ふたりのあり方
北弓やよい
Episode 1. ほしふるおかで
一筋の光が頭上を流れる。
「見たかい」
「うん、見た」
「お願いできた?」
返ってくるのは無言、そして左右に振られた首。
「はあーあ」
暫くして隣から落胆したような、それでいて少しおどけたようなため息が聞こえた。と、同時に影がふっと消えた。どうやら緊張の糸が解けると同時に気合いも抜けたのか、地面に身体を投げ出したようだ。
「だいたい子どもっぽいんだよな、流れ星が見えてる間に3回もお願いを心の中で言う、なんて。そんな早く言えるかね」
「心の中ならイケるんじゃない」
「仮に流れ星が5秒見えてたとしてだよ、その間に3回ってことは1回あたり2秒無いくらいってことでしょ。2秒の間に考えられる文字数なんてせいぜい10文字くらいじゃん」
「超早口なら倍くらいイケるんじゃない」
「やだよ、なんかご利益ないじゃん」
理屈っぽいことを言う割には「ご利益」なんていう、迷信めいたことを気にしている事が少しおかしくて、僕はクスリと笑った。それを言うなら、そもそも「流れ星に願い事」なんて迷信の極みとも言えるが。
「今笑ったでしょ」
「いや、笑ってないよ」
「『ご利益』なんて気にしてるのか、って思ったでしょ」
「なんだ、バレてら」
「思ってたんかい」
長年の付き合いの賜物とも言えるだろうやりとりのテンポは妙に心地よい。
「なんかお願いしたの」
「僕は流れる前にお願いしといた。予約で」
「お願いに予約機能なんかありませーん。無効でーす」
「それは初耳だ」
なんなら予約機能も初耳だが黙っておく。でも言うべきお願いは最初から決めてはいた。
「……やっぱり寂しいね」
「うん」
「……私たち、いつかまた一緒に、ここで星見れるかな」
「生きてりゃチャンスはあるよ」
「そう……だよね」
君の声は少し震えていた。人工的な明かりも月明かりも無く、ただ燦然と輝く星のみが照らす丘。緑を撫ぜ、さわさわと風が声を立てる。ベタな話だが、君と僕、世界に2人っきりしかいないようにも感じた。
もしも誰かがこの丘に居たら、2つの影が一瞬重なったように見えただろう。その刹那世界は2人で完結していたのだ。
やがてその世界も揺れる草木、そよぐ風、そして燦然と輝く星明かりによって解けてしまう。
「君と僕は違う」
「えっ?」
「違うからこそお互いを自身の観測の、あるいは互いの観測の標準点にしているんだよ」
「なーに小難しいこと言ってんの」
「君なら言いそうなことだなって」
「私ってそんなに面倒臭い?」
「うん、面倒臭い。理屈っぽいし、そのくせ俗な迷信にもハマるし」
「信仰、って言ってくれないかなぁ」
「でも、さ」
「面倒臭いけど、気にはなっちゃうよね」
君はガバッと身を起こし、何かを言いかけたけど結局口を噤んだ。真っ暗で顔色は窺えない。
沈黙が心地良さからくすぐったさに変わった頃、耐えられなくなって僕は切り出した。
「明日朝何時だっけ」
「8時の電車」
「見送りに行くよ」
「ダメだよ、恥ずかしい。親にも見られるじゃん」
「いいじゃん、見せつけておこうよ」
「ダメだってば、私が恥ずかしいの」
そう言えば願い事の予約機能は有効なんだろうか。やっぱりちゃんと流れ星が出た時に願った方がいいんだろうか。
……いや、面倒臭いな、やっぱり。予約しておこう。
「君、あんまり長居すると風邪ひくよ。明日出発なのに」
「そっくりそのまま返すけど?」
僕は返すべき言葉を見つけられず、話を切り上げ、大の字に寝そべった。願い事も明日の予定も思考のゴミ箱に放り投げ、背中の柔らかな感触と青々とした匂いに包まれている今、僕たちは本当に自由だった。
「僕もね」
誰に言うでもなく呟いた。
「いつかここにまた一緒に来られますように、ってお願いしたんだ」
頭上をまた一筋の光が流れた。
右手に仄かな温もりを感じた。
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