3.怪しい研究施設を見学する


 写真機で遊んでいた革命団員共を見つけ出し、魔術協会支部の前でケイに薬瓶と地図を見せた。


「瘴気の抽出液に似ているけど、なんとも言えないわね」

「そうか」

「まあ、ここにはどうせ行くつもりだったし」


 ケイは地図を仕舞った。


「一緒に来るでしょ。ハル?」

「重罪だ……」


 ケイに腕を捕まれて、出張中だったハルが連れてこられていた。






 街から離れた山間に、人目を避けるようにその建物は建っていた。

 錆びた標識には『ヤーム・タ魔術国立カタリ研究所本部』とある。


「話してくるわね」


 ケイが門横の個室へ駆けていく。

 飛行魔術の支配から外れたスクーターが倒れないように重心を調節する。


「断られてもご心配なく。入る手立てはいくらでもありますから」


 ティナたちはレンタルした金属板から降りていた。

 査問官の左右を革命団員の二人がしっかり固めている。


「どうせ暴力に頼った手だろ」

「魔力ですわ」

「見学許可降りたわよー」


 門は開かれた。


「ようこそカタリ研究所へ。本日ご案内させていただきます、イーダです」


 嘴のように尖ったマスクを被った研究員が俺たちを迎えた。


「この施設はその名の通り、魔王とその瘴気を中心に安全な魔術資源の模索が目的です。継続的な魔術社会を目指して研究員たちは日夜寝る間も惜しんで研究を続けているんですよ」


 イーダが指し示したガラス窓の向こうで嘴マスクの集団がうごめいている。


「怪しい」

「胡散臭い」

「ありがとうございます。怪しさ胡散臭さは我々の美徳ですので」


 魔術師にしかわからないやり取りが交わされる。


「カタリとはなんだ」

「ああ、あなたは『来訪者』でしたね。かつてこの世界に存在した魔王の呼称です。翻訳の過程で省略される事が多いのですが他世界のあるいは今後発生するかもしれない魔王と分けるための識別名で」

「亡骸が見つかったと聞いたわ」


 ケイが前に出る。

 イーダは嘴を指先で撫で、窓に向かった。


「存じ上げませんね」

「怪しさアピールいいから。協会で裏は取ってあるのよ。引き揚げの予定日も決まってるとか。ぜひとも見てみたいわ」

「トリニエ、それは……」


 ハルがケイを止めようとした。団員が抑える。


「ご案内致しましょう」


 イーダは態度を変え、廊下の奥へと俺たちを導いた。


「こちらを」


 マスクを渡される。

 それを全員が付け終わると二重扉を通される。


「ここは研究施設の中枢、亡骸のサルベージ現場です」


 そこには研究所に似つかわしくない、巨大な洞窟が広がっていた。

 下へと巨大な採掘跡が続いている。


「瘴気はけして魔王だけが原因ではない」

「どういうこと?」


 イーダが振り返った。


「瘴気とは魔法を乱用したことで生まれた残滓、つまり魔王と勇者の戦い、ひいては我々が日常で生んだ強い感情の堆積物なのです。それは魔術という奇跡を助けますが、同時に生物を呪います。それが我々が出した結論です」

「………」

「我らが生き残るためには魔術を……いいえ、言葉を捨てるほかにありませんでした。あの研究が成功するまでは」


 気付けば周りを研究員に取り囲まれている。短い杖を持っていた。この世界の銃。

 射線は俺に集中している。


「協会がケインベルグ様を生かし続けるのは、あなたの父の、異界魔術の研究成果が目的でしょう。それは我々も興味がありまして」

「卑怯よ」

「ありがとうございます。卑怯は我々の美徳です」


 俺だけならいいが、ハルと団員が彼等の腕に捕まっている。ティナもそれで動けずにいる。


「実験は失敗したと報道したはずよ。死体はちゃんと全員分残っていた」

「成功しています。本日この場で、ようやくそれが証明された」

「は?」


 マスクの遮光ガラスの向こうから、こちらを覗く目が見えた気がする。


「異世界へ飛び、戻って来た者が、ここに」


 遠くで声が聞こえる。


「ちょっと、見学許可は、がっ」


 人間が倒れる音が盛大に木魂した。下の方からだ。それに研究員達が一瞬気取られて、隙が生まれた。

 俺はティナの身体を抱える。


「逃げろ」


 ハルの声。同時に耳鳴りへ変わるほどの思念が流し込まれる。

 俺はそれに絶えながら、イーダの腕を銃ごと蹴り上げケイを救出する。


「逃がすな!」


 手すりを越えて縦穴へ跳んだ。

 ティナが風を操作して通路まで到達する。振り返るとハルが応戦しているのが見えた。護身の術は確かにあったらしい。


「どういうこと、あなたが戻って来た者って」

「気にするな」


 作業用通路を走り降りながらケイを宥める。邪魔なマスクを外した。

 ハルたちを助ける方法は後で考えればいい。それよりも今は。


「亡骸にはもう関わるな」

「ここまで来て何言ってるのよ」

「そうです。こんな目にあって魔王を見ずには帰れませんわ」

「状況がわかってるのか!」


 馬鹿二人を抱えて走る。

 縦穴の向こうに先回りしている追手が見えた。通用口に駆け込み、階下で目についた扉を壊す。

 錆びついた扉のドアノブだけを破壊し中へと入る。


「おお! 同朋よ助かった!」


 檻に入った毛の塊が喋った。

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