3.教会の地下へと押し込められる


 聞き込みの最中、何者かに後頭部を殴られた。

 その程度で昏倒するはずはないが、何らかの魔術を込められていたか。気が付くと暗い地下室に転がされていた。


「……やられた」


 すぐ近くからローディの声が聞こえた。彼女も俺と同じ目にあったのだろう。

 縄から抜ける。


「魔術だけなら対応できた。物理攻撃への対応もここまで鈍っているとは、鍛錬不足だ」

「教会の奴らか」

「それ以外には考えられん。強盗なら教会の地下へ運ぶ必要はない」

「地下?」

「壁を触ってみろ」


 石造りの壁に手をついて立ち上がる。指先の感覚で、レリーフをみつける。

 八方に広がる波打った文様。


「さっさと出るぞ」


 金属がこじ開けられる音がした。







 ローディの手の先で魔力を込められたペンダントが光る。

 彼女の特異体質は魔術を無効化する。身体に接触していると使えないのだろう。


 俺は気になっていた疑問を、彼女へ投げかける。


「お前に信じる神はいるのか」

「………」

「お前も、人間を切り殺したことがあるのだろう」

「いいや。闘技場は志願制だ。闘技者として出たのはあの日が最初で最後だった」


 洞窟の魔物にローディがとどめを刺したのを、俺はこの目で見ていた。その後、宗教的意味を感じさせる無言の仕草も。

 初めて会った時は、俺如きを殺しても何も感じはしないだろうと、期待していた。だが違うのなら彼女に殺されても意味がない。


 ローディは暫く黙っていたが、徐に答えた。


「殺さぬために剣術を教えられた。不殺の剣を持たなければ、私はただの殺人犯か、ならず者になっていた」


 鍛冶屋での一件を思い出すとその通りだろう。


「一人だ」


 彼女が歩みを止めた。


「一人の騎士を、私の剣術が殺した。恐らく」


 恐らくとはなんだ。


「その時より私を見つめる目がある。きっと神の類だろう」


 ローディはそれ以上答えなかった。

 俺も聞こえないことをいいことに、すべて心に仕舞ったままにした。





 地上への道を探すうちに広い部屋へ出た。

 貯水地だろうか。石畳の床は全体の三分の一ほどで、あとは黒い水面が僅かな光を反射している。


「始まりの聖女が祝福した井戸によってカナロの民は生き延びた、と言われている。古い御伽話だ」


 部屋の隅、短い階段の先に扉がある。

 しかし扉は固く施錠されていて体当たりしてもびくともしなかった。


「鍵を探すか」

「外側からしか開かなかったらどうする」

「………」


 返事はなく、ローディは無言で周囲を捜索しはじめる。


 扉の反対側には漁に使う道具が掛けられている。井戸でなぜこのようなものが必要なのか疑問に思った刹那、


 水面に泡が浮かんだ。


 何かが浮上してくる。泡はゴポゴポと水面を覆いつくすほどに増え、やがてその正体を表した。

 無数の触腕を通路にかけて、巨大な怪物が襲ってきた。


 ローディが剣を抜く。知覚に訴える術は使わず触腕を斬り払おうとした。

 しかし刃は滑り逆に腕ごと絡めとられてしまう。


「クソッ」


 俺は走った。

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