第7話 『亡国アイゼンブルグのお姫様を救出せよ』

 さて、初手で天秤騎士の周りの戦力の無力化に成功したな。

 俺は散々挑発したけれども天秤騎士を侮ってはいない。

 そう天秤騎士の装備は皆チートだということを俺は知っている。

 侮っていないからこそ攻撃パターンの単調化を狙って挑発したのである。


 天秤騎士は大きく分けて二つある。

 本当に化け物のように強い精鋭。

 一方で名声を得るため帝国貴族の子息らが金と権力にものをいわせて入隊したパターンだ。


 この天秤騎士の男は血走った目で俺をにらみつけてくる。

 おおこわっ。こんな安い挑発にかかるということは後者なのだろう。


「なめられたものだ。俺は天秤騎士だぞ。最弱のウサギごときが勝てると思っているのか」


 今度は身振りであっかんべーしてやると激情して突っ込んでくる。

 わっかりやすっ。

 確かに早いが俺はそれを予知したように躱して動く。

 スキルAIによる予測演算である。

 まずは蹴りをかましてみるかな。

 ウサギ族の武器である強力な蹴り技。丸太だって折ってしまうような威力のはずだ。

 だが当たる直前、見えない障壁のようなもので防がれてしまう。


「『レギオンマジックアーマー』の防御障壁か」


 思わず舌打ちする。

 これだからチートはいやになる。

 これを易々とぶち破った桜花はもっとチートなんだろうな。

 天下五剣、俺も欲しい。


 まあ不意打ちならともかく、完全戦闘態勢時の天秤騎士の防御力は鉄壁だ。

 並の兵や騎士では手も足も出ずに負けてしまう。

 天秤騎士には最低でも本国において十人態勢の魔法使い補助に割振られている。距離を超えて魔法の遠隔援護がレギオンマジックウェポンの魔導宝玉を通じて届く。本来なら自身一人で制御する身体強化魔法も遠く離れた魔法使いが肩代わりしてくれる。その余裕分、より戦いに集中出来るというものだ。


「フハハハハ、聞かんぞ、さっきの威勢はどうした」


 天秤騎士が剣を振れば、剣圧で突風が巻き起こり躱しても体幹が悪いと隙をさらす事になってしまう。

 天秤騎士は扱う剣すら特別製だ。

 『

 複数の魔法使いが遠方から距離を超えて支援魔法で強化するのである。この武器もチートである。


「――っ、っと。あぶないなあ。力だけはいっちょ前だね」


 みたところ風の付与魔法はない。単純に力を強化して斬りかかっている。

 なんて、脳筋タイプだよ。


「攻撃が通らず手も足もでぬ雑魚が減らず口を」

「さて、それはどうかな」


 俺は剣圧が届かない距離を取った。

 それから健脚を生かして周囲を飛び回り、遠距離攻撃を仕掛ける。


「【スライムの弾丸ナックル】30連」


 いまや俺の手足はスラユルの形見でもある。擬態していた手がスライムに変わり増殖分裂する手の周囲に浮遊する。直後、弓を引き絞るようなイメージとともに拳を引いて構えると敵に向かってオーラによる爆発を利用し超高速で打ち出されていく。


「ぬおおおっ、なんだコレは」


 一発一発は防げても徐々に天秤騎士の防御はほころびを見せ始める。小さな穴が開き、蜘蛛の巣状のひびが広がったかとおもえばはじけてとんで消えていく。こうなっては自前のオーラをまとって耐えるしかない。


「ぬぐぐ、ふぐっ」


 いくつか顔面にもヒットしたが膝を屈するまでに至らず。

 くさっても天秤騎士。

 ぼんぼんの貴族子息だが最低限鍛えられている。

 スライムの弾丸ナックル、使いやすいけど天秤騎士には火力不足だ。

 

 この世界における高位の戦闘とは、オーラによる防御障壁とそれを中和、もしくは破壊して防御を貫く力の均衡合戦だ。

 相手にあった効率的な防御障壁でいかに防ぐか、

 逆にその裏をかく付与魔法や魔法攻撃などでどう上手く攻撃して破るかが勝負の基本である。

 オーラは基本、敵と向かい合う前面に集中して運用するため防御壁が薄くなる後方をついたりなども基本戦術だ。今回の俺は防御を絞らせないように天秤騎士の全周囲を飛び回り、全体から攻撃の圧力をかけて完全に障壁を一時破壊した。

