第5話 『一角ウサギの里を救え。桜花の天下五剣の力』


 俺たちが目指したのは一角ウサギの隠れ里だ。

 一角ウサギは基本、捕食されないように体臭が嗅ぎ取れないよう無臭である。弱いからこそ逃げ足も速いし、隠密のように隠れ里を作り住むことも出来る。だから一人では探すの困難なはずだった。

 だがそんなものは今の俺には関係ない。


 スライム大連隊投入!! 


 俺は白百合から受け継いだユニークスキル『弱者の革命』による統率能力を躊躇無く使った。圧倒的物量による捜索と情報収集が広範囲で行われたのだ。

 このスキルによって遅延ゼロによる超高速遠距離情報交換とスキルAIによる情報処理によってこの地方の地形情報は丸裸にされていった。

 この集落には進化した貴重な人型もいる。それも複数いる。一角ウサギでも上位種の人型のウサギ獣人がいるといるということだ。中には上位種の女性オークやエルフなど亜人種も少し混じっている。


 ――どういう集落だよ!?


 と思わなくもないがもうこれは取り込まない手はないよね。

 エルフさんとか、エルフさんとか、エルォーーフさんとかめっちゃ気になるし。

 だというのに接触に向かおうとしたら問題が発生。偵察スライムたちの報告では里が襲われているようなのだ。

 ふっざけんなよ。バニーメイドウサギさんや女騎士エルフさんもいるという情報に俺は胸も心も躍っていたのだ。ファンタジーっぽくてわくわくしてたのに。

 なんでわざわざ単独でいこうとしたとおもってるんだよ。

 ――まあ、結局桜花にばれたけどな。

 ともかくっ、彼女たちに何かあったらどうする。

 俺は焦る気持ちを押さえて桜花とともに現場に向かっていた。



 そこはひどく深い森であった。木々が高密度で生い茂り、数多の木の葉が日の光を遮るこの場所は土壌が汚染されかかっており、住みにくい環境だった。強すぎる草木の青臭さが獣の嗅覚すら狂わせる。

 まともな獣道すらもなく背の高い雑草が行く手を阻む。

 このような場所だからこそ最弱な一角ウサギたちの隠れ里が存在しているといえる。危険な大型の魔物は自然が阻んでくれるのだ。

 今回、一角ウサギの隠れ里はそれすらもものともしない大型の魔物が強引に切り開いて襲撃をかけていたようだ。偵察スライムによる視覚情報から里に続く切り開かれ方に俺は目を細める。2カ所?

 ……この切り開かれ方、違和感があるな。


 不意に桜花から声がかかる。


「ふむ。血のにおいが濃くなってきたな。ちかいぞ、頼経」

「なんで嗅ぎ分けられるの。俺なんて鼻が馬鹿になって嗅ぎ分けるどころじゃないんですけど!?」

「なあに、気合いよ!!」


 ――脳筋っ!!

 思わず俺は心の中で突っ込んだ。

 桜花って見た目は愛らしい和の貴族少女風なのに口を開くと深層の令嬢とはほど遠いギャップがすごい。

 そもそもが木の幹や枝を三角飛びの要領で飛び移りながらこの深い森を突破している。地面に生い茂る深い雑草や朽ち木など完全に無視した森渡りっぷりだ。

 エルフも顔負けの身軽さで俺はついて行くがやっとだ。だって障害物ありの立体的な高速機動移動ってめっちゃ怖いんだもん。訓練なしにやるもんじゃないね。桜花の胆力って鋼でできてるのかな。

 そうまでして急いで駆けつけたのにも関わらず一角ウサギの集落にたどり着く頃には遅かった。


「これは……むごい」


 急いでいたとはいえ森の奥に来るまでにかなりの時間が経過する。襲撃は森に入った時点で行われており、既に終わっていた。

 現在、里では負傷者の手当で慌ただしい。一角ウサギらの表情は暗くどんよりとしていて、時折聞こえる鳴き声は痛ましく、こちらの胸も痛んだ。

 血の匂いと焼き討ちで未だ火がくすぶる焦げた匂い。

 家族を亡くして悲しみ、耳を垂らして途方に暮れている小さなウサギの姿がいたたまれなく直視できない。

 これが戦禍。俺がこの世界に来てから各地で見てきた光景だ。

 こんなものを一体いつまでみればいいのか……。

 

