1章『空中艦空母広咲城! 空にたつ』編

第1話 『逃げ続けて3年、死んじゃいました!?』


 邪神テレジアによって異世界アルガイアに拉致され、3年が経過した。

 アルガイアは剣と弓と魔道具が戦いの主流。文明は中世レベル。魔法という概念はあるけれど、基本人間に魔法は行使できない。それを補助するのが魔道具だ。

 あらかじめ決まった魔法術式を刻み込んだ魔道具に魔力を流し、詠唱すると魔法が発現するといった具合。


 控えめにいって不便だ。魔法もっと気軽に使えないのかよ。ここ異世界よ?

 これというのも人間は魔法を行使する器官が脆弱であるためらしい。

 ああ~~、ファンタジー世界なのに魔法が使えない、なんて詐欺だよ。

 最新兵器の魔道具は魔法銃というらしい。現物を見たが俺からすれば火縄銃と何が違うのといったレベル。


 人類の敵とされる邪神、魔族や悪魔、悪霊、魔物だって魔法が使える。

 魔法銃はオークやオーガ相手だと豆鉄砲と変わらない。やばいな、人類そのうち滅ぼされるんじゃないかな。

 ……ああっ、だからテレジアも異世界召喚なんてしてたのかな。

 まあ、人類にとって悪いことばかりじゃない。この世界にはほんとうに様々な神様がいる。その下に天使や精霊がいて、世界の危機に地上に遣わされる。それに西の大陸の国々では新たに召喚した勇者たちがとんでもない新兵器を作っているという噂があった。


 そして、この大和皇国では八百万の神様がわりと身近にいて人と共生している。テレジアがここの神様たちを邪魔に思っているらしいが、俺が大和皇国に来たのも敵の敵は味方の精神だ。

 なによりも破損したスマホをなおす手がかりがこの国にあるときいたのだ。


 しかし、なんというこか。この国でも天秤教の布教活動が広まり始めている。大和皇国の西側では民がだいぶ侵食されているようだ。それを危惧する国司や大名なども天秤教会の支援を受けた勢力に押されているという話を聞く。

 あのテレジアに徳があるとは思えない。布教で洗脳でもしているのかな。

 

「あ~~、もうだめかもしれない」


 俺はさすがに逃げ切れないんじゃないかと思い始めている。逃げ続けて和皇国本島の果てに近いところまで来てしまった。もう、町どころか村すら見かけることが少ない今日この頃。

 ちなみにメティアをよみがえらせる方法はまだ見つかっていない。

 高名な占い師によってこの国に来れば修理できると言われた。それもどこまで信じていいものやら。とてもじゃないがこの国の文明レベルでも修理できる施設があるとは思えないのだがね。もともとわらにもすがる思いだったけどさ。


「俺に最後まで付き合う必要ないんだぞ」


 隣にはこの世界で最も付き合いの長くなった相棒のスライムがぴょこぴょこ跳んでついてくる。

 こいつの名はスラユル。普段の体長は40センチメートルほどだ。丸みがあって大福みたいな形をしている。

 触るとぷにぷにしててひんやり。癒やしのスライムだ。

 時々、コロコロ地面を転がって一人遊びしている姿も癒やされる。

 これでも驚くながれ。西の大陸では『青い悪魔』とか二つ名がある恐怖の象徴だ。スラユルの活躍でスライムの名がすっかり定着した。

 天秤教会では補助金を出して、積極的にスライム討伐を推奨している。それはもう絶滅し尽くさんばかりに狩っていた。なんでもテレジアが気持ち悪いという理由で教会に討伐命令を出したらしい。

 もしかしたらスラユルの活躍もそれに拍車をかけたかもしれないが。


「イヤダヨーー、ボクたちズッ友だヨーー」


 こんな話をきりだしたのも今の俺たちは窮地に立たされているからだ。

 俺は背中にこの国で保護した少女を背負い薄暗い森の中を逃げている。今回の追っ手はどう見ても帝国と天秤教会の連中だろう。だとしたらこの少女は関係ない。

 俺はスラユルに彼女を託して逃がしたいのだがスラユルは拒否したのだ。

 こうも絶望的な状況なのは空を飛ぶ木造の飛空艇が俺たちを追撃してくるからだ。合わせて五六門からなる砲身より馬鹿みたいにバンバン大砲を撃ってくる。大砲による絨毯砲撃で今の俺は左手を失い、左目も失っている。