 

「遠距離からの攻撃とは卑怯な」

「お前も魔法でやり返せばいい。それとも出来ないのか。天秤騎士のくせに」

「なめるな」


 騎士は激高し、飛び込んで斬りかかってくる。

 攻撃は最大の防御ともいう。障壁が再び再構成されるまで攻撃を浴びせて対応させることで俺の攻撃を封じようという作戦なのだろう。

 ただ、


「教科書通りすぎだ」


 俺は相手の剣をかいくぐり、手首を掴むと相手の力を利用して投げ飛ばす。


「のおおおおおおおおっ」


 遠距離攻撃は使えないのか?

 遠距離魔法戦闘もなくはないが、格段に魔法制御が難しく発動までの隙が多い。いかに威力を減衰させることなく相手の魔障壁を中和し、さらにダメージまで持っていくかとなると消費するオーラも非常に高い。

 だから効率が悪いというのが一般的だ。

 圧倒的な防御力で耐えて接近し、近接戦闘を試みる戦闘スタイルもありっていえばありなんだけどな。

 俺はいつの間にか流れる汗に気がつく。

 今の俺では下っ端の天秤騎士でも気が抜けない。当たれば大ダメージだ。

 故に常に相手のペースを乱して優位に立つことで圧勝しているように見せかけていた。


「くそっ、負けるわけにはいかない。天秤騎士は負けるわけにはいかんのだあっ」


 突如、天秤騎士から大量のオーラが吹き上がる。


「な、まだ強くなるの」


 金色のウサギの少女がおびえの混じった声をあげている。

 あの子がシャルロッテかな。


「とはいえ、厄介だな」


 おそらく無理矢理レギオンマジックウェポンに命じて多くの魔法使いを動員させたのだろう。これまでは十人分の魔法使いの支援を受けていたのだとしたら、今は百人分かな。


「くらええええぃいいいっ」


 離れたところから振りかぶるので何を、と思ったがこれは違う。


「ぬおおおおお、『アーススマッシュ』」


 地面に剣をたたきつけて放射状に地面を隆起させつつすさまじい剣圧がとんできた。


「うわ、むちゃくちゃするなあ」


 逃げられそうもないのでオーラの防御障壁で受け止めるがいくつかつぶてが突き抜けてぶつかり俺は吹っ飛ばされる。

 くうっ、いってええええ。


「とどめだ。ウサギ風情がっ」


 素早く飛び込み追撃してきた天秤騎士は俺を見下ろし冷酷に告げる。

 ひえっ、こめかみの血管破れて血が噴き出してる!?

 鍛錬足りないのに無理するからだ。

 仕方ない、奥の手を使うかな。


 危ない、とシャルロッテが言葉をかける暇もなく地面が無慈悲に粉砕される。

 が、そこには既に俺の姿はない。

 コンマの差で残像を残し回避していた。小さな体が飛び上がり、騎士の顔面を無慈悲に蹴り飛ばし後方に吹き飛ばした。

 強化されたはずの天秤騎士の魔障壁もろともに飴細工のように砕いていた。

 今度は手応えあり。骨の何本か折れたな。


「うそでしょ。なんですの、あの圧倒的なオーラと覇気。天秤騎士の障壁を紙きれのようにやぶった!?」


 シャルロッテは本当に夢でも見ているようだとつぶやいている。


「あれえ~~、か弱いウサギだからって手加減しなくていいんだぞ」

「あ、あがっ、ごふっ。冗談ではない、なんだ。この力は」


 力の差を感じ取ってか天秤騎士は慌て出す。

 騎士の鼻は折れ、鼻血が止めどなく溢れ、未だに膝が震える。ダメージは決して少なくないことを物語っている。

 だがシャルロッテが受けた傷は、心の傷はこんなものではないだろう。

 俺はもう少しあおってやる。

 