「……どなたかな」

 

 人の姿にうさ耳と尻尾、額に角を生やした初老のウサギ獣人に声をかけられた。質素な軽装の防具と簡素な布の服の5人の人化したウサギ獣人を引き連れて、警戒しつつ俺たちを出迎える。その誰もが手傷を負っていて痛々しい。無事な者が見当たらないくらいだ。

 人型になれる上位種の一角ウサギが予想以上にいる……。


 うれしい誤算だが……いまはそれどころじゃないよなあ。

 相手方も警戒しているようでピリピリとした空気が場に満ちている。

 一応俺たちは見た目が子供で人族の少女、そして一角ウサギの二人だ。

 それも一方は同族のウサギなのだからいきなり襲いかかる事は無いと思うのだが……。

 だがタイミングが悪すぎたよなあ。ヒーローのように危機一髪の時に間に合っていればよかったんだが現実は上手くはいかない。

 とはいえ、う~~ん、困ったぞ。襲撃者撃退でもしていたらもっと穏便に会話が出来たけど……。

 襲撃者の撤退が予想以上に早い。襲撃者たちって訓練された軍隊かよ、ってぐらいあっさりと引いていった。おかげで間の悪い里の来訪となってしまったよ。

 

「頼経こっちに」


 気まずい雰囲気の中で桜花は俺を腕の中に抱き抱える。それはなかなかにいい選択だ。この里にとって異物である人間の桜花がウサギの俺を親しげに抱えている姿をみれば警戒も薄まるだろうな。

 こういうことをさらりと判断できる直感力はすごい。

 そして、ひとまず会話をしようと口を開きかけたところで俺は様子がおかしいことに気がついた。

 一角ウサギたちは俺たち、いや、俺をしきりに見て相談している。

 なんだ? 俺まだなにもしてないんですけど……。

 そして、長らしきウサギ獣人の男がその場に平伏すると周りのウサギたちも一斉にそれにならった。


「あ、あれ? これは予想外なんですけど……」

「ふむ、なるほどな」

「桜花? わかるのか」

「ああ、間違いないであろう。余の溢れんばかりの威厳に畏れおののいたのだ」

「――絶対違うと思うぞ」


 自信満々のドヤ顔で胸をはる桜花。

 その自信はどっからきた。

 そもそも長は桜花に対して眼中になく、俺を見ていたしな。

 だがその無駄な自信はうらやましい限りだよ。


「あの、頭を上げてくれませんかね。そんなことをされる覚えが全くないんですが」

「恐れながらあなた様は我々一角ウサギの支配種たるスノーラビットとお見受けいたします」

「まあ、そうともいえますね」


 スライムも混じってますけど。

 ついでに中身は人間ですけど。

 ややこしいんで言わないけど。


「おお、やはり……」


 そして、長のウサギ獣人はさらに地面に額をこすりつけ懇願してきた。


「どうか、どうか我らをお救いください。どうか、シャルロッテ様をお救いくだされぇーーーー。

「で、伝説の救世主ーーっ!?」

「プフッ、伝説の、救世主じゃと、くくく」


 なんだか桜花に吹き出すように笑われてしまった。俺が言ったわけじゃないよ!?

 まあ、スノーラビット種がウサギの魔物たちにとって特別なのは知ってたけどいきなり救世主はやめてほしい。しかも伝説なんてつくから余計に恥ずかしい。

 のわああっ、背中がかゆくなってきたよ。

 俺は込み入った話になる前に一度、里の人たちの救援と援助を申し出た。俺のユニークスキル『アイテムボックス』を明かし、物資を提供しつつ、一時的に遺体を収納し預かることになった。時間停止機能があるから綺麗に遺体を保存できるからね。

