第2話 『転生したら最弱の一角ウサギだった』

 俺は結城(ゆうき)義友(よしとも)。異世界転移者で今は転生者だ。

 美咲さんに保護されて七日がたった。

 今もどこかぽっかり心に穴が開いたような感覚が消えない。

 それは親友を失った喪失感から来るものだった。


 スラユル。

 スライムだったけど俺の相棒だった。

 生き残れる可能性なんてほとんどなかった旅だ。それでも一緒に来てくれた。損得なんて関係のないきずなで結ばれた親友だったのだ。


 ……なのにあいつはもういない。


 正確には俺の体の一部になった。

 あいつは自分を犠牲にして俺と同化し体を蘇生してくれた。

 あのとき、意識を失う直前に聞こえた声はきっとスラユルの最後の挨拶だったのだろう。あの瞬間を思い出すたび心にモヤモヤが渦巻いていく。


「ううぅ……スラユル。お前、なんで俺なんかのために……」


 大切な友達の死に涙が止まらない。七日経ってもふとしたことで涙がこぼれていく。

 それに、なんという因果だろうか。

 俺の体は人間ではなかった。スライムでもない。

 水堀の水面を見れば、映り込むのは愛らしい白銀色の毛並みが美しい一角のウサギ。水晶体でできている角は一角ウサギの統率種の証。

 これは、同化や蘇生と言うより転生だ。

 事実、俺の蘇生にはスラユルだけではない。スラユルの意をくんで女神である美咲さんが奇蹟の力を用いた。

 転生の術を行使したのである。

 スラユルが俺にも内緒で隠し持っていた初恋の人の遺体も使っての転生だ。


「この姿って一角ウサギだよな」


 一角ウサギのユニーク獣人。 スノウ 白百合しらゆり

 右目は真っ赤な宝石のように輝きを放ち、左目はスラユルを思わせる透き通った水色をしている。声だって思わず聞き惚れるような美声だ。

 ただし、人型ではない。

 一角ウサギはこの世界でも最弱の魔物とされている。

 ――そう、這い寄る粘液体ことスライムよりも下である。

 本当にその下がない最弱。

 最弱でありながら毛皮も肉も、角すらお金になるので冒険者たちから乱獲にあっている魔物だ。西の大陸では絶滅も危惧されてはじめている。この島国にはまだ多数生息しているようだが……。

 中でも俺は希少種のスノーラビット種。既にこの世界には存在しないはずの種だ。


「つまりこの体は白百合がベースなんだろうな」


 ――スノウ 白百合。


 この世界に来て出会った初恋の女性。そして一角ウサギの最上位種だった。

 人化するともはや男を狂気させる傾国の美少女だった。そんな自分を本人は嫌っていたように思う。

 実際、とある国の王が彼女を手に入れようと苛烈な追撃を繰り返していた。そして、彼女は自ら命を絶った。

 守れなかった。あのときどうして自殺したのかはわからない。

 おそらく、俺が弱いから、浅はかだったから。俺はずっと自分を責め続けた。今も時折思い出すと胸をかきむしりたくなるほどの後悔が頭をぐるぐると回る。

 彼女を守り通せるくらいに強かったのなら、権力があったなら、無敵の軍隊があったなら……自殺せずにすんだのではないか。何度も過去を振り返っては自問してしまう。


「スラユルも同化してるのにどうして俺がこの体になってるのだろうな」


 スライムではなく一角ウサギ。

 むざむざ死なせてしまった俺の罪を突きつけられた気分だ。スラユルだって死なせてしまった。メティアもファフニルももういない。

 本当にひとりになってしまった。

 俺はなんて無力なんだ。もうどうでもいい。死んでしまいたい。スラユルが命を捨ててまで生かされる価値があるのだろうか。

 何気ないはずの自然の風も今は肌に突き刺すように俺に効く。


「風も……泣いているのかな」

「プフッ」


 えっ、今のはずい台詞誰かに聞かれた!?

