5.おびえる教主を助け出す


「お前が自分の意志で話さない限り、私にはお前の内心は覗けない」


 階段を上がる間、ローディが話していた。


「お前と話していて断片的にわかることしかわからない。ケインベルグは、やさしかった。なにも聴こえず、なにも話せない私に音声で言葉をかけてきた、最初の人間だ」

「そうか」

「彼女がいなければ私は、私の意識は、この肉体の中に籠ったままだった。現実を自分の中に入れないまま。ちょうど最初に会った時のお前のようにな」

「………」

「産まれた時からすでに無数の人間を巻き添えにしている。一人で生き、一人で死のうとしても叶うことはない」


 昼間見た女性が笑顔を貼り付けて待っていた。

 地下生簀の扉は教会の広間へ繋がっていた。


「よくぞご無事で。これも神の思し召しでしょう」


 気味が悪いほどこちらの肩を撫で、奥のヴェールで遮られたなにかを指した。


「教主様へご挨拶を」


 ローディは剣を抜き放ちその音で『縛った』。彫像のようになった女性の隣を歩き抜ける。

 ヴェールを引き、その中にいる「教主」を俺たちは見つけた。


「カナロの経典には、教主が幼い子供の姿で描かれている。しかもカナロの外の者でなくてはならない」


 少女はおびえていた。装飾品を体中に巻かれ、頭には重い冠を乗せられている。

 ローディが膝をつく。そのように訓練でもしてきたのか、僅かに口角を上げて穏やかな調子で言った。


「グノース家の子女だな。安心していい、イシスの者だ」


 ローディは教主を抱きかかえる。


「神話の準えだ。馬鹿馬鹿しい」

「そうだな」


 俺は背後の彫像に向き直った。ローディが制止する。


「儀式をやめさせる気はない。いくら馬鹿馬鹿しくとも、私に与えられた仕事は誘拐された子女を連れ帰ることだけだ」


 出口へと向かう。





「いつになったらこの子も『内心』で思い出せるようになれるの?」

「彼はかなり相性が悪いようです。常人なら一週間くらいですが、来訪者ですもの」

「そもそもティナ、私は世界をよくする協力はすると言ったけど、自死法の改正には手を貸さないわ」

「なぜ?」

「人は生きなきゃいけないの。たとえ家を呪われようとね」

「自分が責を負ったからといって、周囲にも求めるのは理性的ではないですわね」

「………」

「わかりました。互いの主義には干渉しないことが条件でしたし」

「器が狭いって言ったこと、気にしてるの?」

「いいえ。事実ですもの」

「………」

「私は私の器に収まることしかできないから、人の手を借りるのです。あなたのような孤高にはなれませんわ」







 外へ出ると見覚えのある甲冑がひしめきあっていた。イシスの騎士団だ。

 彼らはローディを見てそれぞれの仕事に取り掛かった。ある者は魔術による護送車の準備をし、ある者は庇を上げて泣きじゃくる少女の頬を撫でる。


 甲冑の群れの中に、赤い色が見えた。


「とうとう『亡骸』が見つかったのよ。まだ引き揚げ前だけど、見に行かなきゃ」


 ケイのはずむ声とは裏腹に、不安が俺の胸中に溜まり始めた。


「ヤームへ行くわよ」




 終

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