Episode 4. ひとーつ、ふたーつ
――ひとーつ、ふたーつ――
誰だろうか、どこからともなく数える声が聞こえた。
――みーっつ、よーっつ――
なんとなく懐かしいような、そうでもないような。
眼前にはセピア色の風景が広がっている。そうか、これは夢なんだ、と気付いた瞬間にあたしは現実の世界へと引き戻された。
――――――――――――――――
「ねえ」
聞き覚えのあるクラスメイトの声。でもなんとなく顔を上げたくなかったので1回無視した。
「ねえってば」
あんまり揺さぶるもんだから、突っ伏していたあたしは机の崖から腕組みごと落下した。
「なに?起きてるって」
「起きてるなら返事くらいしなよ。次、化学の授業だよ?」
――言われて時計を見れば次の始業まであと3分。
「やっば」
一瞬で思考がクリアになった。そしてあたしは慌てることなく椅子に座り直した。
「なにやってんの?遅刻しちゃうよ」
「いいのいいの、これから急いでも遅刻だし」
せっかく移動教室の前に起こしてくれたのに巻き込むのはなんだか申し訳ないけど、
「もう、しょうがないなあ」
なぜか巻き込まれてくれた。
――――――――――――――――
教室から廊下に出て、他のクラスの先生や生徒に見つからないようにコソコソと移動する。隠密行動をしているみたいでちょっとワクワクした。
「見つかったらゴジラに怒られちゃうよ」
「大丈夫、見つからなければどうということもない」
はぁ、とため息1つつかれた。あたし、呆れられたかも。
「ゴジラ」というのは別に本物じゃなくて、隣のそのまた隣のクラスの担任の体育教師。なんでそんなあだ名なのかは――察してほしい。
しかし呆れた様子ながら、結局彼女はついてきている。
隠密行動はこの時間授業が無い地学演習室まで続いた。ちなみに「地学」の「演習」って何をするんだろう。星の模型とか作るのかしら?
地学演習室の扉をそっと閉めると、2人とも息をついた。無意識に息を止めていたらしい。
「なに?サボるの?」
「でもあんたもついて来てんじゃん」
「ゴジラ」の脅威も薄れた頃、あたしたちは隣同士地べたに座って、とりとめのない話をした。学校のこと、家族のこと、友達のこと、昨日あったこと、互いの――恋のこと。
あたしは言いたいことがあったけど、ぐぐっと飲み込んだ。彼女が好きな隣のクラスのバドミントン部のキャプテンの話をするたびに、心を針でつつかれたような気がして、あたしはほんの少しだけ顔を歪めた。
「大丈夫?ちょっと顔色悪いよ」
「へーきへーき、ちょっと風に当たりたいかも」
――窓を開けたらそこは春の嵐。晴れてはいるが、一陣の風がびゅうっと教室へと吹き入ってきた。
くしゅん。
「あれ、花粉症?」
「んん、たぶん。今シーズンやたらとくしゃみ出るんだよね」
あたしは愕然とした。彼女が花粉症になったことも知らないで、こんな――締め付けられるような感情を抱いていても良いものか。
そっと窓を閉めて彼女の傍へと座った。
「ごめんね、気付かなくて」
「ううん、言ってないし、第一花粉症かどうかもわかんない……しっ!」
最後は言い切ったのか我慢したくしゃみの果てだったのか怪しいところだったが、とりあえず彼女の言わんとするところは解った。
――――――――――――――――
「花粉症で見つかるとはなー」
「ごめんってば」
結局、あたしたちは窓を開けたことによる風鳴りの音と、彼女の度重なるくしゃみの音で、サボりが「ゴジラ」にバレてこっぴどく怒られた。この歳にもなってかくれんぼの真似事して恥ずかしくないのか――と。
「あんなに怒鳴らなくてもいいじゃんね」
「サボった私らが悪い」
「ん、まぁそうなんだけど。でもかくれんぼってさ、ちっちゃい子しかやっちゃだめなのかな」
「そんなことないだろうけど」
ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にしたが、彼女にはそんなにピンと来なかったようだ。
「TPOをわきまえろってことでしょ」
「Time・Place・Okorarenaika?」
「そんなわけないでしょ」
彼女は噴き出しながら答える。付き合いはもう13年。この屈託のない笑顔が気になって半年。この半年の方がより濃い日々を過ごしている気がする。それでもかつて、かくれんぼをした日々は昨日のことのように思い出せる。
「かくれんぼしてる時ってさ、探す方がひとーつ、ふたーつって数えるじゃん」
「そうだね」
「ゴジラは数えてくれなかったよ」
「そりゃかくれんぼして遊んでるわけじゃないし」
「そりゃそうか」
こんなくだらない遊びができるのも、こんなくだらない話ができるのも、あと何回なんだろう、とあたしは指折り数えた。
――ひとーつ、ふたーつ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます