第6話 五千円札であなたと知れる

まさに「これはこれは」だった。他のいかなる著名人が時代や空間をワープして私ごときに対面してくれようとも、私がこれほど感激し、入れ込むことはなかっただろう。若い頃より今に至るまで彼女の生き方と作品に共鳴すること甚だしかったからである。特に斯く車上生活に追いやられてからは(私を寝かせない、仕事させない、生活を破綻させるという、ある悪意の特定集団のストーカー行為を受け続けて私はこうなった…)頓にその傾向が強まっていた。もっともこの‘一葉好き’はひとり私だけではあるまい?少なからぬ人々が彼女への親近感を抱いていよう?彼女ほど我々日本人に愛され続ける人も少ないのだし、蓋しそれが現五千円札になる事由なのだろうがもっともこれは蛇足である。

「ああ、そうでした」と感謝して続けて「何せあの文芸誌のお顔を覚えていたものですから、あなただとすぐにわかりました。始めまして。私はあなたの大ファンなんです。もっとも今は誰でも五千円札であなたと知れるでしょうが…」と自分ばかりが合点して入れ込んで云う。「五千円札?そんな法外な額のお札などあるのですか?それにファ、ファンとは英語ですか?あの、わたくし、ものを書くわりには至って浅学で、ほほほ。都の花で私の小説を読んでくだすった方ですか?拙作でございましたでしょう」と、私への親近感を示しながらもなお不審げな樋口一葉。人の形や醸す雰囲気などに至って鋭い観察眼を持つことは日記などで知っていたが、その本領を発揮する為かあるいはなおの不審を解く為か、こう云って私にベンチを勧めて来るのだった。

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