第8話 まあ、そのお年で車夫を…?!

勝手に師匠とも同志ともたのんでいた一葉に斯くみずからをさらすのは、私にとって至極当然なことだった。しかし当の一葉にしてみれば初対面の自分の前であぶれ者などと臆面もなく云い、まして目をすがめてよく見れば、我父母に等しき年配者なる私をはたしてどう思うだろうか。第一私はまだ彼女の‘拙作’「うもれ木」への感想を述べていない。年甲斐もない興奮の中にいるとはいえ非礼だし、何より本郷から大森へのワープに度肝を抜かしているだろう彼女の心の内をまったく慮っていなかった。そのことに気付くや私は肩で大きく息をして高ぶる気持ちを抑えた。そして無理にでも好々爺的笑みを浮かべては専ら彼女の言辞を待つ風をする。貴様の身の上などどうでもいいと自らに毒づきつつである。もとよりそんな私の促しなど待つまでもなく、自らの身に起きた不思議をこそ彼女は一気に述べると思ったがそうではなかった。「まあ、車夫を?そのお年で。そして今は宿無しなのですか?この冬空に…それではさぞやお困りでしょう」と今の私の窮状をこそまず気づかってくれたのである。金の切れ目が何とやらで、身代の傾いた者や、まして私のような‘プータロー’など普通は誰も相手にしない。はしなくも袖する縁でかく会話するに至った私への、形ばかりの思いやりとも見えたが、一葉の語調にそれはなかった。男女、年の差から見てこんな折りには(と云っても普通‘こんな折り’などあるだろうか?)取るべき自らの節度というものがあるだろうに、堪え性なく私は思わず感極まってしまった。

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