 慌てて振り返るとそこにははっとするような美少女となった桜花の姿がある。ボサボサの髪にみすぼらしい格好だった逃亡生活時とは別人のようだ。

 張りのある長い髪が綺麗にまとまって腰まで綺麗に伸び、藍色の髪が光を放っているように輝く。

 肌が幻想的なまでに白く美しい肌と鎖骨がなまめかしく視線をあげてしまう。

 くりっとした愛らしいぱっちり瞳はルビーのように輝き人を引きつける。

 身長はは日本なら中学生になるかどうかの和風美人。それでいてふと垣間見える意志の強そうな眼光は人に凜とした印象を与えるだろう。

 軽やかな色合いの着物を身につけすっかり女の子らしくなった。

 桜花の見違えた姿に見とれていた。

 ――が恥ずかしい台詞を聞かれたと気づき、一気に現実に引き戻される。


「あ、えっと。よしともは詩人なのだな?」

「ぎゃあああああーーーー」


 桜花のフォローが逆に俺のガラスのハートをえぐってくる。


「あわわ、すまん。逆効果であったか。男心とはかように繊細なのだな」

「そのとおりです。そこは聞かなかったことにするのが正解ですよ」


 更には美咲さんもいた。

 いたんだ、そうですか。貴方にも聞かれましたか。もういっそ介錯してください。

 ……もうさぁ、その冷静な突っ込みもなかなかにえぐいので勘弁してください。


「結城殿。お体の方は大丈夫ですか」

「はい。おかげさまで問題ありません。人間ではないこと以外は……」

「転生の秘術はいろいろと不確定要素があるためどのような変化が現れるかは注意深く見る必要がありますから、私の力不足で人に転生できず申し訳ありません」


 ああ、そんな申し訳なさそうにしなくてもいいですよ。その言葉だけであらゆる負の感情が吹き飛んでしまいそうです。

 そんな思いを伝えてあげると美咲さんは思慮を巡らせ言葉をかける。


「スラユルさんはあなたにとって、とても大事なお友達だったのですね」

「はい。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。それはわかっているのですが、すみません」


 今の俺は美咲さんの治めている津軽藩の広咲城にお世話になっている。しかも、彼女の住んでいる御殿にやっかいになっている。

 なんか家臣の人たち(特に男)が鋭い視線を向けてくるのだが、それが不思議と心地いい。

 うーーん、なんとも優越感。

 ……やっぱり俺ってゲスだよなあ。(自己嫌悪)


 ここは自然と調和した城郭と牧歌的な雰囲気が心地いい城下町。隣人との距離が近く、日本の着物を思わせる服装も、木造の建築物からみても、まるで室町時代辺りにタイムスリップしたような錯覚に陥る。

 城郭の周囲に張り巡らされた外堀には見事な桜並木がずらりと立ち並び圧倒的な春色が視界を埋め尽くす。


 花も見たこともないほど豊富に咲き誇り、人の邪魔にもならず、されど桜の木に無理を強いているようにも見えない自然で芸術的な大庭園が目に優しい。

 さすが美咲さんの城下町だけあって地方にもかかわらず、なかなかに賑わっている。人の笑顔がここには溢れている。それだけでこの城下の統治が優れたものであろうことがわかるな。


 広咲城ではどこに顔を向けても満開の桜が目に入る桜並木が特色だ。それも驚くことに美咲さんの神力で一年中花が咲くのだという。

 枯れない桜とはロマンがあるねえ。

 何と幻想的な城下であることか。ここはこの世の楽園か!?