 あっさり住人の遺体を委ねてくれる辺りは伝説の救世主の名前が効いているのかもしれない。すっごい恥ずかしいけど好都合だ。



「でっ? そもそもシャルロッテ様って誰?」


 話を聞くとその子の名前はシャルロッテ・チェルトリーゼ。ウサギの魔物では統率種に値する『ゴールドキングラビット』。ウサギでありながら特別な力と王族の権威を持った獣人であったらしい。

 この隠れ里に隠れ住むものたちの多くはかつて北欧の大陸に存在したという多民族の亜人国家『アイゼンブルグ』の生き残りだったそうだ。

 さらに驚愕なのがもともと女神テレジアの加護を受けて信仰していた様々な亜人が暮らす豊かな国だったそうだ。

 俺の知る女神テレジアはクソの掃き溜めみたいな神である。なぜ、信仰が成り立つのかがそもそも理解できない。あれを信仰するとかドMかな。


 何でも昔は、非常に公平かつ慈愛に溢れた女神だったらしいのだが俺はとても信じられない。

 それがある日、突然女神の豹変。人間を扇動して亜人を迫害し、神聖フィアガルド帝国に滅ぼされてしまった。

 ああ、やっぱテレジアだな。あいつやっぱ邪神だわ~~。


 そんでアイゼンブルグの生き残りがテレジアの目を逃れるため逃亡を続け、ようやくこの地に逃げ延びてきたのだという。なんか親近感がわくなあ。

 アイゼンブルグの生き残りの中でもっとも尊き血筋がシャルロッテだという。おそらく貴族のお姫様だったのかな。

 長がいうにはその子がこのたびの襲撃でさらわれてしまったのだという。

 俺は里の長の案内で襲撃のあった場所にやってきた。助けに向かう前に調べたい事があったからだ。ちょっと違和感があるんだよね。


「ここでジェノサイドベアたちが突然襲撃してきたのです」

「ジェノサイドベア!?」


 驚いたよ。単体を相手でも人間なら軍隊が出動するような凶悪な魔物だからだ。何よりも意外なのはそんな魔物の集団に襲われて最弱とも言われる一角ウサギがこの程度の被害ですんでいるという事実だ。


「よく全滅しなかったよね」

「幸いにもこの里には英雄種の二角ウサギがおりましてな。アイゼンブルグで近衛騎士だった者たちも姫様の護衛としてわずかばかりおったのです。彼らがおりませなんだらおそらく全滅しとったでしょうな」

「英雄種。初めて聞くなあ」

「極めて個体数の多い亜人などが急激にその総人口を失ったときに出現する変異種とも言われております」

「そんなすごい奴がいるなら俺いらなくね」

「その者、フォルケはまだまだ幼く未熟。感情に任せ、突っ走る傾向にあるのです。シャルロッテ様がさらわれたとしるやジェノサイドベアの集落に無策単身で……」

「ああ~~、猪突猛進しちゃったのね」

「左様、戦える者たちを率いてイデアが慌てて後を追ったのですがこれでは……」


 イデアというのはこの隠れ里でも腕利き。しかもなんとオーガの女性戦士らしい。もと近衛騎士出身なのだとか。


「ああ、勇者に引きずられる形で戦力もっていかれたのかあ。黙っていかせるわけにもいかないとはいえ、まともな戦力を里に残さなかったのは、いろいろまずい状況だなあ」


 ポリポリと頭をかく。


「それに、俺を救世主と信じてるみたいだけどなんで俺に頼むの。俺そんなに強くないよ?」

「とんでもない。あなた様のまとう強者の覇気はフォルケの比ではありません。いや、比べることもおこがましい。次元が違いすぎますじゃ」


 過大評価がプレッシャーだ。


「それはいいすぎじゃないかな」

「儂ら一角ウサギは人型に進化せねば本当に最弱。しかし、それ故に生き残るためにも強者を見分ける嗅覚は鋭いと自負しております」

「うむ。よくわからんがジェノサイドベアどもを皆殺しにすればすべて解決じゃな」


 なんとも短絡的な結論に至った桜花が先走りそうだったので俺は否定する。


「いや、やめとけ」

「なぜだ」

 

 俺はとことこと歩き、死んでいるジェノサイドベアの死体を検分する。防衛部隊のウサギ獣人か、それとも殺されていた上位種の女ハイオークや女騎士エルフらと相打ちになって全滅した思っているようだがこれは違う。


 ――この襲撃事件は2カ所から別の思惑の勢力によって攻撃を受けている。


 問題はこの事件はまだ終わっていないだろうということ。

 この集落の今の無防備状態が意図されたものだったとしたら?

