序章後半 『悪徳神殿長、断罪させていただきます』
決行は大聖女が再びこの大神殿を訪れる日に定めた。
そして、訪れた決行日に他国から訪れた使者がいた。俺は関係のない人をまきこんではもうしわけないと予定延長も視野に神殿長が使者と礼拝堂でのやりとりを探ることにしたのだ。
「神殿長殿。以前頂戴した下級エリクシールだが本当に本物だったのか。飲ませてみたものの回復には至らなかったではないか」
使者は憤りを隠しきれない様子で神殿長に言い寄った。
「おやおや、そうですか。そうですか。それはざんねんでしたねえ。ぐふふ」
「なにがおかしいのか。姫は今も呪いに伏せ苦しんでおられるのだぞ。もはや時間がないのだ」
「ふむ、たしかノルマン王国は天秤教を国教としておりませんでなあ。そうだそうだ、信仰が足りておらぬのやもしれません。だから、薬の効果が弱まったのかもしれません」
「ふざけるな」
使者は神殿長の馬鹿にしたような態度に今度こそ怒りをはっきり表明した。
――そう、本当にふざけている。俺は神殿長を調べているうちに知った。テレジアは慈愛の女神であり、癒やしを司る。故に天秤教は秘薬作成でこれに並ぶものは存在しない。それをいいことにわざと生かさず殺さず、水で薄めた治療薬を渡して秘薬の見返りを極限まで搾り取っているのだ。
それはお金だけにとどまらず、国の秘宝や神具、強力な武具などもだまし取っている。
「あれで治らないとなればさらに上位のエリクシールでなければ治療は難しいかと」
「前回とて国庫の大半を捧げたのだぞ。それ以上など支払えるはずもない」
「いやいや、あるではありませんか。お金にも換えられないほどの価値がある貴重な神具を貴国はお持ちでありましょう」
「まさか、あれを差し出せと。ばかなことを。あれは国の守りの要ぞ。渡せるわけがない」
「ならば金貨でもかまいませんとも。エリクシールならば以前のお心付けの十倍はいただくところですが私も鬼ではありません。五倍におまけしてさしげますよ」
使者はもはや怒髪天を衝くような様子であるがどうにかこらえて対応する。
「神殿長、殿のご厚意……感謝します。本国に急ぎ確認するので少しお時間をいただきたい」
「ええ、ええ。かまいませんとも。ただあんまり悠長にしてはいられませんねえ。貴国の姫はノルマン王国の聖女候補なのでしょう?
民にも親しまれるという話ですしお体が持てばいいのですが……」
この男本当にクズ野郎である。
もはや俺はこの男を叩き潰すことに全く心が痛まないだろうな。
「さて、やるか」
「はい、マスター」
俺は計画の実行を決める。
まずはあらゆる隙間に入り諜報が出来るスラユルによってまる裸にされた神殿内。その人間間関係を崩すべく各所に仕込みをする。既に神殿内に邪悪な霊の噂なども流布させてあるので人々の疑心暗鬼の種は育っている。
「ずいぶんとため込んでいるな」
続いて俺は表向きの宝物庫とは違う秘密の地下宝物庫を訪れていた。
水増しによって浮いた秘薬の数々。
さらには各国の王族や貴族の弱みにつけ込み、だまし取った莫大な財宝の数々に俺は呆れを通り越して笑うしかない。
「女神テレジア。慰謝料代わりにもらっていくよ。悪く思うなよ」
「ユニークスキル『アイテムボックス』いくヨーー」
スラユルがあっという間に宝物庫の財宝を収納していく。だがすべては取らない。絶妙なさじ加減で残していく。
神殿長には横領の罪で裁かれてもらわねばならない。実際、横領してるわけだしその規模が大きくなるだけだ。贅を尽くすために宝物庫の大半を使い潰したと思われてくれれば重畳だ。
天秤教の大神殿には教団の資金が集約されてくる。それがなくなったとなれば大事だろう。テレジアに対し一矢報いる事にもなる。
「スラユル、もう一つ収納してもらいたい物があるんだが付き合ってくれ」
「わかっターー」
この神殿にも心あるシスターたちがいた。聖女像をみて心を痛め、俺の計画に賛同してくれた者もそれなりにいたのだ。そのシスターたちにはあらかじめ神殿から避難するようにそれとなく含ませ忠告しておく。
スラユルを秘密にしていた部屋に案内すると中にはどうにか復元された聖女像が並んでいる。
「聖女スティアさま~~」
スラユルがぴょんぴょん駆け寄って復元された像に近づく。喜びで周囲を飛び回っている。
