第3話 『親友スラユルとの別れ』
「結城殿、足利様を見ませんでしたか」
今にも泣きそうな表情で駆け寄ってきたのは城郭神の美咲さんだ。
声音から焦りが伝わってくる。
足利様とは俺が皇都で保護して連れ歩いていた桜花のことだ。
彼女は
「そういえば見ていませんが……どうしましたか」
「今朝からお姿が見えないんです」
「朝からですか。女神様のお力で探れないのですか」
「探る?」
「確かこの城郭の桜には美咲さんの神力が巡っているから枯れないんですよね。神力がこの城郭に張り巡らされているということはあなたの準神域のような空間と思っていたのですが……。
となると何らかの形で目の代わりのようなものを張り巡らしたり、城郭内の情報を取得する力の運用はできませんか」
そういってやると何やら愕然とした表情をされた。
「ええっ!? そのような方法考えたこともありませんでした。その発想力はすごいです。えっと早速試してみます」
ふむ。確かに。住人にプライバシーがなくなるかもな。でも、今は緊急事態だ。かまわないだろう。
「……だめです。気配が感じられない。城郭内にいないのかも」
「外は魔物がいる。外に出るなんてよほどの理由か。連れ去られた可能性は?」
桜花は弱い。それは都で暗殺者たちにかけられた弱体と失言の呪いのせいでもある。
ということはつまり、桜花の本当の実力は暗殺者が呪いで弱体化させねばならないほど強いということでもある。
現在、美咲さんが解呪の方法を提示し、実践中だ。
美咲さんは下級神にもかかわらず非常に希少な癒やし系の力を会得してる。といっても切り傷を塞いで止血し、痛み止め程度の効果ではあるがそれでもすごい能力だ。
さらに解呪にも精通していた。
彼女のおかげで呪いは解けつつあるが、桜花は未だに非力な少女と変わらない。だから危険な外に出ることなどありえないはずだった。
「城門は私の兵が見張っています。兵には通達もしてあるためありえません」
「考えられるのは城門以外の子供しか通れないような狭い抜け道を通って外に出たかな。となると本人の意思による行動が有力か」
「えっと、そうですね」
なにやらまたも驚いたように美咲さんが俺を凝視しているが無視だ。早く探さないといけないからな。
緊急時ほど優先順位を間違えてはいけない。
空を見上げればそろそろ陽がくれる頃合いにさしかかる。時間がないのだ。森では陽がくれると夜行性の魔物が凶暴化する。それは桜花の生存確率に直結する。
そう、時間は貴重だ。
「美咲さんは桜花が危険を冒してまで外に出る理由に心当たりはありますか」
「えっと、どうでしょう……」
困ったように首をかしげ美咲さんは考え込む。
わからないか、それとも質問で方向性を提示してききだすべきかな。
「なら最近何かに関心を示しましたか、誰かの心配をしてませんでしたか」
「それは……」
「心当たり、あるんですね」
「はい、いいにくいのですが結城殿が落ち込んでいることで相談に……」
まじか。俺のせいだったーーーーっ。
「今日はもしかして……。そうか足利様はお花をとりにいったのかも」
「なるほど、ならば近くで花が生息している場所に絞り込んで探しましょう。衛兵にも人手を借りましょう」
俺がそう言うと、美咲の周囲で動く気配が複数感知できる。どうやら手配の必要はなさそうだ。
美咲さんの影で護衛をしている人たちだろう。
美咲さんも忍びを組織しているのかな?