 その疑念が違和感の正体に輪郭を浮かび上がらせてくれた。

 特にべつの勢力に襲撃されたと思われるこの場所だけはウサギもジェノサイドベアも皆殺しだ。これは目撃者をすべて殺すため。

 ――なんのために?

 状況が黒幕の意図を示唆している。ジェノサイドベアとこの里の精鋭を潰し合わせ、なおかつここを無防備にすることだ。

 スキルAIの解析でジェノサイドベアが何頭で襲いかかり逃げていったのかも丸わかりだ。

 一つは足跡の解析。そして、かすかに残っているあり得ない残り香。戦闘による痕跡。三つの解析をすすめ、額の水晶角による演算でなにがあったのかを割り出していく。

 皆殺しにあった死体の傷は鋭い刀によるものじゃない。西洋剣によるたたきつけるような斬撃痕だ。

 周囲を見回すがボロボロにうち捨てられた刀はあってもここには西洋剣がない。


「長、この集落で西洋剣を使う人型のウサギ種はいるのか?」

「いえ、この大和皇国で西洋剣は維持管理が難しく入手が難しい。今は刀などこの国の武器が主兵装ですな」

「やっぱりか。お前たち嵌められたね」

「……どういうことですかな」

「それも面倒な奴らに目をつけられたようだ」


 斬撃痕の特徴から剣の装備や剣術の流派の癖も予測できる。そこから敵の正体も既に目星がついた。

 俺が周辺一帯に気配を探るべく意識を飛ばしていくとそれを察した桜花がすぐに気がついた。


「……なるほどのう。狡猾なキツネどもが森の奥に潜んでおうようじゃ。今は主力も里にはおらん。ここは絶好の狩り場であるの」

「そういうことだ」

「あの一体何の……」

「この襲撃の黒幕の話さ」

「黒幕とは一体どういうことですかな。ジェノサイドベアの仕業ではないのですか」

「ああ、敵は――」


 いいかけたところで里の別の場所であがった悲鳴に気がつき俺たちは走り出す。

 里の長や護衛たちも後に続いた。


「あ、ああーー、まさか、敵は、

          【天秤騎士】

 だったのか。あああ、なんてことだ。もうこの隠れ里もおしまいじゃあ」


 里の長の言葉に民の間にも恐慌が広がっていく。かつて祖国を滅ぼした恐怖の対象。絶対的な暴力の化身が現れたのだ。

 ハンターになりすました中隊規模の帝国兵と指揮官の天秤騎士だ。

 白と青の神聖さを表す装飾鎧に身を包んだ天秤騎士の青年は金髪の前髪を書き上げてわらっていた。


「くくくっ、か弱いウサギちゃんがこんなにたくさんいるじゃないか。金になる奴は捕獲。それ以外はたっぷりなぶって楽しむとしようじゃないの。ああ、想像するだけでよだれが、ジュルリ、とまんねーーえじゃん」


 ああ、天秤騎士って久々にあったけどイカれた奴多いよなあ。相変わらずゲスなようで何より。だからぶっ潰すのに良心が痛まない。そういう意味では本当に与しやすい奴らだよ。


「ヒャアッッハーー、かかってコイヤーー」


 意味の無い挑発のあと、天秤騎士の男は一足で爆発的な踏み込みをみせると一振りで武器を持った里の男たち八人を切り飛ばして吹き飛ばす。まるで暴風のような攻撃を一度見せられただけで正規の守備兵ではない武器を持った男たちは戦意を失い、震える手で武器を構えるのがやっとの状態となる。


「弱いなあ。でも、そこがいい。ますます、俺ってサイキョーって感じ? チョー最高。さあ、俺の無双ショーを見せてやるぜ」


 人型になれない一角ウサギを見つけては蹴り飛ばし、本当に愉快そうに爆笑している。か弱い一角ウサギたちは子供、大人も泣きながら逃げ惑い、命ごいしても天秤騎士はいたぶるのをやめない。

