第9話 他者否定が生き行く糧
車上生活に陥って以来すっかり人間不信、社会不信にはまっていた私にとってこれは予想外で、手負いの獣のごとく端にも棒にも掛からない、所謂‘どうしようもない奴’となっていたに違いない自らの様とも思えなかった。久しく人の温みを忘れていた、いや拒否していた私の、思いも寄らぬ人恋しさへの回帰というものである。しかしもしここで涙ぐみなどしたら私は自分で自分を殺しそうだ。必死になって自分を立て直し、誤魔化し笑いを浮かべては「いやあ、ははは。宿無しと云っても何とか伝はあるのです。どうも要らぬことを云ってしまって申し訳ない。そんなことよりあなたの事です」と私は彼女の今の状況に話を振った。今を明治と偽ってまで彼女との奇跡の共有を欲した私の言とも思われなかったが、しかしそれ程に私は自分を崩されるのが嫌だったのである。偏屈な自我の殻、他者否定の世界観を貫くことがこの困難を生き抜く上での糧となっていたのかも知れない。
しかし改めてその時代ワープの視点から彼女を見れば不思議なことが二、三あった。木々の生茂った公園とは云っても樹間からは行き交う車の姿が容易に覗かれ、その騒音もあった。ゴッドファーザーの旋律を一杯に鳴らした族の車両も先程一台通ったし、大きなバスも通ればトラックも通る。にも拘らず彼女に驚く素振りは全くない。第一気付いてさえいないようだ。さらに言わずもがな、まだ煌煌と明かりのついた街のネオンやビル群などもまったく意に介さないでいる。明治からワープした人ならこれはあり得ないはずだ。してみると彼女の耳目には私とその周辺しか写っていないことになる。
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