2.旧知の仲と合流しいかがわしい店に入る
「やっと来ましたね」
男女三人の集団が迎えた。
挨拶もなくケイは彼女たちについていき、俺はその後ろをついて歩く。
「思い出せる? アキ」
ケイにたずねられ、ふと、『記憶が一致』した。
革命組織ギナミのリーダー、ティナとその団員たちだ。
「愛称で思考されるほど親しくなったつもりはありませんが、まあいいです。任務もスムーズに運ぶでしょうし」
振り返ることなく眼帯の少女が答える。団員も顔を隠さず、堂々と通りを歩いている。
「フラガはヤームの出身よ」
ティナの祖父の名をケイが口にした。
「魔術の教育者として呼ばれて家族でイシスへ移ったのは二十年以上前。フラガ教授はすぐ国の異常さに気付いて思想規制を批判していたらしいわ。でも生徒への精神的加害、あー、ようするにセクハラがあったのは事実だし追放された時の擁護の声も弱弱しかったそうよ」
言葉と脚のスピードを合わせているつもりはないのだろうが、小さな彼女は足早に歩きながら一方的に話している。
「それにしても随分な数の元生徒を引き抜いてったわね。好色でもカリスマはあるヒヒジジイだったわけだわ」
「墜落は副パイロットの私の責任ではありませんよ。ヘタクソ」
「い、いやぁあれは、誰かさんが耳元で『じいじーッ!』なんて叫んだせいじゃないかしら?」
「その程度でハンドル操作を誤るなんてイシスの免許制度も信用ありませんね」
気付けば二人は並走しながら言い争いを続けている。
念話ではなく声に出して話すのはケイにとってストレス発散でもあるのかもしれない。
この国はティナにとっては祖父の故郷になるわけだ。しかし彼女の見た目の年齢からして……
「その通り、私自身はイシスで産まれました。だから里帰りという感覚もない」
ヤームの中心が見えて来た。高層建造物が競い合うように天を突き、二つの太陽と深緑色の空を覆いつくさんとしている。
奇妙な姿の一行は歪んだ街と妙に馴染み、ただ進んでいく。
馴染んでいると思い込んでいた。
道行く人間がわざとらしく視線を逸らし、あるいは凝視してくるあたりそれなりに奇妙ではあるらしい。彼女の姿は。
ティナの足が止まった。
「魔力が高まる装備だと聞いております」
そして、その場で一回転してみせる。
軍服の腹周りと腿から下の布だけを取り払ったようなデザインだが、堂々と着こなしている。フラガから貰ったのだろう。
「ところで、今日は無口ね。彼ら」
「任務中は無駄口を叩かぬように躾けてあります」
面倒なことになる前に思考を止める。
一行は魔道具店の密集する区画へ入った。
「アキの数値、表示されないわね」
「『来訪者』向けではないのでは」
店頭に置かれていた妙な機械に俺は立たされている。魔力量筋肉量等を総合したステータスを算出するらしいが、目の前のガラス板には何も表示されない。
「どうでもいい」
取り巻きたちはいつの間にか居なくなっており、ケイとティナは最新から掘り出し物まで揃う商店街を物色している。
「ていうかなに探してるの、これ」
「とてつもない威力を誇る魔術兵器がこの街に眠っている。この私でなければ扱い切れないと偉大なる祖父は仰られました」
ティナは言い終えると希少な乾燥亜龍種を掴み取ったアームを無言で応援し始めた。景品は取り出し口へ到達する前に無残にも滑り落ちる。
こんな調子で大丈夫だろうか。不安だった。
寄り道をしながらも目的の場所へは辿り着いたらしい。
「ここです」
桃色に輝く看板と店内がけばけばしい。
どう見てもいかがわしい店だった。
「本当にここか?」
「行きますよ。ひっ」
ティナの肩が震える。
店から出て来た客が、彼女の足元から顔までをじろじろと血走った視線で舐めまわしていた。それに気付いてしまったらしい。
蓬髪を散らした女性客はニタリと笑った。手提げ袋に透けていた形状はなんというか、立派だった。
「………無理」
客が去った直後、ティナが泣き始めてしまった。
俺は振り返る。
「じゃ、協会支部にいってくるから」
ケイが思い出したように魔動スクーターにまたがった。
明らかに逃亡だが、引き留める前に見えなくなっていた。
「………」
俺は覚悟を決めて店に踏み入る。その袖を引っ張る手があった。
ティナが俺の袖を掴んでいる。
「わ、私でなければ、扱いきれないと」
俺はため息をひとつ吐き、彼女に付いてやることにした。
いかがわしい物品をなるべく見ないようにして、奥の店主を見つけだす。
「無理無理無理無理匂いが無理残滓が無理えっ何あれ、えっ?無理無理無理無理……」
何かを呟いているティナも気にしないようにして、カウンターの前まで移動する。
店主と目が合う。
「目当てはこれだろ」
話しかける前に折りたたんだメモを渡された。
人違いだろうか。いや、魔道具の店でそんなことは。
「殺すわ」
店主の顔ギリギリをブーツの踵がかすめた。ティナを寸でのところで止める。
「そうね、こういう時は拷問して吐かせるべき」
「やめろ」
「離れなさい来訪者。攻撃魔術を使います」
「使うな」
落ち着くまで二人の間合いを離す。
あっけに取られていた店主がようやく意識を戻した。
「な、中身は誓って見てねえ! 命だけは助けてくれ!」
「俺たちもそれが何か知らない。事情が知りたいだけだ」
「た、頼まれたんだ、親父の代に来た『来訪者』の客に、これと一緒に渡してくれと」
店主はメモの上に怪しく光る薬瓶を置いた。
異世界人との契約か。
メモを開くと地図が描かれていた。
『亡骸』の研究協力を頼まれた 対等な取引ができない可能性がある
地図の下にはそう走り書きされていた。
「亡骸というのは、魔王の亡骸のことか」
「渡したんだからもう出てってくれ」
俺はティナを羽交い絞めにしたまま店を後にした。
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