0.
端書
時、空間は関係なく。
暗い暗い宇宙の底に、それはありました。
宇宙に散った塵を集めて、僅かな悪意を集めて、滅亡への祈りを集めて……
それはいつしか、息をするようになりました。
◆
ひとすじの涙なんてものじゃなかったよ。
ぼろ泣きだった、恥ずかしながら。
「天啓」は全て、俺のアイディアじゃない。そう思い込まされていただけだ。
偶然目を向けた所に地図があったり、キーアイテムがあったり。
RPGを延々とやり込んでいれば理解できるだろ。業界用語でいう、レベルデザインだよ。
あの丘で彼女に遭った時からずっと、夢の中だと思ってた。だからやっていけたんだ。
ニヤニヤ笑いながら、なんてリアルなゲームだろうって。
俺はただの「鍵」だったらしい。
この世界を進める為のだよ。
きっと今までに来た奴も……
この世界の神は狂っている。
◆
ガラクタで覆われた平野に腰の曲がった老人が立っている。
ひどく汚れた布を纏っていた。杖を手に地面を均している。わずかに残った白髪は土埃が絡み、裸の足は無数の傷にまみれていた。
皺が刻まれた顔は前を見据えている。
「死を選ぶのは自由などではない」
歩きながら老人がつぶやいた。聞く者は存在せず、声は灰色に光る空へと吸い込まれる。
時折、強い風が老人を追い立てる。汚れた布に顔を打たれるが、歩みを止めることは無い。
「死を選ぶことは、すべての自由を放棄している。死を選ぶ時点で、人は他の可能性を思考できない」
老人の視線の先では、幾羽ものカラスが群がっている。上空の衆と入れ代わりながら黒い塊は蠢く。
老人は辿り着くと、杖で彼らを追い払う。数匹が彼の顔にとびかかり干からびた肌に傷がついた。
「食うために殺す。生きるために殺す。気に食わぬから殺す。歪みを直すために殺す。恥に耐えられず殺す。殺す。殺す。殺す……」
群れは空へと飛び立っていった。
群れの中心には、カラスの死骸がひとつあった。肉はほとんど啄まれ骨は血と羽毛に固まっていた。
老人は地を見つめる。杖の先で泥の塊を寄せて、老人は死骸を埋葬した。
もう一羽、杖に打たれたカラスがもがいていた。彼を地に落とした老人はじっと待っていた。
その目は断罪の優越に酔うでもなく、ただ愁いていた。
三度目の風が吹いた頃。
カラスは最期に地から離別しようとして、倒れた。
息絶えたのを認め、老人はその死骸も埋葬した。
「許し。それに辿りつけない悲劇を、人は簡単に繰り返す」
再び歩き出す。
「殺すとは自由を奪うこと。自由を奪うとは、我々が永らえる可能性を潰すこと。それは自浄などではない。本能に任せれば種族は全て必ず絶えてゆく。ならば我々は抗い、生き続け、生かし続ける。自由のために」
枯れた声は息をつくごとに途切れる。
経文の一節を唱えるようでもあり、考えながら紡ぎ出された譫言のようでもあった。
「私は、悪しき主人だ」
地面を見下ろした。
「今更『お前たちを救う』と説いて受け入れられようか。なれば恐怖を介してしかお前たちに与えられるものはない。忌まわしき番人として、お前たちを生に縛り付けることしか。投げられた石によって肉体が死しても、私は生き続ける」
杖でガラクタを均しながら進む。老人はひたすらに荒野を進む。
足裏の肉が剥がれるのも気にせず、傷から汚れた泥が染み込むのも、かまわないとでも言うように。
「許し。救い。なんと醜い、おこがましい欲望の響きだ。欲望のために人は生きる。私もまた、己が欲望のままに、人を救おうとする。そう、人が人を救うのだ。人が人を……」
老人の足が止まった。曲がった背中がカタカタと震えている。
「そうでなければ、生きる意味がない」
その声は、笑っていた。
◆
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