Episode 2. 今日という今日こそ

何かと理由をつけては口に出すことを拒み、気付けば一年で一番この街が白く染まる季節になっていた。

一人の少女が枕に顔を埋めながら、悶えた様子でじたばたと。階下から聞こえる母の「うるさい!」の声に動きを止めた。


――――もう、あと三週間もない―――――――。

残された時間がそう長くないことは知っている。気付かないふりをしているだけだ。いつもの席でのいつもの横顔が「いつもの」ではなくなるまでの日を指折り数えた少女は、再び枕に突っ伏した。

今日はアイツに会えなかった。なぜなら祝日だからだ。受験も迫るこの休日にわざわざ登校するあんぽんたんもそう居ないだろう……いや、ここに居た。

会えるはずもないのに、僅かな下級生達が部活に勤しむのみの閑散とした学び舎に、変な期待を抱いて入ってしまった。一年近く馴染んだ部屋に足を踏み入れ、あまつさえアイツの席に座ってしまった。


どのくらいボーッとしていただろうか。我に戻った少女は、何事も無かったかのようにその場を立ち去り、校舎を後にした。そして枕に顔を埋めることとなるのである。



ちょっと跳ねた髪を手櫛で押さえつけながら起き上がった少女は、自室の本棚から真新しい冊子を取り出す。先週買ったお菓子のレシピ本。アイツはどうやらチョコクッキーが好きらしい。だったら焼いてやろうか、私が。

明日はきっと、会えるだろう。そう思うと自然と顔が綻んだ。少女は階下のキッチンへと足取り軽く向かった。



―――――――――――――――――


何かと理由をつけては口に出すことを拒み、気付けば一年で一番この街が白く染まる季節になった。

一人の少年はベッドに臥せながら、困った様子でうんうんと。入口から聞こえる「ただいま」という父の声に飛び上がりそうになりながら、何とか平静を保った。


――――もう、あと―――――――。

残された時間がそう長くないことは気付いている。知らないふりをしているだけだ。いつもの席でのいつもの横顔が「いつもの」ではなくなるまでの日は、はて、どれほどかと勘案した少年は、その問いに何ら意味の無いことに気付き、再び目を閉じた。

今日はアイツに会えなかった。なぜなら今日は祝日だからだ。受験も迫るこの祝日にこんな所に来るもんではない。

会えるはずもないのに、ここにアイツが来てくれる事をどこかで期待してしまっている。また今日から世話になるこの部屋に特段の思い入れはない。無機質で規則的な電子音と、時折鳴るアラームにはどこか懐かしささえ感じてしまうが。


どのくらいボーッとしていただろうか。我に戻った少年は、何事も無かったかのように夢の世界へ行くのだ。そして枕を濡らすこととなるのである。




ちょっと跳ねた髪がチャームポイントだった少年が、再び少女と話せたのは夢か現か。持ってきてもらったチョコクッキーは、ついぞ一口もかじられることはなかった。

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