あまりそういうことをする人には見えないけど……。
「頼もしい……もしかなうなら」
美咲さんが何やら小さくぼそりとつぶやきじっと見てくるが時間が惜しい。俺は聞き返すことなく走り出した。
「近くの花の群生地はこのあたりかと……」
「まともに探したら確実に陽がくれますね」
城郭の外に出て俺は美咲さんの跡を追う。周辺の地理は美咲さんの方が知り尽くしているからだ。
途中平原を突き抜けると小さな湖と見渡す限り花が多種多様に咲き乱れていた。
途中、でくわした魔物は美咲さんの剣術で瞬殺だ。おかげで迂回することなく突き進むことができた。
とはいえか弱い少女がここにたどり着くには大変だ。魔物を警戒しながら進めば魔物を避けてたどり着くだけで何倍も時間と労力をつかうだろう。
「美咲さん、城郭術でここに高い櫓か何かを出せませんか。高いところから見れば見つかるかもしれません」
またも美咲さんは驚きつつも二つ返事で頷いてくれた。
「城郭術。『見張り
大地から完成した櫓がせり上がり、高さ二十メートルを超える木造の櫓が短時間で出来上がる。すぐに美咲さんは俺を両手で抱えると櫓の骨組みに足をかけてほぼ垂直に駈上っていく。
「うっそだろ」
人間業じゃないな。って神様だった!!
見張り台にたどり着くと俺たちは花畑を見回した。そして、美咲さんが程なく見つけたらしい。さすが神様、頼りになります。
「結城殿、あちらに」
後方に視線を流せばそこには冒険者風の男がみえる。大和皇国ではなく西洋風の風貌。追っ手の暗殺者ではないらしいが……。
まずい。あれは冒険者じゃない。もっとたちの悪いハンターだ。
冒険者は魔物の脅威から人々を守るフリーの戦力という使命感を持っているものがおおい。
しかし、ハンターは違う。奴らはけだものだ。
西側の大陸では珍しい素材や動物、魔物に高額のお金が動く。それが貴族のステータスだという国もある。
だからハンターは儲かる。遠方の珍しい動物、手頃で高価な魔物の素材をもとめて乱獲する者が後をたたない。故に欲に目がくらみ違法な略取も平気で行うならずものばかりの集まりだというイメージがある。
「襲っているのは西の大陸からきたハンターだ。あいつらは金になるなら焼き討ちでも原住民虐殺でも人身売買でもする外道たちだ」
今の桜花は金になると思ったか?
そう思うと怒りで頭が
「大変、すぐに助けにいかないと」
慌てる美咲さんの横で、俺は状況を必死に整理する。
ここからは距離がありすぎるな。ならば……。
「美咲さん、俺を思いっきりあいつらに向けて投げてくれ」
「でもあなたが危険……」
「俺は仲間を絶対に見捨てない。俺もやられたりしない。大丈夫、この魔物の体なら受け身はとれます。時間を稼ぐだけなら考えがある。頼りにしてますよ、女神様」
「わかりました。信じますよ」
美咲さんはその華奢に見える細腕からは想像もできない力で俺を遠い桜花のいる場所に投げ飛ばした。
やばい。勢いで
結構な高さと距離を飛んだせいで着地にかかる負担は相当なものだ。だが不思議と受け身をとる必要はないと本能のほうが教えてくれる。それがなんとも不思議な感覚だった。
直感は正しかった。着地と同時に足が不自然にゆがんで衝撃を吸収したように見えた。まるで衝撃吸収材のクッションのようだ。
これってまさか……スラユルの対物理衝撃耐性か?
そういえば手足はすべてスラユルの体で補ったと美咲さんが教えてくれた。つまり、見た目にはわからないが両手両足はスライムの特性を色濃く残している可能性がある。
とにかくこれで距離は大分詰められたな。
「ヒャッハー、にげろにげろ」
聞くに堪えない声にはっとする。思ったよりもハンターと桜花の距離が近い。剣を片手に桜花に振り下ろす様子をみて慌てた。
まずい。俺の足じゃ間に合わない。
そして、思わず桜花を見ればその姿がかのんや白百合、そしてスラユルの姿を幻視して心臓が激しく鼓動する。
また、守れないのか。
俺は何度繰り返せばいい。
犠牲になるのは常にいい人ばかりだ。奪った者勝ち、それがこの世界の理。
「もうたくさんだ」
途端に不思議な現象が起こる。世界から色が失われていき、まるで時間が極限まで遅くなったように知覚するようになる。ひどく緩慢な世界で俺の思考だけが正常な時を刻んでいく。
体は逆にじれったくなるほどにゆったり動き、まるで巨大なおもりが張り付いたように思うように動かない。
なんだこの力は!?