「おやおや、顔を蹴られて逆に男前になったじゃないか」


 ゆっくりと近づく俺に天秤騎士は子鹿のように怯えて俺を見た。


「なぜだ、ただのウサギがなんでこんなに強いんだよおっ」


 突然の俺の能力アップに納得がいかないらしい。

 俺のオーラは現在、複雑なうねりをともなって高速で循環し体を巡っている。魔障壁はただの膜のように展開されるのが一般的だ。だがこれは違う。

 さらに腹部に追撃の蹴りをたたき込む。

 重低音が伴った衝撃が騎士の体に響く。

 レギオンマジックウェポンのサポートがあっても手も足も出ない。

 天秤騎士はふざけんな、と叫んだ。


「かはっ。なんなんだ、その防御障壁はなんだ。まるで鎧か何かのように巡ってやがる。こんなの俺は知らないぞっ」


 オーラは筋一本一本がザイルのように強靱に編み込まれまとめ上げられている。 まるで鍛え上げられた筋肉のようにしなやかに収縮している。

 もはやオーラで形成された強化外骨格パワードスーツといえる。


「こいつは『魔錬障壁』という。オーラを循環練成して質を格段に高め編み上げた鎧のようなものだ。これ自体が身体強化も担ってくれる優れた魔技スキルだ。まあ、おすすめはしない。普通はこれほどの制御処理を人間の脳ではできない」


 俺はスキルAI演算処理でこれを成しているが、通常ならば脳が焼き切れるか、制御に失敗して体がズタズタになるかのどちらかだ。


「信じられない。そんなことが本当に可能なの?」


 危険極まりない戦闘方法を披露され、シャルロッテも天秤騎士も正気を疑った。


「おまえ、イカれてるよ」


 いかれてるとは心外な。

 おかしいのは俺のスキルAIだ。

 何やら俺の角が抗議のようなものを上げている気がするが空耳だろう。

 

「さて、そろそろ終わらせるとしようか」

「ま、待て。俺を殺したら貴様らウサギどもの里がどうなっても知らんぞ」

「なにが、言いたい?」


 足を止めた頼経に口元がつり上がり天秤騎士は嫌らしくにやけた。


「俺の役目は一角ウサギの里の英雄種とこの森のジェノサイドベア潰し合わせることだけじゃない。真の目的は戦力をここに集中させることだったのだよ」

「ふ~~ん、それで?」


 それって隠れ里の外にいた天秤騎士の事かな。

 あいつら桜花に潰されたよ。

 目の前の男は冷めたような俺の視線には気づかない。

 気のない反応に引っかかるものを感じたが天秤騎士は続ける。


「愚かな。まだわからないか。別働隊がいるということだ。つまり今、がら空きのウサギの里はハンターにとっては絶好の狩り場だ。ウサギどもの毛皮や角は高値で取引されるからな。人型になれるウサギの上位種は美人が多い。貴族にも高値で売れるだろうさ」

「そ、そんな、里のみんなが……」


 あまりのことにシャルロッテは真っ青な顔をして両手で口元を押さえる。もう既に無防備になっている里がハンターたちに襲われているかもしれない。そう思うと今にも崩れ落ちそうになっているようだ。


「貴様らの態度によっては捕まえたウサギどもをいくつか解放してやってもいいかもなあ」


 だから、おとなしく捕まれと、暗にそう言っている騎士にシャルロッテは今度こそ崩れ落ちる。

 いや、解放する気絶対無いだろ。シャルロッテさんや、聞くだけ無駄だよ。そもそも桜花がとっくに助けてるし。


「ふははははっ、そうだ。そーーだあ。それでいい。抵抗するなよ。おとなしく捕まれば丁重に扱ってやるよ。お前らは黄金より価値があるからな。

 ふひ、ふひひひ、ひゃーーははははっ、ざまあ、ざまああみろ」


 いやあ、こいつ本性あらわすとほんと下品極まりない笑い方するのな。


「おい、そこの白いクソウサギ。何をしている。さっさと土下座しろよ。許しを請え。地面にはつくばれええ、はっははは」

「ぷっ、お前笑わせるなよ」


 俺はアイテムボックスからお仲間の魔導具を取り出して目の前の男に放り投げてやる。


「なんだ?」

「まあ、別働隊とやらで価値がありそうなのは身につけている魔道具ぐらいかな」

「……は?」

「えっ?」


 天秤騎士はぽかんと未だに意味がわからずにいる。

 シャルロッテはまさかという思いで俺の方に期待を含んだ視線を投げかける。


「言っただろ。『問題ない』って。最初から勝負は決してるんだよ。後はどうお前を料理するか。それだけなんだ」

「な、なにをいってやがる」


 未だに事態を把握できない騎士にアイテムボックスに保管したお仲間の持っていた剣やら防具、魔道具類を大量に出してやる。一角ウサギの里を襲撃する敵の別部隊を倒して回収した戦利品だ。