 その様子を見て俺は一気に沸点に達した。


「あいつ……」


 踏み出そうとすると里長が俺を掴み、引き留めて懇願する。


「ならん。天秤騎士は、天秤騎士とだけは戦ってはならん。奴らの強さは末端に至るまで人知を超えておる。エルフの騎士が倒されていたときはまさかとは思っておった。しかしそうか。天秤騎士の仕業じゃったのじゃな」


 里長は今更ながらに気付いた愚鈍さに後悔の念を抱きながらも俺に頼み込む。


「頼む。救世主殿。我々、戦える者が命をかけて時間を稼ぐ。じゃからどうか、幼い女子供だけでも連れて逃げてもらえんじゃろうか。この里はもうだめじゃ。この地の領主様は慈悲深い方と聞く。どうかその方に保護してもらえんじゃろうか。せめて、せめて一人でも多くを救わねば、

 ――――頼む。救世主殿ぉぉっ」


 喉の奥、魂の内から叫ぶような里長の懇願を受けて、周囲で聞いていた男たちが恐怖を抑えながらも奮い立ち、帝国兵と天秤騎士に向かっていく。


「お前らに子供たちを、宝をこれ以上奪われてなるものかっ」

「故郷だけでなく、こんな辺境の住処まで――俺たちから奪っていくのか。この悪魔どもが」

「みんなを逃がせーーーー」


 里の民たちが悲壮な決意で立ち向かい傷ついていく中、天秤騎士があざ笑うように剣を振り、いたぶっていく。


「うははは、いいねえ。いい気迫だ。いい覚悟だ。それを圧倒的な力で打ち砕くとチョー気持ちイーーんだよなあ。お前ら最高だよ、ハーーッ」


 女子供を守る男たちをなぎ倒し、震えて腰が抜けている幼い一角ウサギを見つけると天秤騎士が剣を振り下ろす。


「いやあああっ」


 甲高いウサギ幼女の悲鳴が上がる中で、周囲は絶望の顔を浮かべる。

 そこに一人の少女剣士が天秤騎士に立ち向かったのである。

 それも着物の袖で天秤騎士の剣を受け止めている。


「な、俺の剣が止められただと?」

「ふむ。天秤騎士とは人類最強の騎士集団だときいていたのだがの。おそらく末端の下っ端であろうが。……ふむ」

「貴様あああっ」


 顔を真っ赤にして踏み込んでいる天秤騎士に桜花は袖にオーラを流して逆に押し返し始めている。

 そして、フッと笑うと、


「――たいしたことないの」


 着物の袖で剣を絡め取り一撃。

 たった一撃の拳で天秤騎士の男はボールのように飛ばされていく。


「ぐはっ」


 桜花は天秤騎士の持っていた剣を奪う事に成功し、注意深く眺める。


「ほむ。余では扱えぬか。さすがに強奪対策保護はかけてあるようじゃ。それにしてもなんと無骨な剣であるの。魂が乗っておらん。武人を引き込む魅力がない。ただ、外から流れ込む魔法が強いだけのもの。自慢するものでもなかろう。これならば余の剣の方が遙かに趣があるというものじゃ」


 興味を失い、桜花は雑に天秤騎士に投げ返してやる。

 天秤騎士はというと口内が切れたのか大量に血を吐き出しながらも桜花の言葉に激高する。


「貴様ああああ、この剣は皇帝陛下よりいただいた騎士の誇り。異教徒風情が、ものの価値がわからぬ野蛮人どもがっ」

「その言葉、返してやろうぞ」


 桜花は天秤騎士を大典太で斬りつける。すると、天秤騎士は絶叫を上げて苦しみだした。


「ぎゃああああ、イダイ、イダイいたいいいいい」


一瞬、鎧ごと切り捨てたように見えた。確かに鎧も、下の服も損傷しているというのに肌は無傷である。

 にも関わらず天秤騎士の男は苦しんでいる。この現状に、帝国兵も里の者たちも訳がわからず困惑し、戸惑い動けない。

 桜花は鋭くも激しい怒り瞳に宿し、天秤騎士の男に騙りかけていく。


「この霊刀『大典太』は非常に魔法と相性がいい刀での。身体強化も扱いやすい。他の天下五剣に比べて扱いやすいのが利点での。だが、何より面白いのが使い手を癒やすばかりか、斬った相手をすぐに癒やすことが出来る。ただし、死ぬほど苦痛をあたえるがの」