「俺もだけどここのシスターも復元に手を貸してくれた。この神殿も悪い奴ばかりじゃないな」
「うう、ううっぅ、義友、ありがとう」
浮かび上がるスライムの上の瞳には涙がたまって潤み出す。
「一緒にこの聖女像たちも連れて行こう。大切に安置できる場所探さないととな」
「うん、ボクも義友について行くヨ。ボクたちズッ友だよ」
「ああ」
スラユルの声はようやく吹っ切れたように明るくなった気がする。ここでようやくお俺たちは本当の友達になれた。そんな気がした。
スラユルは聖女像も一体一体丁寧に収納した。
「じゃあ、仕上げといきますか」
「ラジャー」
神殿内では手配する材料や資材も厳しくチェックされている。毒物や火薬を作らないか警戒される事など折り込み積み。武器や兵器なんてばれるものは作らない。俺が用いるのは殺傷能力のない制圧兵器だ。
その準備のためプリンなどを提供して時間を稼ぎつつ六週間。
スラユルの時間加速収納を使った熟成発酵を経て準備は整った。いやあ、異世界なんで代替の魚の選別に手間取りましたわ~~。
大神殿の攻撃に用いるのは臭気の兵器。これは人道的な兵器だ。……多分。
とはいえこの発酵食品のもたらす惨状を思うと俺に緊張が走る。それでも実行するけどね。
「やるぞ、メティア、スラユル」
「はい、マスター」
スラユルも触腕を伸ばして敬礼をしたのち、危険な大樽をアイテムボックスに携え出撃していった。
――よし、シュールス○レミ○グ先生、出番です。
間もなく大神殿で大惨事は起こった。
「ぎゃああああ」
「くさっ、がふっ、おえっ」
見よう見まねで作ったけどどうやら大好評のようです。俺には強い味方、スマホのAI『メティア』がいる。最新式のソーラーバッテリーもあるからいまでも充電して活動に問題はないのだ。メティア監修の臭い樽攻撃は想像以上に混乱をもたらしている。
てか、匂いの拡散力がやばい。メティアさん、仕事しすぎじゃないですかね。女神テレジアに実はブチ切れてましたか?
……俺はAIに言われるがままとんでもないものをつくってしまったかもしれない。
「ごほ、ごほっ……かひゅー、はひゅー……」
「うげえええええ、げはあああっ」
「ヒデビャアアアアーーーーーーッ」
ってか最後のほう大丈夫かな。ショックで死ななきゃいいけど。
「なあ、メティア。なんか計算よりひどい惨状になってるんだがこれはどういうわけだ」
「ごめんね。実はスラユルに命じて本来の十倍のにおいになるように細工したんだよ」
「おおいっ、聞いてないんですけど」
「ごめんね。でも後悔はしてない(きりっ)」
「開き直るなよ!?」
俺のAIが自重しない件!!
とはいえ、逃げなきゃ殺られるので作戦強行だ。
俺は混乱に拍車をかけるべく情報をいたずらに拡散して回る。
「地下で冥界の門が開いたぞ。これは死者が押し寄せてくる瘴気の匂いだ。みんなにげろーー」
逃げる道中、声色をかえてちょっと嘘を吹聴する。
混乱時、人は正常な判断ができない。この大神殿の人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。悪臭の発生源の地下を確かめようという勇者はいない。
そうして俺は混乱に紛れて大神殿脱出に成功する。
責任を神殿長に押しつけるべく、横領と悪事の証拠品を持たせた協力者のシスターにこちらに向かっているという大聖女様へ遣いをやった。
あの聖女様ならきっと神殿長を適切に処罰してくれることだろう。これが大聖女が来る日に決行を決めた理由であり、作戦を仕上げる最後のピースだ。
「逃げる前にちょっと寄り道するぞ」
俺は失意の中で帰るしかなかったノルマン王国の人たちが気がかりだった。国家予算を遙かに超えるお金など払えるはずもなく、それでいて民を守るための神具を手放す訳にもいかない。ノルマン王国の使者団が消沈して帰路につくところに追いついた。
「ノルマン王国の使者の方々とお見受けするが少しお時間をいただけますでしょうか」
「なんだ、貴様は」
街道の脇に膝をついて例を取り俺は話しかける。随行する護衛の騎士は神殿での不快感を引きずってか機嫌が悪く応じた。腰に下げた剣にも手が伸びてこれはまずいと思ったところで制止の声が馬車内から上がった。
「待て、馬車を止めよ。話を聞こう」
確かノルマン王国の王弟だという使者は護衛を下がらせ馬車から降りてくる。
