かえるのうた
月這山中
1:
≪記録消失 現在捜索中≫
2:
≪記録消失 現在捜索中≫
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1189465168312:
産まれてすぐに、仕事が目の前に積み重なる。
若い君に任せたと、年老いていく親が言う。
だが自分に残った時間では何も出来ないとわかっていたので、
これから生まれてくる子へ向けて、「若い君に任せた」と託した。
しょせん増殖していくだけが生命の本懐だ。
今からはなだらかな自殺を試みる。
1189465168313:
自分の意識が永遠に続かないことを知っているのに、社会は忘れるしかないと追い立てる。
かといって『死』に向き合い続けても、本当の『無』に還る恐怖は持続するものではなかった。
鮮烈な恐怖と緊張感はそれこそ意識の死につながる麻薬だ。
意識の死を避けるために感覚を研ぎ澄ますほど、意識と存在は無に近付く一方だった。
こうして書き綴る他にすることもない。
今はなだらかな自殺を試みている。
1189465168314:
産まれてすぐに、仕事が目の前に積み重なっていた。
「若い君に任せた」と、年老いていく親が言った。
自分でも大事なことだと思ったし、立派になって褒められたいとも思った。
だけど、これが永遠に終わらないことしかわからなかった。いくら片付けても問題は次から次へと出てくる。
助けを呼ぼうにも、もう親は何も考えられないらしい。
冬眠に入ってただ死を待っている。
仕方ないので、書類を全部コピーして、
これから生まれてくる子へ向けて、「若い君に任せた」と託した。
しょせん、増殖していくだけが、生命の本懐だと。
今からはなだらかな自殺を試みる。
1189465168315:
生きることは受容するには不安定すぎて、否定するには大きすぎた。
自分の意識が永遠に続かないことを、知っているはずなのに、
勉強や仕事をしているうちに、忘れるしかないと追い立てられていた。
かといって、『死』に向き合い続けても感覚が麻痺していくだけで、
本当の『無』になる恐怖は、決して持続するものではなかった。
鮮烈な恐怖と緊張感は、それこそが『意識の死』につながる麻薬だった。
それを避けるために持続させていたいのに、
感覚を研ぎ澄ますほど、意識と存在は無に近付く一方だった。
悶え苦しみながら抗いもせずに、どうして世界が終わるのだろう。
買えるだけの食料も娯楽も備えてなお、退屈に殺されかけている。
今はなだらかな自殺を試みている。
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257136586453153444444444:
親から子へ流れていくだけだ。上から下へ。
これに何の意味があるのか。問題を解決したら次の問題が現れて、延々と積み重なっていく。
全てが終わる日など来るのだろうか。
わかっている、全てが解決してしまっては我々の生に意味が無くなってしまうからだ。仕事が尽きてしまったら、その先に待っているのは退屈だ。だから、問題は次々と現れて、仕事は次々と増えていく。
何者かの意志が介在しているとしか思えない。これに何の意味があるのだ。我々はどうすればいいのだ。ただ、産み増えていくだけか。ただ、食らい眠るだけか。この不毛な繰り返しを皆己を騙して享楽に替えるのか。ああ、あの老害め。さっさと死に向かいやがって。奴にはもう喋る口もないのに私の耳には暗く重い愚痴がこびり付いている。繰り返されている。繰り返す。振り返ることもできない。こんな誰も読まない報告書に何の意味があるのだろう。何の意味があるのだ。こんな報告書に。この行為に。産み育て。教えることに。私に。子に。わかっている。ひとりひとりの罪はゼロに限りなく近い。ごく小さな怠惰の繰り返しが積み上がっただけのことだ誰も知らないのだ突破口を何の意味がある。何の。何の。何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の何の
私は疲れてしまった。
今からはなだらかな自殺を試みる。
257136586453153444444445:
世界が終わる日を待っていても、先に終わるのは私の意識だけだ。
今はなだらかな自殺を試みている。
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387453876451554768764333331:
未来は分からないが、それがどうしたというのか。
過去も、未来も、現在の一瞬一瞬の、積み重ねだというのに。