 

「ば、ばかなーーっ、どうしてお前が天秤騎士の支給武具をもっている」


 中には見覚えがある魔道具もあったのだろう。ようやく事態を飲み込んだ騎士が今度こそ余裕を失った。

 そんな騎士に俺は追い打ちかける。丘の上から見えるウサギの英雄種とジェノサイドベアの集落での戦いの場を指し、


「当然あっちの戦場も対処済みだ。桜花がやり過ぎてないか心配だよ」


 みれば一人の少女剣士に制圧され平伏するウサギの勢力とジェノサイドベアたちが見える。

 あいつ、ほんとに一人やりやがった。

 マジで強いんだな。今度から怒らせないようにしよう。

 俺は心に誓う。


「う、うそだ、うそだ、うそだあああ」


 天秤騎士にとってはめまいを覚える光景だろう。

 ふざけるなと。騎士はわめいている。


「な、なんなんだ。おまえいったいなんなんだよおっ」

「お前たちのいう最弱のウサギですが、何か?」

「ぬおおおおっ、このままで終われるかっ。ウサギに負けたなど知れたらどのみちシューキュリム准将に殺される。ならいっそ……」


 不穏な発言を聞いて追い詰めすぎたか、と失策を悔やむ。

 天秤騎士が懐(ふところ)から暴走寸前の魔石を組み込んだ装飾品を取り出したからだ。

 やっば。それ、条約で禁止されてる奴だろうがっ。

 脳裏には『爆弾』のイメージが想起されとっさに行動する。


「人化!」


 刹那の瞬間、輝きに包まれ人の形になった俺が目にもとまらぬ速度で天秤騎士を蹴り飛ばす。


「往生際が、悪いんだよ」

「ぎゃばあああっ」


 間髪入れず騎士の手から落ち宙に浮いた腕輪を上空に蹴り上げる。

 しかし、すでに装飾品は限界とばかりに怪しい挙動を始めていた。


「間に合わないか?」


 蹴り上げた上空で膨大な魔力が魔石の核から吹き上がる。

 爆発の威力は上へと広がるものだが余波も馬鹿に出来ない。

 額の角がせわしなく警鐘を鳴らす。


「くそっ、魔技スキル『空歩』『瞬動』」


 アイテムボックスの亜空間操作で擬似的な足場の力場を作り上げると、力場に足をかけて一気に跳躍。

 爆心地から一気に距離を離していく。

 十分な高度がとれないうちに起爆した魔石は小さな集落などまとめて吹き飛ばせるほどの爆発を引き起こした。

 危なかったーー。

 俺は内心ほっと息をつく。

 あまりの威力と轟音にすくみ上がり死を覚悟したシャルロッテ。

 かわいそうに、怯えさせてしまったな。

 俺は申し訳ない思いでいっぱいだ。

 恐る恐る閉じた目を見開くシャルロッテに安心するように精一杯のスマイルを提供する。これで少しは和んでくれるといいなあ。


「――――はわ~~」


 なんだか硬直し心ここにあらずと言った様子になった。

 あれ、失敗したかな。見ず知らずの俺に微笑まれても怖いだけかな。

 でも一応状況から味方だとは思ってくれてるとおもったんだけどなあ。

 ああっ、もしかして勝手にお姫様抱っこしたのもまずかったか。

 ……どうしよう。俺いろいろやらかしたかも。

 シャルロッテは俺から目を離さず石化したかのようだ。


「ひゃあ……」


 何やらか細い悲鳴も漏れている。

 高いところから飛び降りてるんだし仕方ないか。

 むしろ暴れないだけたいしたもんだ。

 顔は真っ赤に染まっている。悲鳴を上げないだけでいっぱいいっぱいのようだ。

 俺はできるだけ丁重になるように濃密なオーラで包み込んであげる。


「もう少し我慢して。ゆっくり降りるから」

「は、はひぃ~~」


 俺は高高度から飛び降り、シャルロッテに一切負担をかけることなくジェノサイドベアの集落のど真ん中にふわりと着地する。