 そして、また一閃。天秤騎士の悲鳴が里に響き渡る。


「思うにそなたは玩具を与えられた童よな」


 また刀を一振りして天秤騎士に斬りつける。


「いやあああああ、もう、やめ……」

「貴様は武人ではないよ。武具の性能に舞い上がり、自己の鍛錬を怠り、人を殺める武器を持つ心構えも持ち合わせてはいない。もう、そなたに振るう剣ももったいないな」


 そういって桜花は霊刀『大典太』を鞘にしまうと興味が失せたとばかりに背を向けて離れていく。それを見た天秤騎士は醜悪に喜色を浮かべた後、背後より桜花に襲いかかる。


「バカが、甘いんだよ。隙だらけだ」

「そなたが、な」


 振り返った桜花は身体強化とまとうオーラを弱めてはいない。そんなこともわからない未熟な騎士だった。おそらく、帝国の高位貴族の血筋か何かのコネで末端に入り込んだような雑魚だな。

 振り返った桜花にぶん殴られて体が浮き上がると連打の嵐。天秤騎士の男はサンドバック状態だ。


「やべ、ひゃめて、くだ、チャイぃ……。ゆるして、クダ、チャイ」


 既に顔面は腫れ上がり、ズタボロ。泣きながら許しを懇願する。

 謝罪の言葉が出ると桜花は天秤騎士の胸ぐらを掴んで里の者たちの前に引きずっていく。


「謝るのはいいが相手をまちがっておるぞ。謝罪するべき相手はお前が傷つけたこの者たちであろう」


 ぐいっと里の女子供たちがが見えるように正面を無理矢理見せつける桜花。

 ズタボロの天秤騎士の男に一人の子供が怯えつつも懸命に言葉を吐き出した。


「謝るよりも返して。殺された私の家族。友達、みんな生き返らせてよおおおお」


 その言葉に堰を切ったように子供たちから鳴き声や懇願が聞こえてくる。

 加害者ではない桜花がなぜかそれを見て罪悪感をにじませ、わずかに悲しみの色が表情に浮かぶ。それも一瞬できえたが。

 弱者には謝りたくない、そんなプライドが邪魔して言い出せない天秤騎士の男を見透かして、見苦しいと昏倒の一撃を与えた。


「ぐべらっ」


 最後の一撃は地面にたたきつけられて陥没して埋まってしまうほどの攻撃だった。天秤騎士の持つ特別な鎧『レギオンマギウスアーマー』の防御力がなければ原型すら残らないようなすさまじい拳の振りおろしだった。

 桜花は誰にでもわかるように覇気を解放し、残った帝国兵たちに威圧する。


「天秤騎士はこの通りの有様よ。今降伏するなら無事を保証しよう。ただし、さきほどそなたらも聞いていたであろう。か弱き子供の、あの言葉を聞いてもなおこの愚かな戦いを続けるというのなら容赦はせぬ。この男のようにたたきのめされたい者はかかかってくるがよいぞ」