いや、その疑問はあとにしろ。
諦めるな。何か手を考えろ。何か……。
必死に考えを巡らせてひらめいた。
待てよ。俺の手足がスライムの特性を、スラユルの能力を受け継いでいるのなら。
方針が決まると再び世界が色を取り戻し、時間が正しく動きだす。
「いっけーーーーーー。スライムの、弾丸ナックル!!」
力一杯拳を振り抜きながら拳をスライム化させ、増殖した体の一部を切り離しながら弾丸のように飛ばした。
それは見事に桜花を襲っていたハンターの顔面に突き刺さる。鼻が折れ、吹き出るような鼻血をまき散らしながら、白目をむいて崩れ落ちた。
「なっ、どこからの攻撃だ」
ハンターたちは突然の攻撃を受けて周囲を警戒し始める。俺はその隙に桜花に駆け寄った。
「こっちだ」
「義友!」
桜花は俺の声に気がついてこちらに飛び込んでくる。
ハンターの数は残り七人か。
「なんだあ、人の言葉を話す魔物かあ」
リーダらしきハンターが値踏みするような視線を向けてくる。
「くくくっ、こりゃあついてやがるぜ。そのウサギ、スノーラビット種だ」
リーダーの言葉に周りのハンターたちの目の色も変わる。
そんな目で見るなよ。ぶっ飛ばしたくなるだろ。
死んだ白百合もこんな視線にさらされていたな、と思い出すと俺の怒りは一気に突き抜けていく。
「おいおい、うそだろ。絶滅したはずじゃ」
「そいつを捕まえれば一生遊んで暮らせるどころか貴族にしてもらえるって話じゃなかったか」
「ウッヒョーーーーッ、オレたちついてるぃ~~♪」
黄金の山でも見つけたかのように彼らのテンションは一気に跳ね上がっていく。
もしかして、白百合を狙っていたあの国のことかな。まだ依頼が生きているのか。白百合は死んだと伝わっていたはずだけどな。
「そうだ。間違っても殺すなよ。生きて捕縛することが条件だったはずだ」
リーダーの男はナイフをひと舐めし、ギラついた目を向けてくる。
うっそだろ。ナイフをなめるとかマジでやる奴見るのこれで百人目だぞ。この世界大丈夫か。それにこいつ、モヒカンだし生まれてくる時代間違ってないかな。
おっと、それより桜花の無事の確認だ。
そして、桜花と合流した俺はその姿を見て息をのむ。
着物は所々裂けて切り傷を負っていた。それをみて俺は一層ぐつぐつと憤怒にゆがめる。何より桜花が一人でここに来た理由はどうやら俺のためらしい。そう思うとなおさらに自分に腹が立つ。
――そうだ。もう、こんな世界は終わりにしよう。
そもそも俺はもう魔物になったんだ。
俺はもう死んだことになったなら、
生まれ変わったなら、
別人として行動していけばもう地球の家族も人質にされることはないだろう。
魔物になったからかな。人間と戦うことに罪悪感も不思議と感じない。
そもそもまともな倫理を持った人間なんて一握りしかいない心がすさんだ人間で溢れる狂った異世界だ。人間だからと遠慮するのも馬鹿らしくなってきたよ。
この世界で弱者は罪なのか。
いや、そう考えられてしまうこの世界が、環境が間違っているんだ。
だったら傲慢にも変えてやろうじゃないか。
弱者が強者を打倒する。いいねえ。そんな世界を見せてやろう。
何せ俺はこの世界の常識が通じない異世界人なのだから。
こんな世界ぶち壊して変革させてやる。
俺は今日この時より本当に生まれ変わる!!