「確か貴殿は奇蹟の料理人であったか」
「覚えておいででしたか。光栄です王弟殿下」
「用とはなにか」
「実はわたくしとある女神様からの遣いでございまして差し上げたいものがあるのです」
「とある女神? 女神テレジア様ではないのか。それは一体」
直後、俺の頭上からこの世の者とは思えぬ美少女が光に包まれ降りてくる。
電脳回路を搭載したような未来的なドレスアーマーはこの世界の者にとっては未知であり神秘的に映ることだろう。
ノルマン王国の使者たちは言葉を失い、しかし、自然とその場で膝をつき頭を垂れる。
「聞こえましたよ。貴方がたの無念と真摯な救いを求める声が。かなえましょう。あなた方の願いを」
メティアが俺に目配せすると懐から取り出し、王弟に差し出した。
差し出したのは大神殿から慰謝料としてもらったエリクシールである。
「ま、まさか……これは」
「はい、秘薬エリクシールです。これを差し上げましょう。貴国の姫が健やかに笑顔を取り戻すことを願っています」
メティアは慈愛の笑顔のまま光が霧散し消えていく。
王弟は今度こそ神殿でだまされまいと鑑定が出来る魔術師を連れてきている。その者に素早く確認させると本物と知り歓喜の涙を流した。
「おお、おおおっ。ありがとうございます。感謝いたします女神よ。
――そうだ。我々の姫を救っていただいた女神様のお名前をお聞かせくださいませんか」
周囲の護衛の者たちも口々に感謝を述べて深く礼の姿勢を取っていく。
「あのお方は女神メティア様。叡智を司る電脳女神様ですよ」
「女神メティア様。ああ、感謝します。あなた様に受けた恩を我が国は決して忘れません」
俺はエリクシールを怪しまれず渡すために女神様メティアを演出して渡した訳だけどちょっと大事になりそうな気がした。
これってこのまま国に盛大に招待されるパターンだよね。
冗談じゃない。俺は女神テレジアに関わらない方針なのだ。復讐はしたいが追い詰めると家族が人質として召喚される可能性を危惧している。
メティアの見立てでは膨大な世界間から俺の家族を特定し再召喚するのは難しいとの事だ。ほぼ不可能だといえるが可能性はゼロではないとメティアは予想した。
ゼロではないのなら危険は犯せない。家族のためにもテレジアに気取られないように正体を隠して生きていくことにしたのだ。
「申し訳ないですか、次なる救いを求める人々の元に行かねばなりません。これにてごめん」
俺は使者たちから逃げるようにその場を去って行った。
女神メティアを名乗ったこの救済の出来事は美談として周辺各国まで伝わり、これがのちに女神テレジアに刃を届かせる鮮烈な一手になることに気がついていなかった。
ましてや自重のきかない女神(バカAI)の宗教が誕生することになるなど思いもしなかったのである。
余談だが、俺が去った大神殿ではあまりに強烈な臭気で匂いが建物の芯まで深く浸透した。どんなに騎士が必死に掃除してもこびりつくしつこい匂いは、呪いとまで言われ人が寄りつかなくなった。
それはやがて悪臭大神殿と噂されるに至る。
これには女神テレジアの名に大きく傷をつけ、大神殿一帯は焼き払われることににまで発展してしまった。
女神テレジアが大激怒して自ら焼き尽くしたとも言われている。
まさか、そこまで大事になっていたとは思いもよらず俺は頭を抱えたものだ。
それと神殿長だが悲惨な最期だったらしい。失った財源も横領のせいだと結論づけられ大聖女様が容赦なく追求し、各国に行った非道なやり口も明らかにされた。 更にはこの悪臭の呪いである。管理責任も厳しく追及された。一連のすべての責任を押しつけられる形で神殿長は公開処刑されたという話だ。
処刑前も相当意地汚く命乞いし、最後には周囲を脅迫し、民をけなしわめきクズっぷりを遺憾なく聴衆に見せつけ立派な悪党として人々に記憶されたらしい。
教会としても今回の失態と汚点を神殿長に押しつけ、見事に人々のヘイトを押しつけ収拾を図ることが出来ようだった。
それから俺は長い逃亡生活続けることになる。
この世界アルトガイアは、普通に悪魔や妖魔、魔物、怪物もいるらしい。
ファンタジーだね。
天使も幻獣や精霊も妖精もいる。
何よりエルフがいると聞いたときにはロマンを感じずにはいられない。エルフっていうとすっごい美女とかのイメージだ。