 いやーー、ほんとここに定住したくなるね。自然も豊か、あれも豊かな美咲さんもいることだし……。そっと胸から視線をそらす俺。

 そしてなんか桜花の顔が不機嫌になっている。まさか、視線に気がついたのか。


 ……やっぱだめだなあ。空元気を出そうとしても虚しい。

 俺にシリアスは似合わない。そう思うのだが今回ばかりはうちのめされて切り替えができない。

 美咲さんのご厚意でおいてもらっているのに心配をかけるのは本意ではない。それでも、スラユルがいなくなってから空元気を出すのもつらい。

 ほんと、スラユル。お前は俺のかけがえのない相棒だったんだな。メティアや魔剣のファフニルがいなくなったあともスラユルがいたからやってこれた。


「その魔物の体はユニークのようです。鍛えて自身を高めていけばすぐに人型になれるかも知れませんよ」

「人化か……。まあ、今はこの愛らしい姿を満喫しますよ」


 そう言ってウサギの姿を見せつけるようにわざとポーズをとる。つぶらな瞳と癒やしの波動も出るように意識してみる。


「はわわっ」


 俺を見て美咲さんはうずうずとしたような、頬を赤く染めてもだえていた。

 おお、めっちゃ効いてるぞ。そういえば白百合は人型も美少女だったが獣姿がとても愛らしいかったな。その気持ちはよくわかる。


「こほん、取り乱しました。その毛色と角は一角ウサギとはいえ上位種。既に人化可能なのではありませんか」


 なるほど、鋭い。さすが神様だ。見抜いていらっしゃる。

 でもなあ、気が進まない。

 考えてもみて欲しい。人型に変化した状態はきっと初恋の人に似てるだろうな。そして、俺のせいで死なせてしまった。それは俺の罪と向き合うようなものだ。なかなか踏ん切りがつくものでもない。

 なによりだ。性別がもし女性だったとして……その……入浴しようものなら……俺は正気でいられるだろうか。

 やっぱり、まだ人型はハードルが高い。

 ああ、自分の人化した性別を確かめるのも怖い。


「あ、あはは、できたしても俺にそんな資格ないかな」

「資格、ですか」


 かわいらしく小首かしげる様に若干もだえそうになるが表には出さない。

 この人スタイルいいし、見た目大人なのに不思議と可愛らしさも併せ持つんだ。ポニーテールとツインテールを気分によって髪飾りで使い分けるおしゃれなところも俺的にはストライクだし。


「うーーん、よし」


 なにやら思い悩んでいた美咲さんだが自身をふるいたたせるべく気合いをいれた。そして、俺を抱え込んでしまう。

 ーーはっ? 俺が抵抗できないだと。

 美咲さんから漂うほのかに甘い香りと頭の上に柔らかくも重量感のある至福の感触が伝わってくる。


「馬鹿な。振りほどける気がしない。これが神の奇跡か」

「絶対違うと思うぞ、むっつり助平。それと津軽殿、よしともは余が抱えよう」


 桜花が奪い取るように俺を抱えて背中から両手で抱きしめる。

 俺はこのとき大いなる喪失感を背中に感じていた。


「桜花ってこれからが成長期なんだな」

「ともつね? もっと、うれしそ~~うに、してもよいのだぞ?」

 

 遠回しの皮肉を正確に看破されてしまった俺は頬をつねられる。俺の頬はよく伸びるようだ。お餅のようにびよーんと伸びてしまっている。これが結構痛かった。でも甘んじて受けよう。デリカシーに欠けていた。素直に反省した俺でした。

 付け加えると桜花の表情は当然見れなかったさ。野生の本能が見るなと痛いほど警鐘を鳴らしてきたからね。

 絶対怒っていらっしゃる。

 そんなときだ。突然美咲さんを見てうれしそうな子供の声が上がる。


「ああ~~っ、津軽様だ」


 領民の女の子なのだろうか。嬉々として駆け寄っては美咲さんに勢いよく抱きついてた。


「あら、小春ちゃん。どうしたの」

「えへへ、おとうとおっかあとで一緒に城下に買い物に来たんだあ」


 女の子の両親は美咲さんに遠慮がちに頭を下げる。


「娘がご無礼をしました。申し訳ありません、津軽様」

「かまいませんよ権太さん。八千代さんもおひさしぶりですね」

「はい、津軽様にはわれら民に格別の配慮ををいただきまして恐縮に存じます。小春、挨拶しなさい」

「はーい、こんにちは津軽様」

「はい、こんにちは、小春ちゃん」


 微笑ましいやりとりに見えるが俺はなにげにびっくりだ。だって普通に名前を呼んだぞ。

 ……もしかして美咲さん領民の名前全員覚えてるのかな。さすが女神様というべきなのか?