 空を飛ばれては逃げ切れる気がしない。敵を引きつけるおとりがいなければ全滅だ。夜の闇に紛れたいがまだ日暮れまで少し時間がある。それまでに被弾しない保証はない。

 加えてさっきまでは天秤教の追っ手である召喚勇者たちを撃退してスラユルの消耗が激しい。人型形態になれないばかりか勇者のユニークスキルで一時的にスキルを封じられている。

 おかげで秘薬による回復も期待できない。まあ、もともと秘薬は残りわずかではあったが。

 今は生い茂る森の獣道をかいくぐり移動している。


「神聖帝国が新兵器を開発したとは聞いていたけど飛空艇のことだったのか」


 これはいくら何でも予想外過ぎた。天秤教会の総本山がある神聖フィアガルド帝国が各地で侵略戦争を仕掛け、ここ数ヶ月、破竹の勢いで植民地化を進めているとは聞いていた。その異常な侵攻速度と強さの秘密は飛空艇にあるのかもしれない。


 もともと特殊な魔道具『レギオンマジックウェポン』を保有する天秤騎士団と帝国の精鋭騎士は手強かった。

 奴らは本国に総勢百万人以上いるという魔法使いを運用し、レギオンマジックウェポンを装備する現地の騎士へと距離をこえて届ける、という戦術をとっている。 大勢で集団行使した魔法をほぼタイムラグなしにレギオンマジックウェポンに転送しているので恐ろしいまでに高度で強力な魔法を素早く発動する、そんな魔法騎士が生まれるのである。

 加えてワイバーンやグリフォンなどを飼い慣らし、空戦用騎士団を要するのだから世界最強の軍事力を持っているといっても過言ではない。

 これに飛空艇による移送と補給が加われば手がつけられないだろう事は想像に難くない。


「がははははっ、もらったーーっ」


 不意に耳障りな笑い声が聞こえ、俺は襲撃者の魔剣が迫ってくるのを見た。しかも狙いは俺ではなく、背中にいる少女、桜花だ。

 いや、ちがうな。こいつ、俺に桜花をかばわせるようにわざと――。

 絶妙なほどに卑劣な魔剣の斬撃を俺はあえて受けるしかない。


「ぐはっ」


 着られた衝撃で大きく後退し俺は桜花をかばいながら床に転がった。


「義友」


 スラユルがすぐに襲撃者に体当たりしてけん制する。


「……また勇者か。子供を狙うとは見下げ果てた奴だ」


 俺は痛みをこらえながら桜花を背中にかばい襲撃者をにらみつける。

 本当にタケノコみたいにぽこぽこ湧き出てくる勇者に俺は嫌気がさしてくる。年齢は二十歳前後だろうか。勇者というよりは傭兵に近い装備と鍛え上げた体つきだ。

 傭兵に近いと感じたのは他の勇者よりも遙かに品がなく粗暴な印象を受けたためだ。個人的にはオレ様系のイケメンってだけでも苛つく。


「がはははっ、勝てばいいのだ。勝てばな。それにお前がその少女をかばうことはわかっていたのだ」


 そういって仲間とおもわれる少女を手招きすると抱き寄せる。少女は魔法使い系らしいが首にはめられた首輪が痛々しい。服装も娼婦のように卑猥で露出が高い物を着せられているようだ。奴隷らしいので逆らえないのだろう。