 脚部への風の魔法付与によって、鮮やかに落下速度を相殺し、大地に降り立ったのだ。


「もう大丈夫だよ。怖い思いをさせてごめんね」

「いいえ、いいえ。助けていただいてありがとうございます」

「「きゅぅ~~ん」」


 俺が謝ると身を乗り出すようにして感謝の言葉をかけてくれる。

 なんか顔がめっちゃ近いんだけど。

 一緒に回収した子グマ2匹もうれしそうに鳴いた。

 両手でしっかり俺の手を握り、潤んだ瞳で感謝を何度も口にする。

 そこに不機嫌さを隠そうとしない桜花の声。


「ほう、ずいぶん楽しげな空の旅であったようだの」


 あれ、なんで怒ってるの。

 ちゃんと救出出来たんだし、よかったよかったってところだよね。


「えっと。そう、丘の上にいた天秤騎士が禁制魔道具を使ったからな。あの爆発はさすがに楽しいとはいえない」

「そういう意味ではない、鈍感(ぼそっ)」

「もしかしてあの爆発で心配したのか、ありがとう桜花」

「やっぱりわかっておらんではないか」


 そんな桜花をシャルロッテがつぶやく。


「強敵ですわ(ぼそっ)」


 えっ、強敵。なんで!?

 桜花とシャルロッテいつの間に対立したんだ。ろくに会話もしてないのに電光石火すぎないか。

 桜花は桜花でフンッ、とそっぽ向きシャルロッテを歯牙にもかけないといいたげだ。


「みたところそっちも終わったみたいだな」

「うむ。両者とも殺すことなく争いを止めて見せたぞ。褒めるがよい」

「ああ、桜花はすごいよ。これからも頼りにさせてもらうよ」

「うむ。うむうむ」


 腕を組み、年相応の子供らしさをにじませてうれしそうに笑みを浮かべた桜花。

 しかし、ボッロボロにたたきのめされ気絶するウサギの英雄種やジェノサイドベアの長と思われる赤い一角の大きな熊の状態を見て内心びびっていた。


「どうやって止めたんだ?」

「頼経の言うとおり誠心誠意説得したぞ」

「力の限りって……」

「余はしっておるのだぞ。これを肉体言語というのだ。これも立派な説得よ」


 ――脳筋っ!

 桜花は相変わらずともいえる。

 そして気がつく。彼らの顔面が腫れ上がり原型がわからない。

 ……あれを誠心誠意というのなら辞書の改訂が必須だな。


「ちゃっとやり過ぎじゃないか」

「安心せよ。峰打ちよ」

「そういう問題じゃないよ!?」

「真剣ならば胴を両断しておる。それと比べれば良心的よな」

「比較が極端だから!!」


 話を聞いていたジェノサイドベアたちは桜花の言いように一層恐怖を募らせ震えながら平伏を続けている。


「頼経、こやつらを取り込んで私兵にするのかの」

「ああ、そのつもりだ。意思疎通できるなら十分。後は精鋭に鍛えるだけだよ。まあ、武芸は桜花、俺は戦術と戦略を担当するつもりだ」

「戦略? よもや非戦闘員も含めた集落すべて面倒を見るつもりか」


 戦略でそのように発想ができるのだから桜花はちゃんと頭も回るのだろう。

 脳筋は趣味なのかな?


「さすが桜花。鋭いな」

「余は戦えそうな者だけ引き抜くつもりでおったよ」


 ふむ。そういう認識か。

 すこし、教えておく必要がありそうだ。


「戦争なんて実際に戦うのは一握りだよ。しかし、戦争は民全体で備えるものなんだ。戦は兵を支える兵站や経済、技術を担うその他大勢の力が重要なのさ。その下地があって精強な軍は初めて作られ機能する」

「兵をただ鍛えればいくさに勝てるというわけではないのだな」


 飲み込みが早いな。思考も柔軟だ。


「そのとおり。潤沢な兵糧がないと鍛えても栄養が足りず体が作れない。いくら強くても粗悪な武具では敵を倒せない。特に魔道具をほとんど保有しない魔物は精強な魔道具を使いこなす人間の軍隊には弱い。逆に言えば……」

