邪気など一切許さない清浄なる空間がこの里中心部に形成されている。
夜にもかかわらず聖なる光で真昼のように明るい。
里の民も、ジェノサイドベアの集落の者たちも何が起こるのか不安そうに見守っている。
「頼経様、これから一体何が起こるのですか」
「俺も初めての事だから絶対の自信は無いんだけどさ。それでも可能性がすこしでもあるのなら諦めたくなくてさ。スキルAIをフルに使って新しい秘薬を作ってみたんだ」
「秘薬ですか?」
「アイゼンブルグの民の王位を授けられた事と統率種である君との縁が出来たことで俺のスキルAIが進化したんだ。天秤教の大聖女さまから錬金術も教えてもらったことがあってさ。その成果が実を結ぶことを祈っててくれよ」
話を聞いていても意味が全く通じません。頼経様は何を言ってるのでしょうか。
「エリクサー、エリクシール、フェニックスの尾に、神酒ソーマ、聖水、聖杯の水、世界樹の……、秘蔵の秘薬やアイテムを全部つぎ込むことになったからな。これで失敗したら笑うしかないよなあ」
そう言って広場に並べられた無数の寝台。その上に今日の戦いで犠牲になった民の遺体が異界を通りゆっくりと安置されていく。
その中には、アリシア、リーンの姿もある。
他にも勇猛なオークの女戦士のジュナや、侍女たちもいる。
彼女たちの遺体を改めて目の当たりにすると悲しみが一気に体中に溢れてくる。
「おそらく死後20分までなら理論上可能なはずだ。それ以降の遺体は天運に祈るしかない。時間停止空間にいれるまでにどれだけ時間が経っていたかが問題だ」
頼経様が何やらブツブツと神妙な面持ちでつぶやく。
「どうか上手くいってくれ。魂よ。とどまっていてくれよ」
頼経様は祈りのポーズを取ったあと、頭上に見たこともない虹色の液体が光り輝いき浮かんでいる。彼の額の角の中で数え切れない粒子が絶え間なく動き回り光を周囲に振りまいていく。
「神聖秘薬【ユグドラシルの精髄】」
虹色の液体の塊は頼経様のオーラで無数に分けて包まれ、それぞれの遺体の上に丁寧に運ばれていくと静かに遺体の中に落とし込まれていく。
するとすぐに異変が起こり、空にたち昇る癒やしの光と神聖なる祝福の後光が降り注いでそれぞれの遺体を修復していく。
その意味に気がつきわたくしは口元に手を当てた。
だって、信じられない。死人に回復薬は効かない。だって細胞が既に死んでいるのだから新たに細胞が作られないし治癒しない。
なのに、……なのに回復しているのだ。
「ああ、ああああぁ…………」
両手で押さえても涙が止まらない。
こんな奇蹟が起こるなんて。
「これは……、私は確かに死んだはず」
誰よりも早くアリシアが上半身を起こして光に溢れた周囲を見回している。
「奇蹟」
リーンが相変わらず短い言葉で端的にこの場を一言で表した。相変わらず感情と言葉の乏しいところが相変わらずで、それがうれしくて、言葉が見つからない。
「おいおいおい、ここは天国じゃないのかよ」
ポニーテールで黄緑色の健康的な肌にして姉御気質のジュナの声も聞こえてくる。
次々に犠牲となった人たちが蘇生していく。
わたくしはもうたまらずアリシアたちの元に駆け寄った。
「ああああああああ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
大号泣する驚いた様子のアリシアだけど優しく受け止め抱きしめてくれる。人化した姿は初めてだけれどアリシアはすぐにわたくしだとわかったみたい。
わたくしは生まれて初めてあらん限りの声を上げて喜びを表していく。
「ああ、シャルロッテ様。私はあなた様をこんなにも悲しませてしまったのですね。もうしわけ、ございません」
そのとおりよ。おおいに反省して。だから、だから、もうわたくしを置いて死なないで欲しい。
遺族だった者たちがなだれ込むように蘇生した者たちに走り込んでいく。歓喜の抱擁があちこちで見られる。みんなだれも彼もが大泣きでひどい有様だ。だというのにみんな笑顔だ。
わたくしはしばらくして感情が落ち着くと、この奇蹟をかみしめる。
確かに、癒やすことも立派な戦いなのかもしれないと思えた。それどころかこれほどの感謝が溢れて止まらない役割は何よりも尊い戦い方に思える。強く、相手をたたき伏せるだけが戦いだと思っていた視野の狭いかつての自分が恥ずかしい。
頼経様はわたくしに進むべき道を示してくれた。
わたくしは癒やす者になる。女神テレジアの癒やしの加護が無くても錬金術がある。癒やしの魔法が無くたって回復薬を極めれば聖女とかわらないことが出来るのよ。いえ、死者の蘇生魔法なんて天秤教の大聖女だって出来はしないわ。
「よかったね。俺の友達は助けられなかったけれど、今はシャルの大切な人を助けられた。本当によかったああ~~」
蘇生に成功してほっとしたのか、頼経様は気の抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。わたくしは今更ながらに気がついて彼の元に向かう。
だってわたくしは、……わたくしたちは、大事なことを忘れている。
彼を前にまたも大粒の涙がこぼれる。言葉も詰まりそうになるけれど精一杯の笑顔を捧げる。
「あり、ありがどう。ありがどうござます。頼経様、ありがどう」
わたくしのみっともない顔をみても彼は爽やかに、それでいて心底思いやりのこもった言葉を返してくれた。
「どういたしまして」
彼の手を両手ですがるように掴み、わたくしは感謝の言葉を伝え続ける。
気がつけば周囲では、わたくしの民と熊獣人族ジェノサイドベアの一族が皆心より平伏している。泣いている。イデアたちに至っては最上位の忠誠の礼を取った。イデアたちも心から認めたのだ。頼経様がこれからの真の主だと。
わたくしは彼らの思いを代表して彼にひざまずく。
「我ら新田頼経様に生涯忠誠を捧げます。どうか我らの王となり、お導きください」
これは先の宣誓とは重みが違います。
まごうこと無き、心よりの忠誠を誓ったのです。
後ろ向きな感情なんてない。
――ただ頼経様のために。
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