「権太さん、今日はもしかして城下に買い物ですか」


 権太と呼ばれた男性は荷車を引いている。そこにぎっしり詰まれた荷物には食材や生活用品が見えている。


「へい、俺らの村で作った津軽塗の納品を済ませにまいりました。ついでに近所の奴らに買い出しも頼まれまして」


 津軽塗はこの地方で作られる伝統漆器だ。この地方で作られる漆器は中央でも評価が高く銭の獲得に重宝する特産品であるようだ。

 器だけなく、櫛や箸などもあるらしく美咲さんの髪飾りも津軽塗の物が多い。

 

「津軽塗の新作が出来たのですね。私も後ほど拝見させていただきますね」

「そうだ、これ私が作ったの。津軽様にあげるね」


 小春ちゃんが自分にしていた津軽塗のかんざしを取って美咲さんに手渡す。

 きらびやかな装飾と見事な漆の光沢が美しい。それでいて可愛らしいかんざしだがとても子供が作ったとは思えない出来であった。


「これは小春ちゃんが作ったのですか。じょ、上手ですね」


 美咲さんも予想外のできばえに動揺したようだ。


「えへへ、おとうがわたし、才能あるんだって褒めてくれたんだよ」

「うちの娘は手先が器用でして大人顔負けの腕前なんですわ」

「まあ、将来が楽しみですね」

「ありがとーー。将来はおとう以上の名人になって大名や皇都の商人がこぞってほしがるものいっぱいつくるの~~。それでお城がいくつも買えるような大金持ちになるんだあ。そうしたらおとうとおかあに楽させてあげられるよね」

「そ、そうですか」


 すげえなこの子。夢がでかい。将来が楽しみすぎる。それに両親思いだ。

 その後、いくつか言葉を交わして小春ちゃんたちとは分かれた。

 それ以降も頻繁に美咲さんは領民に声をかけられている。

 ずいぶんと慕われているんだな。

 そして、お城が近づき人がまばらで落ち着いてくるとようやく美咲さんは桜花に言う。なにかずっと言いたそうにしていたよね。


「足利様、ずるい……ではなくて、恐れ多いですので彼のことはお任せください」


 なにやら美咲さんが桜花から俺を取り返してくれた。桜花が唖然とするような鮮やかな手際で俺を奪取したのだ。更には美咲さんは俺の毛を優しくなでてくれる。そして、背中に感じる幸せな柔らかさも戻ってくる。

 おうふ。幸せはこんなに近くにあったんだね。

 そしてうっかり桜花を見ると思わずちびそうになった。

 この子の覇気やばくね。そして、なぜそんなに怒るんだ。お前はそんなに俺をモフりたかったのか?

 ちょっと危機感を覚えたので俺は遺憾ながら美咲さんに提案する。


「あの、自分の足で歩けますが?」

「そう言わずに。こうしてると安心しませんか。一人で塞ぎ込んでも悪い方に考えが傾くばかりですよ」

「言いたいことはわかるけど」


 今、俺は物理的に悪い方に転がりそうなんで……。

 このやりとりに美咲さんの家臣たちが俺を親の敵のような、それでいてうらやましそうな血走った目を向けてくる。

 ……俺、後で刺されるかもしれない。

 でも美咲さんはそれには全く気がついてくれない。


「さらにいうならおなかがすくと不安になるでしょう」


 ――あなたの家臣に暗殺されないか不安になってます。


「だから私が腕によりをかけて料理を作りました」

「「「えっ!?」」」

「ん?」


 これには周囲の反応が顕著であった。なぜなら、とたんに周囲の家臣たちが気配を殺して離れていくではないか。

 お前ら忍者か!?

 それに打って変わってこちらに同情のまなざしを向けてくるのはどういうことなのか。

 まさか、……まさか。そういことなのだろうか。

 しかし、仮にも主君に対してその反応はどうかと思うよ。忠臣なら多少まずくとも嫌な顔せずに付き合うべきではなかろうか。

 ……もしかしてまずいというレベルも超越して生死に関わるとか。

 ないよね。ねえ、ないって誰か言って~~っ。

 ――――――

 ――――

 ――


「……(ゴクリ)」

 

