幽霊列車の夜
月這山中
ある夜
列車は今日も満員だ。
かといって、覗く人によってはそう見えない。
人が違えば見える『もの』も『姿かたち』も違ってくる。
それは霊同士でも同じことで、彼らは互いに見えないことも多く、折り重なり重なり合い乗車している。
乗車率千パーセント越えなど当たり前の車両だ。
四両編成では限界だろうか。幽霊列車の運転手は考える。
もともと暇だから始めたボランティアだ。地獄や天国と呼ばれる場所に、自分で渡れる存在も居るには居るのだが、それ以上に、行く先もわからず地上に留まる者たちは多い。
彼らの不安を運転手はよくわかっていた。
「あのー」
奥の客席に座っていた黒いスーツの男が起き出して、運転手に声を掛けた。
今日はお年寄りが多いので、路面電車のような構造で走らせていた。客室と運転席は区切られていない。
若い男は周りの霊がほとんど見えていないらしく、すし詰め状態の車内を客をすり抜けながらこちらへ歩いてくる。
「乗る電車を間違えてしまったみたいで、次の駅って、いつ着きますかね」
運転手は慣れた様子で相手をする。
「いいえ、合ってますよ」
「そ、そんなこと貴方にはわからないじゃないですか」
「止まる駅は、もう終点だけです」
運転手はこれまで何度も繰り返した言葉を機械的に発する。
ミラー越しに見る男は訝し気に眉根を寄せ、しばらくキョロキョロと景色を見まわしていたが、おもむろに窓に手を掛けた。
しまった、今日は路面電車だから。
「ああ。お客さん、危ないですよ」
運転手が言う間に男はスライド式の窓を開けていた。遮断していた風の音が車内に響く。外にはビル群の明かりが瞬き、見事な夜景が広がっていた。気圧の違いで、中の空気が車外へと流れだしていく。
景色を見た男は「あ」という間に、地上から数千メートルの車窓から外へと吸い出された。
「あああああああ!」
男が落ちていくのを運転手は座ったまま見送った。絶叫は風の音に混ざり、すぐに聞こえなくなった。
しばらく男が戻ってこないか待っていたが、やがて彼は窓を閉め直した。
行儀よく席に座る老婦人は、ただ静かに夜行の路線電車から見る風景を楽しんでいる。
ふと車内の床を見ると『ご霊前』と書かれた袋が落ちていた。
実体のようだ。
どうやら、あの男はまだ生きていたらしい。
了
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