「ふふっふふふふふっ」
突然笑い出した俺をみてハンターたちは勘違いをした。
「ハーーッ。俺たちをみて狂ったのか。ガキと最弱の一角ウサギ。俺たち人間に狩られるだけしか存在価値がない弱者じゃあそうなってしかたねえなあ」
こいつら馬鹿だな。最底辺の魔物の俺が怯えずしゃべってることから脅威を、――異質性を感じ取れないようじゃハンターとして三流以下だよ。
ドスン。
重量感のある打撃音と何かが地面に崩れ落ちる音が響き渡る。
それは俺が飛ぶスライムの拳の攻撃によるものだ。
一人、また一人とノックダウンさせた。
「なっ」
「よくも桜花をいたぶってくれたな。お前に届けてやるよ。――破滅をな」
奴らは油断している。最弱の魔物に自分たちが負けるはずがないと。
だから俺から簡単に目を離し、全員が倒れたハンターに視線を向けるのだ。
俺は隙だらけのハンターたちの側頭部にまたもや飛ぶスライムの拳を次々と打ち込んで昏倒させていく。
だが一人だけ回避して見せたハンターがいる。モヒカンリーダー格の男だ。
こいつは別格か。
「なっ、てめー、何をした。その能力は一体なんだ。一角ウサギにこんなスキルがあるなんて聞いたことねえぞ」
まだ、この体になれていないし能力も把握していない。
となると奇襲がいいな。
俺はかまわず振り向いたモヒカン男の前で人化を開始する。白百合の人化の魔技は光に包まれて一秒も経たず一瞬で変化する。魔法技術による変身なので設定しておけば好きな装備で変身を完了することもできる優れものだ。
俺は中華風武闘服を選択した。変身し終わると男に肉薄する。
「なっーーっ」
俺の予想通り男は戦闘中に惚けたように立ち尽くすだけだ。
おかげで隙だらけだね。
「おわりだ」
逃げ足に力を発揮されてきた強靱な一角ウサギの脚力。
――それが攻撃に転じると恐ろしい凶器へと変わる。
本気で回し蹴りをすれば男の頭をスイカのように砕いて脳漿をまき散らすことだろう。だがそれはなしだ。
思いっきり手加減した回し蹴りでもって俺は難なくモヒカン男の意識を刈り取った。
俺の姿に骨抜きなった男は意識を失う前に力なくつぶやく。
「う、美しい……」
「知ってる」
直接攻撃だけが奇襲ではないのだよ。ちみぃ。
飛び抜けた容姿だって武器になりうるんだ。
まあ、俺のベースとなった白百合が骨抜きになってしまうほどの麗人だというのは誰よりも知ってるさ。ハンターの男が最後にこぼした言葉に俺は砂のひとかけらすら心動かなかったね。
それに俺は元男だからな。
白銀が基調だが毛先がうっすらスライムの水色に染まっている長い髪。加えてとってもキュートなうさ耳に額から上向いた美しく煌めく水晶の角が生えている。
これは白百合の特徴と一致する。しかし、どうも変身して違和感がある。とはいえ桜花の状態が気になった俺はそれを優先した。
「ぽ~~~~///」
桜花はこちらに意識が向いてはいるようなのだがどうも反応がない。もしかしてよほど具合が悪いのだろうか。
「遅くなりました。大丈夫ですか」
程なくして駆けつけてきた美咲に俺は助けを求めた。
「美咲さん、桜花の様子が変なんです。見てもらえますか」
「えっ、その姿…………はっ、結城殿なのですか? あ、ごめんなさい。足利様を診ます」
手が桜色の神力光に包まれ桜花に照射されると傷が早回しのように塞がっていく。そして、触診しつつ美咲さんは何かに気がついたらしい。
「え~~と、これは……」
「何か異常があったんですか」
「あ、多分大丈夫です。結城殿はそこにいてください。悪化しますので。ええ、むしろもっと離れてくださると助かります」
「?」
なんなんだ?