 少女は羞恥に頬を染めながらも勇者に言われるがままだ。

 おのれ、ますます許すまじ。決して羨ましくないからな。


「オレ様は勇者ライル。いずれ天秤教最強にして真の勇者となる偉大な漢なのだよ」

「それはわざわざこんな辺境までご苦労なことだ」

「おまえを殺せば天秤教の聖女を一人オレ様につけてくれると女神がいうからな。聖女は皆美少女揃いだ。でなければこんなところまでこない、がははは」


 そして、ライルは俺の後ろにいる少女を見ると鼻息が荒くなる。


「ふむ、少し貧相だがその女もオレ様のハーレムに加えてやろう。いずれ美少女になりそうだからな。俺は美少女を見分ける特技もあるからな、がははははっ」


 ビクッと桜花は震えて怯えながらも首を振って否定する。


「残念だが嫌がってるぞ。諦めろ」

「がはははっ、女の意思は関係ない。いずれオレ様になびくだろうさ。オレ様はイケメンだからな」


 こいつ、なんて欲望に忠実な奴なんだ。

 それに自分でイケメンとか、やはりイラッとくるな。


「というわけだから男は――しねえええええ」


 奴隷の少女が魔道具をつかって巨大な火の玉を放つ。

 それはスラユルのタックルで消し飛ばされる。

 が、もともとスラユルを抑えるのが狙いだったのか、ライルはスラユルをさけて俺に向かっている。

 またも桜花を狙ってかばわせるような卑劣な剣だ。


 ――いや、信じていたよ。お前は絶対そういう攻撃にくるってな。


 俺はあえて踏み込み振り下ろす前の斬撃を受けて耐える。それでも剣の根元で俺の肩の筋肉に食い込んでいくが浅すぎるさ。

 だがそこで俺は思わぬ落とし穴に気がつく。体がふらつきすぐに力がはいらないかった。

 ダメージを受けすぎたか。

 だが俺はあきらめるわけにはいかない。執念で苦し紛れの策をとった。


「ああああっ。後ろにグラマラスな美女が!!」


 ああ、俺も焼きが回ったな。こんな手にひっかかる奴なんて……、


「ぬぅぅああああにいいいいいっ」


 血走った目でぐるりとその場で振り返ったライル。

 これには俺も目をむいた。

 うっそだろお前。こんな手に引っかかるのかよ!?

 ――と、とにかく俺はこの隙にがら空きの後頭部に向けてハイキックをかまして勇者を昏倒させた。


「お前、本気か」


 ほんとにこんな手で倒せてしまった自分が信じられない思いだ。

 ライル付きの奴隷もなんとも言えない表情をしている。

 昏倒しているライルを置き去りに俺は奴隷の少女に問いかける。


「こいつから逃げられるか?」


 少女は首を横に振った。何か制約があるのかも知れない。


「そいつを連れて行け。

 二度と俺の桜花に手を出すなよ」


 聞こえていないだろうが俺はライルに吐き捨てた。少女は俺に頭を下げると引きずって離れていく。

 なんだか桜花がぎゅっと真っ赤な顔で俺に抱きついてくる。よっぽどライルが怖かったのだろう。安心するようになでてやると桜花はさらに真っ赤になっていった。

 桜花は俺の妹みたいなもんだ。奴の態度を許すつもりはない。

 ライルを撃退したことで気が緩んだのかもしれない。

 ライルの最初の不意打ちが思いのほか効いている。足に力が入らず地に膝をつけた。

 そして俺は次に迫る脅威に対応できなくなった。突然巨大な人影が夕日を遮ったかと思うと俺は驚きのあまり固まった。


「幻覚でもみてるのか……」


 見上げてようやく全容がうかがえるそのスケールは全長八メートルほど。それも鋼の西洋騎士を思わせる魔導機械仕掛けの人型兵器である。肩の装甲には神聖フィアガルド帝国の紋章が刻印されている。

 夜の闇に巨大なロボットのモノアイカメラが赤く輝き不吉と死と絶望を告げる光が怪しく輝く。


「は、はははははっ、これは反則だろ」


 もはや笑うしかない。俺の心を折るには十分な衝撃だった。

 俺は確信したね。あの女神、俺とも違う高度文明社会の異世界人を召喚して作らせたに違いないと。明らかにこの世界ではオーバーテクノロジーだ。

 人型兵器は巨大な魔法銃のようなものを手に持ち、こちらに向けるとトリガーを引いた。光弾が手前の地面に着弾し、俺は爆風で吹き飛ばされていく。満身創痍の俺はどうにか桜花をかばうだけで精一杯だった。


「ピィーーーー」


 耳鳴りがひどいが相棒の泣き声ははっきりと聞き取れた。一瞬意識が飛んでいたかもしれない。背中には柔らかいもの包み込んで衝撃を吸収してくれていた。スラユルがとっさに吹き飛ばされた俺を受け止めてくれたのだろう。