 帝国兵たちは意外にあっさりと降伏した。

 天秤騎士の有様に恐れを成したのか、それとも子供のさっきの台詞で罪悪感がわいたのか。

 ――どちらかと言えば後者であることを俺は願う。人の心が残っているのならな。


 なんか俺の出番がなかったな。まあ、いいんだけどさ。

 それより気になったのが桜花の元気がないことだ。

 里の男衆によって捕縛をされていく帝国兵たちを見届けた後、桜花は俺の方に力なく歩いてくる。


「頼経、上に立つ者は力がないとだめなのだ」

「桜花?」


 安易に力だけを求める姿勢であればいさめるべきだが様子がおかしい。

 桜花は俺を抱き上げて俺のもふもふの体に顔を沈めていく。


「弱いと守れない。上に立つべき者が弱いから、このような暴挙が横行してしまう」

「……桜花」

「この度の件、襲撃者が悪い。だが余の罪でもある」

「お前は関係ないし、責任なんてないだろ」


 桜花は俺に顔を埋めながら首を横に振った。

 よく見れば肩が弱々しく震えている。顔を隠してるがきっとその下は……。


「余は、余はもっと力が欲しい。こんなことが起こらないように。できるだけ早くじゃ。でも一人では無理じゃ。前はどうにも出来なかったのだ……」


 よくわからないがこの里で起こったことは桜花の過去を、心の傷をえぐる何かがあったのだろう。

 俺は桜花の頭をぽんぽんしてなぐさめることしかできない。


「すまぬ。すまぬ……」

「よくわからないが目の前にあることを一つづつやっていくしかない。それが一番の近道だ」

「…………」


 桜花の反応はない。

 何を言ってやれば桜花の心を救えるのだろうか。

 ……わからない。桜花が何を悩んでいるかもわからない。

 ありきたりな慰めは意味がない気がする。

 だから送ろう。確実に今俺がいえる誠意を。


「一つだけいえることがある」

「……何じゃ?」

「お前には俺がいる」


 桜花はびくっと体を震わせて、目元を拭うと顔を上げてきた。


「何を不安に思っているか、抱えているかもわからない」

「…………」

「もっと俺を頼れ。遠慮するな」


 そう言ってやると、ふわりとひだまりを思わせるような表情をぱあっと浮かべて桜花は微笑んだ。


「うむ、その言葉、忘れるでないぞ」


 またも俺に顔を埋めると、


「責任、取ってもらうからな」

「ん? 今なんて言ったんだ。毛皮でモゴモゴしてて聞こえない」

「――なんでもないわ。バカ頼経」


 今度は一転して俺の頬をつねると引っ張って怒りをあらわにしてくる。

 意味がわからない。思春期で情緒が不安定になったか? 


 帝国兵と天秤騎士の捕縛が完了すると里の長が近寄って話しかけてきた。


「里を救っていただき本当にありがとうございます。まさか、あの天秤騎士を倒してしまわれるとは……あなた方は一体何者なのですか」


 長は信じられないと言いたげに俺たちを見る。

 調子を取り戻した桜花はふっと不敵な笑みを浮かべる。


「なあに、非道を見過ごすことが出来ず、思わず割って入っただけのお節介焼きよ。勝てたのもこの刀が相手より優れていただけのこと」

「いや、あれは刀の力だけでは……」


 そこで里の長は桜花が腰に下げている刀の柄の家紋をみて目を見開いた。


「ま、まさか、あなた様は……」

「その先は言わぬ約束じゃ」

「ははあ、失礼いたしました。桜花様」


 里の長は何やらその場にひれ伏してしまった。

 ちょっと大げさじゃないか。なんなんだ。


「この騒動、まだ収まっておらぬ。さらわれた者も助けねばならぬし、無用の争いも止めねばならぬ。どうしたものかの」


 そう言って俺をチラチラ見てくるのはやめて欲しい。まあ、頼れと言ったけどさ。いつも都合よく解決出来るわけじゃないんだよ。どこにさらわれたかもわからないし……。


 そこで俺の優秀なスキルAIさんがポンッと道を示してくれた。

 ――わかるのかよ!?

 網膜に周辺の俯瞰視点の地図情報が浮かぶ。GPSでもつけてるのか、といいたくなる光点が移動している。ご丁寧にシャルロッテと吹き出しまで見えるよ。……親切だね。


「はあ、仕方ない。さっさと解決するか」

「おおっ、さすが頼経。頼もしいぞ」


 調子のいい桜花に乗せられたわけじゃないけどさ。囚われのお姫様ははやく助けてあげないとな。今度は俺の番か。

 いいだろう、見せてやるよ。一角ウサギがただ狩られるだけのカモじゃないってことを教えてやる。

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