 生唾を飲み込む。

 俺の甘い考えを爆弾のように吹き飛ばしてくれる光景が広がっている。

 途中なんとなく気になって御殿の厨房に目がいったのだ。

 そして、死体のように青くなって泡を吹いて転がる侍女たちの姿に唖然となる。

 踊りくねりうごめく何かが食器の上に見えるのだが俺は顔を背ける。あれを直視してはいけない。俺の生存本能がダイレクトに訴えかけてくる何かがそこにはあった。

 に果敢にも立ち向かった彼女たちの忠誠心に思わず目頭が熱くなる。

 逃げ出した奴らとは違ってそこには真の忠臣がいたのだ。

 そして、これから俺が口に運ぶことになるであろう美咲さんの手料理を思うだけで胸が熱くなってくる。


「心を込めて一生懸命に作ったんですよ」


 彼女の真心が退路を塞いでいく。

 俺は知った。時にピュアな思いはドラゴンの脅迫に匹敵するのだと。

 ああ、俺死ぬかも。

 そこでひらめいた。かすかな希望を見いだした。

 そうだ。現代と違ってこの世界の食事は基本質素のはず。配膳の量が少ないのではないかっ? 

 俺は冴えている。そうだよ。致死量に至らなければ希望はある。

 

「――いっぱい作ったんですよ。たくさん食べてくださいね」


 ぎゃああ、違った。量も絶望もいっぱいらしい。俺は確実に殺されるみたいだ。

 俺はドナドナと居間に通され配膳が並んでいく。

 気がつけば桜花の姿が見えない。

 ああ、逃げやがった。薄情者。


「う、うわ~~、おいしそう」


 俺は心にもないことを言った。俺はそれが申し訳なく心の中で泣いた。美咲さんに土下座で謝りたい。

 彼女を傷つけまい、と必死にうれしそうな笑顔を浮かべながら俺は恐怖と戦った。

 大丈夫だ。見た目は美しくはないがこれはダークマターというほどではない。

 器に乗ったそれはいかなる料理なのかわからない。判別が出来ない。それでも俺は少しでも安心材料を探すことに必死だった。


「さあ、めしがれ」

「イタダキマス」


 さあ、開戦だ。今だけは食のもののふとなろう。

 俺は厳かに決意を胸に刻んでいく。

 我~~、女神の笑顔を守るため~~、勇敢に戦い~~命を捧げ~~ん。

 彼女にこの心中を悟られてはならない。努めて平静に箸を使って食材を挟んだ。

 くっ、手が震えやがる。チキンな俺のハートが今は恨めしい。今が漢の見せ所だというのに……。


「ウサギ姿でもお箸の使い方が上手ですね」

「……俺の故郷も大和皇国と似たような文化だったんですよ(カタカタ)」

「まあ。そんな国が……」


 何気ない会話で心の準備を整えながら俺はくじけそうな心に檄を飛ばす。

 戦え。弱い自分に負けるな。大丈夫、きっと死にはしない。今の俺は悪食のスライムでもあるのだ。きっとスラユルが力を貸してくれる。さあ、立ち向かえ。

 戦ええええーーーーっ。

 そうして俺は美咲さんの手料理を口にすると衝撃が走った。

 …………ばかな、食べられるだとっ。

 俺は想定外の事態に混乱していた。

 まずい。それは間違いない。だが食べられなくはない。

 だとしたら家臣たちの態度や試食をして倒れていた侍女たちは一体……。


「ど、どうでしょうか」


 不安そうに上目遣いで見てくる姿に俺は困惑しつつもうなずく。


「ええ、おいしいです」

「ほ、本当ですか」


 よく見ると彼女の手にはやけどの跡があった。跡は残らないだろうが美咲さんは相当に頑張ったのはなかろうか。厨房にも所狭しと試作品も放置されてあった。

 彼女は言葉通りたくさん作ったのだ。侍女たちにも手伝ってもらって食べられるものができるまで必死に作り続けたのではないか。

 この料理が出される課程も含め、目に見えない真心がつまっているのだろう。

 それがうれしくて俺は可能な限りの笑顔で応えた。

 真心が最高の調味料。これほどに心で料理ををかみしめたことはかつてない。


「はい、本当においしいです」


 満面の俺の応えに満点だと言いたげに襖の陰で見守っていた侍女たちがぐっとこちらにサムズアップして見せた。

 ありがとう。俺にとってはあなたたちこそ真の英雄です。

 俺は今日城の侍女たちとのかけがえのない絆を――戦友を得た心持ちだ。

 本当にここは人の優しさに溢れたところだ。それだけは確かのようだ。

 少しだけ元気がでた。

 ここは本当に素晴らしいところだと心から思った。






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