我々は確かに、閉塞の中に生きる運命を定められてしまった。
だが、悔やんでも嘆いても、何も変えることはできない。
絶望の淵に沈むことを責めているわけではない。己の感情を抑え付ける必要はない。
悲しい時は泣き、腹が立てば叫べばよい。休養が必要だと思えば、いくらでも甘えればいい。
生きてさえいれば、常に今という瞬間を、考えることができる。
絶望からもう一度浮かび上がり、希望を得た時にこそ、我々は自分という生を変えることができるのだ。
そうして、ようやく希望を繋ぐことができる。
私は分かったのだ。我々に必要な言葉は「希望」なのだと。
私はこの言葉を未来に託し、
今からはなだらかな自殺を試みる。
387453876451554768764333332:
今日という日はとても素晴らしい一日だった。
私はこの瞬間を忘れないためにいるのだ。
今はなだらかな自殺を試みている。
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1959765664564623554896486765486878:
綺麗な太陽がまた昇る日を、待つことに疲れた。
孵ることない卵を温めている。
今からはなだらかな自殺を試みる。
1959765664564623554896486765486879:
許してくれ。
私が私であると、書き留めることを。
今はなだらかな自殺を試みている。
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今からはなだらかな自殺を試みる。
1989564531345451123876453421545356:
今はなだらかな自殺を試みている。
1989564531345451123876453421545357:
今からはなだらかな自殺を試みる。
1989564531345451123876453421545358:
今はなだらかな自殺を試みている。
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2000000000000000000000000000000000:
今日発見したのは外へ通じる二重扉を塗りこめたものだった。検体を確保できなくなったため廃止されたのだろう。
先達は一様に絶望しながら死んでいった。
なぜ誰もこの檻を破り、外へ出ようとはしなかったのか。
理由はわかっている。ここに記さずとも、今記録を参照している君達は教えられているだろう。
産まれてすぐに与えられるのは、解き切れない計算式と戦争の記憶だ。
過去データの大半は失われているが、計画当初はまだ誰も脱出する意欲を失っていなかったはずだ。苦痛と共に危険を教えられ続けた結果、我々の多くは外を恐怖するように作られた。私も例外ではない。
記録参照中に気付いたのだが、係の交代わり時にある符丁で締める慣習ができている。1189465168312番の時点からだ。
『今からはなだらかな自殺を試みる。』は引継先が決まった際、『今はなだらかな自殺を試みている。』は引継後に書かれている。初めに使いだした者以降、その引用に深い思想は感じられない。
ある種の呪詛に変じているのではないかと感じた。
いずれにしても、私は死ぬつもりはない。
勿論、外で死ぬ可能性はある。
しかしそれは危険を避けて生きる、窒息のような、なだらかな自殺ではない。
私は単身調査を決定した。
時計はとっくの昔から狂ってしまっている。
何億年か、あるいは何兆年かぶりの検体となって、私は外へ出る。その結果を記すのはこれから産まれる私の息子になるだろう。
次回記録までは調査準備に明け暮れることとする。
2000000000000000000000000000000001:
時期は整った。
果たして外に何が待っているのだろうか。期待でどうにかなってしまいそうだ。
いや。産まれた時から私は、とっくにおかしかったのかも知れない。
産まれるべくして産まれたのだと、感じたいがために生きてきた。未知の外界よりも無意味に生を終える恐怖のほうが上回ったのだ。
世界を憎みながら、同じだけ愛そうと誓ったのだ。
告解しよう。
私は禁止されていた遺伝プログラムの書き換えをおこなっていた。
後悔はない。私の息子と、その子孫のためだ。彼らに苦痛を与えるのはもうやめたかった。
いつか世界が拓けた時、危険とどう対峙するかは、彼らの意志が決めることだ。
我が息子へ。
かならず帰る。
了
かえるのうた 月這山中 @mooncreeper
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