待っている間、能力を確かめているいると空間魔法に属するユニークスキル『アイテムボックス』を使えることがわかった。
スラユルが得意とするスキルの代表格でスラユルにため込ませた物資もそのままのようだ。
おおっ、マジか。スラユルがため込んだ物資は全部クラッシュしたと諦めていたのにこれはうれしい誤算だ。
何より時間停止空間で安置しているメティアのスマホが取り出せるのがうれしい。
俺はしまってあったロープを取り出すと暇なのでハンターたちを縛り上げていく。
「結城殿、足利様の怪我もたいしたことはありませんでした。ですがここは魔物領域。夜行性の魔物が活性化する前に戻りましょう」
どうやら桜花に深刻な怪我もなかったらしいな。
桜花を保護した俺たちは無事帰路についたのである。それも縛ったロープを引いてハンターたちを無理矢理ひきづりながら。
何やら悲鳴やら罵声が聞こえるも気にしない、きこえな~い。
非道なハンターたちに容赦はしないさ。これも罰の内だと思え。
そういえば桜花は一体なにをしたかったのか。
その疑問は帰ってから明かされることになった。
今日はこの国のお盆の終わりの日だったのだ。桜花はお供えの花を俺のために採りに行っていたらしい。心配をかけて危険な目に遭わせてしまったようだ。
日本と同じような風習がこの国にもあることに驚きだった。
同時に日付や周囲のことにも全く気が回っていなかった自分のふがいなさに落ち込むばかりだ。
俺は桜花からもらったお供えの花をスラユルのお墓に添えた。
そして、細い薪を組んで積み上げ、それに火をつけると送り火とした。
「我が国ではこうやって亡くなった人の霊を見送ってあげるのですよ」
美咲さんは俺にこの国の風習を教えてくれる。
俺はただ燃える炎を眺めている。言葉に出来ない複雑な思いは言葉に出来そうにない。
「足利様はスラユルさんにちゃんとお別れを言えなかったあなたのため、その機会をあげようとしたようです」
「……そうですか」
桜花は優しいな。あとでちゃんとお礼しないとな。
「そして、これは私から足利様を助けていただいたあなたへの感謝の気持ちです」
そう言って美咲さんは神力を大地に流し込むと周囲の桜の木々がほのかに光り輝き幻想的な空間を作り上げていく。まるであの世との境界をゆがめているような肌寒い気配が場に満ちてくる。
ふと目の前が揺らめき異変に気がついた。
半透明のスライムの面影が俺の視界に映り込んだ。
「まさか、スラユルなのか」
無意識に人化した俺はスラユルに触れようとするが手がスライム体をすり抜ける。霊体故に実態では触れることも出来ないようだ。
「スラユル、スラユル、スラユル」
何でも手を伸ばし、その体をに触れようとしても触れられない。
死んだものとの越えがたい壁を俺に突きつけてくる。
もうスラユルがこの世にいないのだということを痛烈におもいしらされる。
しらずつくった握り拳を震わせる。うつむき吐き出すように感情が言葉となって出て行ってしまう。
「おまえ、なに勝手にいなくなってるんだよ。起きたらおまえがいなくなってさぁ、……死んだって。俺のせいで死んだって聞かされた俺の気持ち考えたのかよ」
そうじゃない。俺が望むのは泣く事じゃない。
ただスラユルに生きてて欲しかった。それが上手く言葉で伝えられない。
「俺を一人にするなよ。戻って来いよぉぉ」
『ごめんネ』
しょんぼりしたようなスラユルの姿に俺はこみ上げる感情を飲み込んだ。
無理なのだ。俺は出来やしないことをいってスラユル困らせている。
違う。俺はこんな最後を言いたいわけじゃなくて。
「ごめん、いいすぎた」
