俺たちは東の国への逃亡をはかる

1.俺たちは東の国への逃亡をはかる


 東の魔術国家ヤームは、この世界でもっとも瘴気が濃い地域だという。

 そこで魔王の亡骸が上がった。

 ケイが向かう理由は一つしかない。

 魔王の呪いの解明。


「俺はなぜ海に落ちていた」


 それはそうと疑問をぶつけた。


「飛行魔術を試してみたんだけど、うまくいかなくて……ごめん」


 ケイが頭を下げる。

 よく見れば彼女はフードではなく丸い兜に髪を収め、脚の間に車輪のないスクーターのような魔道具を挟んでいる。雑に拡張された荷台も見えていた。

 寝ている所を運搬するなら、相談くらいはしてほしかった。


「アキはどうせ行きたがらないでしょ」


 そうだが。

 ケイはローディへ向き直った。


「で、ローディはどうする?」

「無論、貴様らの国外逃亡を阻止する」


 ローディが剣を抜く。

 ケイは低空飛行のまま急アクセルで飛び去って行く。

 俺も自らの足で走った。


 進路を妨害する人間をことごとく凍り付かせ、女騎士は追いかけて来る。

 それでもどうにか俺たちは港の客船へと乗りこんだ。






 漁火が黒い海面を照らしている。

 カナロの港が遠ざかり、光の群れは細い一本の線へと集約していく。


「あの街も少しは違って見えるわ」


 魔動スクーターを片隅に留めてケイは俺の隣へ来た。カバンから着替えのローブを出して俺に投げ渡した。


「魔動スクーターって何よ。いや、いい。あとで辞典引くから」


 俺が頭の中で適当に作った言葉を覗き見していく。


「綺麗と感じる余裕すらなかったか」

「誰が免許取ってから五年間一度も飛行魔術を試せなかった臆病者だって?」

「初耳だ」

「あっそう」


 俺はまた港を振り返る。

 今はもう細い明かりの線が、途切れ途切れに見えるだけだった。

 甲板には強い風が吹き付けるがそれも悪い気分ではなかった。


「アキ、あなたはこの景色を綺麗だと思ったのね」


 一般的な感覚ならそう感じるだろうと、口にしようとして、彼女には全て筒抜けであることを思い出す。


「いい傾向よ。……ううん、ただ羨ましいだけね」


 ケイは兜を取り、潮風に赤髪を靡かせる。


「ところで、私たち密航者なの」


 船員が歩いてくる足音を聞いて、俺たちは身を隠す場所を探した。


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