 もうろうとした意識が少しずつ晴れていくにつれてスラユルが泣いている理由がわかった。


「ああ、手足がないのか」


 全身は血まみれで四肢がない。今はアイテムボックスを封じられ秘薬も使えない。

 もうこれは助からないな。

 スラユルもそれがはっきりわかっているのだろう。

 それにこの国に来てからずっと一緒にいる桜花も俺の姿をみて大粒の涙をこぼしている。


「あ、……よし、とも。やだ……よしとも」


 よしとも、……義友は俺の名前だ。

 なんだ桜花。最後の最後でしゃべるようになったじゃないか。

 そうだ、せめてこの大事な親友とこの子だけでも逃がさないと……。この少女は皇都の恩人にも託された子だからな。


「スラユル、俺はもうだめだ。桜花を連れて逃げてくれ」

「ピャァァーーーー」


 スラユルは必死に体を降って嫌がり涙を流してくれる。ほんと、申し訳なくなってくる。

 桜花も俺にしがみついて離れようとしない。


「頼む、にげてくれ」


 この世界の神様に頼もうとしたが、そもそも元凶のテレジアが最高位神だったりする。まったくなんて世界だよ。

 俺、頑張ったよな。必死に生きようとしたよな。だったらせめてこいつらくらいは助けてくれよ。どこの神様でもいいから。

 涙で視界がぼやけてくる。理不尽なこの世界が憎い。女神テレジア、絶対にゆるさない。それでも……。

 

「頼む、誰か、こいつらを助けてくれ」

「はい」


 俺のかすれた言葉に確かに誰かが応えた。

 再度放たれたとどめの飛空艇の砲撃が今度は直撃するかと思われた。しかし。


「城郭術、『守護城壁』」


 瞬時にそびえ立つ重厚な城壁が手前に立ち上がり、砲撃を受け止める。


「一瞬で城壁が……魔法か?」


 上を見上げると城壁の上に一人の少女のシルエットが闇夜に浮かび上がる。徐々に月明かりであらわになるその姿は女神だと素直に思った。

 それほどに俺の理想の女神を体現したような容貌だ。

 桜色の光の粒子が彼女の周囲をハラハラと舞っていてなんとも神々しい。

 美少女の繊細な手が腰に下げている刀の柄を握りしめると、歌うように詠唱する。


「裏城郭術、『守護城壁崩し』」

 

 三十メートルまで上り詰めたであろう城壁が突然人型兵器に向かって倒れ込んでいく。突然のことに逃げ遅れ、途方もない重量と落下エネルギーが加わり無残に潰されていく。

 そして、城壁が崩れる前に刀を抜いて飛び上がった少女は、奥にもう一機潜んでいた僚機を見つけていて頭上に勢いよく飛びかかり刃を一閃。桜色の輝きが縦に鋭く走ったかと思えば、金属製の人型兵器は真っ二つに両断。残骸を残すのみだった。


「信じられない。あのロボットの装甲はおそらく鋼鉄並の合金だ。それを斬るって……」


 そもそもにして一瞬で城壁を生み出した。人ではないのだろうな。人は魔道具なしに魔法は使えないのだから。

 少女は上空を見上げると刀を掲げ、高度を下げて近づく飛空艇に向けた。


「てぇーー」


 周囲の森には投石機が伏せられてた。号令を受けて伏兵による投石機の攻撃が始まった。いくつもの投石が上空に飛び上がり、大砲を撃つために見せた船体の横っ腹に直撃した。

 どうもあの飛空挺はこちらに遠距離の武装はないと判断し不用意に高度を落とし、近づきすぎたようだ。

 投石で面白いぐらいにあっさりと飛空艇は墜落していく。

 なんてもろい船なんだ。

 少女はそれを見送った後、そばに駆け寄ってきた数人の刀を持った侍たちに指示を出す。


「増援の気配はありません。可能な限り残骸の回収をしてください。捕虜がいた場合情報を引き出してくださいね」


 そして、指示が終わると少女が足早にこちらへ駆け寄ってきた。


「届いていましたよ。あなたの助けを求める声が」


 息を少し整えた後、少女は手をかざした。桜色の優しい光が俺に触れると痛みが和らいでいく。


「ごめんなさい。間に合わなくて」


 四肢を失った俺を見て悲しげに眉をさげる少女。とても感受性が強くて優しい人なんだと声色からよく伝わってくる。

 そして、泣いているスラユルと桜花をなでながら言ってくれる。


「もう大丈夫ですよ。私は広咲城の城郭神、津軽美咲です。地方のしがない低級神ですが防御は得意です。そう……攻撃能力がない落ちこぼれ城郭神です」

「ありが……とう」

 

 お礼の一言をどうにか絞り出し、俺は意識を手放していく。

 最後に、さようなラ、と誰かの声を聞いた気がした。

 その言葉の重大さに気がつく余裕もなく……おれ、は……。







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