「なるほど、基礎能力では魔物は人間に勝るは明白。その中で人間の軍の強さ(魔道具と戦術)をうまく当てはめることが出来れば……これは盲点であったの」

「魔物は独力で魔法を使い、魔道具を必要としない。それがこの世界の常識だ。まずその認識からぶち壊す。魔道具を使えばさらに強くなれるのにプライドが邪魔をしてハンデを享受するなんて俺の軍には不要の価値観だ」


 魔物は自前で魔法を使える分魔導具に頼るのは軟弱者の証だと蔑まれる。だから魔物たちには魔導具が普及しなかったと言われている。

 まあ、俺からすればその流れ自体に作為的なものをかんじるけどな。

 そこまで話しているとシャルロッテは表情を切り替えて会話にわり込む。


「お話中失礼しますわ。改めまして、わたくしどもを里の危機からお救いくださり、心よりお礼申し上げます」


 シャルロッテは完璧な西洋式の作法で礼をし、かしこまった様子で語る。

 予想外の形式張った挨拶に戸惑うもどうにか返した。


「あ、ああ、これはご丁寧にどうも。こちらも下心があってのことなので。それも強制をするつもりはありません。その上でお話を聞いてもらいたいのですが……」

「おおよその事情は先ほどの会話から予想がついておりますわ。その上でお願いがございます」


 シャルロッテは臣下の礼をとるように膝をつく。慌ててカインを除くウサギたちもシャルロッテの後ろに整列し、同じ姿勢をとった。


「え、なにこれ。妙に統制がとれているような……」


 そもそも英雄種がいるとはいえジェノサイドベア相手に被害が少なすぎた。

 そもそも人化している人数が多すぎないか。

 なにか自分の想定していた事態よりも厄介な状況になりつつある。

 嫌な予感を抱きつつもシャルロッテの言葉を待った。


「私の名はシャルロッテ・チェルトリーゼ・アイゼンブルグ。かつて北西の大陸で栄華を誇った亜人の大国アイゼンブルグの元第三王女でございます」

「え、アイゼンブルグだって!?」


 聞いてないんですけど!!

 

 や、やられたーー。里の長はシャルロッテのことを呼ぶとき、あえてアイゼンブルグの名を出さなかった。大国の元お姫様ということも。

 知っていたら身に余る厄介ごとを押しつけられないようにしたはずだ。

 里ごと面倒を見ようなどと迂闊にも口にしなかっただろう。

 わずかに戦力の供与を支援と引き換えに得ようとしただけかもしれない。

 ……だからはめられたのか。

 二の句が継げずにいるとシャルロッテの話は足早に進む。

 ――まるで逃げ道を塞ぐように。


「はい、女神テレジアによって亜人もすべて魔物におとしめられました。迫害され滅ぼされた亜人の国の再興を願っています。わたくしの大義は覇権ではございません。虐げられた亜人の、魔物も含め安心して暮らしていける安住の地を作りたいのです。どうか、どうかわたくしたちの王となりお導きください」


 一層深く頭を下げてシャルロッテは懇願してきた。気がつけばジェノサイドベアたちも臣下の礼をとっている。

 誘拐された子グマたちから事情を聞き、恩人が誰なのかをしった。

 中には人型に変身して礼をする者がいる。ジェノサイドベアの長もその一人だ。

 あ、人型になれたんだ。

 なんて現実逃避にも似た感想を抱きつつ、シャルロッテの言葉をゆっくり飲み込んでいく。そして……、


「どうしてこうなったーーーーっ!!」


 ただ中隊規模の精鋭集団を作ろうか、ぐらいの軽いノリで始めたはずが、いきなり王になってほしいと懇願されちゃったよ。

 ぎゃあああ、なんでこんなところにアイゼンブルグのお姫様がいるんだよ。距離考えろよ。海渡って逃げてきたのかよ。どこまで逃げてるんだよ。

 って俺もそうだったーーーーっ。


 一人突っ込みするくらいには動揺してしばらく途方に暮れる。

 王になってくれるまでずっと平伏するなどと脅され、結局なし崩し的な流れとなった。

 俺は泣く泣く、極めて消極的に、小さくうなるように頷くしかなったのである。

 往生際が悪いとは言わないでくれ。こんなはずじゃなかったんだ。

 これは大変不本意なことであったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る