『いいんだヨ。そっちが思うようにボクは義友に生きてて欲しいヨ。だって大事な友達なんだから』
友の言葉に俺の涙は溢れて止まらない。伝えたい思いは山ほどあるのに感情がぐちゃぐちゃで思うように出てきそうにない。
ああ、もどかしい。
ちゃんと伝えたい言葉が、気持ちがあるのにどうして上手く出てこないんだ。
だから俺はシンプルに、ありったけの思いを込めて口にする。
「スラユル、俺はこう言いたかったんだ。
――ありがとうって」
俺の言葉にスラユルが涙をこぼしながら、それでも精一杯の笑顔が返ってくる。
『ボクこそ、ありがとう。義友と過ごした日々は、本当にボクの宝物だったヨ』
「ああ、俺もだよ。本当に、本当にありが……とぅ」
『義友、もう、大丈夫だよネ。生きていけるよネ。頑張っていきてヨ』
まくし立てるようにスラユルは俺の今後を心配している。
そうだよな。こんな情けない俺のままじゃスラユルが安心できないよな。
大事な友達だからちゃんと送り出さないと、な。
「心配するな。俺にも新しい仲間ができたんだ。紹介するよ。津軽美咲さんだ」
「ご紹介に与りました津軽美咲です。私は結城殿を受け入れた以上、家族も同然ですのでおまかせください」
『そうだネ。あなたが一緒ならきっと大丈夫だよね。義友をお願い』
ん、家族? それって弟的な意味だろうか。
「スラユルよ、こうして言葉で話すのは初めてであるな」
『桜花ちゃん、お話しできるようになったんだね』
「安心せよ。今後は余が義友の隣におるが故にな。なあにすぐに力を取り戻し、皇国最強の武士になる。お主の出番などない。安心してゆくがよい」
『ムムッ、桜花ちゃん。強気だネ』
「これが本来の余であるからな」
なかなかの
その後も桜花はスラユルに耳を寄せて何やら話しているのだが、スラユルがなぜか怒ったように体を震わせているように見える。
おい桜花、何言ったんだよ。
そうしているとスラユルがぴょんぴょんと俺に近づきそっとつぶやく。俺は目を見開きその内容に
そして……。
「結城殿、もう時間がありません。最後に言いたいことはありますか」
そっか。もう会えなくなるのか。
「スラユル……」
最後に言わなきゃいけないのに言葉が出てこない。
この時間がどうしようもなく名残惜しい。
徐々にスラユルの幻影も消えつつある。時は無情だ。
だからどうにか言葉を絞り出す。
「さよならだ。そして、あっちでも元気でな」
『じゃあね』
スラユルはそう短く答えた。ちゃんと伝わったと思う。オレたちは間違いなく親友だった。だからスラユルも同じように短い返事で返してくれた。
俺たちにはもうそれで十分だから。
それでもしばらく言葉にならない鳴き声しか出てこなくなる。ただそっと美咲さんが抱きしめてくれた。今はその気遣いに甘えながら俺は涙が涸れるまで泣いていた。
お別れをすることでようやく気持ちに区切りがついた。
いつまでも引きずっていてはスラユルが安心してあの世にいけないだろう。俺にはまだ心配してくれる人がいる。それがわかったお別れでもあった。
その幸運を抱き、育み大切に守っていくべきなのだろう。
今度こそ守ろう。
俺は美咲さんと桜花を見やる。
いつまでも逃げるのではなく、立ち向かうのだと俺はこの日に誓った。
俺は美咲さんと桜花から新たな名をもらった。
新たに生まれ変わった俺が再出発するにふさわしい名だ。
俺は新たな人生を新たな名前で大きくこぎ出すことになる。
今日という日はずっと逃げ続けてきた俺がテレジアとその天秤教、さらには神聖フィアガルド帝国との対峙を本当の意味で決意した日となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます