俺が悪夢から目を覚ますと市場で売られている
1.俺が悪夢から目を覚ますと市場で売られている
青い光。夏の空のような。
巨大なカプセルは吸い破られ、何かが歩み出ようとしている。
液体はさらさらと流れていく。毒々しいほどの鮮やかな青い光を放ちながら。移動するそれの足元で渦を巻いている。
俺と影の間に入る者がいる。甲冑に、翠に光る髪が跳ねる。
ローディだ。
磨かれた剣が抜かれる。
やめろ。
通用しない。
長い白の頭髪。四肢にべったりと貼り付いている。異様な子供の姿。
それは歩み続ける。騎士はしびれを切らしたか、隙を作る必要がないと判断したのか、剣を突き刺した。
切っ先は白い肌に吸い込まれた。血は吹き出ない。それの表面は粘性の張力を見せ、ずぷりと飲み込んだ。
刀身が半ばで音もなく折れた。堅い金属が溶け落ちてしまった。
馬鹿。逃げろ。
叫ぶが声が出ない。彼女は冷静さを欠いている。
ローディは短くなった剣をもう一度叩きつけた。
剣を握った拳が飲み込まれる。
彼女の全身はその影へ取り込まれる。
ゴギン。
忌まわしい音が響く。
たった一つの救いはこれが俺が見ている夢だということだ。早く覚めろ。今すぐにでも。
ここから先を見てはいけない。
見てしまえば。……――――
黒い足が壁に垂直に張り付いていた。
靴と一体型の服、胴付長を着ているのだと、理解するまでしばらくかかった。
巨大な魚が滑り落ちていった。全身が霜に覆われていて上から下へ壁を滑っていく。
壁だと思っていたのは舗装された床で、悪夢から醒めた今、瞼を開いて見えた光景がそれだった。
金属の棒で脚を押され、身体の方向が変わったのを感じた。するすると滑っていく。
俺は水産物の間に並べられていた。人間がハンドルのついたドラム缶を抱えている。たしかターレットと言ったか、それに似た乗り物だ。ゆっくりと移動している。
俺は、また死に、転生し、元居た世界へ戻ってきたのだと思った。しかも魚となって釣り上げられたのだ。
このまま待っていればどこかの店で解体され、人々に振る舞われ、俺の生涯もいくらか役に立つだろうと考えはじめていた。
しかしターレットの表面に並ぶ文字がつい最近覚えたものだとわかって、動かない口からため息を漏らした。
「ヒトガタムキズ」
ここでようやく気付いたが、聞こえていた雑音はかすれた男の声だった。魔術車両の駆動音と魚が滑る音に混ざってほとんど判別がつかない。人型・無傷と辛うじて聞き取れた言葉の後は奇妙な単語の連呼が続く。
俺は胎児の姿勢で凍らされていたがじわじわ解凍されつつある。麻痺した感覚も戻って来た。
首が少し動かせた。
飲料瓶用の木箱が見える。その上に胴付長の足が乗っていた。俺の後ろには人間たちの気配があった。
「ノイチノイチニロクニロクニヒチニヒチ」
かすれた声が勢いよく叫ぶ。この場所の隠語だろうか。俺の背後に居るほとんどの者は手振りで無声の意思疎通を行っているらしかった。
「ヨツヤ! ヨツヤデ!」
集団がザワザワと移動し、また奇妙な呪文が続く。かすれた声と魚が滑る音の中に、こちらへ向かう金属音が混ざった。
「行くぞ」
高圧的な声。俺は身体を無理矢理起こそうとして、ゴトリと床を鳴らした。
視界の端で揺れたのは青磁色の長髪だ。
イシスの騎士、フェルタニール・ク・ブローディアことローディは、俺を水産物の群れの中から引き抜いていった。
彼女の顔を見て安堵したのは、全く意味の分からないこの状況に心細かった、わけではないと思いたい。
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