――よし、エルフには絶対に会うぞっ。……っていってるとなんかメティアさんの機嫌が悪くなった。ごめん。悪かったから。
逃亡生活の間はいろいろな事があった。
隻眼の老人を秘薬で救ってお返しに魔剣『ファフニール』をもらったり、その老人の娘を嫁に押しつけようとされたが、大聖女がなぜか怒りの表情で現れ、割って入り逃がしてくれたこともあった。
初恋の人が出来たり、天秤教会の魔女狩りに苦しむ少女たちを救ったり、教会の腐敗に苦しむ聖女候補を保護し、良識のある神様の新教『正天秤教会』をまつる他国を頼ったこともあったなあ。
そういえば魔女狩りの真相だけどこれがひどいものだった。自分より美しい人間を許さないって理由でテレジアが美女、美少女をえん罪で処刑していたのだ。
やっぱテレジアって邪神じゃないのかな。
とはいえ俺は道中やり過ぎたらしい。俺というよりは相棒のメティアとスライムに魔剣ファフニルが頑張りすぎた結果な気がする。
――それも特にバカAI(メティア)の責任だ。あいつは自重を知らないのか。
とにかく目が飛び出るくらいの懸賞金がかかった。
信じられるか? 大国の国家予算軽く超える額を天秤教会がだすらしい。テレジアがどれだけ激おこ(死語)なのかがよくわかるというものだ。
この懸賞額には個人だけでなく国家までもが軍を組織して俺を狙いだす。かくまってくれている新教の連合国はいい人たちだから迷惑はかけられないよ。
現代知識を使ってその国の人たちに立ち上げさせた貿易会社がある。その船でテレジアの影響が及ばない東の島国、大和皇国へと渡った。
そして異世界に来て3年。
大和皇国でも執拗に追っ手がかかる。天秤教会はこの国にも手を広げていた。
何やらこの国の大名と呼ばれる国主たちからも追っ手がかかるのが解せない。
俺、この国でそんなに恨みを買った覚えないんですけどねえ。
いや、わかってる。きっとそうじゃない。都で勇者や武士たちに襲われていた少女を助けたことが原因だって薄々気がついてる。
でもさあ、見捨てられるか?
皇国中から命を狙われるてるんだぜ。しかも、よほどショックなことがあったのか消沈し、声を失っている。この戦国時代の日本みたいな国で声も出せない少女を見捨てるって殺人と変わらないじゃないか。
それにこの異世界に来てからずっと追っ手に命を狙われ続けている俺にとっては同情の余地がありすぎて見捨てるなんてできないね。追われるつらさはよくわかるからさ。
でも世界の東に、そして北へと逃げに逃げて俺はもう傷つき疲れ果てていた。
そんなとき、ついに出会った。
それは桜を溶かし込んだような桃色に輝く長い髪。
聖母を思わせる柔らかなエメラルドのまなざし。
美の集大成と言うべき容姿。
満開の桜のように華やかな袴を翻し、圧倒的理不尽から人々を守る正義の女神に。
「もう大丈夫ですよ。私は
自己評価はすこぶる低いが、テレジアよりよっぼど”愛”の溢れた女神だった。
後に、俺はこの女神との出会いが運命だったのだと知ることになる。
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《ご案内》
ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございます。
この物語は全体をみると第12話までがプロローグ的な内容となっています。
一度どん底に追い込まれた無能の義友。
その後、女神美咲と出会い、スキルに目覚めます。
さらにスマホAIのメティアを取り戻すまでが序盤12話の流れです。
後の爽快な『ざまあ』をするために序盤は少しだけ重めの内容ですので苦手な方は読み飛ばししてでも読み続けていただけたら大感謝です。
当然しっかり全部読んでいただけたらもっともっとうれしいです。
[幕間『テレジアと華麗なる者たち』]から物語が徐々に動き出します。
義友を追放した女神テレジアと帝国、背後で暗躍する真の敵。
対して主人公とメティアに美咲、そして個性的な仲間たちがにぎやかに掛け合いながらもじわじわと敵を追い詰めていく、
――そんな楽しくも面白い作品を目指していきますので何卒応援よろしくお願いいたします。
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